第2戦 正義の名を持つ男との出会い

 気がつくと私は真っ白な空間で棒立ちになっていた。

「ここはどこだ?」

 あたりを見回すが、何も無い。光の世界が続いているだけだ。だが、先程よりも奇妙な場所にいるのに体の具合は悪くない気がする。

「ふぅ、とりあえず安心か…。ん?、何かがおかしい」

 というのも、体の具合の良し悪しという話ではなく、体の感覚が無かった。 私は不思議に思い、おもむろに自分の体の方に視線を向けた。すると私の軍服から血が滴り落ちているではないか! しかも、胸に弾丸ほどの穴が一つ空いていて、そこから血が流れていたのだ。

 でも不思議なことに全くと言っていいほど痛みが無いことに開いた口が塞がらない。しかし、私が視線を向けて数秒経つと

「うぐっ⁈、ゲホゲホッ。あがっ、…」

 耐えがたいほどの恐ろしい苦しみが押し寄せてきて、私は崩れ落ちるようにその場に倒れこみ吐血した。そして、目の前の光景が霞み始めた。

「や、やめろ!まだ、死にたくない…」

 私は祈るように叫んだが、何か起きるわけでもなく、完全に何も見えなくなっていった。










「はっ!……な、なんだ、、夢か」

 またしても気がつくと、私はベッドの上だった。私は突然の事に驚いたが、先程の恐ろしい出来事が夢だったことに気づいて安堵の息を漏らさずにいられなかった。だが、私が自分の寝室とは別の場所にいるということまでは夢では無かったようだ。

 それにしても体調がすこぶる良いな、恐らく私はここで何時間か眠りについていたのだろう。ということは、誰かがここまで運んできたということだろうか? だとしたら、レーニン勲章(ソ連版のノーベル賞)ものだ。

 まあいい、体調がいいと確認できたのなら現状確認に移ろうか。とにかく今の私には情報が必要だからな。

 すると、私はベッドからおもむろに起き上がり、ハットハンガーに雑多にかけられていた軍帽を被って軍服のシワを伸ばし、気持ちを切り替えてこの家を探検することにした。






 異常事態の時にすぐに冷静になれる人間は長生きできる。これを信条として私は今まで生きてきたが、この歳になっても難しいことであるのは紛れも無い事実である。

 何せ「書記長! それが…トロツキーの暗殺に失敗しました!」という報告を聞いたくらいの衝撃を受けたからな。

「ふん、おかしいな」

 私は一通りこの家を見て回ってこの家が一階建てであることを確認し、住人は一人暮らしだろうと予測した。そんな中、思わず唸ってしまうようなものがこの家にはあった。例えば、色付きテレビの画面とタイプライターをくっつけた機械や天井に貼り付けられていて暖かい空気を吐き出す機械だ。全く信じられない!私の政策上、国民の多くは軍隊や工場、畑で働いているはずだからこのような暮らしができるはずがない。

 だいたい、ベッドで目覚めた時からおかしいと思っていたのだ。ふかふかの羽毛マクラに暖かい毛布が3枚、やけに小洒落た家具が周りにいくつかあり、床には絨毯が敷かれていた。ということは恐らく、この家の持ち主はちょっとした資本家だろう。

 私は地面を大きくふみ鳴らし、目を釣り上げて叫んだ。

「まだ、 ゴキブリのようにしぶとく生きていたか! ブルジョアジーめ! お前らに助けられようと恩義は一切感じないぞ!」

 そうやって、怒りの形相で地面を見つめ、拳を握りしめていると玄関でドアが開く音がした。

「あのー、大きな声が聞こえましたけどもしかして起きましたか?」

 この家の持ち主か? 私は即座にそう思った。だから、内心腹を立てているが、家主に会おうと思ってすたすたと歩いていった。そして、家主と思われる人物の目の前に立ちはだかった。そいつは自分より背が高く、比較的人柄良さそうな男だった。そのせいあって、私にしては珍しく怒りを心に秘めて話しかけた。

「君は?」

「ん? 僕ですか?」

「君しかこの場にはいないだろう」

「あはっはっはっ」

 男がいきなり笑い出した。

 一体、何がおかしいのやら。

「と、突然ですね。……僕はヤーコフ、ヤーコフ・プラウダです。で、逆にあなたは?」

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