第13話 制限時間
ゲーム時代、VRMMOオンラインといえどプレイヤーは基本的に大通りと少しの小道しか入ることができなかった。
それを今は家と家の間の細道から裏道、実際に入れば泥棒に間違われるだろうけれど家の中にまで、際限なく入ることが出来る。
VRMMORPGアデルクライシスのサービスがスタートした当時も、現実同然のファンタジー世界だと随分話題になったものだが、その時の感動すら目の前の市場の光景を見ていると複雑な気持ちになる。
ゆっくりと周囲を見渡しながら、街の風景や様子を見ていると、
「そこの旅人さん!どうだい!熟れてて美味しいよ!」
ちょうど果物を山積みしている出店の前で声をかけられ振り返る。袖をまくりあげ、日に焼けた筋肉が盛り上がった二の腕を惜しげもなく出した果物屋の親父だ。
年季の入ったエプロンを見ると、真面目にここで商売をやってきたのだろう。
そして差し出された手には拳大の赤く熟したレッドココがある。外見は林檎に似たフルーツで、HPステータスが若干上がる効果があった。
「おいしそうだね。1個貰おうかな」
「まいど!15メルだよ」
着込んだケープの中で、アイテムボックスから所持金を手のひらに少しだけ出してから、差し出す。
レッドココを金と交換で受け取りつつ、さりげなく尋ねるのは
「ねぇ。この街で夜お酒が飲めるお店ってある?おすすめの店があるなら教えてほしいんだけど」
「お?もしかしなくてもそっちの店に興味あるのかい?」
「田舎から用事で出てきたばかりでこんな大きな街も初めてなんだけど、せっかく来たんだから少しくらい楽しもうかなって」
「いいね!ハムストレムのおねぇちゃんは気取ってなくて優しい子ばっかりだが、俺のおススメは南街のフルールベルだな。あそこは客を見てぼったくられることもないし一晩楽しむならおあつらえだぜ!」
「南街のフルールベルね」
自分のイメージとしては頭の尖がった青いモンスターが有名なゲーム内で、情報収集と言えばごろつきが集まるBARだったのだが、歓楽街的な店を紹介してもらった気がする。
女の人が相手してくれるお店ではなく、旅人が立ち寄ってよく酒を飲むBARが知りたいのだと補足しようとしたところで、別の声に度肝を抜かされた。
「アンタ!何変なこと教えてるんだい!余計なことじゃべってないで働きな!」
「お前何時の間に帰ってきて!?」
「暇ならこっちの籠をお得意さんに届けておくれ!だいたいなんで店がぼったくらないって知ってんだい!?帰ってきたら話してもらうよ!」
「げっ!しまった!」
有無を言わせない迫力と貫禄で、完全に店主を尻に引いてしまっている。この調子では店のことも家のことも、恰幅のよいこのご婦人が、しっかり主の手綱を握っているのだろう。 夫婦円満、大変よいことだ。
「それじゃ、自分はこれで」
余計なとばっちりが来る前に、さっさと退散することにする。
通りの隅に移動してから、行き交う人の流れを眺めつつ一口かじる。
(見かけは林檎、味は桃、食感はパイナップル。ステータス変化はHP+50)
自分のステータス項目の前後変化を見て、食事によるステータス補正が有効になっていることを確かめる。けれどもあくまでステータスを数字で見ることが出来なければ、どれくらい食事によってステータス補正が出来るのか分からないだろう。
(それにしても、まさかお姉さんのお店を紹介されるとは………。)
でも、夜のお仕事をしているからこその裏の情報も知っている可能性はある。冒険者だけでなくハムストレム国に仕えている騎士がついポロリするのは、決まってお姉さんのお店だ。
マップを開くと今いる市場から離れた街の真ん中に、広大な面積を占める建物がある。部屋の見取り図ほど正確ではないが、間違いなくハムストレムの領土を治める王がいる城だ。
『いいか、お前が真実<レヴィ・スーン>なのかは横に置いといて、世界を手に入れられるレヴィ・スーンを世界中が手に入れようと血眼で捜している。面倒ごとに巻き込まれず兄貴を探したいなら、王族貴族、とにかくでかい組織には近づくな。どうしても絡まれそうになったら逃げろ。多少の被害は気にするな。逃げ切るんだ』
ヴィルフリートと食事をした店を出て別れる前、忠告されたことを思い出す。
簡単な説明ではあったが、自分がこの世界でどういう位置づけのキャラなのか、理解半分というところである。
(大げさだなぁ、ちょっとチートキャラってだけじゃない。記憶はなくても、この世界にはプレイヤーが何万っているのに)
ぶっちゃけると神の代行者設定うんぬんは置いといて、各国のパワーバランスの均衡をたった一人でぶち壊せるヤツが現れて、それが自分なのだという認識で間違っていないだろう。
各国の勢力争いに巻き込まれない為なら、冒険者ギルドを初めとしたどこのギルドにも所属しないソロプレイヤー的立ち位置が望ましい。
不幸中の幸いで、冒険者ギルドに入るのを諦めたところに運よくSランク冒険者のヴィルフリートをPTに引き入れることができた。
後でこれも説明されたが、冒険者同士のPTは冒険者ギルドに文面で申請し許可が下りて、ようやくPTという仕組みらしく、システム上で誰かとPTになったのが初めてだったらしいヴィルフリートに、PTチャットやマップの見方など簡単なレクチャーをすることになった。
それはまるでアデルクライシス初心者に、慣れないレクチャーを必死にしていた頃を思い出した。
しかしやはりと思う。
触れたさわり心地も先ほど食べた果物の味も現実と変わりないが、ゲームシステムが生きているということは、ここは非現実世界、ゲームの中なのだと改めて自分に言い聞かせる。
ぴこん、と電子音が鳴る。PTチャットが入った音だ。
『シエル、いま大丈夫か?』
『何か情報あった?』
レッドココを食べながらチャットで返事をしていく。
『3週間前、新しいダンジョンが見つかったらしい。そこはまだ冒険者ギルドも未調査の手付かずなんだが行ってみるか?』
『冒険者ギルドが絡んでるなら、未所属の自分が入っても大丈夫?』
『俺の連れで通せるだろ。けど他にギルドの調査メンバーが2人同行必須だ』
『行く』
即答する。半年前までに出現発見されているダンジョンなら、ゲーム中に恐らく自分は攻略している。
しかし、その後、捕囚ゲームとなった後から出現したダンジョンとなると、ゲームシステムを逸脱した仕様になっていてもおかしくない。
啓一郎に繋がる痕跡を見つけられるとするなら、ゲーム時代にいけなかった場所だろう。
『決断早いな』
そりゃあ早いですとも。ならばと、一緒に他にも新しいダンジョンの情報もお願いしておく。
『半年前以降に現れたダンジョンが他にもあるなら、それも聞いておいてほしい』
『半年前以降?』
『そう』
『分かった。それも含めて返事しておく』
『ありがとう。よろしく』
そこでチャットは一通り終わる。簡単なレクチャーだったが、ヴィルフリートはしっかり使いこなせているようだ。
多少は自分が使えるスキルについて隠しておくべきなのは分かるけれど、その便利さをしっていて使えるというのなら、自分はあえて不便を選ぶ性格ではない。
(さすがに声高に言うことはなくても、パワーレベリング出来るなら自分はやるね。この捕囚ゲームだって、永遠にログインできている保証はないんだし)
プレイヤーがゲーム内に囚われ続けているゲームサーバーの電源を政府が落すということはないだろうが、所詮サーバーは消耗品だ。
いつ不具合が起きてサーバーダウンするか分からない。
そのとき意識が戻ればいいが、自分を含めてプレイヤーの意識が戻る保証はどこにもない。
いつか来る制限時間までに啓一郎を探し出しログアウトする。それがシエルのクリア目標だ。
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