14.四つのレモン(in imitation of orange)

「じゃあまずどうしようかな。意識確認からやろうか。聞こえているかな? 『ミネオラ』は手を上げて」

アズールが声をかけると、ふらつきながらも全員が手を上げた。どの個体も目つきが危うげだ。髪の色が近いやつ、肌の色が違うやつ、とアズールは特徴を頭に入れていく。肌の滑らかさ、髪の発色、肉体の造形の見極めがものを言う通常のコンタミ事故とは違って、顔色が青かったり赤かったりするのであまり参考にはならない。こんなに面倒なのはシリンダーが割れてずぶ濡れになったとき以来だな、とアズールは思う。誰も彼も不快感に俯き、髪を水濡れの暗色に染めたS型第二世代の群れを思い出し、笑ってしまいそうになる。それに比べて今度は随分と明るい。

「なるほどね。難航するわけだ。それじゃあ端のきみは? 喋れる? 好きな食べ物答えて」

「私、わたしの、すき……?」

『わたし』、不安定ながらも明瞭な発音。眉を上げ、アズールは頬にペンで罰点を書いた。

「うん、ありがとう。もう大丈夫だ。そっちのきみは?」

「あーし? あの、焼いたやつ……」

焼いたやつ。これは知らないな、と思う。発音は不明瞭。保留だ。

「オッケー、ありがとう。そうだな、自分の名前って言える? 順番に、ほら君から」

残った四体の内、一体はミネオラ、と言った。半分は不明瞭な発音でミノーラ、と。残る一体は舌が回らないようだった。アズールは新たにペケを鼻と耳とにつけた。後ろでは仲間たちが本物はきっとあれだ、いや、肌の色が本物らしくない、と意見の交換をしている。本人たちは真剣なのだろうが、それにしたって呑気なもんだ。真ん中にいる二体の顔を覗き込んで、つぶさに観察する。綺麗な肌だ。茹でたばかりの玉子じみた、くすみ一つ無い透明な肌と、蛍光灯にチラチラと光るオレンジの産毛。

「わかりそうか?」

「なんとも。決定的なものがないと証拠にはならないんだよね。複製作ったメンバーにちょっと聞きたいんだけど、ここ三ヶ月くらいのお知らせってちゃんと読んでた? わからないときはそういってね」

アズールの発した問いかけに、ベルベナとバルグラとマリーンがそれぞれ顔を見合わせる。

「ええと、読んだが。複製のルールなら改定はなかったはずだ。そうだよな?」

「俺は読んでいない。しかし改定があれば上長が黙っていないだろう。周知はきちんとなされている。問題は無いはずだ」

「噂にもなってなっていないですし、変更は無かったかと思いますが…… それともなにか問題がありましたか、アズール?」

アズールは首を振って否定した。

「いいや。答えてくれてありがとう。少し確かめたいことがあったんだけど、今の答えで知りたいことはわかった。複製の内部ルールに変更はないよ。半年前からずっとね」

アズールはペンを手にして、まっすぐ橙色の目を覗き込んだ。薄い隈と荒れた唇。握った爪の先はぎざぎざになっている。目の色はどろりとして暗く、自分がもしマリーンあたりであったのなら、きっとこの個体は選ばないのだろうな、と思われた。顔色の悪い個体だ、やせていて、髪の艶もない。手を取って、本物らしからぬ、と言わしめた女の手の甲に印をつけ、アズールは呼びかける。

「メグ、聞こえるかい。君がメグだ。そうだろ?」

アズールの言葉に、部屋中の視線が集まる。青色と橙からなる八対の目がアズールを前から後ろから射貫き、困惑とざわめきが部屋を飛び交った。メグってなんのことだ? とバルグラが言う。わからない、とベルベナは答える。マリーンはおろおろと二人の様子を見ている。メグ。異国の言葉に驚かないのはアズールのみ。否、それと、手を取られた女もだ。ノヴァは一人しかめ面のまま腕を組んで、事の顛末を見定めようとしていた。

「あーし…… 呼び捨…… や、誰……?」

アズールに手を握られたミネオラはメグであることを否定しない。メグと呼ばれた女は顔を寄せてアズールを至近距離で睨み付ける。二秒後、諦めたように顔が離れ、アズールは確信する。『眼鏡がないので見えていない』。アズールは残ったミネオラたちにもう一度ミネオラかどうかを尋ねて、全員がはいと答えたのを確認してから、今度はその全員に自分がメグかどうかを聞いた。答えは様々だった。『メグが何かわからないので答えられない』『メグの定義を教えて欲しい』『何かの略称だろうか? それなら私はおそらく違う』『それは勲章として与えられるものか?』その全てが消極的なノーであるのをアズールは認める。アズールは改めて手の甲に原本をあらわすチェックをつけた。メグ・ミノーラ。オリジナル。

「間違いない、本物だよ」

アズールはよろけつつも立ち上がったミネオラに手を貸しながら、落ち着かせるような様子でそう言った。立ち上がれどもなお、ミネオラは未だ意識がはっきりしないようだった。濁音混じりの無意味な発声にアルコールを嗅ぎ取ったアズールは、そういえばそうだったな、と思い出す。

「このあと、このまま救護室行くんだけど、誰かついてきてくれる? 誰か、うん。ノヴァがいい。来てくれる?」

「……何故私に?」

未だ混乱から抜け出せていない様子の室内にいてなお、ノヴァは冷静さを保とうとしているようだった。肝が座っている。さすがに人の上に立つ人間は違うなあ、とアズールは感心する。

「コバルトたちには後始末があるだろ? マリーンに直接罰則はないだろうけど、外部の人間を巻き込むと後々が大変だ。邪魔はできないなあって思ってさ」

「もしかして手伝いは僕がやることになってるのか? 残してきた仕事に戻らなきゃならないんだけど……」

「大丈夫だよ、コバルト。緊急性があるなら同じグループの誰かしらがやってくれる。さあ、ノヴァ、いこうか。僕が一人で救護室に入ると怒られるんだ」

「被害者ぶるな。日頃の行いが悪いからだ」

どうせ急病人のためのベッドで昼寝なんかしていたんだろう、とノヴァが言う。アズールはミネオラを担いだまま曖昧な笑顔を作った。

「手厳しいね。してないよ」

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