第49話 公平不公平

 シャッ、と音を立てタランチュラが吐き出した糸を素早く避け、一足飛びに距離をつめようとするが、糸を吐いたその場からタランチュラは飛びはね、周りの木々に張り巡らした糸へと乗り移るので、距離を一向につめられない。


 ジャングルのような周囲の木々がタランチュラにとっては最適のフィールドなのだろう。10本の足で縦横自在に動き、避けられた糸もその場でまた木々の間にネットのような糸が張られて、獲物の逃げ道をじわじわと狭めていく。


 一撃で得物をしとめるのではなく、じわじわと得物の体力を奪い疲弊させ、糸でからめとり息絶えた後にゆっくり近づいて食べるのだろう。


(まるで現実のクモそのものの動きね。嫌悪感増し増しだわ)


 いくらリアル化したとしてもゲーム世界なのだから、変にリアルのクモをリスペクトしなくてもいいものを。


「そういうところが嫌いなんだよね」


 しかも相手は<タランチュラ>だ。普通のクモより強い牙と猛毒を持っている。遠距離からの攻撃だけでなく、近距離からの攻撃も決して油断できない。

 もっとこれがシエル以外であれば、とっくに糸に絡め取られて終わっているだろう。

 普通のプレイヤー、普通のNPCであれば。


(急いでるんだから、こんなところで時間取られるわけにはいかない!)


 タランチュラと戦闘開始直後、ツヴァングは言うまでもなく、ヴィルフリートの方もエリアボス部屋に入ったとチャットが入った。


(それにしても、ダンジョンの突入条件をPTイベント限定にしておきながら、個別の部屋に飛ばすとかいやらしいにも程がない?)


 PTイベントなのだからmPTメンバー全員で戦うギミックにしておけと悪態をつく。

 タランチュラが糸を吐き、横に飛んだ瞬間、その方向へ通常スキル【ショートステップ】を使い移動速度を一定時間速める。


 いきなり移動速度を跳ね上げたシエルに、タランチュラが動揺し反応が遅れる。その一瞬の動揺の間で、タランチュラがシエルの射程距離内に入った。


 S8ランクから上の武器には、どの武器にも究極スキルが備わっている。それは職業を極めていくことで覚えていくスキルとは別で、武器そのものに備わっているスキルと言っていい。


 武器を扱うためのLV制限や魔力などのスペック制限とは別に、一定量の戦闘を行い武器に力を貯めることで発動することが出来る。

 溜め込んだ力を解き放ち、漆黒の刀身を覆っていた金色のオーラが一気に膨れ上がった。


エド・ドルグフ、究極スキル【クライスメント】


 1点を突くというレイピア特有の攻撃スタイル<突き>を極限まで突き詰めたスキル。通常のレイピアでは届かない位置にいる敵も射抜く、近距離DPSにあるまじき遠距離可攻撃スキルでもある。


 シエルの突きと同時に、魔力を圧縮した光線がまばゆい光と共にレイピアから放たれ、直線上にいる敵を全て射抜く。



――ギッシャアァアアアア!!――



 吹き飛ばされなかった残りの6本の足と、自らが張り巡らせた糸を駆使したのだろう。【クライスメント】の直撃はかろうじて避けたようで、流石はフロアボスだと誉めたところですでにタランチュラの頭はその鋭い牙ごと2/3が吹き飛んでいる。


 そしてその背後の木々も綺麗に丸く吹き飛ばされ、植物が縦横無尽に伸びた樹海の中にぽっかりと丸い道ができあがっていた。

 ダラダラと流れる濃紫の血の隙間から、タランチュラの目から赤い発色が弱まりかけている。【エド・ドルグフ】に溜まっていた力はMAXには程遠かったが、タランチュラを一撃で倒せずとも致命傷を負わせるには十分だったようだ。


 ガクガクと震える6本足で立ち上がろうとしているが、歩くどころか一歩動くのもやっとだ。その体で最後の力を振り絞り、近づいてくるシエルに糸を吐き出す。その糸ごと【切り替えし】でタランチュラにトドメをさした。


(これで討伐完了のはずだけど……)


 汚染されたダンジョンだ。次のエリアボスが連続で現れたり、何が起こるか分からない。 チラリとPTメンバーリストを確認すれば、ヴィルフリートとツヴァングの2人のHPバーが微妙な増減を繰り返していることから、まだ2人は戦っているのだろうと分かる。


 周囲への警戒はそのままに、タランチュラの巨大な体が黒い霧となって霧散し、その場に落ちた黒い玉を手早く【浄化】した頃に、少し離れた先に扉が出現した。

フロアボス討伐のクリアが確定したのだろう。


【聖浄のクリスタル】を拾い、さっさと無用になった部屋を後にして扉をくぐる。その先に広がるのは一面の砂漠。


「…………」


「ヴィルフリートの方じゃなくて悪かったな。口がへの字になってるぞ?」


 無言だったのだが、シエルの無言の不満を読み取ったらしい。

 すぐ目先には、巨大なサソリが腹を上にして倒れており、体中のいたる場所に強固なはずの甲殻が砕かれ、ヒビが入っている。


 尾にあったのだろう毒針は戦闘でツヴァングに吹き飛ばされたのか、どこにも見当たらない。


 ガチャと音を立て、【ジャッジメント・ルイ】の広がっていた銃口が元の形に収まるが、起動していることを示す赤いひび割れた発光はそのままだ。

 その銃を視界の端に入れつつ


(2人とも心配していたわけじゃないけど、ツヴァングはまだいいとして、ヴィルの方は頑固なんだもん)


 本当に死にそうになっても、自らの信条とやらのために、渡したものを頑なに使わなそうなので怖いのだ。

 シエルがジャングルの部屋からやってきた扉は消えたが、この砂漠エリアのボスであろうサソリを倒しても、次のエリアに進むための新しい扉は現れない。となると、

 ヴィルフリートが戦っているフロアボスに勝ち、PT全員が揃わなければ次に進めない仕組みなのだろう。


「しばらくヴィルが倒すまで待機かぁ」


 どれくらい時間がかかるか分からないけれど、どれだけ時間がかかってもいいから無事フロアボスを倒してくれさえすればいい。


 そう思っている時、唐突に切り出された。

 あまりにも唐突すぎてそれまで考えていたことが真っ白になった。


「リアルはどうなってんだ?あっちの世界はもうどれくらい経ってる?」


「………ほんと唐突だね。まぁいいけど。時間で言うなら自分がログインした段階で半年経ってる」


「話すタイミングがなかったからな。半年か、此方の時間とだいたい同じか」


 やはりツヴァングはこの世界がゲームであることに気づいているだけでなく、リアルの記憶を取り戻してるのだと確信し、内心笑む。


(『PT』に反応しなかった時点で、この世界に全く何も気づいてないわけではないとは思っていたけど、リアルの記憶を取り戻してるのは想像以上だわ)


 リアルに帰還した捕囚プレイヤーの『リアルの記憶は全て忘れていた』という証言が覆されたことを意味する。

 確かに、常にヴィルフリートが傍にいた。


 こうしてシエルとツヴァングが2人っきりで話すタイミングは、ほとんど無かったかもしてない。そしてこの世界では神の代行者とされる自分が、リアルの世界では、ただの人間でプレイヤーでしかないことも、ツヴァングは確信しての問いかけだ。


 ログインする前の情報では、リアルの話が通じる相手はアデルクライシスに1人もいないだろうと考えていたのに。


「確める術がないよ。20万ものプレイヤーのキャラ名を全員記憶するなんて無理だし、ヴィルが本当に記憶を忘れた捕囚プレイヤーなのか、ただのNPCかどうかなんて……。リアルはそうだね、事件が起こったときは大騒ぎになったよ。いきなり20万近い世界中の人が意識をゲームに囚われたんだから」


「そしてお前がこのアデルクライシスに囚われたプレイヤーを助け出すために、運営か政府のどっちかが送り込んできたプレイヤーってことか?いくら最高ランクの装備にチートステータスキャラでも、生きて帰れる保証もない世界に送り込むなんて、えげつねぇな」


「装備とチートステータスは認めるけど、自分を送り込んだのは運営でも政府でもないよ」


 自分の意思でログインすることを決意したのだ。

 啓一郎を探すために。


「運営でも政府でもない?……おもしれぇこと言うが、なんつぅかさ、俺は今のこの状況がけっこう気に入ってるわけよ」


「随分と今の生活満喫してるみたいだよね、不幸中の幸いってやつ?」


 朝から晩まで働くこともなく、毎日好きなときに鑑定でお金を稼ぎ、好きなだけお酒を飲み、女の人と遊ぶ。日々の生活に天と地の差だ。リアルとアデルクライシスの世界のどちらかを選ぶとするなら、迷いなく後者だ。


「ああ。気楽だぜ?好きな時間に起きて飯食って酒飲んで、遊んで。だからな、レヴィ・スーン様に救われちゃ困るわけなんだよ」


 ガチャと弾が充填された音と共に【ジャッジメント・ルイ】の銃口がシエルに向けられる。赤い発光が強くなっていくのは、ツヴァングが魔力を込めている証拠だ。

 その銃を持つツヴァングの目元からは完全に笑みが消え去っていた。


「チートキャラって分かってるのに、自分と戦う気?」


 いくらツヴァングがS10武器を持っているとしても、それは自分も同じだ。多少不慣れとはいえ、同じS10武器の【エド・ドルグフ】を装備している。

 そして全てのステータスは、数字こそ誰にも教えていないが、通常プレイヤーの限界を遥かに超えている。


 普通に考えるなら1対1でツヴァングに勝ち目はない。

 なのに、笑みを称えたツヴァングからの返事はないまま、【ジャッジメント・ルイ】の銃口が火を噴く。


――ドォォンン!!――


 轟音を立てて、それまでシエルがいた場所に大きな穴ができ、火柱が上がった。

 あの至近距離でまともに打たれればさすがの自分でも避けることは難しいが、銃口を向けられた段階で移動速度を上げる【ショートステップ】を発動していたことで、寸前で回避ができた。


 ツヴァングの方も当たるとは全く考えていなかったようで、砂埃の中からいち早くシエルを見つけ出し、間髪入れず次の弾を撃ってくる。


(さすがメイン職が銃装士なわけあるなぁ。こっちはあまり慣れてないレイピアなのに、回避方向や着地点も予測つけて狙ってくる。それより問題は……)


 確実にツヴァングの攻撃を避けながら、ちらりと視界端を見ればツヴァングの名前はまだPTメンバー欄に載っている。

 ゲームのアデルクライシスはプレイヤー同士の戦闘は街などの中立地帯を除き、ペナルティの付与付きで可能だったが、同じPTに入っているプレイヤー同士は、戦うことが出来なかった。


 しかし、現実化したアデルクライシスはPTを組んだ者同士でも戦うことができるらしい。 もっとも現実化したからこそ、同じPTだからと他人が絶対裏切らないなんてことは只の妄想だ。


 分厚い銃身部分が6つ綺麗に割れて分裂し、銃身が細身になる。しかし、分裂した部分は落ちるのではなく、赤い発光をそのままに銃身部分に隙間を開けて固定され、分かれた部分からも魔弾が弾きだされた。


【ジャッジメント・ルイ】本体と合わせて弾が7つ発射できる散弾タイプになったのを瞬時に理解し、複数攻撃突きである【突殺】で応じる。


 同じS10武器であるなら、チートステータスを持つこちらが負けるわけがない。

 相殺どころかツヴァングの放った散弾をシエルの突きがつき抜ける。まさか突き抜けてくるとは考えていなかったらしいツヴァングが、咄嗟に回避したところを一気に距離を詰めた。


――ガキンッ!!――


 弾を打とうとした【ジャッジメント・ルイ】の銃口に、【エド・ドルグフ】の剣先が突き刺さった。

 銃口をふさがれた状態で弾を撃てば暴発するが、銃を引けば素早さに勝る細剣士のシエルが勝り、剣を引けばそのままこの近距離で打たれて直撃は免れない。


お互い引くに引けない状況でどれくらい睨みあいが続いたのか、不意に口角を斜めに吊り上げたツヴァングに、ゾクリと鳥肌が立つと同時に何かをツヴァングは口に放り込む。その刹那、一瞬だけ見えた漆黒の丸い玉。


【ジャッジメント・ルイ】の暴発の可能性にも構わず、ツヴァングはトリガーを引いた。


――ドォォンッ!!!!――


 条件反射的に逃げたにも関わらず、ツヴァングの魔力を限界まで込めた【ジャッジメント・ルイ】の弾丸はシエルを外さなかった。


 至近距離からの直撃は避けたものの、左肩を魔弾が貫通しダラリと垂れ下がった。それはゲーム時代にはなかった激痛を伴う。


「いった………」


(痛い!!マジで痛いんだけど兄さんの馬鹿!!)


 リアル化したのであれば当然<痛み>もあるだろうと分かっていても、実際にその痛みに襲われるのと想像では、雲泥の差があった。この世界を作り、<シエル・レヴィンソン>として自分をこの世界に誘った張本人を心の中で思いっきり罵倒する。


 ズキズキとした痛みというよりも、ひたすら熱いという方が感覚的に近いかもしれない。 魔弾が貫通する際、全身にびりっとしたシビレが走ったのは魔力の影響かもしれない。だが何と言い換えようと<痛い>ことに変わりはない。


「痛いのは……大嫌いなんだよね、私………」


 無意識に<シエル・レヴィンソン>のキャラロールを忘れて、リアルの<ユイ:私>が出てしまった。それは本当にか細く独り言としても非常に小さな声だったため、誰にも聞かれることはなかった。


 リアルバレを防ぐため、念のために<シエル・レヴィンソン>はこの現実化したアデルクライシスの世界で<神の代行者>であり、男でも女でもない設定を加味し、一人称を使うとき<自分>としか使わなかった。

それが思わず激痛にはがれる。



――――――――――――――――――


 Error発生。


 PT構成にErrorが発生しました。

 非プレイヤーをPTから排除します。


――――――――――――――――――



 突如ウィンドウが現れ、赤文字で警告文が表示される。

 チラリとPTリスト欄を見れば、ツヴァングの名前が消えていた。

 汚染アイテムを飲み込み、自ら汚染魔物となったことで、プレイヤーではないとシステムに判断されたのだろう。


 PTを組めるのはプレイヤーだけだ。

 モンスターは、PTに入ることはできない。


「ピピ・コリンでモンスターが強化されるところ、見てたんだね……」


 魔弾が直撃した肩が、治癒アイテムを使わなくても目に見えて痛みが消えていく。さすがはチートキャラだ。

 多少攻撃を食らったところで、その高い自己回復力であっと言う間に回復していき、直撃した左肩を動かしてもほとんど支障なくなる。


「あんだけ騒ぎになってたら、見に行かないわけないだろ?」


「けど、まさかそれを自分自身に使おうと思う馬鹿がいるなんて思わなかったよ」


「ピピ・コリンでこいつを回収しそこねたのは致命傷だな」


「……どおりで。後で探しに行っても見つからないと思った」


 ピピ・コリンに転送されたロウガたちを倒したとき、汚染アイテムをドロップしたのが見えたのだが、周りに目撃者が多数いたことと騒ぎになってしまったので、回収しそこねていたのだ。

 早く回収しなければと思い、夜になって探しに行ったがどこにも見当たらなかった。


 (全く知らない人が汚染アイテムを拾ってないか心配していたけれど、まさかツヴァングが拾っていたなんて)

 

 なおかつ、ここに到達するまでに汚染魔物を倒してきて、どんな風に変貌するのか知っていて自ら使ったのだ。


 ツヴァングの目が汚染魔物と同様に禍々しい赤へ変わり発光し始め、身体を黒紫の霧が覆い始める。【ジャッジメント・ルイ】を握る手には紫色の血管が浮き立ち、唇の隙間から見える歯がケルベロスのように尖っている。


「誰でも普段やらないことでも、切羽詰ったら平気でやっちまうのが#人間__バカ__#だ。じゃあ、第2戦といこうか?神様」


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