学生の男

 一年が過ぎた。その頃になると彼女の服装も随分と変わってきている。お洒落を楽しんでいる風の女性らしいビジネスウェアになっている。そして、必死にというより、颯爽と歩くようになっていた。


「ほぉー、仕事にも慣れてきたんだろうね。」


 どうやら、会社に行くのが楽しそうだ。ヒロシが社会人生活で何度となくぶち当たってきた悲壮感というものはまったく感じられない。充実していることが見て取れる。さて、ヒロシはどうだろう? 反対方向に歩く自分は、オフィス到着を目の前にしてうんざりしてないか?

自分の入社したての頃の忘れていた気持ちを思い出して恥ずかしくなったりする。女性には初々しさも少し残しつつ、その歩き方に自信が身に付きつつあることが伝わってきた。ヒロシはなんとかなくパワーをもらっている。


 その年の初夏の日、ヒロシは久しぶりの休日の出勤をした。駅を出て、朝食を取ろうと駅前のカフェに入った。すると・・、テーブルに座っている彼女に気が付いた。休日ということもあり普段着のこざっぱりした格好をしている。さらに、横に若い男が一緒だった。


 男はよれよれのポロシャツに色あせたジーパン、髪は櫛を通していなく長め、持っていた薄汚れたナイロン製のバッグとテーブルの上には教科書のようなものが置いてある。それを見て、この男性は大学かどこかの学生だとわかる。二つ隣駅に国立大学があり、このエリアは下宿する学生も多い。この男性もその一人であろうと思えた。


 彼女と男よりやや離れたテーブルが空いていたので、ヒロシはそこに座った。時折ふたりの会話が聞こえてくる。

「毎朝、ちゃんと起てるの?」

「あー、うん。」

「朝の○○の講義、単位とれないとまずいんでしょ。」

「わかってるよ。」

「あっ、またズボン、ほころびているわよ。みっともない。」

「うるさいな・・。」

「ねぇ、髪もちゃんとしなさいよ。」

と、女性が男の頭を触ろうとすると、いいかげんにしろよ、とばかり男は手を振り払う動作をした。


 ヒロシは、その雰囲気をみて、

「あー、彼女の弟か。」

とわかった。その後、支払いを彼女がして二人は先にカフェを後にしていった。彼女はまだ学生の弟を気遣っていることが見て取れた。姉弟の微笑ましい?会話に休日出勤の朝が和んだ。


 それから夏を超え8月が終わり9月に入った。相変わらず通勤の朝に彼女とすれ違っいたが・・変化があった。彼女とすれ違うと・・彼女から少し離れてではあるが、弟も一緒に駅に向かって歩いてくるところを見掛けるようになった。どうやら大学の後期から、弟が一緒に住むようになったと見える。彼女は通勤、弟は新しい学期が始まり通学ということらしい。講義に遅れないようにと姉に起こされて、しぶしぶ家を一緒に出てくるのだろう。ヒロシは毎日二人とすれ違い、姉はいつもの通り颯爽と、弟は眠そうにかったるそうに歩いているのを見て、


「ダメ弟だな。お姉さんに起こしてもらえるだけ有り難いと思えよ。」


と思ったものものだ。

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