第30話  黒の断片

 

『黒の断片を鑑定士に見てもらおうと思ってる』


 ヴィルフリートが討伐依頼に行っている間、シエルは【黒の断片】を鑑定してくれる腕のいい鑑定士の紹介を求めたのだが、その一言にヴィルフリートの眉間に皺が寄った。


「それは鑑定士に見せて大丈夫なものなのか?」


 ヴィルフリートの眼差しは真剣そのものだ。

 それは【黒の断片】という<#シエル・レヴィンソン_神の代行者__# >にとって非常に大事なものを、自分達以外の他人に見せていいのか?という意味と、シエル以外の誰かが触れても平気なモノなのか?という2つの意味が込められていた。

 

 アダマイト鉱山のダンジョンで、汚染されたモンスターが落とした『汚染アイテム』は、触れた者を毒や衰弱の呪いをかけるアイテムだった。

 【黒の断片】はすでにシエルが浄化したものではあるが、汚染源だったことに変わりない。


 【鑑定士】は、エリシアの【星占士】と同じくNPC限定の職業だ。


 することは、文字通り鑑定。ダンジョンで稀に宝箱からドロップする未鑑定アイテムや武器は、そのままでは使えない。なのでNPCの鑑定士に鑑定してもらうことで、不明だったステータスが明かになり、アイテムとして使用することも、武器として装備することも可能になる。


 シエルがカンストしているステータスや職業は、あくまでプレイヤーがなることのできる職業に限られる。よって鑑定士のスキルは一つも持っていない。


 しかも鑑定希望のモノがモノだけに、誰でも鑑定できる代物ではないだろう。鑑定して無事である保証もない。なにしろダンジョンを1つ汚染させた原因なのだ。


「見せるのは構わないけど、触れた相手が平気かどうかは分からないから、触ってみて?自分は平気だったよ?」


「だからって俺に実験させる気か……」


 ヴィルフリートはがくりと項垂れる。


「もし何かあったら速攻で回復魔法かけるから大丈夫だって!」


 全く励ましにならない励ましをして、シエルは机の上にコトリと【黒の断片】を置く。

 手のひら大の石版の欠片。文字らしきものが刻まれてはいるが、なんと書いてあるのかは分からない。


 チラ、とヴィルフリートはシエルを横目で見るが、クイと顎で促され早く触ってみろと催促してくる。


(ここで俺が断って、見ず知らずの誰かで試されても面倒か………)


 仕方ないと諦め、ヴィルフリートは恐る恐る人差し指を伸ばしてみる。


ちょんちょん。


「「「………。」」」


 汚染アイテムのように、特に呪いや毒といったデバフがかかることはない。

 思い切ってヴィルフリートは人差し指と親指で摘み上げてみる。


「大丈夫、だな……?」


 自分に変なデバフがかかってないか確認すると、シエルがコクリと頷き、それをみてはぁ~と安堵の溜息が漏れた。

 いくらすぐ目の前に凄腕の治癒士がいても、心臓に悪すぎだ。


「自分では調べられなかったのか?」


「簡単な解析くらい。断片というからには他にも同じような断片があることと、他に気づいたのは……それ、机に置いてみて」


 言われたとおりに、机の上に断片を戻すと、静かにシエルは唱える。


「【#開錠__アンロック__# 】」


 手のひら大の断片の上に、同じ大きさの魔法陣らしきものが展開される。青く光る線で描かれたそれは文字が1つも描かれておらず、大小異なる歯車が規則的にクルクル回っている。まるで時計の歯車のようだ。


「ほう?これは何だ?」


「それが分からないんだよ。クルクル回るだけでさっぱり」


 魔法が発動するわけでも、モンスターが召喚されるわけでもない。

 ただ音の鳴らないオルゴールの歯車のように、規則正しく回っている。


「ということで、鑑定士に見てもらおうと思って」


「未鑑定品かもしれないってことか」


「そそ」


「汚染されていたとは言え、ダンジョンボスだったルシフェルからドロップされたアイテムなら、未鑑定アイテムの可能性は無きにしもあらずか」


 ふむ、と体を起こしヴィルフリートは腕を組み思案する。

 本音を言えば、シエルが関わるアイテム情報をほんの僅かであっても外へ漏らすのは避けるべきだと思う。


 いつどうやって、何がきっかけでシエルを利用しようとする者たちが勘付くとも限らない。元からシエル自身に<レヴィ・スーン>である自覚がほとんど無く、軽はずみな行動に走りがちなのだ。


 ハムストレムではS4武器を破格値で買ってしまった。ダンジョン調査の報告をしたときも、アラルは『汚染アイテム』について、深く追求しなかったが、外見から豪快に見えて、行動は慎重派だ。


 カインとユスティアも、シエルへの誓いから、簡単に話すことはないだろうと信じているが、何があって口が滑るとも限らない。人の口に鍵はかけれないのだ。


(アラルの性格じゃあ、シエルに興味を持つなって言う方が無理だろうな)


 あの国にはしばらく近づかないほうがいいだろう。


 とはいえ、<レヴィ・スーン>でも、それが何なのか分からないアイテムとなると、鑑定できる人物はごく少数に限られる。

 ヴィルフリートの知る鑑定士たちの中で、もしかすると『黒の断片』を解析できるかもしれない心当たりはたった一人。

 けれど、その人物をシエルと接触させて大丈夫なものか、迷いつつ、


「……1人、鑑定できるかもしれないヤツに心当たりがあるにはある。運がいいのか悪いのか、そいつがいるのはこのピピ・コリンだ」


「さすがヴィル!やっぱり鑑定士にもコネ持ってるよね~!」


「喜ぶのはまだ早い」


 落ち着いた声で、喜ぶシエルにすかさず待ったをかける。


「ヤツの腕は保証する。だが、性格が曲者なんだ。鑑定依頼を受ける受けないは気分次第、金を積めばいいって問題じゃねぇ。俺も出来るならアイツだけは避けるし、俺はあいつが嫌いだ」


「でも腕はピカイチ?」


「腹立つことにな」


「じゃあ、紹介して?」


 どうせ最後は紹介してとシエルは強請ってくるだろうなとヴィルフリートは内心思っていたが、こうも簡単に紹介をお願いされると自分の話を全く聞いていなかったのか?と一言いってやりたい気分になる。


 ちょっと上目使いのおねだりも、可愛さ半分、腹立たしさ半分だ。

 けれど、少々名が知れた程度の鑑定士なら、初めから見せない方がいい。


「……わかった。だが、アイツの得意分野は装備や武器の鑑定だ。ハムストレムのダンジョンで装備していた杖なんて持っててみろ。すぐにS10ランク武器だと見抜くぞ」


「一目でS10って分かるの?すごいじゃん!」


「ということは、やっぱりあの杖S10ランク武器だったのか……」


「あ!ひどい!しれっとハメたね!?」


 薄々は思ってはいたものの、あえて聞かないでおいたシエルの杖のランクだったが、こうも簡単に引っかかってもらわれると、急な脱力感に襲われる。


 ただそこに在るだけで威圧感と魔力を放ち、いざ戦闘になれば周りに魔術文様の光る帯が回転する杖など、並大抵の武器であるはずがないのだ。

 もっともシエルは最高ランクのその杖であろうと、平気で物干し竿代わりに使う神経の持ち主ではあるが。


「悪かった。謝るからアイツのところに行くときは、着ていく服装は少し考えて行ってくれ」


「えー?じゃあ服(装備)買わないといけないの?めんどくさい~」


「適当な服でいいんだぞ?Aランクあたりの」


「S10装備以外は、今日買った水着とかパジャマとか部屋着しかない」


 頬を膨らませシエルはむくれる。

 しかもS10装備なら、武器と防具を全職業フルセットで持っていると言うのだから、乾いた笑いしか出てこない。


 S10武器を持っているのだから、装備も相応にランクが高いものを持っているのだろうと思ってはいたが、S10装備しか持っていないというのは、さすがにヴィルフリートも予想外すぎた。


 むしろ


「お前に聞いた俺が馬鹿だった」


(いつも、いきなり道具やアイテムを取り出す透明な箱の中に、神話級の最強装備が全部入っているってことか?)


 今更ながらに、シエルの常識外れ感を思い知らされた瞬間だった。


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