第4話 夢だけど、夢じゃなかった?
口の中に甘いものが入ってくる。
なんだっけ、これ……私、知ってる……
甘くて妙に懐かしい、すごく小さい時に飲ませてもらった味。
それがなにか思い出そうとしていたら、唇に柔らかいものが押し付けられて、また甘いものが入ってきた。
あ……もしかして……お薬のシロップ……?
小さい頃に熱が出ると決まって飲ませてくれた、
病院に行くのは嫌いだったけど、白衣の先生がくれる
病気の時だけ一人で寝かされる部屋は、なにも見るものがなくてすごく退屈。だから暇を持て余した私は、枕元にあるシロップに光が反射してキラキラするのを、飽きずにずっと眺めてたっけ。
そうだ、思い出した。これは私が小学生の頃の記憶だ。
共働きの両親は二人とも仕事が忙しくて、学校行事に来てくれることは滅多になかった。
だけど私が熱を出すと、お母さんは仕事を休んでずっと一緒にいてくれて、お父さんは会社の帰りにゼリーとかプリンとかアイスとか、とにかく私の好きなものをいっぱい買って来てくれた。
不謹慎だってわかってるけど、それがすごく嬉しかったんだよね。
でも私が大きくなったら、熱くらいで親が仕事を休むことはなくなった。一人でも平気よねって。
だからそれからは、病気の時もずっと一人で……
そっか。これはきっと、私の願望が見せる夢なんだ。
久しぶりのシロップは、涙が出そうなほど甘くて美味しい。
お代わりがほしくて強請るように口を開けたら、また口の中にシロップを入れてもらえる。
何回もそれが繰り返されて、ようやく満足した私は深く息を吐いた。
「偉かったな。どっか痛いところはねぇか」
「ん……」
大きな掌がゆっくり私の頭を撫でる。
こんな風に頭を撫でてもらうのも、すごく久しぶり。
嬉しくなって、その手をぎゅっと握った。
これは夢なんだってわかってる。
だって私はもう大人だし、ここは実家でもなくて、一人暮らしの部屋でもなくて、異世界なんだから。
だから、自分の夢なんだから、夢の中でくらいちょっと甘えてもいいよね……?
「ずっと、ここにいてくれる? 一人は、やだよ……」
「……ああ、約束する」
瞼の裏に眩しい光を感じて目が覚めた。
うっすら目を開けてずいぶん高く日が昇っていることに気が付いた私は、もぞもぞと身体を起こした。
「ん……いたた……」
寝すぎてしまった時みたいな倦怠感と筋肉痛のような軋みに、全身が悲鳴を上げる。
痛みをやり過ごしながら部屋の中を見回した私は、大きく溜息を吐いた。
窓から入る日差しに照らされるのは、いつもとなに一つ変わらない狭い部屋。
家具らしきものといえば造り付けのクローゼットと、立て付けの悪いベッド。ただそれだけ。
「あーあ、やっぱり夢だったんだ……」
そうだよね。だっておかしいと思ってた。
ピンチの時に颯爽とヒーローが現れて助けてくれるなんて。しかも優しく看病までしてくれるって、そんなの都合よすぎるって。
フラフラしながらベッドサイドに置かれたグラスに手を伸ばした私は、水を一口飲んだところで首を傾げた。
……あれ? こんなところに水を置いたっけ。それに、私、いつ着替えたんだろう……?
昨日は確か薬草採集に行ったよね。それでツリガネ草の群生を見つけて、気が付いたら森の奥まで入ってて、蟲に襲われて、ええっと……?
蟲に襲われた時、すごく怖かったのは覚えてる。
キシキシ動く黒い蟲が背中に張り付いてた時は、はっきり言って絶望した。
身体中どこもかしこも痛くって、それでも重い身体を引きずってなんとか街まで戻った。
だから夕闇の中ギルドの灯りを見た時は、心の底からほっとしたっけ。
一刻も早く宿に戻りたかったのに、それを邪魔したのは怪しい浮浪者みたいなおっさん。
髪も髭もボサボサで、なんだか薄汚れてて、しかも口が悪くて偉そうで──でも、本当は私に注意してくれようとしてたんだよね。
碌に話も聞かず悪態をついて、しかも乱暴に手を振りほどいた私は、ずいぶんひどい態度だったと思う。
それなのに、あの人はわざわざ私を追いかけてきて……そのあとはどうしたんだろう。
そこまで思い出して、私はふと自分の掌を開いた。
蟲を引き剥がす時に血だらけになったはずの掌は、かさぶた一つ残ってない。
「……つまり、ここまで送ってきて怪我を治してくれたのは、夢じゃなかったってこと?」
なんだかすごくいい夢を見ていた気がする。
優しい男の人が、熱を出した私を看病してくれる夢。
よく頑張ったなって褒めてくれて、何回も頭を撫でてくれた。
その手が離れていくのが寂しくて、それで……
「いやいやいや、やっぱり夢だよ、夢! だいたいあの偉そうな男があんなに優しいわけないし! ……よし!」
私はベッドから立ち上がって両手でパンッと頬を叩いた。
熱は下がったし、怪我も治ってる。だとしたら今やるべきことはただ一つ。
「ギルドに行こう!」
冒険者ギルドに到着した私は、まず真っ先に依頼ボードへと向かった。
「今日はなにかいい依頼あるかな」
普段の私は、日の出と同時に起きてギルドへ向かう。
ボードに新規の依頼が張り出されるのは早朝だ。人気の仕事はすぐに決まるから、依頼が張り出されると同時に確保するのが理想なんだよね。
今日はギルドに預けてるお金をおろしに来ただけだから、さすがに依頼を受けるつもりはない。だけど、依頼ボードをチェックするのは、もう一種の習慣になってるのだ。
「あ、これ、初めて見る依頼だ。これも、これも……?」
珍しいことに、今日は初めて見る依頼票が多い気がする。昨日もボードはチェックしてるのに、うっかり見逃してたんだろうか。
首を傾げながらも、私は低ランク向けの依頼を探す。
冒険者には新人のFから最高位のAまで、六段階のランクがある。
ランクアップはポイント制。依頼を受けた数やその難易度でポイントが加算されていく。
難易度の高い討伐や駆除系の依頼はポイントが高く、簡単な薬草採集や手伝いなんかの依頼はポイントが低い。
一般的には、ルーキーのFランクからEランクに上がるのは簡単だと言われてる。だけど採集やお手伝いがメインの私は、つい先日ようやくEランクに上がったばかりだった。
「これはいつもの薬草採取……野鼠駆除……うーん、いいのがないなあ」
依頼ボードに貼られた紙を一番下から順番にチェックして、中段へ。それから背伸びをして上の段へ。
「えーっと、失せ物探しに……ルコの実酒の仕込み……これは経験者のみか。あとはガードルード邸の庭掃除? 推奨ランクはEで軽食付き! これ、すごくよさそ……うわっ!」
爪先立ちになって最上段に貼られた依頼票を取ろうと手を伸ばした瞬間、私はぐらりとバランスを崩した。
そのまま後ろに倒れると思った次の瞬間、私の背中をがっしりとしたなにかが支えた。
「──おい、こんなところでなにしてんだ」
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