第25話 召喚神<ルシフェル>

 先端にはめられた赤水晶はキィィィンと高音の音を立て、柄に刻み込まれた魔術文様が杖全体に光る帯となって、杖をぐるりと回転し始めた。


 ヴィルフリートと手抜したときや、ここに来るまでの『杖を持っているふり』した見せかけでもない。

 シエルの魔力に呼応した赤水晶が発光しはじめ、杖全体が青白いオーラを帯びる。


「【展開(エクスプラケイト)】」


 唱えると、シエルの足元に2メートル四方の光る円形魔法陣が広がっていく。効果は攻撃特化、使用魔法の威力上昇だ。

 ほぼ回復し終えたルシファーが急速に高まる魔力と展開された魔法陣に、全ての目がシエルを映す。


 その威力上昇魔法で強化してシエルが放つのは、先ほど使ったアバルドルと同じ光属性の範囲魔法。


「アバルプラーナ!」


 だが今度のは放つ光矢の数に制限はない。無数の光弾が空中に現れてルシファーに飛んでいく。ルシファーも再び体の回りに魔弾を展開し応戦するが、その一発一発の威力は明らかで、光弾が魔弾を貫き、次々とルシファーに命中していく。


――ギギギャァァァッ!!!――


 光弾の雨を浴びたルシファーが絶叫を上げ、とうとうその巨体を噴き飛ばされた。


――ドドドドドォォォオン――


 部屋の壁に巨体が激突し、壁にヒビが入り崩れ落ち、土煙が舞う。

そのあまりの巨体は土煙で全て隠れることはなく、傷ついた肉の筋から紫色の血がぴゅーぴゅーと音を立てて噴水のように流れ出た。


「あのデカ物を魔法一発で吹き飛ばしやがった……」


 自分の目に映る光景が信じられないとヴィルフリートは呆然と呟く。

 決してルシファーが見掛け倒しの巨体で弱いわけではない。ルシファーの放つ魔弾の威力は、その一発を直接グングニルで受けて知っている。


 だとするならシエルが強すぎるのだ。


――グルアァァァ!!!――


 土煙の中から魔弾よりも大きい数本の魔矢が放たれ、シエルを襲ったが、それをジャンプで避けつつ、一足飛びにルシファーとの距離を縮めた。


 基本的に黒呪士は遠距離からの攻撃を得意とし、逆に近づかれると防御する術が無く倒されてしまうというのに、シエルは自らルシファーに近づく。


(一瞬だけ肉塊の中心にガラス玉みたいなのが見えた。あれがこいつのコアか)


 魔矢を放った衝撃で土煙がそこだけ晴れ、僅かに体中にダメージを与えられ、崩れた肉塊りの奥に反射したのではない魔力を帯びた光を放つコアを見逃さない。

 光属性の魔法はルシファーに肉塊にダメージを与えられるが、すぐに回復されてしまう。巨大な肉塊はコアを守る肉の盾だ。ならば回復している大元を壊せばいい。


 それも一定のダメージを与えるだけですぐに消えてしまう魔法ではダメだ。なにか肉の中に食い込んですぐには消えないもの―――


(あ、ちょうどいいものあった)


 魔法陣は魔法の威力を上げてくれるが、陣ごと動くことは出来ず,

 魔法陣は確かに魔法の威力を高めてくれるが、固定砲台になってしまうのが弱点だと常々思っている。敵に狙われやすくなるのもいただけない。


 魔法陣から離れたため、魔法は通常の威力に戻ってしまったが、ルシファーの自己回復を遅らせるだけでいいのだ。


「アバルドル!」


 再び光矢を放ち、ルシファーの自己回復を邪魔した後は、すかさず杖から剣に持ちかえる。それはハムストレムで800万メルで買ったばかりのS4ランクの光属性剣。


 それを僅かな時間に外すことなくコアに向って突き立てるが、急速な自己修復で盛り上がった肉が剣を絡め取り、ほんの少しコアにヒビが入る程度だ。

しかしそのまま剣から手を離し、飛びのいた右手には再びインペリアル・エクスが現れ、


「マルバアル!!」


 まだ僅かに肉に飲み込まれていなかった剣の柄に、光の柱と見まがう巨大な雷の魔法を落とす。

 あまりにも巨大な雷が近距離に落ちて、まるでダンジョンそのものが揺れているのでは?と疑う地響きと轟音に、後ろの結界内で見ていた3人は、咄嗟にまぶしさに目を覆う。


(この雷撃魔法!ヴェニカの街で見たのと同じだ!やっぱりあれはシエルが!)


 二度目になる巨大な雷を前に、ヴィルフリートは身震いを覚える。


 そして、雷を受けた光属性付与の剣がコアに決定的な一撃を与えた。


―――キィィィン―――


 最後の断末魔は無かった。


 ルシファーのコアが肉塊から離れ、宙に浮きあがり、少しして中心の光も消え去り、その場にコトリと床に落ちる。


 ころころと転がるソフトボール大のガラス玉にはヒビが入っている。剣で突きたてたときに出来た傷跡だろう。

 すぐ傍まで転がってきたガラス玉に、シエルは無言で右手をかざした。


――浄化――


 心の中で唱えると、右中指のはめた【聖光の指輪】が輝き始める。


 このダンジョンで何度も浄化した中で、一番時間がかかったと言えた。

じりじりと浄化率を示すメーターが伸びていく様は、まるでデータのダウンロードまたはインストール、それかアップロードのようだとシエルは思う。


 ようやく浄化が終わるとガラス玉は消え、遺されたのは【黒の断片】。


(ナニコレ?)


 始めてみるアイテムに首をかしげシエルはそれを手に持ち、【解読】しようとして


「う……」


 自分ではない、ヴィルフリートでもない、眠っているカインとユスティアの2人でもない。

倒したルシファーの肉塊りの方角だった。拾った【黒の断片】をアイテムボックスの中に収納し、すぐさま『インペリアル・エクス』を再び構える。


(復活?まだ何かあるの?)


 奈落のルシファーは倒し、コアも浄化した。ならばこれ以上何が出てくるのかと警戒する中、崩れおちた肉塊の残骸が再び集まり人の形を形作った。


「これは……天使……?」


 黒い翼は変らない。

 けれど歪な歪みは無くなり、背中から大きな翼が13枚生えた女天使が降り立つ。ストレートの長い赤髪、ふくよかな胸、瞼がゆっくりとひらかれると明星色の瞳が現れる。

 上半身は軍服、下は膝下までのドレススカートに、編み上げのブーツ。



【解読(ディサイファー)】


 NAME:Lucifel of Venus(明星のルシフェル)

 LV:300

 TYPE:天使



「私はルシフェル。レヴィ・スーン、汚染された私を解放してくださり、感謝の言葉もございません。つきましては是非私を貴方様の配下に加えていただきたく存じます」


 先ほどまでの禍々しさが嘘のように、光に輝き、神々しい拝礼。


 シエルの返事を待たずに、ルシフェルの姿は霧散し、小さな光の玉となってシエルの胸の中に消えていく。


(#調教__テイム__#?今のモンスターを懐柔して召喚獣にするときに似ていたけど、ダンジョンボスを調教したってこと?)


  そんなことは通常ではありえないけれど、異常なゲーム世界だ。

 何が起こってもおかしくはない。


 戦闘は終わった。

 シエルの圧勝だった。

 しかし、最後の最後で、ルシフェルからタブーワードが投下された。


 ぴくりとも動かず、決して背後を振り返らないシエルに、絶対結界の中から出てきたヴィルフリートがそっと声をかける。


「なんつーかだな……。何はともあれお疲れ様。それと(レヴィ・スーンの)確定おめでとう。とりあえず、シエルがめんどくさいって思っているのは分かったから、その口をへの字にするのはやめろ」


 慰めにしかならないが、聞かれてしまったのはもうどうしようもないのだ。


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