第36話 岬の洞窟

 ラドゴビスの突進を紙一重で避けながら、急所の1つである首の付け根に、ヴィルフリートはグングニルの槍を突き立てる。


「ラスト!これで終わりだ!」


 その一撃がピンポイントでラドゴビスの頚椎を破壊し、『ギャッ!!』という一瞬の叫び声と痙攣の後に生き絶え、その場に崩れ落ちた。


 ふぅ、と息をついてからまわりを見渡せば、討伐目標数以上のラドゴビスが倒れていた。

 波打ち際に数頭、岩場の上にも1頭、そして砂浜はその倍の数が血を流し横たわっている。他にも隠れているラドゴビスがいないか、周囲を確認してから、半分呆れ気味に後ろを振り返った。


 岩場の影に、冒険者と思われる4人と、どう見ても冒険者には見えない眼鏡をかけた学者風の細身の男が1人、ヴィルフリートの戦いを瞬き1つ見逃すまいと見ていた。


「す、すごい……こんなに多いラドゴビスの群れをほとんど1人で倒すなんて……」


「まさか高名な紅蓮のヴィルフリートさんにお会いできるなんて光栄です!」


「これがSランク冒険者の実力!」


 口々にヴィルフリートの戦いを褒め称えているが、当の本人はあまり聞きたくない己のふたつ名に、視線が悲壮に泳ぐ。


 まだ駆け出しの冒険者だった頃、早く強くなりたいのと高ランクに上りつめたかったことで、物静かなイメージが強いエルフらしくないやんちゃっぷりに、いつの間にかついていた2つ名だった。今思い出しても若気の至りというやつだ。


 そのやんちゃも落ち着いてだいう経つのだが、最高Sランクであるヴィルフリートは冒険者の間で噂になりやすく、また目標でもあるため、その頃の話がすっかり尾ひれ背びれがついて誇大化されてて手が付けられなくなっていた。


 大方この冒険者たちもヴィルフリートの、現実離れした冒険譚を吟遊詩人あたりの歌で聞いて、信じきっているのだろう。

 期待と尊敬で、瞳が輝き過ぎだ。


「俺のことはいいから、お前らなんでこんなところにいたんだ?この辺りはラドゴビスの縄張りなのに知らなかったわけじゃないだろ?」


 冒険者たちは4人PTのようだが、決して冒険者ランクが高い実力者というわけでもなく、そこに一般人が1人。

 LV90のラドゴビスの縄張りに足を踏み入れて、わざわざ死に来たのか?と疑ってしまう。

しかし問われた全員は一斉に首を横に振った。


「いえ、俺たちはラドゴビスを討伐に来たんじゃなくて、この先の岬の洞窟調査が目的だったんです」


 PTのリーダーらしき男が一歩前にでて、理由を話し始める。


「名前は?」


「Bランクのマルコ・ベニロガです。洞窟調査は前にも来たことがあって、岬の洞窟へは迂回すれば、ラドゴビスの縄張りを侵すことなく辿りつけていたんです。だから今回も同じ道を通って行こうとしたんですが、洞窟の中にラドゴビスがいて、慌てて逃げたんです」


「もともとラドゴビスの縄張りだったわけじゃなないのか?前に来た時がたまたまラドゴビスがいなかっただけじゃなく?」


 問い返すヴィルフリートに、武器を持っていない学者風の眼鏡の男が前に出た。


「私は長年このあたりの魔物の調査をしている学者のクヌートです。ラドゴビスは自分達の縄張り意識が強い反面、縄張りを広げようとしたり、縄張りから出ようとする習性はありません。その証拠にすでに何度か行っている調査だから、冒険者ギルドも依頼を受けてくださっているのです」


 それでもモンスターと遭遇してしまわないよう、皆で気をつけて向っていたところに、洞窟内でラドゴビスと遭遇し、必死で逃げている途中で、ラドゴビスの縄張りに足を踏み入れてしまったのだと補足する。


(そういえば、ここに来る途中ですれ違った漁師が、最近ラドゴビスの気が立っていると言ってたな。それと何か関係があるのか?)


 ラドゴビスが縄張りから外へ出ない習性であることは、ヴィルフリートも知っている。だから野良のモンスターではあるが、縄張りに入りさえしなければ危害はないと人々との住み分けが出来ていた。

 なのに、縄張りの外へラドゴビスが出始めたとなると、それを知らない人々が襲われるといった被害が増えるだろう。


「そもそもその洞窟には何の用があるのか聞いてもいいか?依頼に関わることだから、守秘義務があるのなら無理して言う必要はないぞ」


「守秘契約はしていないので問題ありません。洞窟奥には最近になっておかしな魔法陣が浮き上がっているのが、近くの漁師によって発見されました。私たちはその調査を行っていたんです」


「魔法陣ねぇ……」


 ラドゴビスの縄張り近くに現れた魔法陣と、産卵期でもないのにラドゴビスが気を荒立てはじめたのが、関係あるのか気になってくる。


(突然現れた魔法陣ってことか……)


「念のため俺もその魔法陣とやらを確認しておきたい。もしまだ調査に行く気持ちがあるなら俺も一緒に付いて行っていいか?」


 ヴィルフリートが冒険者ギルドから受けたラドゴビスの討伐依頼は既に済んでいる。ラドゴビスの縄張り内にある洞窟であれば、それほど遠くない距離のはずだ。

 ピピ・コリンに戻るのは少し遅れてしまうが大丈夫だろうと、同行を申し出る。


「ヴィルフリートさんが一緒に付いてきてくださるんですか!?」


 同行を申し出たヴィルフリートに、偶然遭遇したマルコたちを初め、クヌートまでぎょっと驚く。


 ラドゴビスが洞窟を巣にしてしまったのなら、とてもではないがマルコたちでは敵わない。

冒険者ギルドの依頼は想定外のアクシデントが起こった場合、報酬の3分の1が保証されている。もちろん証拠があった上での保証だが、今回は依頼主のクヌートの証言もあることだし、調査は諦めて一旦街へ戻ろうと考えていたところだったのだ。


 そこにヴィルフリートが同行してくれるとなれば、ラドゴビスと遭遇しても倒すことができるだろう。もちろんマルコたちもヴィルフリートの邪魔にならないよう気をつけながら戦うつもりだ。


「「「「「ありがとうございます!是非お願いいたします!」」」」」


 事前に打ち合わせしていたかのように一同に礼をされる。


「よろしく頼む」


「では、軽く自己紹介をしますね。自分は先ほど言いましたがマルコです。斧戦士です。そして黒呪士のザック、治癒士のレイニ、槍術士のノーランです」


「「「よろしくお願いします!」」」


 冒険者ギルドに登録できるPT人数は、最大6人だがそれより少なくても全く問題ない。マルコたちも、4人PTとしてはバランスの取れた編成だ。

 

 前衛と後衛の役割分担がはっきりしており、ランクにあった討伐依頼なら、そう苦戦することなく達成することが出来るだろう。

 軽く頷けば、さっそくとマルコを先頭に岬へ歩き始める。


「あ、あの、質問してもよろしでしょうか?」


「ん?」


 急にヴィルフリートに声をかけてきたのは、冒険者PTの紅一点の女性である治癒士のレイニだ。

 ユスティアほどレベルは高くない様子で、まだまだ駆け出しの冒険者の雰囲気が漂っている。


「ヴィルフリートさんは誰か特定の人とPTを組まないで、ずっとソロで戦っているそうですが、一人は大変ではないですか?」


「大変と言えば大変だが、性格の問題だ。誰かと一緒に行動するより、1人の方が気楽なんだ。それに身の丈以上の欲さえ出さなければ、だいたい行けるぞ」


「そんなものなんですか……?私は冒険者になってまだ日が浅くて、みんなの足手まといになっていないか常に心配で……」


「そんなことはない!レイニは俺たちの仲間だ!回復や援護だってちゃんと出来てるから、誰も死んでないだろ!」


 すぐさまザックのフォローが入ったが、励ましになってるか微妙な励ましに、思わずヴィルフリートは口元を抑えて笑みを堪える。

 冒険者は常に死と隣り合わせの危険な職業ではあるが、死ぬ死なないは治癒士だけの問題ではない気がする。


「やめてよお兄ちゃん!ほら!ヴィルフリートさんに笑われたじゃない!馬鹿!」


「馬鹿!?せっかく励まそうとしたのに!」


 顔を真っ赤にしたレイニと心外だといわんばかりのザックの兄妹喧嘩が始まり、マルコとノーランが慣れた様子で仲裁に入る。

 この様子では2人の兄妹喧嘩は珍しいものではないのだろう。ソロではなく多人数PTだからこその賑やかさだ。1人では出来ないことも仲間と助け合うことで成し遂げることができる。


(とは言っても、俺もソロとかいいながら最近は1人じゃないが)


 冒険者ギルドへの申請ではない常識はずれのPTを今も組んでいる。

 PTを組んだ相手とどれだけ離れた場所にいても会話ができ、相手の様子を覗うこともできる世界(システム)を通したPT。


 視界の左端には常にシエルの名前と自分の名前が連なって、枠で囲まれている。


――同じ世界にいるんだから、当たり前じゃないの?――


 さもそれが当たり前のようにシエルは首を傾げて言うが、世界を通して繋がることの、どこか当たり前なのかさっぱり理解できない。

 ただし、シエルと旅をするようになって深く考えても無駄だと思い、そういうものなのかと流すことにするようにはなった。所詮相手は『神の代行者』だ。感覚がズレていても仕方ない。


「見えました!あそこの岬の下に洞窟があります!」


 声を上げたクヌートの指差す方向を見る。確かにこの辺りの浜辺は、近くではあるがラドゴビスの縄張りの外だし、そこまで強い魔物もいない。

 Bランクでも十分出来る護衛だが、ラドゴビスが行動範囲をここまで広げてきたのは、何か原因があるように思える。


「さっき俺が向こうで戦ったから、他のラドゴビスは隠れたらしいな。これなら戦闘になることなく辿り着けそうだ。ラドゴビスが戻ってくる前に、手早く調べてしまおう」


「ですね!大潮の日は入り口まで波がくるんで、洞窟の中に入れないんです。それにもしよかったらヴィルフリートさんのご意見もお伺いしていいですか?誰もいないのに魔法陣だけがあるなんて、僕の知識では原因に心当たりがなくて、八方塞がりだったんです」


「あまりあてにするなよ?俺だって魔法の類は少し齧った程度で専門外だ」


 使えないよりは使えるほうが良いだろうと、昔知り合いの黒呪士に少し黒呪士の魔法について教えてもらったが、基本的なおさわり部分と初期魔法くらいだ。

 とてもではないが魔法陣を併用した高LV魔法は分からない。


(1人、規格外にぶっとんだ黒呪士の知り合いなら、何か知ってそうではあるが、アレは下手に紹介は出来ないからな)


 こちらは<レヴィ・スーン>です、とクヌートたちに紹介出来るはずがない。

 それに、鑑定のために紹介したツヴァングのところには、もう訪ねたのか気になっているが、シエルからは何の音さたはない。


(行ったんなら行ったで、紹介した俺に一言くらい連絡が欲しいもんだが)

 

 チャットはずっと無言だ。それにシエルに何事もなかったなら、それでいい。

 そして、ハムストレムでぼった価格の剣を買ったときのように、また軽はずみに問題を起こしてなければいいが、と頭の隅で思う。


 

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