7話 騎士の誓い 前編


 それからさらに数日。

 カイルはあいも変わらず聖女に避けら続けていた。


 時間が経れば変わるかと期待もしたがそのような兆しは一向に見えない。このままでは解決するどころか悪化する可能性すら考えられるので護衛任務中ではあるが騎士長の助言に従って、イズミ様に直接伺ってみることにした。


 何より今は都合よく周りに騎士がいない。

 ちなみにこれは騎士長の配慮である。カイルから聖女様に直接伺ってみるという報告を受けたためなるべく2人になれる時間をつくった結果だ。部屋の中には確かに聖女と青年の2人きりだがもちろん護衛の都合上、扉の前には2人の女性の近衛騎士+騎士長が立っている。


 これが騎士長の出歯亀、もとい配慮であることをカイルもイズミも勿論気づいていない。


「…イズミ様。「カイル、」」


 間が悪く、カイルの言葉はイズミの言葉と被るように放たれた。

 カイルがこの状況をチャンスだと考えたようにこの状況をイズミも同様に捉えていたのだ。イズミはカイルを避けていた張本人ではあるものの、それは悪意を持って行ったものではもちろんないし、この状況が続くことを良しともしていない。


 彼女の心境を簡単に説明するなら単純に恥ずかしかった。カイルの顔を見ると頭が真っ白になってしまって言葉が浮かばないというなんとも乙女心に溢れたものである。故に、2人きりで話ができるという現在の状況であってもイズミは決してカイルの顔を見ようとしない。


 カイルからすれば出鼻を挫かれたようなものではあるが、イズミはもちろんカイルよりもその立場は上位なので話を遮るという行為は失礼に当たる。故に謝罪は必要であるが、この時の彼の心境はしまったという後悔の気持ちではなく、彼女から声をかけてもらえたことが嬉しくて仕方がないということが丸わかりな顔つきになっている。


「申し訳ありません、なんでしょうか?」


とカイルが満面の笑みを浮かべて問うと


「ううん、カイルこそ何?」


 彼女もまた綺麗な笑顔で返してくる。


 お互いあまり積極的なタイプではない、このままでどうぞどうぞと譲り合いになってしまいそうなのでカイルは機先を制して、先に伺わせてもらうことにした。


「大変申し訳ありません。では率直にお伺いさせていただきますが、最近、イズミ様は僕を避けらていらっしゃるように感じまして、

 何か御不快になられることを僕がしてしまっていたのなら、気付かなかった我が身の至らなさを謝罪申し上げます。至らないところを御教授いただけるので有ればすぐに矯正致します。是非、至らない箇所を御教え頂けない「ちょ、ちょっと待って!」…はい」


 まさに率直にカイルは自身の気持ちをイズミへと告げるが、先程とは違い今度は意図的に非常に慌てた様子でイズミはカイルの言葉を遮る。

 下げていた頭を上げイズミの顔を伺えば最初呆けていたような表情だった彼女の顔は鈍いカイルにもわかるほど焦りきっていて、また何かしてしまったかと見当違いな方に彼の思考は持って行かれる。


(まずい、さらに余計なことを言ってしまったか)


 他人を気遣うことに長けた少女が自分の言葉を遮ってまで何かを焦ったように伝えようとしている。そのことにカイルは一層の焦りを感じるのだが、肝心のイズミはおたおたとするばかりでその先の言葉が出てこない。


 一向に先に進まない会話に扉の外ですっかり騎士長と同じく出歯亀仲間となっていた2人の女性騎士が、焦ったいといわんばかりにイライラとした空気を醸し出している。


「え、えーと、そのね、違うんだよ。カイルが何かやったわけでもないし、あれ?いや、したのか。じゃなくて、私怒ってるわけじゃないよ!」


 2人の女性の近衛騎士の様子に騎士長が冷や汗をかき始めた時、ようやくイズミは話を再開した。


 カイルの方もあまりにも進まない会話にやはり何かお気に召さないことを言ってしまったかともう一度謝ろうかと思っていたところだったがどうやら本当にお怒りになって避けられていたわけではないようだ。


 では何故?そう思っているのが顔に出たのかイズミは呆れたように話を進める。


「はぁ。あのね、あんな風に急に告白っていうか、プ、プロポーズみたいなこと言われたら恥ずかしくもなるでしょう、だからその、顔が見られなかったっていうか、何を話せばいいか、わからないっていうか」


 と溜息をつきながらここ数日の原因を教えてくださる聖女様に扉の外では絶対零度の嵐が吹き荒れていた。

 騎士長は夏だというのに寒そうに片腕をさする。無論寒さの原因は怒り心頭の女性2名である。


(……人選を誤ったか)


 聞かれてしまうなら同じ女性の方がこう言った話の場合良いかと思ったが、自分の首を絞める結果となったようだ。

 扉の外の季節が変わっている一方で部屋の中では時の流れが止まったようになっていた。顔を赤らめて、モジモジとする少女と呆然とした様子でたたずむカイルであるが彼の心境はその外見とは裏腹に高速で脳を働かせている。


 まず、どうにも話がわからない。


 (告白?プロポーズ?はて?いつしただろうか?)


 無論、カイルには告白やプロポーズなどした記憶など全くもってない。

 この17年、彼に相手ができたことなど一度もないし、そんな相手が欲しいと思ったこともない。


 というか大問題ではないだろうか。聖女にプロポーズをした近衛騎士、宮廷の女性や民衆には大受けするだろうが現実問題として、それは非常にまずい。

 それにこの状況、ここはどういう対応を取るべきだろうか。カイルのその知的な脳裏には様々な選択肢が高速で浮かび上がる。


選択肢1


「あ、あのイズミ様?僕はいつプロポーズなどしましたか?」


結論

 処刑である。

 女性にプロポーズをされたと勘違いさせておきながらいつしたかと問うなど

もはや騎士に、いや男に人権などない。首吊りからギロチンまであらゆる処刑の選択肢が広がるだろう。何より先程からドアの外から不穏な空気を感じる。


選択肢2


「イズミ様、どうか僕を選んで頂きたい。あなたを必ず幸せにします」


結論

 処刑である。

 近衛騎士が身分も弁えず聖女にプロポーズなどしたことを認めるなど教会から暗殺者が幾人送られてくるかわかったものではない。というか騎士団の同僚に殺されかねない。


選択肢3


「今日は空が青いですね。」


結論

 いつもである。

 しかも今は屋内だ。完全に話をそらそうとしているのが丸わかりだし、脈絡がなさすぎて空気が瘴気へと突然変異の勢いだ。何より扉の外の者が護衛から襲撃者に変わりそうである。無論、襲撃されるのはカイルのみである。


(馬鹿な!生存ルートはないのか!?)


 カイルのその知的な脳に浮かび過ぎ去っていったルートにはもはや退路はなく、引いた先にも進んだ先にも処刑があるのみ。ことここに及んで誤魔化すなどすればイズミ様から浄化されるか、あるいは殺気を出し始めている外の2人にやられるか。カイルも近衛騎士の一員、それも近衛の中でも精鋭と言われる部類である。扉の外で聴き耳を立てている馬鹿3人にも当然気付いている。


(落ち着け、まずは冷静に、それらしいことを言った会話を思い出せ。)


 焦った思考を落ち着かせようと自身に言い聞かせるように過去の記憶を辿っていく。自身が聖女たるイズミとまともに会話したことなどそれこそ数えるほどしかないのだ。そこでふと彼は思い出す。イズミ様とまともに会話をしたのは騎士の誓いを行った時以来であることを。そしてその時自身の語った内容と騎士長のとある助言の内容を思い出し、その全ての原因を悟ったカイルは天を仰ぎ見る。


 そして選び、紡ぎ出された言葉は


「今日は、空が青いですね」


 選択肢1

 選択肢2

 選択肢3 ←


 道は決まった。


「え、えっとそうなの? ……まだ今日は外出てなくて、いい天気なんだね」


 困惑気味にイズミ様はおっしゃる。

 ちなみに本日の空模様は曇りである。


(この愚か者めが!)


 扉の外で緊迫した様子で会話を聞いていた騎士長はすでに剣に手を伸ばしていた女性騎士2名を抑えながら内心でカイルへと怒鳴り声を上げるが無論カイルには聞こえない。


 何故唐突に天気の話など始めたのか、実のところカイル自身もよくわかっていない。気がついたら口が動いていたという感じである。


 とはいえ、このカイルの行動は男としてはともかく空気を変えるという点においては非常に有効な一手であった。もっとも相手がイズミのような鈍感+純粋でなければ通用しないがことは扉の外の状況を見れば明らかであるが。


「……え、えーっとそれでその私はこの世界にずっといるつもりではないわけで、戻る方法を模索中な訳で、だからカイルを幸せにはできないというか…」


 だが、なんとか切り抜けたかなどと気を抜いた直後に言われた言葉にカイルも扉の外で聞き耳を立てる騎士長達も思わず呆然とした。


 カイルの為に先に伝えておくが彼らが呆然としたのは決して彼が振られたからではない。純粋に驚いたのだ。

 自身を無理やり連れてきた世界の人間に告白などされて(したつもりはない)尚、相手の幸せのためにその思いを受けることができないなど。どこまでも他者を念頭においているそのあり方はなんとも健気で、扉の外では再び剣に手を伸ばす2人を騎士長が抑え始めることとなる。


 扉の外で壮絶なやり取りが静かに行われる一方でカイルの心境はとても穏やかなものとなった。


(……幸せにできないのは僕のほうだというのに)


 この世界の人間と結ばれて彼女が幸せになる未来などない。

 この世界で彼女が聖女である限り、いやたとえ聖女でなくなったとしてもその一生は道具のように聖教国に使い続けられるものとなる。道具の扱いを受けるその一生に幸せなどあるはずもない。


 彼女の優しさに触れて、焦っていた頭が急激に冷静さを取り戻していく。

 くだらないことを考えて誤魔化そうとしていたことがとても恥ずかしく感じる。きちんと正直に話すべきだ。このまま誤解されたまま終わるのはおもしろくない。


「……あなたは本当にお優しい方だ。お心を悩ませて大変申し訳ありませんでした。ただ、その大変申し上げにくいのですが……」


 言わねばなるまい。

 カイルにとってこの決断は重い。あまりに重い。


 こちらが覚悟を決めている間に何やらイズミ様も妙な勘違いをしているようで顔を青くしたかと思うと妙に覚悟を決めたかのような表情をしてこちらの言葉を待っている。


 部屋の中に走る緊張の意図を察して部屋の外でも中の様子を伺うべく静かな緊迫した空気が走る。両空間の緊張の糸が限界まで張った時、カイルは覚悟を決めたような表情でその重い口を開く。


「以前、イリスの街でお伝えしたお言葉ですが、あれは騎士としてあなたに忠義をお伝えする言葉で、……その、プロポーズではないのです」


 静寂、まさにその言葉がぴったりなほど部屋の中も外も突然全ての音が途絶える。



(言った、僕は言ってしまった)


 下をむいておっかなびっくりしながらイズミ様の反応を待っているが数秒待っても反応がない。妙に思って、ちらりとイズミ様のお顔を伺うとお口を開けられて、まさにポカーンといった風に固まっていらしゃった。


「……イズミ様、はしたのうございます。」


 カイルの口から飛び出た言葉はそんな忠言の言葉だった。

 次の瞬間、聖殿に悲鳴のような怒鳴り声が響くのはもはや予定調和であった。

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