第48話 忠告

「もう裏ダンジョンの攻略が始まっている頃ですな。彼らは無事攻略できると思うかの?」


 ノアン直属の部下であり、ピピ・コリン冒険者支部の副支部長でもあるビルフッドが、高台から街を見下ろすノアンの隣へそっと歩み寄る。

 今でこそ柔和な物腰で好々爺然とした様子でノアンの下についているが、前支部長であり、人族かつ年齢も60過ぎで長い白髭がトレードマークの黒呪士だ。


 現役を退く気はないが、支部長の椅子を降りても、若い者たちの育成のために自分は一介の冒険者に戻ると言い出したところを、ノアンの強い要望で副支部長として留まってもらっていた。


「どうだろうな……。3人共に曲者だ。ヴィルフリートはまぁ今更何を言うわけでないにしても、ツヴァングが闘技場で自らの力を示したのは正直、予想外だった」


 というよりも、あの遊び人がモンスターと戦う上で戦力になるとは全く頭になかった。

 意地悪をするつもりはなかったが、ツヴァングの同行許可を出せないというのは支部長の判断として正しいと思っている。ギルド支部がある土地の領主の息子(非戦力)を、護衛もなしにダンジョンに行かせるわけにはいかない。


「良くも悪くもツヴァングはこの街では昔から有名じゃからなぁ~。ピピ・コリンに住む者であやつの名前を知らぬ者はおらんじゃろ。しかし、全く悪いやつということもないのじゃよ、女遊びが過ぎるだけで。でなければ、いくらあやつが伯爵の息子でも女たちは心を許したりせんわい」


「だといいのだが、アレは死ぬまで女遊びを止めるタイプではないぞ?それか色事のもつれで、背後から刺されて死ぬかのどちらかだ」


「ほっほっほっほ、ノアンは男には手厳しいのぅ」

 

 ビルフッドは軽快に笑う。

 雑談をすることで、ノアンは己がいつの間にか気を張り詰めていたのだと分かり、一度深く深呼吸をする。

 街は普段と変わりなく穏やかで、活気と解放感に満ちている。ギルドメンバーの配置は終えて、万が一が起きた場合でも、人々の避難経路も万端だ。


 なのに理由の分からない胸騒ぎに、ノアンの表情はまた険しくなっていく。


「シエルとかいう細剣士が気になるか?目撃者の情報では街に現れたのはロウガとベストロの2体。LVは十分高いモンスターじゃ。その2体をこともなく倒したのであれば、裏ダンジョン攻略も申し分なかろう」


「そうではないよ。ハムストレムのアラルから、シエルという黒呪士に気をつけろという助言が届いている。容姿的な特徴は合っている。年頃15、6ほどの銀髪金眼の、美しい少女」


「少女?シエルは男では?浜辺で水着で遊んでおったという目撃があがっておる。じゃが、あれほどの美しさであれば少女と見間違うてもおかしくはないが。いや、それよりも黒呪士とアラルは言ってきたのか?」


 少なくともシエルがロウガ達と戦ったのは細剣だった。複数の職業を治めているものがいないわけではない。修練の過程である程度ワザを磨いた者が、自身の力をより研磨するために別の職業を習得しようとする者もいる。


 シエルもその類かと考えるも、あの歳で複数の職種や武器を使いこなせるとなると、相当の才能があることになり、扱える職種は黒呪士・細剣士以外にも十分考えられた。

 となると、敵対すれば一気に<厄介>な部類に入る。


「どこの出身なのか、何者なのか、不明な点が多すぎる。強さは別にしてあれだけの容姿だ。それだけでも噂の1つ2つ、吟遊詩人がこぞって歌いたがるだろう。それもなくヴィルフリートを伴い突然現れた」


「随分とシエルを警戒しておるな。今回の街への配備といい、何か吹き込まれたかの?」


 冒険者ギルドから直接依頼を受けた冒険者たちは、商業地区や平民の住宅区を中心に、事前の打ち合わせ通りに配備されていく。


 すでにヴィルフリートたちの裏ダンジョン攻略は始まっている時間だ。問題のシエルに、ノアンが何を吹き込まれたか知らないが、リアスのダンジョン攻略停止を命じると同時に、内密に冒険者たちへ個別依頼を行い、街の警備にまわした。


 表向きは、最近シエルとツヴァングの件で、人々が浮き立ち、街の治安が少々乱れているという理由だ。

 冒険者ギルドは街の治安まで担っているわけではないので、ピピ・コリンを治める侯爵家から警備兵や騎士たちも出ている。冒険者ギルドはその補助である。


 街全体が浮ついているので治安のために、警備を強化して一度引き締めておいたほうがいいと、ノアンが自らザナトリフに進言したのだ。ついでにツヴァングが過去に銃を扱ったことがあるのかどうか、話を聞きに。


(ツヴァングに関してはほとんど無駄骨だったな。貴族が礼儀礼節を学ぶ上で、幼少期から剣術を学んではいたようだが、それもさぼってばかりだったというし。闘技場で高ランク冒険者3人を銃で倒したという噂が本当だと知って、かなり驚いていた。嘘ではあるまい。となれば勘当された後に銃を扱いはじめたということか)


 にしても、たったその数年で、他者に気づかれずにひたすら腕を磨くというのは非常に困難だ。それにツヴァングはどこかに籠っているわけでもなく、毎日酒を飲み歩き女の家に転がり込んでいる。隠れて鍛錬するという時間そのものが無かったはずだ。


 だがシエルは誰も知らなかった銃装士としてのツヴァングの強さを見抜き、裏ダンジョン攻略の同行者とした。

 と同時に不可解な言葉を残した。


「これは私の勝手な戯言だから聞き流してくれ」


 一言断ると、ビルフッドも一つ頷き、


「構わんよ。若い者の考えに、ただ耳を傾けるのも年寄りの役目じゃ」


「ダンジョンモンスターはダンジョン外には出てこない。過去に一度も外にダンジョンモンスターが出てきたこともないから、それはこの世界の者であれば誰もが知っている」


「そうじゃな。仮にダンジョンモンスターが外へ出てくることおになれば、世界中が混乱に陥るじゃろう。入口に強固な結界を張り、常に監視を置く必要がでてくるが、それがどうかしたか?」


「裏ダンジョンのモンスターが、街に転移してきたのは、偶然だと考えていた。しかし、シエルは言った。『自分の元に転移されてきた』と。偶然ではなかったのだ。ロウガもビストロも街へ転移してきたのではなく、シエルの元に転移してきたのだ」


「シエルが言ったのか?裏ダンジョン攻略に合わせて街の警備を強化するように。まさか本当にダンジョンモンスターが外に出てくると思っているのか?」


 ビルフッドの指摘にノアンは小さく微笑を返すだけだ。

 ハッキリ警備しろと言われたわけではない。素性もしれず、冒険者ギルドに所属している分けでもない者の忠告を何の根拠もなしに信じるなどできない。


 しかし、何故か無視もできなかった。

 あの金色の瞳を見ていると、何故かその言葉を受け入れ行動しなくてはならないような気持ちに、心が傾いていく。 


 結果、裏ダンジョン攻略に合わせて街に冒険者たちを配置し、ツヴァングの話を手土産にザナトリフの元を訪ね、合同警備を取り付けた。後の祭りではあるが、普段の自分であればこの行動を疑うだろう。


「似たようなものだな。………だが、シエルと話していると、この世界を遥か上から見下ろしているような気分になる。『ダンジョンモンスターは本来の仕様から逸脱している』そうシエルは言ったが、まるで世界を両手の上に乗せて、ほころび始めた世界に目を向けているような、なんとも形容しがたい気分だ………」


(結局、裏ダンジョンに入る魔法陣、一体なにが発動条件なのか……。それさえ分かれば他にもやりようはあっただろうが、タダでは教える気はないだろうな)


 それはヴィルフリートにも言える。裏ダンジョンに入るからには、シエルから何も聞いていないとは考えにくい。だが、ノアンに話さなかった。


 生半可な交渉では、また二言返事で『ヤダ』と断られるのが目に見えている。

 冒険者ギルドで魔法陣に詳しい者たちに聞いても、クヌートが模写してきた魔法陣に心当たりのある者はおらず、発動にありがちなレベル制限や職業、武器装備でもない発動条件を特定することは出来なかった。


 なのに、シエルはいとも簡単に、ツヴァングに発動条件を付与するというのは、驚き以外の何者でもない。


 記憶の中で、ヴィルフリート、ツヴァングに囲まれ、揺るがない自信に溢れた微笑を称えるシエルの姿が、ノアンの脳裏に思い浮かぶ。





 常にマップの位置を把握しながら、シエルは小走りでダンジョンの通路を走り抜けていく。途中いくつか小部屋を見つけたが、小部屋に入ればまた推測不可の場所に転送されるので見向きもしない。


 小部屋に入るのは、通路が2人に繋がっていないと分かってからだ。しかし通路探索だけに時間はあまりかけれない。ヴィルフリートのLVは188であり、汚染モンスターと決して戦えない強さではない。


 一匹であれば問題ない。けれど数匹になると途端にヴィルフリートの不利になる。たった1人で汚染強化された魔物との戦闘に、長時間耐えるのはキツイだろう。

 通路に魔物の巡回がなければ、その場で動かずずっと待てばいいが、エンカウントすれば戦闘必至になる。


 もちろんヴィルフリートにはマップを常にチェックしていて、汚染モンスターを示す紫のマーカーが表示されたら、できるだけ見つからないよう逃げるようにとは伝えてある。

 だが、全て逃げ切るのは不可能に近い。

 S10武器を持っているツヴァングの方はヴィルフリートと合流した後だ。


 ピッ―、と。


 走る前方のマップにピッと紫のマーカーが2つ表示される。マーカーは魔物がいる場所を示すだけで、どんな種類の魔物かは直接見てみなければ分からない。

 けれど走る速度は落すことなく、むしろ速くなる。


(見えた!敵はロウガとシャーザック!)


 ロウガは前に街へ転送された馬頭の魔物。シャーザックは槍を持ち、背中に蝙蝠のような翼と尻尾が生えた悪魔だ。

 一気に距離を詰め、敵がこちらに気づき武器を構えたときには、レイピアの攻撃距離内に入っている。


「邪魔だよ」


 無数の刃で敵を貫く【突殺】を放ちロウガを一撃で仕留めた後は、バッと【突殺】を避けながら、横に回りこんだシャーザックを捕縛対象に合わせ、スキル【飛び込み】で慣性の法則を無視した動きで、胴の下に潜り込む。


 本来レイピアは『突き』に特化した武器だ。剣同士で交えたり、何かを斬るということはほとんど不向きな剣だったが、S10武器である【エド・ドルグフ】はその強靭な細刀で、簡単にスパッと小さな音を立て、シャーザックの太首を跳ね飛ばす。


 黒い霧となってロウガとシャーザックが消えた跡には、汚染アイテムであろう黒いガラス玉がぽとりと落ちるが、拾うことなく先へと通路を再び走り出す。


(自分と同じ位の速度で動いてるマーカーが多分ツヴァングだ。なら、通路を行ったり来たりしながら動きがゆっくりなのがヴィル!はやくヴィルの方と合流しなきゃ!)


 マーカーの動く方向は通路に左右されるが、速度は別だ。PTメンバーごとにマーカーの色分けはされておらず、ダンジョン内は東西南北の方位も設定されていない。

 なので、マーカーだけではどちらがPTの誰なのか判別つかないのだ。


「ッ―!またか!」


 まだ走っている途中でマップに表示された、通路の先が行き止まりになっていることに気づいて立ち止まる。


 これで3度目だ。あと少しでヴィルの元まで近づけそうなのに、通路が閉ざされている。ここに至って優先順位を<合流>から別のものに変更する必要性がでてきたのかもしれない。


(通路はもしかすると繋がっていないのかもしれない。となると、同じマップでも1人1人別エリアに飛ばされたのだとしたら、そのエリアの何かギミックを消化することで合流できるとか?)


 同じマップでPTメンバーの位置が見えることで、別エリアに隔離されたとは、直ぐに考えが直結しなかった。


『おい』


『なに?』


ツヴァングからのチャットに答える。


『これ、通路繋がってねぇんじゃねぇか?さっきから突き当たりばっかなのと、元来た道が変わってる』


『同じこと思った。これマップ一緒だけど隔離されてるっぽいね……』


『部屋に入るしかねぇってことか』


『通路が繋がってないんじゃ仕方ない。入ろう』


 そしてヴィルフリートの方は何の仕掛けが施されているか分からない部屋に、たった1人で小部屋に入ることは心配だったが、今のところ他に選択がない。


 内心こっそり思う。

 小部屋にも種類があり、扉が転移ギミックであるものと、そうではないものがやはりあるのではないか?そして転移する場所も隔離エリアだけではなく、最悪いきなりボス部屋にぼっちで飛ばされたりするのではないか?


 自分のあてずっぽうな推測でしかないので言わないが、なんとなくそんな気がしてならないのだ。


 元来た道を戻れば、メモしてきっちり道を記してきたわけではないが、ツヴァングの言う通り道が変わっている。ついさっき通った道だ。記憶違いなんてことはないだろう。

 小部屋の扉を見つけたら躊躇せずに飛び込む。


 案の定だ。


 一箇所目は最初想定していた魔物が連続して20体現れ、その戦闘の間扉は消えて、魔物を全て倒すとまた扉が現れ、扉を出ると別の場所に転移されている。


 2箇所目はトラップ部屋で、部屋の一定の場所に毒沼が現れ、部屋の中を移動する沼をひたすら避けながら、壁からいきなり槍が放たれるのを避けたり、火の玉が飛んでくるのを避けるギミックメインの仕掛けだった。


 そして3箇所目は、部屋の中が薄暗くジャングルかと見間違うような植物が、生い茂っている。巨大なが幹の木が生え、枝からは長い蔦が垂れ下がる。落ちた葉が地面に積もり発酵したような独特の腐葉土臭が鼻をつく。


(さっきまでと雰囲気が違う……)


 これまで入った小部屋が、レンガの壁に囲まれただけの殺風景な部屋だっただけに、部屋の中が壁も見えないほど植物に覆われたジャングルというのは、他の部屋とは違って様相を異なっている。

 そこへ、再びツヴァングのチャットが入り、


『俺、当たり引いたかも』


『おめでとう。ダンジョンボス?フロアボス?』


『どっちだろうな、みかけだけなら普通の魔物じゃねぇ。でっけぇサソリだよ。見るからに硬そうな外殻に覆われて、赤いオーラ放ってる。部屋もだだっ広い砂漠だし。やだね、コッチ見んなよ。俺の趣味じゃねぇよお前』


『こっちもジャングルみたいな部屋に入った。湿気がすごいよ』


 そこまでチャットして、目の前の雑林の奥で、ばり、ぼり、と何かが砕く音が聞こえ、そっと気配を殺して近づいていく。


『自分も当たりかな……』


 木の後ろからこっそり見た光景に、おえっ、と嘔吐感が込み上げてきた。

 共食いしている。ダンジョン内に沸いたモンスターだろうか。獣種か悪魔種の魔物かは判別できなかったが、その足をぼりぼり貪っている巨大なタランチュラからそっと視線を外す。



【解読(ディサイファー)】


NAME:tarantula of engorge(暴食のタランチュラ)

LV:220

TYPE:昆虫種



『クモ苦手っていうか大嫌いなんだけど……しかも、やたらとデカイし……』


 汚染されていた時の目玉がいっぱい付いていたルシフェルといい、目の前のタランチュラといい、自分の苦手なものしか出てこないのかとゲンナリしてくる。

 どうせならツヴァングの方のサソリの方がまだよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る