第四章 反撃(後編)

 本部からの通信を聞いたクリスの判断は速かった。

「レジスタンスウォーカー部隊全員に通達。これより『プランE』を開始。指揮権は第四部隊隊長に委譲する」

 クリスが宣言した『プランE』は、今回の戦闘の責任を預かるクリスと、彼の身内であるラルフ、エミリーの乗る三機のウォーカーを除く全ての戦力を徐々に後退させ、最小限の被害で全レジスタンスの撤退を成功させようというモノだった。そして、その間クリス達の三機が敵の注意を引きつける役目を負うことになる。

 元々軍に対する陽動という役割の彼等レジスタンスウォーカー部隊の、更なる陽動を行うというのがクリス達の役割なのだ。

 後退を開始した第一部隊及び第四部隊とは対照的に、クリスとソフィアの乗る〈アルゴス〉と、ラルフの乗る青色の〈コクレア〉は、更に軍の基地へと向けて進行を開始した。

「こちらクリスだ、ラルフ、聞こえるか? エミリーのいる部隊は俺達よりも少し後ろだった。合流は少し遅くなるだろうな」

「こちらラルフ、了解した。戦闘になれば、まずは俺達だけで何とかする必要があるか」

「はいはーい、こちらエミリー。機体に少しダメージがあるから、あんまり無茶な速度は出せないかな? そういうわけで、合流は少し遅くなるかも」

「こちらクリス、了解。どっちにしても軍との戦闘は避けられないはずだ。まあ、何とかしよう」

 クリスはそう言って、一旦通信を終了した。

 クリス自身が提案した、彼等にとって極めて過酷な作戦だが、年下の自分自身が覚悟を示すことで作戦全体のリーダーシップをとるためには必要な作戦だった。

「ク、クリスさん、敵の気配、捉えました」

 ソフィアのその言葉と共に、サブモニターへ光点が三つ表示される。

「多分、さっき戦ったウォーカー、〈スコーピオン〉二機が一緒です。それに……、さっきの二機よりも、もっと怖い感じの、……危険な、感じがします」

「出てきたな。ここは絶対に通すわけにはいかない。俺達で迎え撃つぞ!」 

 〈アルゴス〉の光学モニターが、三機の敵ウォーカーの姿を捕捉する。

 二機はダメージの位置から判断するに先ほど戦った〈スコーピオン〉。もう一機は、〈スコーピオン〉である事は間違いないが、極めて特徴的な仕様変更が行われていた。

 対ウォーカー戦闘に特化したと思われる増加装甲。

 腕部に増設された機関砲。

 手に装備する、中世の騎兵が使用していた物と同様の形状をした巨大な対ウォーカー用大型ランス。

 そして、威圧的な輝きを放つ真紅の装甲と、そこに黒く縁取られて浮かび上がる赤いサソリのエンブレム。

 明らかな強者の気配だが、クリスは怯えず、怯まず、フットペダルを踏み込んで正面から間合いを詰める。

「お前が隊長機ってわけか! 上等だ、俺が相手になってやる! ラルフ、俺が先行するから、サポート任せた!」

「無茶をするな、俺達の目的はあくまでも時間稼ぎだぞ!」

 ラルフはそう言いながら機体を操作し、装備する二十ミリマシンガンで三機の〈スコーピオン〉の連携を妨害する。

 隊長機と思われる赤い〈スコーピオン〉は怯むことなく先行し、装備する大型ランスで〈アルゴス〉を狙う。他の二機は散会してラルフの射撃を回避。同時に射撃装備に持ち替え、援護に回る動きを見せた。

 赤い〈スコーピオン〉の大型ランスによる刺突が〈アルゴス〉を狙う。

 クリスは装備する超硬質ハルバードでその攻撃を、間一髪の所で受け流す。

「狙いを私達に絞っています。……来ます、もう一度!」

「上等だ!」

 赤い〈スコーピオン〉が素早く反転して〈アルゴス〉に対する刺突を仕掛けてくる。

「足が早い、脚部ローラーを改修してあるのか!?」

 クリスは二回目の攻撃をどうにか受け流し、反撃の機会を待つ。

 二機の戦いは、お互いの格闘装備をぶつけ合うような超近接戦闘となった。

 出力では勝っている〈アルゴス〉だが、どうやら技量は赤い〈スコーピオン〉のパイロットの方が上のようだった。

 それでもクリスは、勝利を信じて隙を探す。

 心拍数が跳ね上がるのを自覚する。

 クリスの思考と、敵の殺意を察知したソフィアが声を上げた。

「二機の〈スコーピオン〉、まだ来ません。敵攻撃は刺突、タイミング――――、今っ!」

 クリスの操縦桿を握る手が、スイッチに掛けられた指が、フットペダルに乗せられた足が、完璧なタイミングで動く。

 敵の放った大型ランスによる攻撃を回避しつつ、赤い〈スコーピオン〉の頭部複合光学センサーを狙った一撃。

「やったか!?」

 だが、赤い〈スコーピオン〉の頭部複合光学センサーはダメージを受けていなかった。

「こいつ、あのタイミングで、防御したのかよ!」

 赤い〈スコーピオン〉の左腕が切断されていた。

 クリスの感じた手応えの正体はこれだった。

 頭部を狙ったクリスの斬撃は、紙一重のところで防御されていた。

 赤い〈スコーピオン〉が再び動く。今度は後退を開始し、それと同時に胴体に搭載されている機銃と腕部機関砲による攻撃を開始した。〈アルゴス〉の装甲にとってはどちらも大した問題にならない攻撃だが、だからと言って無視出来るわけではない。

 クリスが回避動作を行う。

 それとほぼ同じタイミングでラルフからの通信が入る。

「すまないクリス、抜かれた。一機そっちに行くぞ!」

「クリスさん、来ます。挟撃狙い、射撃と格闘の両方装備、距離、詰めてきます!」

 クリスは後退する赤い〈スコーピオン〉を追う素振りを見せつつ、超硬質ハルバードを構える。

 クリスはサブモニターで、自身の背後から光点が迫っているのを確認する。

「まずは、そっちからだ!」

「背後からの射撃、左に回避、――直後正面からを伏せて回避!」

 ソフィアの言葉に対し、クリスは即座に反応し迷いなく従う。

 背後と正面の双方からの射撃を完璧なタイミングで回避し、絶好の格闘間合いへと到達することに成功する。

「これで!」

 すれ違いざまに振り抜いた超硬質ハルバードの刃が、〈スコーピオン〉の胴体を両断する。その直後ショートした配線が動力用の燃料に引火し爆発を引き起こす。

 ソフィアは苦し気に息を吐きながらも、クリスに対して懸命に指示を出す。

「は、背後、槍が!」

 クリスは状況を目視で確認するよりも先に超硬質ハルバードを振る。

 相手の、赤い〈スコーピオン〉のパイロットにしてみれば余りにも理不尽なタイミングで行われたクリスの反撃。これにより、背後からの攻撃は失敗しお互いの武器を激しくぶつけ合う結果となった。

 もう一機の〈スコーピオン〉は、現在ラルフが足止めしている。

 そのことを確認したクリスは赤い〈スコーピオン〉に対して、近接装備による正面からの一騎打ちを仕掛ける。

 そんな中、ソフィアが声を上げた。

「クリスさん、エミリーさんから通信です!」

「後少しで合流か。よし、ここで仕掛けるぞ。タイミングと座標、いけるか?」

「通信で共有します!」

 本来ならクリスのこの短い指示で何かをするなど不可能だ。しかし『心眼』の為に増幅されたソフィアの精神波感知能力なら、今のクリスが意図していることを正確に理解することが出来る。

 もう一機の〈スコーピオン〉がラルフの射撃支援を抜け、クリス達の方に接近してくる。

 だが、クリスはサブモニターに表示される光点の動きからこの状況を既に予見している。

 敵が二機ともクリス達の〈アルゴス〉に狙いを定めていることは確実だった。

「――だから、このタイミングで、この場所なら、絶対に避けられない!」

 もう一機の方の〈スコーピオン〉が、装備する射撃装備を〈アルゴス〉に向けた。それと完璧に重なるタイミングで、『彼女』が戦闘に乱入した。

「兄さんはやらせない!」

 通信機越しにエミリーの叫び声が響くと同時に、装甲をピンク色に塗装したボロボロの〈コクレア〉が姿を現した。

 エミリーの操縦するその機体は、射撃装備を構えた〈スコーピオン〉に対して、手にした超硬質アックスによる完璧なタイミングの奇襲を仕掛けた。

 勢いを乗せた不意打ちにより〈スコーピオン〉が転倒する。

「今だ、ラルフ!」

「ああ、任せろ!」

 ラルフがトリガーボタンを引く。

 彼の操縦する青い〈コクレア〉が装備する二十ミリマシンガンが弾倉に残された弾丸を吐き出し、それは倒された〈スコーピオン〉に命中する。

 〈アルゴス〉のサブモニターに表示されていた光点の一つが消滅した。

 眼前の敵は残り一機。

 クリスはその残された赤い〈スコーピオン〉に向かって、超硬質ハルバードによる攻撃を仕掛ける。

「『アンタレス』! お前等は絶対に許さない! 今、俺がこの手で!」

 しかし、その攻撃は届かない。容易に回避され、反撃によって〈アルゴス〉のダメージは蓄積する。

「私だって!」

 クリスが作り出した隙を衝いて、エミリーの乗る〈コクレア〉が攻撃を仕掛ける。

 超硬質アックスを振り上げ、赤い〈スコーピオン〉に切りかかる。

 だが、その攻撃は届かなかった。

 赤い〈スコーピオン〉が繰り出した大型ランスが、エミリーの乗る〈コクレア〉の頭部複合光学センサーに突き刺さる。

 頭部を串刺しにされたエミリーの〈コクレア〉が動きを止めた。

 赤い〈スコーピオン〉は追撃する素振りを見せる。

 それに気付いたクリスは叫んだ。

「脱出しろ、エミリー!」

 その言葉で我に返ったエミリーは、緊急コマンドでコックピットを強制解放し、間一髪の所で脱出を果たす。

 クリスは装備する超硬質ハルバードを赤い〈スコーピオン〉に投げつけて牽制しつつ、脱出したエミリーを素早く拾って後退する。

 手持ち装備の弾を撃ち尽くしたラルフは、〈コクレア〉の七.六二ミリ内蔵機銃で援護しつつ叫んだ。 

「クリスも暗号通信を受け取っただろ!? 軍を拠点内部に誘い込んで爆破する作戦は成功した。俺達がここに留まる意味はもうないんだ!」

 この場に残った最後の敵、メインモニターに映る赤い〈スコーピオン〉の姿がクリスの判断を迷わせる。

 だが〈アルゴス〉の手に脱出したエミリーを乗せていることを思い出し、クリスは判断を下した。

「……作戦成功、全員撤退だ!」

 その声を合図に、クリスの乗る〈アルゴス〉とラルフの乗る〈コクレア〉は戦場を離脱。

 一目散の撤退を開始した。


×××


「やれやれ、ずいぶん派手にやられたようですね」

 戦闘が終息し、オルゴの基地に戻ってきた赤い〈スコーピオン〉を見たマラドは、真っ先にそう感想を述べた。

 左腕は切断され、装甲の各所には斬撃の痕が残されている。全体的に泥と煤で汚れており、激しい戦闘が行われたことは容易に想像できた。

 操縦席から降り不機嫌そうな表情を見せているのは、このウォーカーを操縦して戦ったパイロット、傭兵集団『アンタレス』のリーダー、アザムである。

 マラドはアザムに向けて歩を進めながら、なおも彼に向けて話し続ける。

「コアユニットは回収出来なかったのは残念ですが、君たちの機体の戦闘記録から導き出せる興味深い仮説がいくつもあります。この戦いは無駄ではなかったということですよ」

「テメェ、俺の機体に細工をしていやがったのか!?」

 アザムは叫び、マラドに掴みかかった。太い腕が、強引に白衣の首元を掴み引き寄せる。アザムが本気を出せば、たとえ素手であったとしてもマラドを殺すことなど容易い。

 マラドにしても、アザムの暴力的な性格は十分に知っている。

 その上で、この状況において極めて冷静にマラドが言葉を発した。

「君にもう一度チャンスをあげましょう。〈アルゴス〉は必ず我々の敵として再び現れます。その時は君に必ずや、雪辱を果たす機会をあげましょう。ただし、私の希望に従うことが条件です」

 この言葉を、アザムは決して無視できない。

 自分自身の強さを疑わないアザムは、自分自身の敗北を決して認めない。

 再戦の機会を無視することなど出来るはずがないのだ。

「君の〈スコーピオン〉と、そして君自身の体を、私が強化改造する。どうですか?」

 マラドはそういいながらアザムに向けて一枚の契約書を渡す。

 それを奪い取ったアザムは、内容を一瞥し「……やってやろうじゃねーか」と言いながらサインを殴り書きマラドに突き出す。

 それを見たマラドは満面の笑みを浮かべた。

「では契約成立です。望み通り、君を私の最高傑作に仕上げて見せましょう」

 アザムとマラドが契約を交わした翌日、オルゴにおける軍とレジスタンスの戦闘が収束したことが宣言された。

 町に甚大な被害をもたらし、多くの民間人に死傷者を出した一連の戦いは、アウルム国側に大きな成果をもたらした。オルゴのレジスタンス壊滅である。

 それに加え、国が血眼になって探していた副首相ファウラ・ザナンに近づくための、巨大な手がかりを手に入れたことにもなる。

 だが、レジスタンスが拠点内部に仕掛けていた爆薬によって突入部隊を犠牲にし、それ以外にも戦闘によって多くの死傷者を出す結果となった。

 ウォーカー同士の激しい市街地戦闘が繰り広げられたことにより、オルゴには再建の目処の立たない無数の廃墟と損傷した社会インフラが残された。

 そして、アウルム国側にとっての巨大な誤算が発生した。

 軍とレジスタンスの戦闘を引き起こす要因となった軍の強引な行動に対して、各地のレジスタンスが反発の意志を示したのだ。

 非武装の民間人を無差別に攻撃したという事実を大義名分とし、各地のレジスタンスが連携して武装蜂起したのである。そして、アウルム国全土のレジスタンスが連鎖的に行動を開始し国内は騒然となった。

 かくして一つの街の武力衝突は、アウルム国全体を巻き込む大規模な内乱へ発展する事になった。

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