第3話 メリークリスマス

 な、なんですって?!

 元の世界に戻す唯一の方法は、私の命と引き換えってこと……?!


 冗談じゃない! それでは意味がない。私の居ない状態で、世界が戻ってもしょうがないじゃない。


 私の表情を読み取ったのか、カスパーは申し訳なさそうに伏し目がちにつぶやいた。


「ですから……のでございます……」


「そ、そんな……他に方法はないの?」


「ございません。」


 カスパーは非情に、そして、キッパリと言い切った。

 何故、私は安易に『カップルの居ない世界』を望んだのだろう。今になって深い深い後悔に襲われた。


 このまま餓死するか、カスパーに銀のナイフで刺されて死ぬか。


 選択肢は2つに1つ。


「ちょっと考えさせてくれる……?」


「エリス様……考えるまでも無いのでは……? 私はエリス様に看取みとられて死ぬのであれば本望でございます。残りの時間をエリス様と共に過ごせる、なんて私は幸福者しあわせものなのでしょう……」


「カスパーが私に看取られ……て? やめてよ! 私の前に貴方が死ぬなんて耐えられないわ!」


「エ、エリス様……勿体ないお言葉を……」


 私の言葉を聞いてカスパーは、ガックリと片膝を落としてうつむいた。


 カスパーが先に死んで、私が世界に1人きりになるなんてありえないことだ。全世界人口が私1人。そこには絶望しかない。


 ――そうだ。


 カスパーの言葉を聞いて、私は決心した。


「カスパー? 私を、私のことを、そのナイフで刺してくれる?」


 私は、出来る限り明るい口調で、何事も無い様にカスパーにお願いした。実際は少し声が震えていたけれど……自分としては良くできた方だと思う。


「いけません! エリス様! それはいけません!」


 カスパーは私の両肩を掴んで、思い切り揺さぶった。目には涙が溜まっている。


「あなた、私の下僕でしょ? 主人の言うことは絶対よ?」


「そ、それは……」


 そうよ。

 良く考えたら、金髪の長身イケメンに刺されて死ぬなんて、幸せじゃない。例え元の世界に戻れたからって、私には何の希望も無いのだ。何の希望も無いまま年老いていくくらいだったら、今、この若い身体で、カスパーに刺されて死んで行った方が何十倍も幸せってものだ。


「ねぇ……カスパー? 幸せになってね」


 生まれて初めて他人に対して、心から幸せを願えた。これが私の死に際なんて、私らしいよね。


 思い残すことは、もう何もない。

 もし、転生輪廻てんせいりんねが本当にあるなら、次は、次こそは幸せな人生を過ごしたいな。


 ――もう、いいや……


「エリス様……」


「ね……? 命令は絶対だよ?」


「かしこまりました……」


 カスパーと、私の瞳から次々と涙がこぼれ落ちて頬を伝わっていく。

 私の命で世界が救えるんだ。すごいことじゃないか。と言っても、そのキッカケを作ったのは私だから自業自得かな。


「ちゃんと私の心臓狙ってよね! 痛みもわからないうちに死ねるように。」


「か、かしこまり……ました」


 銀色のナイフを握るカスパーの手が、ガタガタと震えている。彼自身、人をあやめたことなど無いのだろう。


 ――カスパー……嫌な役目を押し付けてごめんね。


 私はカスパーの瞳を真っすぐに見つめた。生まれ変わっても、カスパーのことを見つけられるように。深く、深く彼の姿を目に焼き付けた。次は笑顔で会えるように。ほんのちょっぴりカスパーが涙でぼやけて見えるけれど、きっと大丈夫だよね。


 そして、未だに決心のつかないカスパーの背中を押すように、私は大きな声で叫んだ。


「さあ! 早くっ! 私の気が変わらないうちに!!」


「エリス様あっ!!!」


 ナイフを私の方に向け、走り寄るカスパー。


 私は目をつむり、両手を斜め下に広げて、カスパーからのナイフを受け入れる姿勢を取った。


 ――アウスターシュパナーネ!!


 カスパーの声がする。


 ――グサッ!!


 そして、すぐにナイフが刺さった音がした。でも不思議と痛みは全くない。カスパーはを唱えてくれたのかな。


 良かった。私、痛いの嫌いだから。


 …………


 ……え?


 痛みが無いどころか、ナイフが刺さった感触さえ感じられない。


 おかしい……

 私は、そっと目を開いた。鮮血が砂漠に飛び散っている。

 

 そして、目の前には……心臓に銀色のナイフが刺さっている姿が……


 ――グハッ!!


 カスパーは口から血を吐き出した。


 そして……

 私の手にはカスパーが持っているはずの銀色のナイフが、強く握られていた。


 どういうこと?!


「なんでっ?! なんでっ?! カスパー?! いやああああああっ!!」


「エ、エリス……様、勝手ながらを唱えさせて頂きました。私、下僕の最初で最後のままをお許しください……」


「な、なに言ってるのよ!! 私が、私が死ななきゃ意味無いのでしょう?!」


「カップルの居ない世界を望んだ者……それは私も同じでございます。」


 カスパーもカップルの居ない世界を望んでいたってこと……? こんな馬鹿なことがあって良いものか。カスパーだって、やっと人間の姿に戻れたのに。貴方の人生これからじゃない!!


「なんで……なんで……」


「エリス様に看取られて死ねるなんて、私奴わたくしめは幸せでございます。エリス様……? これからは幸せなクリスマスをお過ごしくださいませ。これが私からの最後のお願いでございます。」


「やめてよ!」


 泣いて批難する私にカスパーは少し困った顔をして微笑む。そんな、カスパーの身体を抱え、横に寝かせて思い切り抱きしめた。


「エリス様に抱きしめて頂けるなんて、下僕の私には勿体ない……もう思い残すことはございません」


「こんな時に何言ってるのよ!」


「そう言えば……エリス様は人々が『クリスマス当日ではなく前日のクリスマスイヴを祝う』ことに疑問を持っておられましたよね」


「な、なによいきなり! もう話さないで! カスパー死んじゃう!!」


 カスパーは私の言葉が届いているのか、届いて居ないのか分からない感じだった。意識が朦朧もうろうとしている中、独り言のように言葉を続けた。


「エリス様……ご存知ですか? 所説ございますが、クリスマスイヴのイヴは。夕刻の『evening』からきていると言われています。また、西洋では日没で1日が終わり、その夜から新しい1日が始まるとされていました。ですから、クリスマスは24日の日没、つまりクリスマスイヴから始まる、ので……」


「わかった! わかったから! お願いカスパー生きて!!」


「エリス様……メリークリス……マ……ス……」


 カスパーは私の目を優しく見つめた後、ゆっくりと目を閉じた。


「カスパー! カスパーッ! いやああああああ!!」


 ――すると


 カスパーの身体が輝き、辺り一面を光で包み込む。月、星々、砂漠も次々と光に包み込まれ、私の目の前は真っ白になっていった。


「ま、眩しい!!」

 

 太陽、いや、それ以上に感じられる激しい光が、私の目に突き刺さる。そして、次第に手足の感覚も無くなっていった。


 ああ、私も死ぬんだな。でも、カスパーと一緒に死ねるなら本望だ。


 そして、私の意識は遠のいていった。


 ――何時間くらいたったのだろう……


「……さん、お嬢さん! 大丈夫ですか?!!」


「ん、んん……」


 誰かに肩を揺さぶられている感覚……ここは天国……?


 静かに目を開けると、目の前には口髭くちひげを生やした紳士が、私のことを心配そうに見つめていた。周りにも人垣ができているようだ。


「おお! やっと、お気づきになりましたね。大丈夫ですか?」


「え、ええ……大丈夫……今日は何日ですか?」


「今日は12月24日。クリスマスイヴですよ。」


 周りを見ると、そこにはイルミネーションに包まれた街の景色、そして広場には大きなクリスマスツリーが飾られている。


 ここは元の世界……?

 だけれど、周りを見回してもカスパーの姿が見当たらない。私はガバっと飛び起きて紳士に問いかけた。


「あ、あの! ここに男性が居ませんでしたか?! 金髪で、タキシード姿の!」


「い、いえ……そのような方はおりませんでしたよ。」


「そうですか……ありがとうございます……」


 紳士の返事に元気なくうつむく私の姿を見て、申し訳なさそうに首を振った。


「……お気を付けくださいね。メリークリスマス。」


「メリー……クリスマス……」


 紳士は、私に向けて一礼すると雑踏の中へと消えて行った。

 そうか、世界が元に戻ったのか……全て、元に戻ったのか……全て……


 いや、違う。ただ、たった一人、大事な彼の存在が消えてしまっている。


 ――カスパー!!


 私の代わりに命を犠牲にしたカスパー……一瞬の出来事だったのに、彼の存在は深く深く心に刻まれていた。私の目からは次から次へと涙がこぼれ落ちて止まらない。


 これが恋と言うものなのかな……たった一瞬の恋。


 初恋が一瞬にして失恋に変わるなんて、私らしい。

 ずるいよカスパー。私の心を奪っておいて、あっと言う間に消えちゃうなんて……


 ……でも。

 カスパーのお陰で、クリスマスのねたみは消えたような気がする。街中溢れるカップル、イルミネーションその輝きを今なら受け止めることが出来る。


 そうか、クリスマスは今日、24日の日没から始まるんだね。


 ありがとう……

 ありがとうカスパー!!



 ――メリークリスマス!!



 ……え?

 どこかからカスパーの声が聞こえた気がした。


 レンガ造りの建物の向こうに目を移すと、金髪でタキシードを着た紳士が建物の奥に消えて行く姿が見えた……ような気がした。


「メリークリスマス。カスパー……」


 私は小さな声でつぶやいて、紳士が消えたレンガ造りの建物に小走りで向かった。


 初恋を一瞬で終わらせないために。



 ―Fin―


-----------------------


~あとがき~


「消えたクリスマス」でした。

お読みいただいてありがとうございます。


 クリスマスと言えば、日本、いや、世界中で知らない人は居ないくらい、カレンダーによっては暦の中に書かれてしまうほどの一大イベントです。それこそ宗教に捕らわれず、様々な方がクリスマスをお祝いします。


 ちょっと意地悪な見方をすると、『クリスマスを祝っている人のうち、何人がクリスマスの本当の由来を知っているのだろうか』と思ったりもします。


『クリスマスは、イエス・キリストの誕生日』


 ……と思っている方も少なからず居るのではないでしょうか。


 実は、12月25日はキリストの誕生日では無く、キリストの『誕生を祝う日』なのです。


 まあ……それ以前に『クリスマスはプレゼントが貰える日』と思っている方々も居るようですが。。。


 作中、しかも死に際に、『カスパーことカスパメルザール』がクリスマスイヴについて息も絶え絶え説明をしていますが、私自身、この作品を執筆するまでは、クリスマスイヴは『クリスマス前日』と思っていたことを白状します。


 実は、エリス、カスパメルザールの名前もクリスマスに由来しています。もし、お時間がありましたら、これを機会に『クリスマスとは……?』を調べてみるのも楽しいかもしれませんね。


 最後に、お読み頂いた感想、レビュー、評価を頂けたら嬉しいです。


ではまた。


桐生琉駆

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消えたクリスマス 桐生夏樹 @tomox9209

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