第3戦 真実はいつだって残酷

 最初に、謝っておかねばならないことがある。それは読者に私の存在の説明をまだしていなかったことだ。


 私の名はヨシフ・スターリンだ。しかし、私には自分の名前以上に大切な肩書きがある。それは、この国ソビエト社会主義共和国連邦の2代目最高指導者だというものだ。この肩書きを手に入れるためにはどんな手でも使った。

 現在私は共産主義社会を実現するために身を粉にして奔走しているのだが、部下や国民の醜い裏切りにあって中々上手くいっていない。だから、私は二度と裏切りが起きないように試行錯誤を繰り返した。

 その結果、私が邪魔だと認識した人間は誰であろうと、容赦なく排除することにした。2000万人以上が死んだらしいが、正義の実行に死はつきものだ。気の毒だが仕方の無い犠牲だ。

 で、現実に話を戻すが。


 この男……ヤーコフ・プラウダと言ったか。このプラウダと言う男は自分の国の最高指導者の顔と名前も分からないのか⁈ 中世ならいざ知らず、今は20世紀半ばだ。無知にも程があるだろう。外見を見るに、恐らく歳は20を超えていると思うが、私のことを知らんとは解せん。

 ……いや、待て。普通に考えて、国の最高指導者が目の前で倒れているという状況下で冷静な判断を一般人が下せるだろうか。

 答えは否だ。恐らく、気が動転でもしているのだろう。


「もしもし、大丈夫ですか? 名前を聞いてるんだけど……もしかして記憶障害とか起きたりしてる?」


 長い沈黙が続いていため、プラウダが気まずそうに私に話しかけてきた。私は彼の疑問に答えるために彼の双肩に意気盛んに両手をおき、彼の灰眼を真っ直ぐに見つめて答えた。


「ロシアの若き青年プラウダよ! 君は偉業を成し遂げた! この私、ヨシフ・スターリンという我らが偉大なる祖国の最高指導者を窮地から助けだしたのだからな。君のような労働者がこの国にいたことを私は永遠に誇りに思う。だから、気が動転していて私のことを信じられないという君の気持ちを私は深く理解している。不安を感じることはない。なぜなら、私は本物のヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリだからだ」


 プラウダはぽかんとした顔で私を見つめていた。恐らく一般人の彼にとって、私の言葉は尊すぎたのだろう。きっとそうだ、そうに違いない。

しかし、プラウダは私の予想とは裏腹にくすくすと笑いながら私の両手をゆっくり払いのけた。


「ふっふっ、すごい役作りですね。まるで本物のスターリンみたいです」


 何を言ってるんだこいつは? 何故、笑っている?


「ど、どういうことだプラウダ! 見損なったぞ! 私ほどの人間が君に真面目に語りかけているのに、君はまるで道化師を相手にするような態度をしている。何が本物のスターリンみたいですねだ! 私は本物だ!」

「はっ! そうでありますなぁ、書記長どのぉ!」


 な、なんだこいつは……。まったく、呆れてものがいえん。頭がおかしいとしか思えない。NKVDを呼んでさっさと粛清してしまうのが1番の良策といえるだろう。まあ、頭がおかしいまま生きていても幸せが訪れることはないと思うしな。


「まあまあ、冗談はさておき、どうしてあんなところで行き倒れになってたんですか? シベリアといえど、今は21世紀だ。人並みの生活はできるはずじゃないですか?」


 やれやれ、やはり頭がおかしいようだ。シベリア? 21世紀? 馬鹿を言え、今は1953年で、ここは私の寝室だ。まさか、私がタイムスリップしたわけではないだろうな?……ははっ、そんな非現実的な事があり得るとでも? ふんっ、笑止千万。


「君の脳に何らかしらの欠陥があることを私はよく理解したから、そろそろおいとまさせていただこう。」

 私は皮肉をきかせて言った。するとプラウダは語勢を強くして言い返してきた。

「ちょっと待った。僕の頭に欠陥があるって? そんなわけないじゃないか。えっと……スターリンさん?」

「ほう、名前を覚えることはできたか。だが、今が1953年だということは理解できるかな?」


 私の言葉にプラウダは少し気分を害したようだが仕方がない。君のような人間を見ると、誰だってそうなるだろう。


「僕はあなたがスターリンだなんて冗談としか思ってないけど、今はそう呼ばさせてもらうよ。スターリンさん、今が1953年だって? そんなわけないじゃないか! 記憶障害が起きてるのかどうか分からないけど、この新聞を見れば一目瞭然だよ!」


 そう言ってプラウダは自分の腕に抱えていた新聞を近くの机に軽く叩きつけた。非常にびっくりしたが、そんな素振りを見せずに私はゆっくりと机の方向に向かった。そして、新聞を手に取り日付けを見た。


 そこにはしっかりとした文字で2019年8月30日と書かれていた。

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