お子様趣味


Evolutionエヴォリューション


 ベルトにスマホを差し込み、赤い魔力に包まれると、変身が完了する。


『レオ、アンタ、それは……!』

「なっ! まさか!?」


 二人とも驚くのは分かるが、大男の、まさか、ってなんだ? ま、いいか。驚いている今がチャンスだぜ。


 俺は、地を蹴って大男に走り寄る。数歩前まで迫ると、跳び上がり、身体を捻りながら、大男の頭に向けて、左の踵を斧のように振り下ろす。


「ハッ」

「ぬ!」


 ドコン! と左腕でガードした大男の腕を弾き、俺はそのまま空中から大男の顔を殴り飛ばした。大男は壊れたボートの所まで転がっていき、俺は姉の前に立つ。


『やるじゃないの、レオ。それが本当のチートって訳ね……変身ヒーローだなんて、お子様趣味、全開もいいところだけど』

『姉さんのあの訳の分かんない、小難しい言葉を並び立てる呪文の詠唱より、かなり実戦的だぜ?』

『ハァ? あの美しさと華麗さ、そして何よりも超カッコイイのが分からないだなんて、やっぱりお子様ね』

『だって、母さんが言ってたぜ? あんなことしている内に、敵対者にやられちゃうって』

『そうならないように、アンタの様な脳筋前衛が私を守るんじゃないの!』

『誰が脳筋だよ! だいたい俺、知ってるんだぜ、姉さんみたいに意味不明な言葉を呟いて、悦に入る奴のことを。たしか“中二病”って言うんだろう?』

『私が“中二病”ならアンタは“小二病”じゃない!』

『なんだと!』

『なによ!』


 俺達がいがみ合っていると、大男が身体を起こす。


『口喧嘩している場合じゃないか』

『そうね、先ずはこの状況を何とかしないと……アンタ、アレをどうにかできるの?』


 その言葉に、俺は跪いている姉をジッと見下ろす。


『なに? どうしたのよ?』

『いや、何でもない……』


 もし姉が未だに現代日本の常識や倫理観に縛られているとすると、これから俺が行う事は非難されるかもしれない。敵対者とはいえ、もしかすると俺は相手を殺してしまうかもしれないのだ。


 祖父や、父、母、お手伝いさんや警備隊の人達なら、良くやった、と褒められる事は無くても、危険な真似はするな、と叱られるだけで済むだろう。日本の常識に縛られた姉はどういった反応をするのか……


 前世で観てきたマンガやアニメで、主人公が敵対者を追い詰めた結果、躊躇したせいで、その後の展開がややこしくなったり、不利になる事があり、そういう主人公の心情が俺には理解できなかったのだ。


 それが現代日本人としての、葛藤を表現しているのだろうというのは知っている。それでも、その主人公が戸惑いなど見せずに、止めを刺していれば味方に被害が出なかっただろうにと思うと、何とも言えない気分になったものだ。


 まぁ、メタい事を言ってしまえば、そういう演出とかストーリーを面白くする為の措置なんだろうけどね。


 お姫様を助けた時点で、俺は既に人を殺している。魔獣のようになり灰化してしまったが、殺した事に変わりはない。

 お姫様を助ける為だったので、今でも何とも思っていない。それを家族に秘密にしているは、単に叱られたくないからだが、姉に伝えられなかったのは……


 どうやら俺は、この我儘で自意識過剰な姉を嫌いではないようだ。きっと前世の事を含めて気楽に話せる姉に、失望されたくないのだろう。


 それでも、俺は何処かで覚悟を決めるように大男に向かって一歩踏み出す。

 姉に嫌われようが、罵られようが、蔑まれようが、別に構わない。あの主人公達のように戸惑っていては、何も為せないのだから。


 大男が右腕を後ろに引く。こいつ、バカの一つ覚えなのか?


「オッサン、をやると、後ろにいる姉さんはただじゃあ済まないぜ?」

「む……」


 俺の言葉に、大男はピクリと動きを止める。その隙を見逃さず、俺はベルトの左側に装着しているフォトンブラスターを引き抜くと、大男に向けて引き金を絞った。

 赤い光線が大男の顔面に迫るが、大男は左腕で防ぐ。腕に小さな穴を開け傷をつけるが、貫通はしなかった。


 どういう筋肉をしているんだ?

 更に引き金を絞り数発撃ちこむが、大男は土の盾を創り出しそれを防いだ。


「変わった形状の短杖ワンドか、オレの知らない魔導具か……魔力の温存などと言ってはおれんようだな」


 大男が右の掌を突き出し地面に向けると、石や砂利が盛り上がっていく。そしてその先端になる何かを掴むと、周りがボロボロと崩れさり、中から柄の長い棍棒が現れた。


「ハァアアッ!」


 大男が気合を入れるように、棍棒を振りかぶり、土の盾を前に構える。どうやら身体強化を始めたようだ。

 ここからが本番だな……俺は腰を落として身構える。


 バシャッ! と水しぶきを上げて、大男が地を蹴り突撃してきた。

 俺はフォトンブラスターで何発も大男に赤い光線を撃ち込むが、大男はその左手にした盾で器用に防ぎ、棍棒を上段から振るってくる。


 振り下ろされる棍棒の方へ転がって躱し、膝立ちの姿勢になりながらフォトンブラスターで狙う。盾を持っていない大男の防御が薄そうな右側を撃つ。

 三発の光線が大男の腕や脇腹に当たるが、身体強化のせいだろう、大して効果が無かった。


 そこへ地を這うように棍棒が地面すれすれに、俺に向かって来る。即座に跳び上がって、後方回転しながら空中から引き金を引く。

 数発の赤い光線が大男に飛ぶが、全て土の盾で防がれてしまった。


『ちょっと、レオ! アンタのそのビーム攻撃、全然通用しないじゃないの!』

『そうだね』

『……他の武器になる様な物はあるんでしょうね?』


 肩を竦め、姉の言葉を無視して大男に向き直る。

 フォトンブラスターが効いていない訳ではない。その証拠に大男の右側への攻撃が無傷に見えた後、盾で再び防いだのだから。

 ダウンをとれる程のジャブではないにしても、受け続ける訳にはいかないと言ったところだろう。


 俺はベルトからスマホを取り外すと、一つのアイコンをタップした。


Burstバースト Modeモード


 スマホから音声が流れると、フォトンブラスターが変形し、銃口が少し広がった。再びスマホをベルトに差し込み、大男に向けて引き金を絞る。

 すると銃口に魔力が溜まっていく。ある程度溜まったところを見計らい、引き金を緩めた。


 ドン! と銃身を跳ね上げて、解き放たれた赤い魔力弾が大男に向かって飛ぶ。

 大男の構えた土の盾に魔力弾が着弾すると、ボン! と炸裂し、土の盾をバラバラに壊した。


「ぬぅ!?」


 俺は更に赤い魔力弾を撃ち込んでいく。

 大男は新たに土の盾を創り出して防ぐが、だんだん間に合わなくなってきて、遂に数発目の魔力弾が大男の左腕に炸裂した。


「ぐぅう」


 ガランと棍棒を手放し、大男は自身の左腕を押さえる。

 この炸裂弾仕様になったフォトンブラスターは、デフォルトの状態と比べて連射性に劣るが威力なら大男の身体強化を上回るようだ。


 俺はゆっくりと歩いて大男に近付きながら、魔力弾を撃っていく。大男は身体を丸めて身を守るが、幾つも炸裂する魔力弾の威力に負けて、防御が解ける。


「ガッ、ゴッ、グアッ!?」


 そこに大男の腹に当たった魔力弾が炸裂し、大男を吹き飛ばした。ゴロゴロと転がって行った大男は、肘をつき起き上がろうとする。

 俺はフォトンブラスターをベルトのホルスターに収めると、スマホに触れた。


Extraエクストラ Chargeチャージ


 ベルトから生じた魔力の塊が、右足へ向かう。大男は腰に付けたポーチのような物の中をまさぐっていた。何かするつもりなのだろうが、そのまま見過ごすつもりはない。


「フッ」


 自然と出た小さな掛け声とともに大男に向かって駆け出し、強く地面を蹴って宙に舞う。

 両膝を抱えて一回転してから、蹴りを繰り出す。

 足先から紅い魔力の残滓がグワッと広がり、俺の身体の後方へと流れていく。


「ハアーッ!」


 立ち上がりかけた大男が、眉間に皺をよせて俺を睨む。

 ――コイツ!

 魔力を込めたキックが大男の胸に当たり、大男を吹き飛ばす。ズジャジャーと周りの濡れた砂利や小石を両足で引きながらも、大男は立っていた。


 着地した俺の右足に、鈍い痛みが走る。変身と戦闘の興奮で抑えられていた右足首の痛みが、ズキズキとし始めた。どうやら魔力キックのせいで、余計に足首を痛めたようだ。


「グウオアアア! ウォオオオ!」


 大男が、キックの当たった箇所を両手で抑えながら、大声で叫ぶ。


「ハァッ!」


 そして、大男が気合を入れるように、胸を張り、両の拳を腰に構えると、一瞬だがその身体全体から黒い魔力のような物が溢れ出た。

 それが消えると大男は喀血して、手でその口元の血を拭う。


「ゴフッ……ハァ、ハァ……も、物凄い衝撃だったぞ、少年……か、身体中がバラバラになるような衝撃だった……」

「チッ」


 俺は舌打ちしながら立ち上がる。実のところ、大男は俺のキックが当たるその瞬間に、小さな土の壁を創り出しキックの威力を弱めていたのだ。


「ハァ、ハァ、子供と思って侮っていたオレの失態だな……子供でもするのであれば、こちらもそれなりの用意をしなければならないという訳か……ハァ、ハァ」

「何言ってんだ、オッサン、魔獣化って……」

「ハァ、ハァ、呼び方なんぞどうだっていい……人と異なる姿をとれることを言っている……」


 息も絶え絶えにそういうと、大男は先程、ポーチから取り出した細長い試験管のようなものを口に持っていく。

 そして、その中身をゴクリと一口で飲み込んだ。すると全身が黒い霧のような物で覆われる。


「フン!」


 と大男が、掛け声を上げながら、手を振り払うと黒い霧が辺りに散る。

 その中から現れたのは、鴉のような姿になった大男だった。


 顔には黒く鋭い嘴が生え、上半身が黒い羽根で覆われている。両腕は翼にでもなるのか地面まで届くほどの長さになっていて、黒い羽根が垂れていた。下半身はズボンとブーツだが、溢れんばかりにパンパンに膨らんでいる。


 もしかすると、大男は魔獣化する為に上半身裸だったのか? となると、空を飛んで姉の部屋に突っ込んできたのかもしれない。


「魔力が残り少ないのでな、一気に片を付けさせてもらうぞ!」


 鴉のようになった大男が、翼になった両腕を広げて駆けてくる。速度は大して速くない。俺はフォトンブラスターを引き抜くと、大男に向けて引き金を絞る。

 

 ドン! と赤い魔力弾が鴉男に向かって飛ぶ。魔力弾が当たる寸前に鴉男は跳び上がって躱した。そしてその状態から翼になった両腕はためかせ、滑空してくる。


「なに!?……クッ」


 そのスピードはかなり速く、慌てて避けようとするが、足首の痛みにより機敏に動けない。そこに繰り出された脚が俺の肩に当たる。


「グッ」


 濡れた砂利や石の地面を転がると、すぐさま立ち上がろうとするが、今度は背中を蹴られた。

 ベシャッと倒れた体勢から、飛び去って行く鴉男にフォトンブラスターを向ける。あらかじめ引き絞っていた引き金を緩めると、赤い魔力弾が飛び出す。

 しかし鴉男は、バレルロールを行うようにクルリと回転しながら躱してしまった。


「レオ!」


 姉が俺の名を呼ぶ。そこには“しっかりしなさい、このバカ!”というニュアンスが含まれている気がした。


「わかってるよ」


 俺は姉に向き合う事も無くヒラヒラと手を振り言葉を発すると、立ち上がりながら仮面の右側のコメカミ辺りに触れる。


Targetターゲット Scopeスコープ Onオン


 スマホから音声が流れると、仮面の右目が緑色に変わり、俺の右目に幾重にも重なった赤い丸が投影される。


 降りしきる雨の中を鴉男が小さく弧を描いて戻ってきた。

 俺の右目に投影された赤い丸が収束して鴉男を捉えると、再び右のコメカミに触れる。


Lockロック Onオン


 ……これはあまりやりたくなかったのだが、相手が空を飛ぶとあっては仕方がない。再びスマホに触れる。


Extraエクストラ Chargeチャージ

「クッ」


 ベルトから大量の魔力が肩や腕を伝ってフォトンブラスターに注ぎ込まれた。

 俺は両手で構えて鴉男を狙い、引き金を引く。

 ズガァン! と解き放たれた巨大な紅い魔力弾。

 その反動に耐えられず、俺は尻餅をついてしまう。


 巨大な魔力弾に気付いた鴉男は避けようとして、翼になった両腕を羽ばたかせ、上空へ逃れた。

 しかし、避けられる筈の軌道で飛んでいた魔力弾は、クン、と方向を曲げ鴉男に追い縋る。


 追いついた魔力弾を見た鴉男は、その嘴を大きく開いていた。一瞬の事だし、魔獣化したヤツの表情から読み取れるものは少ないが、俺には驚愕しているように見えた。


 鴉男は巨大な赤い魔力弾に飲み込まれると、ドオォーン! という大きな音とともに爆裂した。

 紅い煙の中から、バラバラと鴉男だったものが落ちながら灰化していく。大方はこの雨に流され、その痕跡を見つけるのは不可能になるだろう。


 俺はゆっくりと立ち上がると、少しフラつく。一気に大量の魔力を使ったせいだろう、倦怠感とでも言うのか、少しダルさを覚えた。

 いや、これはマグダレーネのいう、理力を随分と消耗したせいもあるのだろうな。何と無く、これからの鍛えるべき方向性のようなものが見えた気がした。


『レオ! アンタやるじゃないの! これは私も本気で修業をしないといけないわね!』


 そう言ってゆっくり立ち上がる姉の表情は、微笑んでいる。


『姉さん、立てたんだ?』

『まぁね。いざという時の為に、力を温存しておいたんだけど、アンタのおかげね。一発、あの大男にぶちかましてやりたかったのだけど……』


 俺はベルトからスマホを取り外し、変身を解除する。


Cancelキャンセlationレーション


 再び雨に濡れ始めると気持ち悪さを感じたが、嫌悪感を感じていないような姉の表情に俺は安堵した。


『悪いけど、肩を貸してくれない? ちょっと邸まで歩けそうにないわ』

『ああ、いいよ』


 痛む右足をヒョコヒョコとさせながら姉に近づき、肩を貸す。


『アンタ、足をケガしているの?』

『うん、ま、ニ、三日で治るんじゃないかな?』

『そう……ありがとうね』

『ハハ、姉さんに礼を言われる日が来るとは、思いもしなかったよ』

『なっ……私だってね、感謝くらいは……』


 姉がそこまで言いかけた時、何処からともなく、パンパンパン……と何かを叩く音が聞こえてくる。

 目をやると土手の上に灰色のローブを着た二人の人物が立っていた。



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