春は、甘く香る
第二十八話 バレンタインデー。そして春が、やってくる。
冬休みが終わり、三学期が始まった。
中間テストがないので、クラスの子たちはバレンタインデーの話ばかりしてる。
美味しそうなチョコレートが載ってる雑誌やサイトをあたしに見せて、どれが好きか問う女子たち。
なんだか間違ってる気がするんだけど、素直に答えておいた。
男子たちや、他のクラスの男女も教室にきて、あたしの好みのチョコについて話しているし、みんな、ものすごくおかしいと思う。
あたしはこの高校にくるまで、同じ学校の子たちに避けられてたから、普通のクラスメイトとか、わからないけど、それでもこの子たちが変わってるっていうのはわかるのだ。
文化祭のタピオカ屋から、別の高校の生徒に話しかけられることも増えてるし、執事服のせいかもしれない。
同じ学校で、同じクラスなら、名前を覚えてなくても、ああいたなってわかるんだけど、それ以外は知らないし、話しかけられても困る。
向こうから話しかけてきたのに、顔をりんごみたいに赤くして、固まったりするし。
話があるなら、ちゃんと言葉にしないとわからない。意味のある言葉で、わかりやすく伝えてほしい。
あたしに伝えたいことがあるのなら。
そう思うのだけど、あたしに慣れている同じクラスの子以外は、あたしを前にすると怖いのか、しっかりと話すことができなかったりする。
姫乃がいる時は、彼女が通訳をしてくれるんだけど、怖いのか、ガタガタ震える子や、涙を流す子もいるし、逃げ出す子もいる。
あたしがいじめてるみたいだと自分では思うんだけど、姫乃は気にしてないみたいで、普段通りだ。
二月になったある日、ハワイに行って虹が見たいと言って、レンが旅立った。
二月のハワイは雨季で、雨が多いのだそうだ。
隠れ里の本屋さんで、ハワイの虹写真集を見て、行きたくなったらしい。
レンがいなくなってからソウタが落ち込んでるんだけど、いつものことなので、そっとしておいた。
バレンタインデーは平日なんだけど、姫乃がソウタにトリュフをあげたいと言うので、その前の休みの日に一緒に作った。
あたしの家族と、姫乃の家族のも作って、みんなにあげたし、自分たちも食べた。
そして、日が暮れてから、あやかし山に行き、ソウタにあげた。
ソウタはとても喜んで、美味しそうに食べていた。
バレンタインデー当日は、いろいろと大変だった。朝からずっと、男子や女子に話しかけられて、チョコレートやマカロンなどのお菓子を渡そうとしてくるから。
他校の生徒や、学年やクラスが違う子からのお菓子は断った。
もらっても、リュックサックに入らないって思ったし、知らない人からのお菓子を食べる勇気がないからだ。
同じクラスだからよく知ってるってわけじゃないけど、それなりに信頼はしてるから。お返しはしないと言っても、もらってくれるだけで嬉しいとみんな言ってたし、それでいいのだろう。
二月末から期末テストが始まり、それが終わった時には、三月になっていた。
♢♢
ふっと、あたしは目を覚ます。
真っ暗な部屋。
寒い。力の強いあやかしの気配。
三月になってから、毎晩くる。
まだ蕾が硬いのだけど、待ち遠しいのだろう。花開く日が。
桜が咲けば、
桜花様は、ほとんどの時を桜の中で過ごす。姿を見せるにはエネルギーがいるようで、惺嵐様は彼女に無理をさせないから、会話をする時は、木に触れながら話す。
それだけでも、会話ができるらしいのだ。あやかしだから。
ツバキやユズだって、会話ができるらしいのだけど、あの子たちよりも先に桜花様がここにいたし、惺嵐様が怖いのか、気を使ってなのか、あたしにはよくわからないけど、ツバキとユズが春以外、桜に近づくのを見たことがない。
いつもあの子たちを監視してるわけじゃないから、あたしが知らないところで桜に近づいて、桜花様と話してるのかもしれないけど。
♢♢
シャッと、音がした。
カーテン?
パチンと音がして、まぶたの裏に光を感じる。
ひさしぶりだ。なんだか嬉しい。自然と笑顔になる。目を閉じたまま。
クスクス、クスクス、鈴の音のような笑い声。
ゆっくりと目を開けて、身体を起こすと、ツバキとユズの姿が見えた。
満面の笑みの二人が、口を開く。
「かざねちゃん、おはよう!」
「かざねちゃん、おはよう!」
「はるだよ。あのね、にわの、じんちょうげがいいにおいだよ。ハクモクレンもいいにおいだったよ」
そう言ったのは、椿柄の着物を着た幼女――ツバキ。
「あのね、きなことツバキとにわにでて、いっしょにおさんぽしたんだよ」
そう言ったのは、猫柄の着物を着た幼女――ユズ。
「そう。元気そうだね」
と、あたしが言えば、二人は嬉しそうに頷いた。
「うん!」
「うん!」
「あのね、きょうはね、ユズとドエスまおうの、ろくがしたやつをみるの」
「ツバキとね、ドエスまおう、たくさんみるの!」
「そう、よかったね」
あたしがそう言った時。
スマホのアラームが鳴った。
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