第五章 決戦前夜(前編)

 オルゴでの戦闘から一週間が経過した。

 国内の混乱は拡大の一途を辿っており、連日連夜、小規模な戦闘が発生していた。戒厳令が発令されると同時に、各地に銃火器で武装した軍隊とウォーカーが配備され緊張は一層増した。

 そんな状況の中クリス達は、オルゴからそれほど遠く離れていない町の廃屋の中へと潜伏していた。

 クリスが見張り番をしていたその日の朝、見覚えのある男が訪ねてきた。

「やあクリス、どうやら上手くやっているみたいだな」

「サイラスさん! 無事だったんですか?」

 クリス達の隠れ家を訪れたのは、オルゴのレジスタンス代表、サイラスだった。

 クリスは一度周囲を確認し、軍や警察、その他アウルム国に通じる人間が周囲にいないことが分かると、サイラスのことを招き入れた。

 サイラスはクリスの案内で彼等の隠れ家に入りながら、先ほどのクリスの質問に対してやや苦笑交じりに返答した。

「まあ、どうにか無事ではあったな。今は各地の地域代表達が召集されて今後の方針を本格的に協議している。しかし、エミリーにラルフも顔を見るのは久しぶりか。クリスから活躍は聞いている。そして……」

 そう言いながら室内に入ったサイラスは、クリスの背後に視線を向けた。

「……私もオルゴの基地の方から情報を収集していたからね。君達がウォーカーを強奪したと聞いた時、まさか、とは思ったんだ。よろしければ紹介してもらえるかな?」

「サイラスさん、彼女は……」

 クリスがそこまで言うと、彼の背後に立っていた少女は一歩前に出た。そしてサイラスに向かって言った。

「……ソ、ソフィアと言います。今はクリスさん達と、一緒に……戦っています」

「……コルを含めたいくつかの地域が存在を抹消された件もそうだが、こちらの方で色々と調べさせてもらった。辛いことも多くあっただろうが……、これは、いささか情けない言葉だが、君が力を貸してくれるのであれば、我々としてはとても心強い」

 戦争であれ、内乱であれ、その根本は政治闘争と言ってもいい。そして、少年兵が忌避される理由の一つは、参政権を持たない者を政治闘争に巻き込むという矛盾にある。

 現在この国で発生している内乱は、まさに政治闘争の延長と言える。それ故にクリス達がこの戦いへ直接的に関与することは、本来であれば望ましくない。だが、現実問題としてクリス達は状況の一部になっているし、彼等も自らの意志で戦いに身を投じている。レジスタンス上層部でも良識派であるサイラスにしてみれば、クリス達を戦いから遠ざけたいという思いはある。

 しかし、軍に対して戦力の不足するレジスタンスにとって、クリス達は貴重な戦力だ。そうでなかったとしても、クリス達はこの戦いにとって重大な役割を持っている。

「散発的な騒ぎが発生しているのは、君たちも知っていると思う。だが、あれらは本命ではない。現在レジスタンス本部で、国に対する一大攻勢を仕掛ける計画が進行している」

 サイラスのその言葉を受け、クリスが身を乗り出しながら言った。

「じゃあ、本当に今の首相の暗殺を?」

「要するにそういうことだ。現首相グラテア・ザナンを殺害しその直後副首相であるファウラ・ザナンが姿を現せば、緊急措置法によってファウラがこの国の最高権力を手にする。だが、そのためにやらなければならないことがある。ターゲットであるグラテア首相は現在、首都シウダの要塞の中に隠れている。しかも周辺基地からウォーカー部隊を連れてきて、シウダを完全武装の防御布陣にしている。これに対して国中のレジスタンスのウォーカー部隊をぶつけて引きずり出すつもりだったが、内偵情報によればかなりの戦力を揃えているらしく、まともにやりあえば我々が不利になる」

 一国の軍隊と、その国のレジスタンス。人材や資金という点から考えても、レジスタンス側の不利は確実だ。それは、クリス達を含めたレジスタンス参加者の大半が共通して持っている認識だ。

「だが、そこで第三勢力から力を借りる準備が出来た」

 現状の前提条件を覆すためには、外部からの巨大な力が必要だ。問題はこの国の内戦に介入するようなお人好しや物好きがいるかどうかという話になる。そしてクリスは、協力を得る当てがある事に気付いた。

「……グラテア首相を後方支援しているのは中央大陸連邦の一派。そこと対立する一大勢力なら、……もしかしてゴルデア帝国ですか?」

 帝国主義を掲げ、周辺諸国を武力併合し植民地化する事によって急速に力を増していった、現在の世界におけるパワーバランスの一翼を担う軍事大国。それがゴルデア帝国だ。 

 サイラスはクリスのこの言葉に頷いた。

「ああ、そういうことだ。ただ、ゴルデアの軍が直接的な介入をすることは出来ない。というか、そもそもこれはアウルム国の内政問題だからな。だが、相応の理由さえあれば、第三勢力である彼等の力を借りることが出来る」

 奥からエミリーが、全員分の飲み物が入ったコップを持ってやってきた。彼女はそのコップを配りながら言った。

「もしかして、私達の持ってる情報のこと?」

 サイラスは「ありがとう、エミリー」と言って手に取る。そして一口飲んだ後に頷き、話を再開する。

「そういうことだ。クリスとエミリーが託された例の内部情報、禁止兵器の製造と密売に関する決定的証拠。これさえあれば国連軍介入の口実になる」

 クリスとエミリー、彼等兄妹の両親はこの国の行政官だった。彼等の両親はこの国の内部事情に関する極秘資料である中枢に関する詳細や、条約違反である毒ガスの製造と密売に関する決定的な情報を入手したが、漏洩を恐れた軍部によって粛正された。

 しかし、その情報はクリスとエミリーに託され、今でもすべての資料を持っている。

 その極秘資料は、強引に国連が介入する正当性として機能するだろう。

「国連軍の介入の口実って事か。あれ? でもさっき、ゴルデアって言ってましたよね?」

「表だってゴルデアが動くわけにはいかないからな。形式の上では国連軍の介入にする必要がある。例え形骸化していても、ルールを守るというのは大切なことだ。……ここまでは、介入を正当化する大義名分の話だ。そこにもう一つ、ゴルデアが事態に介入する理由の話になる。つまりは、彼等にとっての利益、――PWに関する情報、とのことだ」

 PW。

 生物が思考と同時に放つ精神波と呼ばれるエネルギー、及びそれを知覚する能力の持ち主を、何らかの形で軍事転用した兵器の総称であり、〈アルゴス〉もこれに該当する。

「ゴルデアは『国際法違反の人権蹂躙国家』であるアウルム国に『正義の使者』として介入し、PWに関する研究結果を独占的に、そして極秘裏に入手したいそうだ。アウルム国には中央大陸連邦の先端技術が流入していて、そこと対立しPW研究では後発のゴルデア帝国にしてみれば、これは千載一遇の好機だろう。もちろん、表立ってゴルデア帝国としての介入は不可能だが、『ゴルデアを中心として編成された国連軍』であれば、可能というわけだ。そのためにはこの国に『リスクを負ってでも手に入れるに値する研究結果が存在する』ということを証明する必要がある」

 PWは、使い方次第では既存の兵器の常識を大きく覆し、他国に対する絶対的アドバンテージを確立する存在になり得る。

 その一方で、成果を得るためには幾つもの非人道的な人体実験が繰り返されているという側面がある。

 そうなると、世界秩序に対する正義を掲げるのであれば、過程を省略して研究結果だけを入手するというのは、ある意味で合理的な発送だった。

 クリスは半ば反射的に、ソフィアの事をかばうようにして手を広げながら言った。

「まさかソフィアを!?」

「いや、その要求はなかった。接触時に彼等が提示した条件は、ウォーカーに関する現在レジスタンスが持っている情報だ」

 これに対してラルフが声を上げた。

「要するに〈アルゴス〉の詳細データ、ってことですか?」

 サイラスは頷き「そういうことだ」と言うと鞄の中からカメラを取りだした。

「〈アルゴス〉の詳細、分かる範囲、可能な範囲でかまわないが教えてくれるかね?」

 ラルフは一度振り返る。クリス達全員が無言で頷いた。

 それを確認したラルフは、改めてサイラスに向き直ると言った。

「裏に不法投棄のゴミ山あるので、そこに隠してあります。応急修理も、そこのパーツを使いました。今から案内します」

 続いてクリスが言った。

「俺も行くぜ。操作系周りは、俺が説明した方がいいだろうしな。ソフィアは?」

「わ、私も行きます。『心眼』関係のことは、私が説明した方が良いと思いますし」

 そんな三人の発言を受けて、エミリーが手を振りながら言った。

「じゃあ、私が留守番しておくよ。何かあったらすぐに連絡するね」

 その後クリス達は、〈アルゴス〉についての可能な限りの解説を行った。

 〈アルゴス〉の詳細な性能とそこに搭載されたPW『心眼』の驚異的な能力は、それを実際に使用して戦ったクリスとソフィアの口から、具体的かつ詳細に伝えられた。

 それに加え、ソフィアが記憶している限りの軍の実験内容を語ったことにより、サイラスの手によって記録されたそれは『アウルム国に実践段階のPWが存在することの証明』を行うための重要な資料となった。実験機である〈アルゴス〉の詳細な写真も加わり、ゴルデア帝国を動かす条件は完成した。

 サイラスはすぐにレジスタンス本部に戻り、これらのことを報告した。

 本部では速やかに作戦会議が開始され、ゴルデア帝国の介入を前提とした幾つもの作戦が立案された。

 レジスタンスが仕掛ける最後の決戦の日は、刻一刻と迫っていた。

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