第十一話 水ようかんと麦茶で、ちょっとしたお茶会。この土地のこと。そしてツバキたちが。

「風音、麦茶、持ってきたわよ」

「はい」


 返事をして立ち上がり、あたしはドアに近づく。そっとドアを開けて、お母さんからお盆を受け取った。

 お盆には、二人分の麦茶が入ったグラスと、小皿に載った一切れの水ようかん。


「これ、あたしが作った――」

「――えっ? 何何っ!?」


 ダダダダッと、姫乃が駆け寄ってきて、マズイと思った。

 ニコニコしながら、お母さんが口を開く。


「この水ようかんね、今朝、風音が作ったの。この子のお菓子ね、とっても美味しいのよ。風音、私とお義母さんと、あの子たちの分はもらうからね」

「わかった。わかったから、もう行って」


 あたしがそう言うと、お母さんは楽しそうな顔で去っていった。

 ふうと息を吐いて、ドアを閉める。


「食べよう! 食べよう! 食べよう!」


 瞳を輝かせて三回言う、姫乃がうざい。


 イライラしながら、お盆をフローリングに置くと、ちょっとしたお茶会が始まった。


「うんっ! 美味しいよ! すごい美味しい! お店出せば!」


「出さないというか、出せない。まだ子どもだから」


「あっ、そうだねー。でも、お店出せるぐらい美味しいよ!」


「……水ようかんくらい、誰でも作れるよ。それにお店って、いろいろな人がくるだろうし、嫌だな」


「そっかぁ。誰かに教えてもらったの?」


「うん、おばあちゃんとか、お母さんが作るのを小さい頃から見てたし、わからないことは、今でも教えてもらったりするよ」


「そっかぁ。お菓子作るなんて聞いてなかったからびっくりしたよ! いいなぁ。毎日食べたい!」


「毎日食べたら飽きると思うよ」


「夏はやっぱり水ようかんだね!」


「そう。あっ、毎年夏休みは七月の終わり頃から、お盆過ぎまで離島に行ってるんだ。だからきてもいないからね」


「あっ、離島って、親戚がいるって言ってたね。お姉さんが、和菓子屋さんで働いてるんだっけ?」


「うん」


「いいなぁ。離島かぁ。外国の島も好きだけど、日本の離島も好きだよ。どんなところ?」


「海は綺麗だけど、観光客はあまりいないよ。大きなホテルとかないから……」


「そうなんだー。小さい島なの?」


「うん、まあ、大きくはないかな。人も多くないし」


「そっかぁ。さびしくなったらいつでも電話してね」


「えっ? 親戚がいるからさびしくはないよ?」


「そう? さびしくないならいいけど。えっと、かざっちが離島に行ってる時以外は、ここにきてもいいんだね」


「えっ? 離島に行くまでに、できるだけ夏休みの宿題を終わらせたいんだけど……」


「じゃあ、二人でやって、わからないところを教え合えばいいよね。もう計画立てたの?」


「うん、一応……」


「あとで教えてね!」


「…………」


 あたしは無言で、水ようかんを食べて、麦茶を飲んだ。


「あっ、そうそう! なんで、この家の庭に入ったら、急に、あやかしが見えるようになったのか教えてくれる?」


「うん……。どう説明したらいいのかな……」


「わからないの?」


「いや……ネットではね、あやかし山に何度も行くと、別の場所でもあやかしが見えるようになるって、書いてあるでしょ?」


「うん!」


「ネットには書いてなかったし、あまり知られてないと思うけど、昔から、この家、というか、土地っていうのかな? 敷地に入るだけでも、あやかしが見えるようになるの。一度や二度なら、それから数日の間だけらしいんだけど、何度も出入りをしたり、数日、泊まったりすると、もっと長い期間、あやかしを目にするようになるんだ」


「えー? すごーい! じゃあ、もうわたしは数日間、どこでもあやかしが見られるってことだね?」


「うん、まあ、そういうことだね。ただ、力の強いあやかしはね、気配を消すのが上手なんだ。だから、簡単に見つけることができないと思うよ。見つけても、危ないから、反応しない方がいいけどね」


「危ない? このお肉美味しいって、モグモグ食べられちゃうの? それとも精気を吸う系?」


「あの……危ないのに、ワクワクした顔で、こっちを見ないでくれるかな?」


「だってぇ、あやかしに会うの、夢だったんだもん!」


「もう叶ったよ。おしまい」


「おしまいじゃないからぁ!! この子は人間の言葉をしゃべらないみたいだから、あの子たちと楽しくおしゃべりをしたり、遊んだり、まずはするんだ! 山は、明日行こう! 風も弱くなってるかもしれないし! ね?」


 満面の笑みで、首を傾げる姫乃。

 ハァーと、あたしは大きくため息を吐いた。


「……でも、なんでこの土地は、あやかしが見えるようになるんだろ? 土が、あやかし山と一緒とか?」


「それは……知らないけど、庭の桜は、あやかし山の桜らしいよ」


「そうなんだー。桜があるんだねー。いいね! 春になったらお花見しようよ!」


「えっ?」


「嫌?」


 ウルウルした瞳で見つけてくる姫乃。


「……まあ、おばあちゃんの家の縁側から見えるし、桜を見ながらお茶を飲んだり、お菓子を食べるぐらいはいいけど……」


「やったぁ! 桜、好きなんだ! だから、かざっちの苗字にもあこがれてるんだよ! 桜木さくらぎさんと結婚したいなぁ。親戚に誰かいない?」


「若くて結婚してない桜木さんは知らない」


「そうかぁ。残念ー」


「あっ、この土地のこととか、うちにあやかしがいるとかもだけど、秘密にしてね。あたしがあやかし、見えるとかも言わないでほしい。昔、いろいろあったから……」


「うん、わかった。かざっちが嫌なら、言わないよ。あやかし山に行くのも親には秘密だし、どこからバレるかわからないから、学校の子たちにも言わない」


「絶対に言わないでね」


「うん。親友を信じて」


「……いつ、親友になったのかな?」


「まだ、だった?」


 コテリと首を傾げる姫乃。


「うん」


「あらま。悲しい。でもいいのだ!」


 いきなり立ち上がる姫乃。


「この悲しみを乗り越えることに意味があるのだ! 風音をデレさせることがわたしの使命!」


「たぶん、違う」


 あたしが呟いた時だった。


 クスクス、クスクス、幼い子どもの笑い声。


 あたしはパッと、姫乃の頭の上のハリネズミを見たけど、今はとてもおとなしい。敵ではないと思ったのかもしれない。


 キョロキョロとした姫乃が、ドアがある方を見て、嬉しそうな顔になった。そして、しゃがんだと思えば、ビニール袋から、お菓子を取り出し、ドアがある方を見る。


「あのね、さっきはごめん。傷つけてごめん。これ、お菓子、あげるから、わたしと仲よくしてほしいな」


 深く頭を下げる姫乃。それでも落ちないハリネズミ。

 小さな足音がして、ツバキとユズの姿があたしの視界に入る。二人は姫乃の前で立ち止まり、「もういいよ」「もういいよ」と告げた。


 顔を上げる姫乃。不安そうだ。

 そんな彼女に小さな手を差し出す二人は、「おかしちょうだい」「おかしちょうだい」とおねだりをした。

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