17.憤怒。異能バトルが始まったなんて私には関係ないんだけど

 体が震えている。何が起きたのか分かるんだけど、何でこんな事になったのかは全く理解できない。


 そもそも理解したくない。


 これってたぶん、よくラノベとかにある『異能バトル』ってやつなんだよね。だったら、私には関係ないと思うんだけどな。

 私は異能が使えないもん。

 そりゃ、いっぱい異能持っているけれど、思い通りに動かない異能なんて意味ないよね。


 ゆっくりと振り返った。

 大鎌を横に構えて、未だに警戒している鈴音の向こうに、私の家だった瓦礫の山があった。瓦礫の上には身の丈の二倍ほどもある大きな鎚を持った少女が、不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしていた。

 その足元に、真っ赤な染みが二つ。


 あれは私の両親。なんで、こんな事になってるのかな。

 意味……わかんない……。


「ねえ――」

 その時自分の口から漏れた声は、私の前で健気に私を守っていてくれていた鈴音を振り返らせるほどの、そんな声だったみたい。

 ゆっくりと鈴音を横に退かせると、私は前に足を踏み出した。


「あなた……いったい何……してるの?」

「何言うとんねん、普通に異能バトルやろ? 戦場に立っとるんやから、あんたも異能戦士やがな。ケッタイなこと言うやつやな」

「……違うよ、そうじゃない。そこで何してるのかって聞いてるの!」

「いや……だからあんた、何言うとんねん?」

 私はさらに歩みを進める。

 何だか頭に血が上りすぎて、ぼーっとしてきた。何だろう、私何してるのかな。段々と分からなくなってくる。


『琴音の感情を収納しました』

 怒りが急速に消えていく。意識がクリアになって、今やるべきことがはっきりと理解できた。


 そうだ、お父さんとお母さんの上から、退いてもらわなきゃ。


 慌てた鈴音が、私の前に大鎌を構えて出てきた。


「待って、待ってよ琴音お姉ちゃん。私が守るから、危ないから私の後ろにいて」

「ごめん鈴音、ちょっと退いててもらえるかな……」

「えっ――」

 鈴音の肩に手を置くと、鈴音が目の前から消えた。

 そのままゆっくりと瓦礫の山を登っていく。


『琴音の死神大鎌と、能力制限を収納しました』

 力が湧いてくる。いつも通り軽く一歩踏み出しただけで、大槌女の目の前に移動していた。

 一瞬のことに、自分でも何が起きたのか分からなくなる。


 突然目の前に現れた私を見て、大槌女の表情が引きつったのがわかった。

 腰を落として、大槌を後ろに引いた。同時に構えた大槌が振動を始めたのがわかった。


『琴音の暴走機関を展開します』

 いつでも、準備はできているよ――頭の中に、そんな声が聞こえた気がした。

 私は、じっと大槌女の瞳を見つめた。


「な、な、何やねん。そいつ味方やないのかよっ!」

「大事な妹だよ。だからちょっと隠れてもらったの。それより私のお父さんとお母さんの上から、退いて」

 猛烈な速さで振り下ろされた大槌を、軽く振り払う。私の手に触れた大槌が、途端に粉微塵に吹き飛んだ。

 手の中の大槌が亡くなって、たたらを踏んだ大槌女はバランスを崩して瓦礫に転がった。良かった、これでお父さんとお母さんの上から居なくなった。


「はっ……ははっ、意味わからん。ど、どないなっとねん」

「もういいよね。帰ってくれるかな」

「ちょっ、ちょけんなっ! これは真剣勝負なんやで。最後の一人になるまで、元の世界にいねへんのや。あんたを倒してわいが絶対にいぬんだっ!」

 立ち上がった大槌女は、両手を上に振り上げる。瞬時にその両手に光が集まって、再び三メートルを超える大槌が女の手元に現れた。


『神送り、執行します』

 さっきから、頭の中で何かがずっと私に喋りかけている。

 正直鬱陶しいんだけど、助けてもらっている気がするからあまり文句は言えないんだよね。


「喰らえええぇぇっ――」

 振り下ろそうとした体勢のまま、大槌女は大きく目を見開いた。


 暴走トラックが、猛烈な速さで私の隣を駆け抜けていく。その軌道の先にいるのは、大槌女だ。避ける時間さえないって、このことだよね。

 驚愕の顔のままあっさりと吹き飛ばされた大槌女は、そのまま光の粒に変わった。


 暴走トラックの暴走は止まらない。


 蛇行しながら、時に直角に曲がりながら、暴走トラックは走り抜ける。住宅を吹き飛ばし、ビルに大穴を開けつつ、何かを追いかけて全てを粉砕しながら、そのまま暴走トラックは遥か彼方に消えていった。


『感情と、死神大鎌、能力制限を展開します』

 そんな暴走トラックの暴走を、私は呆然と眺めていた。空中に顕れた黒い光の粒が、私の隣で人の形に集まっていく。

 モノクロだった世界に色が戻ってきた。夜の闇が辺りを真っ黒に染めていく。すべての建物が瓦礫に変わっているから、ほんとに真っ暗闇になった。

 遠くのビルの明かりが、ほんのり見える。


 えっと……何が起きたのかな?


 お父さんとお母さんの上から退いてもらったところまでは理解している。

 鈴音は何でかな、肩に手を置いたら私の中に戻ってくれた。その後の自分の体の動きにはびっくりしたけど、大槌女がおとなしく退いてくれたから問題……なかった?


 えっ、なんで今私、問題ないって思った?


 体の動き滅茶苦茶だったよね。

 素手で相手の大槌を吹き飛ばしちゃったよ。多分あの大槌って、絶対に壊れないとかそういった物だよね、きっと?

 暴走トラックも、みんな吹き飛ばして行っちゃったよね?


 ど、どうしよ……。


「こ、琴音お姉ちゃん……」

 私の隣で鈴音が心配そうに私を見上げていたから、引き寄せてギュッと抱きしめた。それだけで何だか、すっごく安心した。荒んだ心が何だか癒やされる……。


「ど、どうなっているの? 私が琴音お姉ちゃんの中に戻っている間に、いつもの停止時間に戻ってる」

「えっ? ちょっと待って、まだ時間が停まってるの?」

「うん。まだ停まってるよ? 色が戻っているから、他の人の干渉はなくなっているし……あれ、五人いたはずの魔力反応が、全部無くなってる……?」

「そう……なんだ、やっぱり……」

 ちょっと複雑な気持ちだった。


 間違いなくそれって、私の異能『暴走機関』のせいだ。

 私の目の前で大槌女を光の粒に変えてから、どこかに走り去って行っちゃったけど、全部轢いていったんだよ……ね……。

 そもそもだよ、あれだって私の意思に関係なく勝手に発動した異能だよ。でも私の異能だから、責任無いかって聞かれたら、どう考えても私の責任だよね。


 茫然となった私は、鈴音から離れるとフラフラと瓦礫を下りて階段にしゃがみこんだ。

 鈴音が私の隣りに座ったのがわかった。


「大丈夫だよ、琴音お姉ちゃんは悪くないよ。それに、時間が戻ればみんな元に戻るから、きっと無かったことになるはずだから……」

 心配そうに見上げてくる鈴音の頭を、優しく撫でた。


 そっか、昼間もそうだったもんね。

 暴走トラックが壊した教室だって、一緒に吹き飛んで粉々になった同級生だって、ちゃんともとに戻ったもんね。


 思い出してちょっと気持ち悪くなったけど、しばらく鈴音と二人で座っていたら何とか落ち着くことが出来た。


 やがて、停まっていた時間が動き始めた。




 やっぱり、全てが元の状態に戻った。

 お向かいの吹き飛んだ家も、何事もなかったかのように建っていて、窓から明かりが漏れている。

 家に上がる真っ暗だった階段も、今は足元を照らす明かりでしっかり見えている。ほんとに、もとに戻るんだ。


「鈴音、家に入ろうか」

「うん。いこ、琴音お姉ちゃん」

 二人で手をつないで、きれいに元通りになった家に向かって、階段を上っていく。


 いつも通り夕飯の後にお風呂に入って、それからベッドに横になったんだけど、あの大槌女がどうなったか分からなかった。


 考えていたら、いつの間にか眠りに落ちいてた。

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