第31話 別行動ーヴィルフリート

「兄さん、どこいくんだい?この先はラドゴビスの縄張りだから近づかないほうがいい」


 この辺りを漁場としている老漁師だろうか。

 釣竿とエサ箱、そして腰から魚が数匹入った腰網を下げ、ヴィルフリートとは反対方向の村の方へすれ違い様、声をかけられる。

 この近くまで藁が積まれた馬車の荷に乗せてくれた農夫にも、同じことを言われたなと内心思いつつ、


「そのラドゴビスに用があるんだ」


 心配してくれたのだろう老人に、軽く笑むと、


「ああ、冒険者か。あんな化け物相手にするなんてアンタ強いのか?最近ヤツラが変に気が立ってて困ってたところだ」


 ヴィルフリートが背中に背負った槍を見て、納得したように隣を通り過ぎる。

 向っている先の入り江は頑強な鱗に全身覆われた海獣ラドゴビスの縄張りになっている。


 手足にはエラと鋭い爪を持ち、長い尻尾の背にも棘が並び、振り下ろされる尾の一撃は岩など簡単に砕いた。顔は口の長い爬虫類に似ているが、ドラゴンに似た牙と顎で噛まれたらひとたまりもない。


 そのドラゴビスの5匹討伐が、今回の依頼内容だ。既に何度かやったことのある討伐依頼なので、ヴィルフリートもそこまで気を張り詰めているわけではない。

 それよりも、行動を別にしているシエルに気がかりがあった。


『鑑定士の名前は、ツヴァング・リッツという』


 一通の紹介状を手渡したとき、伝えた鑑定士の名前にシエルの表情は一瞬固まった。


しかしツヴァングを知っているのかと尋ねても、素っ気無く知らないと首を横に振るので、それ以上尋ねることはしなかった。

 だが、間違いなくシエルはツヴァング本人、もしくは名前を知っている。


 過去に何度かツヴァングに鑑定依頼をしたことがあったが、初対面から性格が合わないと直感した。元は上位貴族の息子らしいが、放蕩が過ぎて勘当されたものの、鑑定士の腕だけは一流で、それでのらりくらりと日々を面白おかしく生きているというのがあてはまる。


 金儲けにはほとんど興味がないようで、ある程度酒を飲んで遊んで暮らせる程度の金以外は、自分の興味があることと女遊び、楽しいことを優先する。


 ヴィルフリートも紹介してもらう前から、ツヴァングの名前だけは聞いていた。

 ピピ・コリンに腕は一流だが性格は最悪な鑑定士がいると。


 ダンジョンでドロップした装備を、どうしても鑑定できる鑑定士がおらず、あまりいい噂は聞かなかったが仕方なく依頼したときは、酒臭い二日酔いで『鑑定代価に女物のドレスを着てくれ』と来た。


 コロスぞ?このクソヤロウ?


 本気で殺意を覚えたし、今思い出しても腹が立つ。


(ツヴァングと何かあれば、すぐに行くからPTチャットで連絡くれとは言ってあるが、どうだろうな)


 何かあってもシエルが連絡してくるかどうか疑わしいところだ。

 とは言え、襲われたところで、シエルも黙ってやられる性格はしてないし、たいして戦えもしないツファングくらいデコピン一発で倒すだろう。


 無理に聞き出そうとは思っていない。だが、気になる。

 なぜこの世界に現れたばかりのシエルが、ツヴァングのことを知っていたのか。


 冒険者ギルドの討伐依頼に期限はなく、その依頼を終えるか、キャンセルしなければ新しい依頼を受けることが出来ない制限はある。

 しかし冒険者ギルドの依頼は、少し遅れるくらい構わないから念のために自分も一緒について行こうか?と言っても、シエルは頑なに要らないと言う。


 どうでもいいことはすぐにヴィルフリートに泣きつくくせに、肝心なことは決して話さない、頼らない。


 例えばシエルはどこから来たのかということもそうだ。

 この世界はシエルの#兄__啓一郎__# が創り、管理していた。そして<シエル・レヴィンソン>を神が創った器というなら、その延長線で器に入っている中身のシエルはどうしたのか?と考えてしまうというものだろう。


(単純に考えるなら神の国からやってきました、ってのが妥当だが……。なんだかシエルと会ってから急にとんでもない方向に流されている気がするぞ……)


 今考えれば、まだシエルと知り合って間もないころに、半信半疑のまま自分はよくぞ『お前はレヴィ・スーンか?』と尋ねられたと思う。冒険者ギルドでレヴィ・スーンの出現を聞かされて、気づかないうちにアラルの熱に自分も浮かされていたのかもしれない。


 一歩間違えれば、頭がおかしいキチガイだし、シエル本人にその自覚があったら殺されていたかもしれないのだ。


(世界中から狙われてるってのに、無防備な上に無警戒過ぎるし、だいたい五日間限定で男になるとか、そんなのアリなのか?)


 いつもは自分が朝起こしても全く起きないし、ようやく起きても、ぼーっとしてしばらく動かないのに、ピピ・コリンに着いた翌朝は、朝早くから自分から起き出して、男になったと喜び報告してくる。


(出会ったときから隣で寝てたせいか、ベッドも一緒に平気で寝るようになったし無防備過ぎるだろ?)


 一度した手合いではヴィルフリートの完敗だった。シエルは全く本気を出さなかった。情けないが、例え襲われても敵じゃないと思われているのかもしれない。


 (ガキが隣で寝てるくらいだとしても、ほんと起きてすぐで頭が覚めてなくてよかった……。あれ寝起きとかじゃなかったら驚くってもんじゃねぇ?)


 寝ぼけ眼にシエルに見せられたコマンド画面(というらしい)。

 当人の#ステータス__強さ__# がどれくらいのものなのか表示する画面らしく、性別の項目はシエルの言う通り<男>になっていた。


 だが、いきなりそんな画面を見せられて、昨日まで中世体だった奴が、一晩で男になりましたと言われてもハイそうですかと納得出来るわけがなかった。


 確かに物はこの目で確認はしてないが、喉ぼとけはでてた。確認のための抱き心地も、いつもより骨ばってた気がしなくもない。


 男でも女でもなく、男にも女にもなれると最初にシエルは言った。しかし、海で遊びたいがためだけに【アダムの実】を食べると、簡単に五日間限定で男になる。

 自分の常識などシエルには全く通じないのだ。


 これは期間限定であるため、性別が男に固定されたわけではないらしいが、自分の好きな性別になりたいときになれるというのはかなり反則に近いのではないだろうか。

 それはつまり、裏を返せば意図的に女になることもできるということを意味するのだから。


(大概めんどくさがりだし、我慢は知らねぇし性格もクソガキだが、顔だけはいいからな。顔だけは)


 目が覚めるような虹色に輝く銀の髪、大きな金の瞳に白磁の肌、薔薇色の唇。

 ベッドを襲いに来たときの寝巻き姿のシエルが、頭の中で女性の体になって思い浮かぶ。


「だーーーーーー!!!何考えてんだ俺!?アイツはまだ女じゃねぇ!」


 頭を横に振って想像を打ち消す。

 海の入り江にむかう一本道で、ヴィルフリートの絶叫がこだました。

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