第15話 歓楽街フルールベル

 夜の歓楽街はどこの世界、どこの国でも、賑やかで人が溢れているのは変わりないらしい。蛍光灯電飾の煌びやかな光りではなく、ランプや灯篭の赤い明かりが通りを照らし、絶えず客引きの声がいたるところから聞こえてくる。


 行き交う人はそれこそ多種族入り乱れていて、二階の窓から通りを見下ろす女性はみな美しく化粧をして、胸元が大きく開いた服を着ている。

この南街へやってきた目的を別にしても、にぎやかな場所は心浮き立つ。


「オイ、キョロキョロするな。はぐれるぞ?」


「なりませんー。マップを見ればヴィルがどこにいるか分かりますー」


「いいから早く来い!全く」


 子供扱いされて口を尖らせれば、無言で腕をつかまれて再び歩き始める。自分も子供っぽく反発してしまった自覚があるだけに、掴まれた腕を振り払うことはせず、そのまま後をついていく。


「ねぇ、ヴィル。前々から思ってたんだけど、その槍背中にずっと背負ってるの重くない?」


 数日前にルノールの遺跡を出発し森で出会ってから、馬に乗っているときも、こうして歓楽街を歩いているときも、ヴィルフリートはグングニルの槍を固定ベルトに引っ掛ける形で背中に背負っている。


(邪魔じゃないのかな?でも他の人も武器をアイテムボックスに収納しないで出しっぱだし、それが普通なのかな?)


 周囲を軽く見渡せば、歓楽街に遊びに来たのだろう冒険者たちも、皆武器を装備している。自分自身、ログインしたときのメイン武器は杖の『インペリアル・エクス』のままだが、戦闘中以外は出してると邪魔なのでアイテムボックスに入れている。


「槍を背負うのは、冒険者になってからずっと背負い続けて慣れている」


「へー。ずっと槍一本なんだ」


「そっちは?」


「全職マスターはしているよ。最近っていうか直近は生産系に落ち着いてたけど、その前のメインロールはタンクしてた」


「メインロール?タンク?」


 ゲーム用語が伝わらなかったのだろう。首を傾げたヴィルフリートに、もっと分かりやすく、馴染みのある職種で答える。


「えっと、斧戦士とか剣闘士。主に前衛だね」


「その細身でか?見えねぇな」


「意外だった?見かけによらないでしょ」


 アデルクライシスをゲームとして楽しんでいた頃は、キャラの見かけは全く関係ない。どんなに細身で小さかろうと戦闘ではステータスだけが関係したので、シエルの細身で前衛職はヴィルフリートに疑われても当たり前だとくすくす笑う。


 そして一般的に女性は遠距離攻撃の職や後方援助の回復職を選びがちなイメージがある中、自分はなぜか最初の職業でタンクを選んでしまい、けれど後で他の職業もやってみて、その上で一番タンクが合っていた。


 最初の直感は正しかったらしい。


「着いたぞ。ここだ」


 立ち止まったヴィルフリートの背中から顔を出せば、これまで見てきた通りの店より一際大きく立派な建物が建ってる。


 他の店のように店前に客引きが数人立っているが、通行人に直接話しかけなくても、大通りに声を上げているだけで、次々に客が入っていく。それだけで随分と繁盛しているのだと分かる。


 一階はホール型式なのだろう。区画の区切られたテーブルとソファに客とそれをもてなす女性が上機嫌に酒を飲んでいt。部屋の中央奥では楽を奏で、場の雰囲気を盛り上げている一団も見られる。


「いらっしゃいませ!これはこれはヴィルフリート様!お久しぶりでございます!」


「おう。部屋は空いてるか?」


 受付対応の男の店員が顔見知りの親しさでヴィルフリートに頭を低く下げ挨拶し、それに鷹揚に返事を返す。

 別にヴィルフリートがどこの店に行こうと知ったことではないが、


「お久しぶりなんだね」


「うるせぇ」


 軽くいじっても決して此方を見ようとしないあたりが、普段からこの店を常連としているのだと物語っている。此方へどうぞ、と建物の2階へと案内され、通された個室で一階の喧騒とは少し離れてゆっくりとお酒を飲むことが出来るのだろう。


 ヴィルフリートより少し離れてソファに腰掛け部屋を見渡すと、ソファや机を初めとした調度品は、一階のホールのものより品が良く高級感が増している。

 そこへ


「こんばんわ。失礼いたします。ヴィルフリート様ようこそフルールベルへ」


「こんばんわ~。いらっしゃいませ~」


わらわらと3人の美女が部屋に入って来て、今更ながらに急に緊張しはじめた。


(ヤバイ、こういうお店にガチでくるの初めてだった!)


 人族の女性はブラウンの髪色で瞳もエンジ色。大きな胸が通りでみかけた女性たちのように大きくはだけられて艶めかしい。

 もう1人の人族の女性はスレンダー体型で、ノースリーブのチャイナ服に似たドレスを着て、スリットが太股まで入っている。ストレートの長い黒髪がまたスレンダーな体型を引き立たせている。


 3人目の獣人族の女性は胸は大きくても上半身の肌露出は少ないが、着ている服がとにかく派手で、短いスカートから出ているすらっと引き締まった足ともふもふの長い尻尾につい目が行く。


(みんな美人!!すごい!みんなか○う姉妹!ファビュラス!)


 果物屋の店主がおススメするだけのことはあった。近くで見ているだけでもドキドキするのに隣に座られたらもういい匂いしかしてこない。


「こちらのお客さんはヴィルフリート様のお知り合い?部屋でもケープを脱がないのは、恥ずかしがっているのかしら?」


 隣に座った獣人族の女性に、くすくすと微笑みながら優しく促されて、慌ててフードを下ろす。さすがにこういうお店の中までフードをかぶったままというのは失礼だった。


「ごめんなさい!」


 条件反射で謝ってかぶっていたフードを下ろした自分に、一斉に女性たちの視線が集まる。何故かヴィルフリートだけはそっぽを向いて運ばれたお酒の静かに飲んでいた。


(もしかして未成年は入っちゃいけないお店だったとか?)


 リアルは二十歳を過ぎた社会人でも、今のシエルは二十歳未満の外見年齢だ。

 しかし、怒られるかと思いきや、女性たちは目を丸くして自分を見ているだけなので、どう反応すればいいか分からない。


「あの……?」


「ごめんなさい、びっくりしちゃって……。えっと……」


 遠慮がちに声をかけてみて、ようやく我を取り戻しはじめるも、固まってしまったままの女性たちに、ずっと黙っていたヴィルフリートが口を開く。


「そいつそんなだけど女じゃねぇぞ」


「え!?ほんとに!?これで!?」


「嘘!?信じられない!」


「ヴィルフリート様、いつの間にこちらのご趣味に目覚めらしたの?だから最近お店にいらっしゃらなかったのね……」


「なんでそうなる………」


 女性たちそれぞれの反応と疑惑の眼差しに、ヴィルフリートがガクリと頭を項垂れる。


 男ではないが、女でもない。嘘は言っていないが真実でもない。

 なんて上手い言い方だろう。今後こういう場面に遭遇したらこれで言い逃れよう。


「でも本当に嘘みたいにキレイな子ね……。お城のお姫様やエルフ、教会の聖女様だって尻尾巻いて逃げ出しそう……。お肌もつるつる、何かケアしてるんだったら是非教えてほしいわ」


 お姉さんたちの玩具になる形で、頬をぺたぺたと触られても嫌悪感は全くしないのが不思議だった。

 元々香水もお香も苦手な体質だったのに、とにかくいい匂いで頭がふわふわしてくる。ヴィルフリートが間に入らなければ、この店に来た本題なんて店を出るまで忘れていただろう。


「おい、玩具にされっぱなしで、肝心の話は聞かなくていいのか?」


「あ、そうだった!お話し!」


「お話し?何かしら。いくらでも聞いてちょうだい」


 聞きたいことは最近変ったことはないか。

 これは明日空から隕石が落ちてくるでもなんでもいい。他は噂話レベルでいいので、どこかのギルドがヤバイとか、どこの国とどこの国が戦争になりそうとか、強い勢力の噂があれば聞きたいところだった。


(自分が世界から狙われていると分かったのなら、そういった火種が燻っているところは極力避けていけばいいもんね)


「失礼するわ。入るわよ」


「へ?」


 お姉さんたちにいざ質問しようとしてノックもなしに部屋の戸が開かれる。そこに立っていたのは茶色い肌に蒼銀の髪、尖った耳をしたダークエルフの女性だった。頭から薄いベールを被り、同じ美人でも他の3人の女性たちとは雰囲気が少し違う。


 着ているドレスも深い藍色で裾や袖に金糸の刺繍が入っていて、お酒を飲む店のお姉さんというよりは、タロットカードに描かれている占い師然とした神秘的な雰囲気だ。


「エリシア姉さん!?」


「貴方たちごめんなさい、ちょっと部屋を交代してもらってもいいかしら。受付には私からと伝えて貰えれば大丈夫よ」


 言葉遣いは優しいけれど有無を言わせない迫力があり、最初に来てくれたお姉さん3人は素直に「また今度呑みに来てね」と耳に囁いて部屋から出て行ってしまう。


(自分がこの店に来たのは初めてだから、この迫力おねぇさんの目的はヴィルかな?)


 しばらくお店に来てなかったといってたし、ここで突然の修羅場発生かと気持ちヴィルフリートから距離を取る。


「まさかお前の方からこっちにやって来るとはな。他の客はよかったのか?」


「今日は前もって誰も客取らないようにしていたのよ。占いで今日はとても大事な人が来るって出ていたから。ヴィルフリートではないわね」


「ん?自分?」


 女性の視線の先が、ヴィルフリートから自分へと移る。てっきり部外者なので、火の粉が飛んでこないうちに、他のおねぇさんたち同様、自分も部屋から出ておきますねと申し出ようと思っていた矢先だったのに、エリシアと呼ばれた女性の目的は自分だったらしい。


「はじめまして。私はエリシア。この店で星占士をしているわ」


「……どうも初めまして。シエルです」


 レヴィンソンをつけなかったのは、ヴィルフリートにアドバイスされたからだ。

 レヴィ・スーンを連想させるから、必要なとき以外は名乗らないことにした。

傍まで近づいて見下ろされると、ますます迫力美人に気圧されそうになる。


「貴方、何者?普通の人じゃないでしょう」


 直球ストレートな質問が飛んできて、慌てたのは質問された自分よりも隣でやりとりを見守っていたヴィルフリートの方だったかもしれない。


「普通じゃないなら何だと思う?」


「分からないわ。私の占いにはただ淡い光しか見えない。こんなこと初めてよ」


「エリシア、それは俺の連れだ。突っかかるのはやめてくれ」


 間に入ってくれようとしてくれてるヴィルフリートには悪いけれど、『星占士』という職業に興味を引かれる。


 記憶が正しければ星占士はプレイヤーがなれないNPC限定職業で、プレイヤーのその日1日の運勢を占ってくれる役割だった。つまり、占いで大吉が出ればレア素材や装備がとれやすくなり、運勢が悪いとレア素材が取れ難かったりするという具合で。


 けれど、ほぼ現実化しているとなれば運勢占い以外も、多種多様に占えるようになっているのではないかと思ったのだ。


「えっと、エリシアさんは星占士だっけ?どんなことを占えるの?」


「商人相手であればお金の運気の流れ、冒険者であればどの職業が向いているか、あとは探し人といったところかしら」


「探してる人がいるんだけど、その人がどこにいるかは占える?」


「シエル!?」


 初対面の相手だが、このエリシアという星占士は最初から自分に関心があってこの部屋にやってきた。とするなら決して自分の申し出を断らないという確信があった。

 その傍で項垂れて眉間を押さえているヴィルフリートは見なかったことにしておく。


「いいわ。占いましょう」


 ヴィルフリートとは反対側となる自分の隣にエリシアは腰を下ろす。


「手を」


 差し出した右手をエリシアは両手で包むように触れる。


「名前は?」


「啓一郎。えっと、ケイイチロウ・オオサキ」


 この世界の名前の順序に従いファーストネームを先に、ファミリーネームを後ろにつける。なんて庶民的な名前の神さま(開発運営責任者)だろう。


「ケイイチロウ・オオサキね。不思議な響きの名前ね。分かったわ」


 名前を聞いてエリシアはそっと両瞼を閉ざす。テレビや動画でどこどこの母とか占いがすごいらしい人の特集を何度か見た事があるが、実際に自分が占ってもらうのは初めての体験で、心持ちどきどきする。


 しばらく待ってみるたものの、エリシアはずっと両目を閉ざしたままでピクリともせず、逆に不安になってきた。


 占いとはこんなに時間がかかるものなのだろうか。チラと横目でヴィルフリートを見ても、軽く顔を横に振って、恐らく動くなと言うことなのだろう。

 このままじっと待っていればいいのか判断しかねたところで、エリシアは閉ざしていた瞼をゆっくり開いた。


「どう、だった?」


「………申し訳ないけれど、何も見えなかったわ」


「何も見えない?」


「貴方と同じで何も見えないわ。こんなことが立て続けにあるなんて……」


「そっか、ありがとう」


 できるだけ軽い口調で礼を言う。もしかすると兄さんが見えるかもしれないと僅かな期待をしていた反面、理由は分からないけれど見えなかったことに安心する自分がいた。啓一郎の存在を信じている。


 けれど、なぜ啓一郎のことをみんなが忘れてしまったのか、その理由すらわからなくて不安なのかもしれない。


「待って。確かに探し人の姿は見えないわ。でも、方角なら出てるの」


「そっちに行けば兄さんがいるってこと?」


 思わぬ提言に俯きかけた顔を上げる。


「違うわ。これは貴方が向かうべき方角ね。ケイイチロウと貴方を同時に視ると、東を指しているわ」


「東だと?」


 ヴィルフリートが『東』のキーワードにぴくりと反応する。


「ヴィルフリートの方に何か心当たりがあるみたいだから、後で聞きなさいな。私の星占で視えるのはここまでよ」


「今知りたい!」


「………明日から俺たちが向かうダンジョンがあるのが、このハムストレムから東に行ったところなんだ」


 まさに星占士の啓示だろう。占いなんて嘘っぱちだと信じてこなかったが、エリシアの占いは本物だ。明日から向かう新しいダンジョンにはきっと啓一郎に繋がる手がかりをきっと掴めるだろう。


「ありがとうエリシアさん!」


「ふふふ、そんな喜んで貰えるなんて占い冥利に尽きるわね」


 今度はエリシアの両手を自分の両手で握りしめ、心からのお礼を述べる。

 ログインして酷い馬酔いしたときは今後が不安になった。しかし、ハムストレムに着いてからは、怖いくらいに幸先の良いスタートだ。


 何か気付かない落とし穴がありそうだが、今ばかりは喜んでもいいだろう。


「お前の方はシエルに何の用があったんだ?」


「もういいわ。用事は済んだわ」


「なんだそりゃ……。シエルもこれで満足したなら帰るか。酒飲みに来たわけじゃねぇだろう。明日も朝がはやい」


「うん!帰る!お金は」


「結構用。今回は私が邪魔しちゃったから、サービスするわ。でもまた来てちょうだい。そのときはいっぱい飲みましょう」


 最初にフルールベルへ来たいと言い出したのは自分だ。ならば自分が支払うべきだろうとお金を出そうとしてエリシアにとめられる。


「もちろん!そのときは1日店貸し切りしちゃうから!」


「まぁ嬉しい」


 エリシアの好意が素直に嬉しい。いつまたハムストレムに来れるか分からないけれど、もしまた来る機会があれば今度は宿を取るのではなく、フルールベルを貸しきって宿にしようと思う。


 部屋を出る前にケープを着て、フードを深くかぶる。そうしないと、自分の容姿は人目を引いて目立つのだとこの数日で学習した。


(もうなんでこんな目立つ容姿設定にしたのかな自分……)


 目立たず行動したい身としては銀髪金眼は邪魔でしかたない。エリシアの案内に従って階段を下り、受付でエリシアが話しを通せば、受付店員もにこやかにお代はけっこうですと笑って送り出してくれる。

 しかし店を出てすぐにヴィルフリートはストップをかけてくる。


「オイ、ちょっとだけ話してくるから店の前で待っててくれ。知らないやつについて行くんじゃないぞ?」


「分かってるよ」


 馴染みの店に久しぶりに来て少し話があるのだろうと、言わたとおり出入り口から少し離れた脇に壁にもたれてヴィルフリートを待つことにする。


「どうした?他に何か視えたのか?」


 店の中に戻ったヴィルフリートは、ちょいちょいと部屋の隅で手招きするエリシアの方へ足早に向かう。そこは従業員用通路であり、少し入れば廊下沿いに店員用の小さな簡易休憩部屋がある。


 その部屋に入りドアに鍵をしめるなり、部屋に声封じの結界を張る。

 これで会話は誰にも聞こえない。


「視えたことは良い事も悪いことも全部伝えるのが私の流儀よ」


「じゃあ何だ。早く言え。あいつは目を離すとすぐに問題を起こす」


「分かってるわ。一緒なのよ、視え方が。レヴィ・スーンを占ったときとシエルを占ったときの視え方、全く同じだわ。シエルに頼まれたケイイチロウもね」


 瞳を細め、確信した物言いに、思わずヴィルフリートは背中のグングニルに手が伸びそうになるのを寸でで留まった。


(気付かれたか?だが疑いどまりとしても、これを他のヤツに話されたら一気にシエルは狙われることになる)


 エリシアの星占士の腕が、城の専属星占士たちとも劣らない腕前であることは周知だ。これまで数々の占いを当ててきた実績もある。ここでエリシアを口封じで殺すべきか、逡巡していると、


「そう睨まないでちょうだい。今まで占った結果は、本人以外誰にも言ったことはないわ。いい子じゃない。初め見たときはぎょっとするくらいキレイで驚いたけれど、あんなに素直にお礼を言われたのっていつぶりかしら」


 ヴィルフリートの殺気を軽く流されて、気勢がそがれてしまう。

 よくよく考えれば、誰かにシエルを売るつもりなら、こうしてヴィルフリートをこの部屋に呼ぶ必要はない。


 それに冷静になればエリシアにヴィルフリートも何度か占ってもらったことがあるが、占った結果を本人以外に話すような軽い口ではないと考え直す。

 殺気を収め、


「そうしてくれ。言っておくがたいがい生意気だぞ。それに甘やかされて育ってる」


「あら?前々から貴方はトラブルに巻き込まれる体質だとは思っていたけれど、今回ばっかりは本当に大物を釣り上げたわね」


「余計なお世話だ」


「お節介ついでに、あの子でしょ?昼間S4ランクの馬鹿高い武器を店の言い値で買ったのって」


「もう噂されているのか」


 言わんこっちゃねぇなとまた頭痛がしてくる。そこらへんの武器屋でいくらでも売られてる1万メルの剣ではない。国が買い取ってもおかしくない高LV武器だったのに、それを一括で買う者が現れたら当然騒ぎになる。


 しかし、その噂もヴィルフリートの予想を超えた速いスピードで広まっているらしい。買ってしまったものは仕方がないので、噂が落ち着くまでしばらくハムストレムには近づかない方がいいだろう。

けれど、エリシアは首を横に振り、


「どうも入れ違いになったみたいよ。お城の方と」


「どういうことだ?」


「レヴィ・スーンが現れたことで、お城の方も装備を強化しようと考えたんでしょうね。前々から店側もお城の方へ剣を買わないか売り込んでいたみたいよ。でも値段の折り合いがつかなかったのと大金はたいて装備強化する理由がないのとで平行線だったところに、あの子が現れた。それでいざ買おうとしたら、入れ違いで剣は売れた後だったというわけ」


「剣を買った相手を疑われるか。でもなんでそんな話知ってんだ?」


「白金貨一括で支払うような相手なら尚更ね。いきなり大金が入って武器屋の店員が夕方から上機嫌でお酒を飲んで行ったもの。店の子なら皆知ってるわ」


 だから自分が話しても特別なことではないのだと暗に含ませる。なるほど、と頷く。店側も500万メルで城に売り込んでいた剣が、いきなり現れた相手に800万メルで売れて、店員に臨時のボーナスを出したというところだろう。


 ボッタ価格で買った剣だが、すこしは高値で買っただけの利が思わぬところで返って来た。


「悪いな、教えてくれて助かった。礼は……もしハムストレムに来れるときがきたらな」


「貴方に期待はしてないから、気にしないで。ところで、ヴィルフリート。貴方、あの子と一緒にいて何もないの?」


 突然の問いかけ、エリシアの質問の意図がわからず、ヴィルフリートの眉間にしわが寄る。

 その反応にエリシアは呆れたように溜息をつく。


「その様子だとまだ何もなさそうね、ならいいわ」


「どういう意味だ?」


「鈍感な貴方にも忠告をしてあげるわ。シエルとこれからもずっと一緒にいるつもりなら、理性を失わないようにしなさいな」


 言うだけ言って、ヴィルフリートの返事は待たずエリシアは従業員用休憩室から出ていってしまう。


(何をいいたいんだ?理性を失うなってどういう意味だ?)


 からかっているのかと一瞬考えたが、エリシアはそんなくだらない冗談は言わない。しかし、これ以上ここにいてもしょうがないので、納得いかないままヴィルフリートも店を出た。

 マップの黄色のマーカーは店を出た脇に光っている。


「待たせた」


「なんなら1人で宿屋帰るから、ヴィルフリートは残ってお酒飲んでもよかったんだよ?キレイなお姉さんに怒られてもしらないから」


 店をでたすぐそばで建物にもたれてシエルはヴィルフリートを待っていてくれた。

 とたんについさっき忠告されたエリシアの言葉と、昨日シエルに無詠唱で治癒魔法をかけられた瞬間が脳裏を過る。


 自分でも気づかないだけで疲れていたのだろう。馬酔いしたシエルを連れて旅をし、ヴェニカの街では甲冑ジェネラルと戦った。ハムストレムに戻ってきても、シエルが冒険者ギルドで起こした騒ぎなどで、気の休まるときがほとんどなかった。


 誰に話を聞かれるともしれない外ではなく、2人きりの部屋で、ケープを脱いでラフな格好のシエルと話しているうちに、頭がぼーっとしていったような気がする。


(いきなり頬に触れられて、無詠唱で治癒魔法をかけられたのは驚いたが……)


 傍に来たシエルに触れた頬から、温かなものが体に流れ込んできて、その手を振り払うこともせず、されるがままになってしまった。


 すぐそばで美しいレヴィ・スーンが自分に微笑んでくれている。思わずその細腕を引き寄せて、腕の中に抱きしめようとした衝動を咄嗟に留まった。


(確かに一瞬見惚れたのは認めるが、あれは至近距離の不意打ちだったからで、こんなガキに理性がなんだっていうんだ?)


 こうしてませた気遣いをするシエルを、ヴィルフリートはフンと鼻で笑う。


「抜かせ。ガキが生意気なこと言ってんじゃねぇよ」


「せっかく気をきかせてあげたのに」


 行きはヴィルフリートの後をちょこちょこ付いてきたのに、帰り道はもう知ってるとばかりに先を行くシエルの後を追うことになる。






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