第12話 冒険者ギルド再び

「ちょっと街見てくるから、ヴィルはもう一回冒険者ギルドに行って何か情報ないか探してきてよ。何か見つけたらすぐ連絡頂戴」


「どうやって?」


「PTチャット。コレ」


「………わかった」


 この会話をしたのが、軽くお茶を飲んだ店からでた1時間前。


 そして今はシエルに頼まれたとおり、冒険者ギルドへ戻り、中ランク以下の冒険者への依頼が張られたボードを椅子に深く腰掛けて、眺めている。

 それから溜息が一向に止まってくれない。


(神さま探す情報なんて、こんな誰でも見れる依頼ボードの、どこにあるってんだ?どこそこで神さま見かけたとか、目撃情報が書いてあるっていうのかよ。馬鹿らしい)


 シエルが本当にレヴィ・スーンなのか、こうして言われるがまま依頼ボートをチェックしている今でも、ヴィルフリートは半信半疑だ。

 しかしすっかりシエルのパシリになってしまっている現状に、猛烈な自己嫌悪に襲われているのは否めない。


(元々俺はソロの冒険者だから、他より行動に融通は効くし、シエルとPTを組むのは問題ないんだが……)


 これまでPTというのは冒険者ギルドに所属する者同士で、ギルドに申請し組むものというのがヴィルフリートの中での認識だった。


 それがシエルのPTの組み方は、ヴィルフリートの常識を覆す。

 こうしてギルド支部内にいる今も、シエルがハムストレムの街のどの辺りにいるか、意識をそちらに向けるだけで視界右端に、ハムストレムの詳細な地図が広がり黄色い丸がシエルの位置を示す。


(これは魔法の一種なのか?だが、魔法というには常識を外れすぎているぞ……。<PTを組む>とアイツは言ったが、これのどこか俺たちが考えるPTと同じだっていうんだ?まるで、契約だ)


 組むというより、繋がっている、という言葉が表現として近しいだろう。PTを組んでいるシエルと、そしてこの世界と。


 直接会って話さなくても、PTチャットというものは酷く便利で、思ったことが文字となり遠くにいる相手に届く。現在のように別行動を取るときはもちろん、ダンジョン等で道を分かれるときなどの効率のよさは、比較にならないだろう。


 シエルがレヴィ・スーン本人であるという疑惑が、常識をかけ離れた現象を前に、じわじわと真実味を帯びてくる。


(アイツが、世界中が血眼で探し求めているレヴィ・スーン……)


 銀髪金眼、奇跡のように美しい容姿をした神の代行者。


 思いがけず神に極めて近しい存在と繋がってしまった畏怖は、興奮と後悔と歓びといった全ての感情を内包しているようだ。


「随分と溜息ばかりだな。彼か彼女か、機嫌は戻ってくれたか?」


 Sランク冒険者の隣の椅子に、断り無く座れる相手は限られている。

 アラルだ。依頼ボードの前に陣取っているヴィルフリートをチラチラと離れたところから見やる者はいても、声をかけられる者はこの瞬間まで1人もいなかった。


「無理だな。完全にへそ曲げちまった。しばらくは見かけてもほっといてやれ。下手にちょっかいかけたら、もっと嫌われるだけだぞ」


 それらしいことを言って誤魔化した。


「それは残念だな。いつか手合わせできることを願っておこう」


 アラルはすっかりシエルに興味を持ったらしいが、肝心のシエルの方はというと冒険者ギルドの情報を得られる伝(ヴィルフリート)を手に入れた。


 ヴィルフリートとPTを解除して、冒険者ギルドの情報を必要に迫られない限り、今後シエルがギルドに近寄ることはないだろう。


(そういえば、アイツは男なのか?女なのか?)


 胸はなかったように思うが、夜の宿屋の薄暗いランプの明かりだ。年齢もちょうど成長盛りの15前後ぐらい。断言はできない。


「意識が戻ったカインに話を聞いてみたんだが、試験は通常通り行われたらしい。だが、最初の召還魔獣が召還者の命令をきかず、逆にシエルの『還れ』の命令に従って消えたらしい。それも2度も。そこで通常の試験ではラチがあかないとカインが直接手合わせを申し出たとのことだ」


「で、一蹴されたと?」


「カインは闘拳士だ。これまでに何度も冒険者志望者との手合わせ経験がある。稀に対人戦では、Aランク冒険者にも引けを取らない者もいる。すでに召還魔の件で用心はしていた。しかし、向かい合い、拳を一合を叩き込もうとしたところで、気付いたら壁に吹き飛ばされていた」


「手加減してもらってよかったな」


「強いのか?」


「結構強いんじゃねぇの?」


 シエルと直接手合わせしたことも、魔物と闘っているところも見た事はないが、真実<レヴィ・スーン>であるなら、ヴィルフリートも相手にしてもらえない筈だ。


 ヴィルフリートも苦戦を強いられた甲冑ジェネラルを、シエルは遠く離れたヴェニカの街から雷撃一発で倒したという。となれば言い伝え通りの、とんでもない魔力を持っていることになる。


「何者だ?冒険者として名を馳せたいのでないなら、何が目的で冒険者ギルドに近づいた?」


「さぁな。俺が知り合ったのもつい最近なんだ。どこの出身なのかも知らん」


 嘘は言っていない。それに自分を売るやつは赦さない、とついさっきシエルに警告されている。長い付き合いのアラルには悪いが、シエルについて話すことはできない。何しろ神と契約してしまったのだ。

 実際シエルがどこからやって来たのか、ヴィルフリートは知らない。


 けれど、ふっと。

 この世界を創った神を、兄と呼んだシエルの姿が、なぜか脳裏に浮かぶ。


「その割に、お前の言葉には素直に従ったじゃないか」


「従ったんじゃあない。あっちもさっさとギルド支部から出て行きたかっただけだ」


 むしろ今考えてみると、不機嫌になっていたシエルを、ギルド支部から離したのは正解だった。レヴィ・スーンの機嫌を損ねて支部を吹っ飛ばされる程度で済めば、それはそれで被害は少ない方だろうが、騒ぎになるのは避けられない。


「なぁ」


「なんだ?ずっと依頼ボードを睨んで、次の依頼をどれにするか探してたんなら、高ランク冒険者用の依頼を紹介するぞ?お前なら安心して依頼できる」


 このボードに張られてある依頼はBランク以下の冒険者向けの依頼しか載せないことにしている。依頼内容が難しくなればなるほど報酬は高くなるが、比例して危険度も増す。


 冒険者が己の力量を超え、一攫千金を狙って低ランク依頼を受けようとするのを防止するためだ。そのため、高ランク冒険者はギルドマスターを始めとした職員と、個室でどの依頼を受けるか、また依頼内容に守秘義務が発生する指名依頼について話す。


「依頼じゃないんだが、最近何かハムストレム周辺で変ったことはないか?レヴィ・スーン関連じゃなく」


「お前、やっぱりレヴィ・スーンの情報掴んでるんじゃないのか?」


 眉間に皺をよせ、しつこく食い下がってくるアラルに、ヴィルクリートはガクリと項垂れた。


「何でそうなる……」


ギクリと心臓が跳ねたのを悟られまいと、わざと辟易とした表情を繕う。

あまりレヴィ・スーンに無関心を装うのも不信を招くらしい。


「まわりみんなレヴィ・スーンの情報を血眼で捜しているときに無関心すぎる」


「俺の勝手だ。まぁ、甲冑ジェネラルが湧いたとき、高ランクの冒険者たちがちょうどで払ってるってバルブが言っていたが、みんなレヴィ・スーン探索依頼を受けた直後だったわけなのはなんとなく察した」


「その通りだ。うちもほとんどが依頼でで払ってる。国が動くのは政治が絡むが、冒険者なら国をまたいで自由に行き来できる。タイミングが悪かったな」


「甲冑ジェネラルを倒したあのデタラメな雷撃魔法も、レヴィ・スーンなら可能かもしれねぇってことか」


「かもな。もしかすると近くにいたのかもしれねぇ。あそこはルノール遺跡から最も近い街だ」


 意味深にニヤリとアラルは笑みをつくる。その笑みは現役の冒険者だったころの、不敵な笑みに戻っている。

 一生に一度あるかないかの世界を揺るがしている出来事に、冒険者の血が再び騒いでいるのだろう。


(これで、シエルがそのレヴィ・スーン本人だって知ったらどんな顔になるんだかな)


 そんな杞憂を他所に、アラルは秘書のミカを呼ぶ。


「まぁいい。ミカ、ちょっと俺の机の引き出しから、この前のヤツ持ってきてくれ」


「アレをですか?しかしまだ事前調査も何も行っておりませんが」


「いいんだよ。ついでにヴィルフリートにしてもらう」


 秘書のミカは一度肩を竦めて2階へと上がり、すぐに一枚の書面をもってきた。その紙を直接ヴィルフリートへと手渡す。


 サッと目を通して、場所はハムストレムから馬車で5日かかるだろう鉱山の外れ。最近になってダンジョンの入り口ができているのを採掘士が発見したと書かれている。


 大国の首都に近い距離であるものの、基本ダンジョンの魔物はダンジョン外には出てこない。


 現在はダンジョン入り口にギルドの監視がついている程度だが、隣接する鉱石が取れる穴とダンジョンが繋がっていないか確認も含めて、調査が急がれるとある。


 通常の流れなら、新しいダンジョンは冒険者ギルドである程度調査の後、冒険者の出入りが解禁される。未調査のダンジョンの情報を、本来なら冒険者に知らせるということはなく、そこはアラルとの長い付き合いのお陰だろう。


 もしくはギルド側で調査に向かわせるだけの人手が足らないだけかもしれない。まだ情報が何もない新しいダンジョンだからこそ、どんな魔物が出るか、どんな仕掛けがあるのか分かっておらず、調査経験はもちろん強い魔物が出ても対処できる腕前の人物が求められる。


「この紙は正式決定するまで渡せないから、今は頭の中に場所いれておけ。つい3週間前に見つかったダンジョンの入り口だ。中でどんな魔物が出てくるのか、地下何階まで深いのかも何もわかっちゃいねぇ。先に言っておくが、もし行くならギルドの調査メンバーを2人同行必須、報酬は無しだ」


 <報酬なし>の調査。


 ダンジョンで手に入れた素材をいくらか融通してもらえる程度の実入りが関の山で、いつもならそんな安い報酬で依頼を受けたりはしない。だが、先に情報を求めたのはヴィルフリートだ。

 その求めに対して、本来なら冒険者には知らせていない情報を、アラルは支部長権限で教えてくれたのだから無碍にはできない。


(新しく見つかったダンジョンか。シエルの求めてる情報なんてないだろうが、伝えるだけ伝えてみるか)


 シエルに教えてもらったとおり、PTチャットと呼ぶらしい四角い窓を開く。そこに、手紙を書くイメージで文章を書いていく。


『シエル、いま大丈夫か?』


『何か情報あった?』


 すぐさまシエルから返事があり、四角い窓にシエルの名前と文章が表示される。すぐに相手に文章が届くと分かっていても、この速さは異常過ぎると内心思いつつ


『3週間前、新しいダンジョンが見つかったらしい。そこはまだ冒険者ギルドも未調査の手付かずなんだが行ってみるか?』


『冒険者ギルドが絡んでるなら、未所属の自分が入っても大丈夫?』


『俺の連れで通せるだろ。けど他にギルドの調査メンバーが2人同行必須だ』


『行く』


『決断早いな』


『半年前以降に現れたダンジョンが他にもあるなら、それも聞いておいてほしい』


『半年前以降?』


『そう』


『分かった。それも含めて返事しておく』


『ありがとう。よろしく』


 そこでPTチャットは途切れ、会話は一端終了する。実際にPTチャットをしてみてヴィルフリートが目を見張ったのは、会話が遡れる点だ。リアルタイムの会話というだけでなく、相手が何を言ったのか、読み逃すことがない。

 後で読み返すこともできる。


「新しいダンジョン調査、行かせてくれ」


「お、いいのか?人手がちょっと今足りなくて困ってたんだ。俺が行ってもいいんだが、調査は時間がかかるし、高ランクの冒険者たちもで払ってるだろ?ギルド支部を長期間留守にするわけにもいかんし」


「だと思ったぜ。あと、ついでと言っちゃなんだが、半年前以降に見つかったダンジョンが他にもあるなら、それも教えてくれ」


「半年前?そういうのは……、う~ん、報酬無しの調査依頼を頼む代わりに今回だけだぞ」


 一旦は断ろうと思ったのだろうが、考えなおしてくれたらしい。腕を組みでかいため息をついてアラルはミカにリストアップを頼んでくれた。




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