第24話 ダンジョンボス<ルシファー>

それは恐らく元は悪魔種(デーモン種)か、獣種(ビースト種)であったのだろうと思われた。不明瞭な表現になったのは、これまで闘ったことのあるどのダンジョンボスとも似ていなかった為である。


 見たままを言うのであれば、丸くてどでかい肉の塊りだ。内側の血管を傷つけないよう表面の皮を丁寧に剥ぎ取り、筋肉の筋がむき出しになった赤黒い肉塊。


 その塊りに大小無数の目玉がキョロキョロと周りを見渡し、これまた十数枚の漆黒の羽が目と目の隙間から生えている。

 それが汚染されている魔力任せに、宙にふよふよ浮いていた。


「きも……」


 地下6階のボス部屋へ、浮遊魔法と追加の障壁魔法で怪我を負うことなく無事に着陸して、ボスを見た自分の最初の感想がこれである。


(うへぇ…こういうホラー系タイプ苦手なんだよね……)


 子供の頃から夜にホラー系のロードショーを見ると、必ずと言っていいほど夢に出てきたし、大人になってもゾンビやスプラッタ系映画は見ないようにしてきた。


 アデルクライシスもファンタジーを題材とするゲームなので、イベントやダンジョンによっては外見が苦手な敵は出てきたが、速攻駆逐するかムービーはスキップして見ないようにしている。

 ストーリーがどうしても知りたければ攻略を読めばいい。


 なのに、捕囚ゲームに自らログインして最初のダンジョンボスが、苦手なホラータイプというのはどういう了見だろうか。

 とりあえずボスと対面したときのお約束=【解読(ディサイファー)】



NAME:Lucifer of abyss(奈落のルシファー)

LV:300

TYPE:悪魔



 予想通りの解読結果にさほど驚きはしなかったが、LVの高さに目を見張る。

 ゲーム時代ならLVはプレイヤー、魔物共に上限が設定されていた。プレイヤーの最高レベルが200であったのと同じく、どんなダンジョンボスであっても魔物の最高LVも200だった。


 もちろん複数人でPTを組んだプレイヤーたちと闘うのだから、HPはプレイヤーより相応に高い。

 それなのに目の前にいるルシファーのLVは300。ここに来るまでに遭遇した5階の汚染魔物と同じくルシファーも汚染されLVが300と在り得ない高さになっている。


『こいつの解読できたか?』


『LV300、奈落のルシファー、悪魔種』


『まじかよ。デタラメ過ぎるだろ?』


 ヴィルフリートが悪態をついたのは愛嬌として、チャットで聞いてくれたのは助かったと思う。

 LV120のヘルハウンドならまだしも、LV300の魔物を解読できたと言ったなら、カインとユスティアにどれだけ驚かれ、疑われることか。


 カインとユスティアはボスの正体が分からず、それぞれボスに対して何時攻撃されてもいいように戦闘態勢ではあるが、


「こうなるんだったら、さっさと<パレアの羽>で外に戻っておくんだったな……」


 ヴィルフリートの呟きにシエルは同意し、心の中で力強く頷く。このダンジョンがボスがいる階まで6階という浅さと、例え汚染された魔物であっても、LV150くらいの敵であれば、自分が本気を出さなくても問題なく帰還できるだろうと軽く考え、歩いて戻ろうとしたのが判断ミスだった。


「使えそう?」


「無理だ。リポーズ(停止)される」


「やっぱり倒さないと無理そうだね」


 ヴィルフリートとシエルの会話を聞いていたカインが、本気で倒す気なのかと狼狽える。

ボスの異様な体からは、黒紫の霧に似た禍々しい魔力がまあと割りつき、目玉一つ一つが意思を持っているかのようにキョロキョロと周りを見渡している。


 空を飛ぶ従来の羽としての役割は使えないと思われる黒羽根が、痙攣するようにぴくぴく動くのも恐怖が湧き上がってくる。


「あれを本気で倒すつもりなのですか!?LVは解読できないし、あんな敵始めてみる!聞いたこともない!」


「それじゃあアイツが大人しく俺たちを逃がしてくれると思うか?倒さなきゃこっちが殺られる。それだけだ。戦う気がないのなら後ろ下がっていろ、邪魔になる」


 声を荒げるカインと異なり、ヴィルフリートの淡々とした物言いが逆に戦闘面での経験の多さと実力差を見せ付けられるようで、ハッとしてカインはぶるぶると震えながら唇を噛み締める。


 いきなり床が崩落してダンジョンボスと遭遇したことで、一瞬でも我を忘れて取り乱してしまった自分の未熟さが悔しい。


「前を見ろ、アイツから目を離すな。油断しなければ勝てる」


「ヴィルフリートさんは本気で勝てると考えているのですか?」


「当然だ。今までソロでやってきて、どんなヤツと遭遇しても負けるなんて一回も考えたことはねぇよ」


 合同討伐やギルドの特殊依頼を別にして、基本的にヴィルフリートは誰ともPTを組まずにずっと一人で戦ってきた。


 誰にも頼ることの出来ないソロ(1人)だからこそ、どんな依頼でも準備と下調べは決して手をぬかず、戦うときは決して油断せず全力で戦ってきた。

 そしてがむしゃらに戦い続けて、気がつけば数多の冒険者が所属する冒険者ギルド中でも、Sランクという高ランクにまで上り詰めていたのである。


 諦めることは死ぬことと同義だ。


 それに、と思う。普通ならLV300のボスなんて、ヴィルフリートとて見たことも聞いたこともなく、たった4人では到底敵うまいと諦めたかもしれない。しかし、異常なボスを目の前にして、ヴィルフリートは全く負ける気がしないのは本当だった。


(涼しい顔しやがって。どうせあのボスを倒すより、カインとユスティアをどう誤魔化そうか考えてんだろ、あほらしい)


 杖を構えて、いくらも焦った様子のない神の代行者<レヴィ・スーン>がすぐ隣にいる。

 

 他人を当てにした戦いはヴィルフリートにとって一番嫌な戦い方だが、今ばかりはそんな下らないプライドと意地を張っている場合ではないだろう。


 少し前にルノールの遺跡近くの森で出会い、ひょんな取引からPTを組むことになり、今まで知らなかった力を共有されて日々驚かされることばかりだ。


 数日間同じ馬車に揺られ、共にダンジョン調査を行ってはいるが、実際にシエルが戦ったところをヴィルフリートは見たのは、手抜しまくりの手合いのみ。


 強い、というのは分かっている。相手は古き時代より語り継がれてきた<レヴィ・スーン>神の代行者だ。途中の川で落とした雷(バアル)の威力も、ヴィルフリートが使うものより遥かに強かった。


 そのシエルの実力を、ほんの少しでもこの目で見られるかもしれないという状況に、何時に無くヴィルフリートは自分が興奮しているらしいと他人事のように思う。


「来る」


 シエルのその一言が合図だったかのように、それぞれ勝手に動いていた目玉が全てシエルたちを捉え、赤く光った。

 肉塊の回りに黒い魔力の塊りが無数に現れ、一定の大きさにまで育ったものからシエルたちに飛んでくる。


「避けろ!!」


 背後のユスティアを庇うために、自身に飛んできた最初の一発はグングニルで弾くことが出来たが、その衝撃でのけ反ったヴィルフリートをユスティアが集まった4人の周りに防壁魔法を展開した。半透明の白いバリアが魔力の弾丸を弾くことができたのは数発までだった。


「散れッ!バリアが解けるぞ!」


バリアの壁にパリと高音の音を立てヒビが入り始めたのを見て、ヴィルフリートが叫ぶ。


「きゃあ!!!」


 カインはユスティアを咄嗟に抱き抱え、バリアが解かれると同時に横へ飛び退く。ユスティアの悲鳴はいきなり横から抱き飛ばされたせいか、バリアを突き破って着弾した魔力の塊りが床に穴を空け、吹き飛ばされた岩が四方に飛んできた所為なのかは判別つかない。


 ヴィルフリートも自分が避けるので精一杯だったのだが、


「ヴィル、援護するからあいつに近づける?」


「そう言われたら、一発目潰ししてやらねぇわけにはいかねぇな」


 ルシファーの周りには先ほど放たれた分だけ魔力の弾丸がまた作られて、いつでも第二段を発射できる様相だ。恐ろしい速さで飛んできて一発受けるのですら精一杯なのに、シエルはヴィルフリートに平然と行けという。


 もっとも崩落し落ちる前に、自分の身は自分で守ると強がってしまった手前、今更弱音など言えないと諦めることにした。


 一度深呼吸をしたからグングニルを下段に構え、シエルの言葉を信じて、短時間スピードを上げる【俊足(スウィフト)】のスキルを使い、一足飛びにボスへ飛び掛る。横に回り込もうとも目玉が全体についている。敵に死角はない。


 飛び上がった瞬間、間髪入れずシエルから【反射(リフレクション)】と【ライト・ライズ】がヴィルフリートにかけられた。


「シッ――!!」


 無数の目玉の中から、とりわけ一番大きな目を狙い【ライト・ライズ】で光属性の光を帯びたグングニルを振り下ろす。

もちろん飛び掛ったヴィルフリートに、魔弾が一斉に放たれ、しかし身にかけられた【反射】が魔力の弾丸を弾き返す。


 そしてヴィルフリートに支援魔法をかけたシエルにも、ルシファーの魔弾は降り注がれたが、表情を一切崩すことなく魔弾と魔弾の間を紙一重ですり抜けていき、


「アバルドル!」


 援護射撃で光属性の矢を複数放つ。ルシファーの魔弾のように無数の矢を放てればいいがアバルドルは5発が上限だ。しかし数が限られるからこそ魔力は分散されず一定の威力を保つことができ、また今のシエルはステータスが半端なく上昇している。


飛んでくる魔弾に当たっても光矢は相殺どころか、いくらも威力が落ちることなくルシファーを襲う。


――ギャァァアアアアアッッ!!――


 グングニルの一撃と、アバルドルの光矢がルシファーに突き刺さり、耳を劈くような悲鳴を上げる。あまりの叫び声の大きさにフロア全体の空気が振動した。


「あれはどちらも光属性の魔法……黒呪士の中でもかなりLVが高くないと使えない魔法なのに……」


 ヴィルフリートとシエルの一連の連携攻撃を見ていたユスティアが呆然と呟く。解読は出来なかったが、その異様な外見から予想するにあのボスは悪魔種だろう。


 悪魔種の弱点は『光』のみだ。けれども光属性の魔法は覚えるのが非常に難しく、高LVの黒呪士しか使えない。

 【反射(リフレクション)】も一見すれば治癒士の使う障壁魔法(バリア)に似ているが、障壁魔法が属性のない全属性に対応するう万能さであるのに対し、反射は闇属性の攻撃のみを反射する光属性の攻撃魔法の分類に入る。


 そしてアバルドルも光属性の矢を放つ攻撃魔法で、一定の黒魔法を習得していないと使えない魔法だ。


 カインを赤子の手をひねるがごとく冒険者ギルドでシエルが倒した話は聞いていたが、つい道中の無邪気な態度とその美しい容姿に忘れかけていた。


 ここに来る途中に見た、ヴィルフリートとシエルの『手抜きした』手合いの光景が、脳裏に思い出される。


(あの手合い、遠くから見てるだけでも、2人の戦いが高度すぎて圧倒されるばかりだったけれど、シエルさんは間違いなくヴィルフリートさん相手に手をぬいていたわ)


 魔弾をバリアなしに避けてしまう素早い身のこなしといい、想像以上の実力者だろう。


「どうだ?少しはダメージが入った……全然ダメか、化け物め……」


 ルシファーに一撃を入れ、すぐさまジャンプし退いたヴィルフリートはシエルの隣に立ち、ルシファーの様子を覗う。手応えはあった。光属性の付与をかけられたグングニルは間違いなくルシファーの目玉を抉った。


 しかし、抉られた目玉は内側から肉がぼこぼこと盛り上がるようにして、直ぐに回復してしまう。自己修復か自己回復魔法かまでは判別できなかったが、生半可なダメージはすぐに回復されてしまうらしい。


 そして完全回復したルシファーは、カッと目を見開くと、自らの肉塊から黒い霧、瘴気を発した。

 逃げ場のないボス部屋に、急速に濃度の濃い瘴気が満ちていく。


「まずい!瘴気だ!」


 瘴気を吸うまいとカインとユスティアは口元を抑える。

悪魔種の多くは瘴気を出す。それはLVが高ければ高いほど瘴気は濃くなり、視界を奪い、プレイヤーのステータスを下げるデバフを付与する。


 デバフの種類は敵それぞれだ。毒を帯びるもの、シビレがでてくるもの、混乱するもの、多様に存在する。


 その黒い瘴気の霧に、小さな声でシエルは唱えた。


【結界(バリア)】


 透過しながらも揺るぎない半円球の膜が自分たちを覆い、迫りくる瘴気を遮断した。


「これは……」


 ユスティアが呟く。自分が張った結界ではない。物理や魔法攻撃から守る結界は張れるが、瘴気といった霧やフロア全体から受けるデバフまで防ぐ結界は、相当なレベルの高い治癒士でなければ使えない。

 

 (誰がこのバリアを?まさかこれもシエルさんが?)


 事前の打ち合わせで黒呪士と言いつつ、道中ではヴィルフリートを圧倒する剣、そして今も治癒士の上位呪文である『完全結界』を使う。


「そこから出ちゃだめだからね?巻き添えくらってもしらないよ?」


 どこかで聞いたようなセリフだ。


 シエル自身は各属性に高い抵抗力があるので、瘴気くらいならレジストできるから問題はないが、3人は無理だろう。そして問題はヴィルフリートだ。


「被ってて。さっき攻撃したとき、毒受けてたでしょ?耐性もだけど継続治癒がついているケープだから、それくらいの毒ならケープが治してしてくれる」


 自分が着ていたケープを迷いなく脱いでヴィルフリートに渡す。魔力が篭められた糸を使い、緻密な魔術文様が施されたS10ランクのケープだ。魔法攻撃に対する防御力の高さに加え、多種のデバフを無効、戦闘中も継続治癒する効果がある。


「まさか、一人で戦う気か?」


 渡されたケープに一度訝しんだものの、突き返すことはせず言われたとおりケープを羽織ると、重くなり始めていたからだがいっきに軽くなる。

 シエルの言うとおり瘴気をレジストしたらしい。毒も治癒されているのか、段々体が軽くなる。しかし、先ほどシエルがカインとユスティアに睡魔の魔法をかけたのは見逃さず、その意図を問う。


「うん」


「うんってお前何考えて!?」


「だって仕方ないじゃん。こういうホラー系苦手なんだもん。さっさと倒したい」


 きょとん、とした無邪気な顔で言われてしまうと、それ以上何も言えなくなる。早く倒したいがために、シエル一人で戦うと言っているのだ。

 カインとユスティアを含めた4人では戦いにすらならなかった。ヴィルフリートとシエルの2人でも辛うじて攻撃は届いたけれど、苦戦を強いられる。

 だからシエル1人で戦う。一人では叶わないから大勢で戦うのではない。発想が逆だ。


「本気で言ってるんですか………?」


 信じられないと、カインは呟きながら、シエルが口元に称えた微笑から本気なのだと悟る。

 強敵と対峙したときのような高揚感はどこにも見つけられない。

 どこまでも優雅で、余裕に満ちていている。


 いつもケープを羽織っているため分かり難いが、シエルの体は細い。

 黒のノースリーブのニットにズボン、膝上まであるニーハイブーツと体にフィットする服を着ているため、その細さが更に際立つ。


 首のタートル部分と、ズボンの腰、そしてニーハイブーツがずり落ちないように、膝上に細いベルトが巻かれているのも拍車をかける。

白く細い腕を隠すものはなく、杖を握る手は軽く握っただけで折れてしまいそうだ。


 なのに、LV300のルシファーなど簡単に倒せると、生意気でこの上ないほど美しい顔が、鈴を転がしたような美声で平然とのたまう。


「すぐ終わらせるから、ちょっと待ってて」


 それはつまり、ヴィルフリートすら戦闘の頭数にいれておらず、1人で戦うと言っているのだ。


 ゆっくりとした足取りで、ルシファーの正面にシエルは杖を構え立つ。ここに来るまで、『ただ持っているだけ』だったインペリアル・エクスはシエルの籠めた魔力に呼応しはじめた。

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