お姫様


「ガアアアァァァアアア!!」


 目を充血させ、顔や首に血管を浮き上がらせながら、出っ歯が雄たけびを上げ胸を掻き毟る。

 何が起こっているのか分からないが、事の成り行きを黙って見逃す訳にはいかない。


 俺は二刀の短剣を具現化し、出っ歯に向かって駆けだす。

 出っ歯が右の腕を振り上げると、黒いバスケットボール位の球が高速で飛んできた。

 咄嗟に短剣を交差して受け止める。

 が、あまりの威力に壁まで吹き飛ばされ、具現化した短剣は粉々に砕けてしまった。


「いてて……」

「だ、大丈夫ですか?」


 お姫様が駆け寄ってきて、俺は壁に手を突きながら立ち上がる。


「やはり、貴方は先程、案内をしてくれた……」


 吹き飛んだ勢いで、フードが外れてしまい正体がバレてしまった。


「アンタ、俺がアイツを相手してる間に、ここから逃げ出して噴水広場まで行けそうか?」


 お姫様は首を横に振る。


「無理です。ここへ連れ去られる時、暗い地下水路の様なところを通ってきましたが、どのような順路を辿ったのか覚えていなくて……」


 成る程、あれだけ速く移動できたのは下水道があったからなのか。これだけの人が住んでいる街だ、下水道くらいあるよな……人目に付かずに、誘拐するには有効な手段だ。


 仮に、ここから地上を使って逃げ出せても、出っ歯の仲間に見つかる可能性もあるか……仲間がいるのか、取引する相手がいるのか、あるいは何らかの組織が動いているのか、出っ歯が単独犯だという考えは危険だ。


 出っ歯の方に目をやると、何やら蹲って唸っている。その様子が少し変だ。身体のあちこちがボコボコと膨れ上がっている。


「ガアアァアッ!」


 出っ歯が叫びながら立ち上がると、上半身が膨れ上がり服は破れ、身体中に茶色い毛が生えてくる。

 体格が大きくなり、平均的だった身長が二メートル以上あるように見えた。更には顔が猫……いや、身体のまだら模様からして豹か?……の様に変化していく。

 手に長い爪が生え、足の爪もブーツを突き破っている。俺が切り裂いた箇所は傷跡として残っているが、出血が止まっていた。

 どういう理屈か分からないが、出っ歯が魔獣に変化した?


 出っ歯が手の爪を開いてこちらに向ける。

 危険を感じた俺は、お姫様を抱えて跳ぶ。


「きゃあ!」


 お姫様が悲鳴を上げる。

 出っ歯の手から、先程の黒い魔力の塊ではなく、火の塊が放たれた。

 ドォン!


「グオオオッ!」


 派手な破壊音がした直後、跳び上がっている俺達に向かって出っ歯が爪を振りかぶり跳躍してきた。


 紐を付けた苦無を具現化し、梁に投げつけ、魔力を腕に込める。

 既に出っ歯は間近に迫っていて、その鋭い爪を振るって来た。

 紐を力いっぱい引き、軌道を変えるものの、肩をかすめてしまう。


 着地し、肩の様子を見る。

 傷を負い少し痛みがあるが、これ位なら傷を負った箇所に魔力を集めておけば、今日一日で治るだろう。俺が具現化した黒い外套は魔力で編まれているからか復元しだしたが、平民風の服は破れてしまっている。


 木造なのが災いして、俺達のいた場所が派手に壊れ燃え始めた。

 ジッとお姫様を見つめる。


「あ、あの……?」

「これから起こること、アンタの胸の裡にしまって、誰にも言わないでいてくれると助かる」

「はい?」


 お姫様は首を傾げるが、それには構わず数歩前に出るとスマホを具現化する。


「グオオオッ!」


 出っ歯……もう出っ歯じゃなくて魔獣男だな……豹男が雄たけびを上げ再び火の塊を放つ。


「うるせえ」


 俺は具現化した短剣を回転させながら火の塊に投げつけると、スマホのアイコンをタップする。

 短剣と火の塊がぶつかり合うと、ボンと派手に破裂し、火の粉が辺りに散った。


「変身!」


 腰に装着されたベルトにスマホを差し込むと、赤い魔力に包まれた。


Evolutionエヴォリューション


 スマホから音声が流れると、変身が完了する。


 お姫様には秘密にしておきたかったのだが、ほんの少しのやり取りで、パワーもスピードも生身のままでは敵わないと判断した。


 また、火を使う魔獣はあの森だと鹿の魔獣がいるが、角の間に火を溜めるので分かりやすかった。

 豹男の場合、手を翳すだけで放ってくるので、避けづらそうだ。それに辺りが火の海になる前に片を付けたい。


 そもそもは俺の甘さのせいだ。出っ歯が倒れた後、もう死ぬだろうと放置した結果がこれだ。キチンと止めを刺しておけば、お姫様にバレる事もこんな面倒な事にもならなかった。


「ガアアアァァアアッ」


 俺が自身の甘さに落胆する暇も与えず、豹男が躍りかかってくる。

 前転しながら、豹男を避けベルトのスマホに触れた。


Extraエクストラ Chargeチャージ


 豹男が振り返り、爪を大振りに振って来る。

 俺はすぐさま立ち上がると、大振りの爪の内側に入るよう一歩踏み出す。

 ガッと肩で豹男の腕を受け止める。遠心力の内側へ入ったので、ダメージは大した事がない。

 俺はその場でカウンター気味に掌底を繰り出す。

 同時にベルトから生じた魔力が右足へと向かう。


「グガッ」


 豹男の鳩尾みぞおちにヒットした掌底が、身体をくの字に曲げさせる。

 そこから更に数発のパンチを浴びせ……


「ハァッ!」


 止めとばかりに、魔力の溜まった右の足でハイキックを放つ。

 赤い軌跡を描いて、蹴りが豹男の胸を打ち抜く。

 吹き飛んでいった豹男が、倉庫の隅に置いてあった幾つもの木箱を壊す。


「ガアアァァァアア」


 豹男が勢いよく、木片をばら撒きながら立ち上がる。

 フォトンブラスターで牽制しようと銃把に手をやると、豹男は口からでたらめに炎を吐き出した。


 あちこちに火が燃え移る中、豹男は短い断末魔のような叫びをあげると、ボフッと灰化し崩れ去る。

 灰化するという事は、やはり魔獣化とでも呼ぶべき現象だったのだろうか?


「ふうー」


 額の汗を拭うように腕を頭に持っていくが、カツンと仮面に当たってしまった。

 ベルトからスマホを取り外し、“変身”のアイコンをタップする。


Cancellationキャンセレーション


 スマホから音声が流れ、変身が解除されると、元の平民風の姿に戻る。

 あ~あ、服は破れてるし、傷はあるし、どう言い訳しよう……


「あ、あの、貴方は一体……」


 お姫様が歩み寄って来て、何やら尋ねてくるが、俺は首を振って人差し指を唇の前に立てる。


 このジェスチャーは通じないかも? と思ったが、お姫様は黙って頷いてくれた。

 倉庫内は燃える物が少ないが、あちこちが燃え上がっている。


 俺は黒い外套を具現化すると、お姫様に被せた。手を引いて、蹴破った通用口からお姫様を連れ出す。警戒しながら表に出るが相変わらず人が居なかった。


 スマホにマップを表示しながら、倉庫群を進んでいく。馬車が行き交っている場所まで出るとお姫様に問い掛ける。


「アンタ、王太子の娘なんだろう? 攫われるのに心当たりはあるのかい?」

「え?……いえ、特には……」

「そうか……この誘拐は計画的なものだぜ? 戻っても周囲には気を付けなよ?」

「ど、どういうことですか?」

「俺の推測だから間違っているかもしれない。けど、状況から判断すると、王太子があの店に行く、という情報を手に入れた人物がいる。王太子なんて滅多に会えるものじゃない。街の人たちにその情報を流して群衆を集め、更にその情報を利用してアンタたちを誘い出した。そして人混みを利用して、攫うような計画を立てた。目的は分からないけど、アンタの身近にいる誰かが犯人……か、それに近い人物なんだろう」

「そ、そんな……」


 彼女は少なからずショックを受けているようだ。繋いだ手に力が入っている。


「わたくしは、お父様があそこにいるなんて知りませんでした……リーナが、カタリーナがミルフィーユというお菓子があると教えてくれたのですが……」

「アンタと一緒にいた青い鎧の人?」

「そうです……」


 一瞬、伝えるべきか悩んだが、すぐ分かる事だ。


「その人なら、腹を刺されていたぜ……多分さっきの男にやられたんだと思うけど」

「え!? リーナは無事なのですか!?」

「さぁ?……周りの人たちに任せて、俺はアンタを追ったからな。どうなったのか分からない」

「あ、そうですわね、わたくしとしたら礼も述べずに……助けて頂きありがとうございました……何かお礼を差し上げるべきなのでしょうが、わたくしには自由にできる物があまりなくて……それでも、皆の元へ戻れれば報奨金くらいは用意できると思いますが……」


 俺は肩を竦め、首を振る。


「礼なら、俺のことは誰にも言わないでいてくれると助かる。こう見えて結構ややこしい立場なんだ」

「しかし、何かお礼をしなければ、王族として立つ瀬がありません」

「まぁまぁ、気にしなくていいって。アンタが黙っていてくれるだけで、俺は自由でいられるんだ」

「自由……ですか?」

「そう、家に帰ったら口うるさい母さんがいるからね。このことがバレると一体何を言われるか……」

「まぁ! わたくしのお母様もいつもお小言ばかりなのですよ? 何処でも似たようなものなのですね、フフフ」


 二人して顔を見合わせ、笑い合う。


 大通りに出る直前、俺はお姫様に被せていた黒い外套を消し去った。ここまで来れば安全だろう。


「あの、これは一体……? 先程の姿が変わったことと言い、貴方は既に魔術が使えるのですか? このような魔術は見たことも聞いたこともありませんが?」

「まぁね。でも、それ以上は秘密」

「ハァ……そうですか、とても便利そうな気がしたのですが……助けて頂いた方を困らせる訳には参りませんわね」


 もっとしつこく尋ねてくるのかと思ったが、お姫様は意外と素直だった。


 噴水広場に着くと、ユッテがいて、こちらに気付くと駆け寄ってきた。


「レオさ……レオ、一体何処に行ってたのです!? 心配したじゃないですか! それにその傷は……」

「ごめんなさい、この子を探してた」

「申し訳ありません、この度はとんだご迷惑を……」

「おうじょ……あ、いえ、その、ご無事で……」


 激しい剣幕で詰め寄ってきたユッテだったが、お姫様と一緒にいるのが分かると、その勢いは萎れてしまった。恐らくお姫様の護衛から、その正体を聞いたのだろう。


「貴方もレオと言う名ですのね。わたくしもですのよ?」

「は?」

「わたくしはレオノーラ。レオノーラ・アルムガルト。父である王太子の娘ですわ」


 そう言ってお姫様は、スカートを摘まんでお辞儀する。

 こういう時、どう返礼すればいいのだろう? 相手のマネをすればいいのかな? と思ったが俺はスカートを履いていないのだが……


 戸惑っていると、ユッテに頭を押さえられ、ユッテはその場で跪くので、俺もそれをマネしようとする。


「あ、どうぞ頭を上げてください。まだ、洗礼も終えていない身ですので、どのようなことでも不敬にはなりませんから」

「し、しかし……」

「いいじゃん、こう言ってくれてるんだし。それに余りあからさまな態度でいると、周りの人に変に思われるよ?」


 そう言うと、ユッテは辺りを見回し、しぶしぶと立ち上がる。


「あの、リーナは……わたくしと一緒にいた護衛の者はどうなったのか知っていますか?」

「あの方ならご無事です。流石は王都の護衛騎士ですね。今は庁舎にて安静にしているのではないかと」

「そうですか……安心しました」


 ユッテの情報に女の子はホッとしたようだ。


「では、アタシは警備隊にこのことを伝えてきます。お二人はここにいてください。決して誰にもついていかない様に。何かあれば大声で叫んで助けを求めてください」


 この場を去ろうとするユッテの服の裾を掴む。


「うん? なんですか、レオ?」

「あれ」


 俺が指差した先には一店の露店があった。ユッテは露骨に溜息を吐くと、露店に向かう。俺とお姫様もその後に続く。俺はお金を持っていないのだ。


「店主、この二人にクレープを。お釣りはいいわ」

「おや、そいつは豪勢な。坊ちゃん、お嬢ちゃんどれにする? イチゴ、マンゴー、ハム、ポテトサラダと色々あるよ」

「オジサン、チョコはないの?」

「かーっ、坊ちゃんは贅沢なモン、喰ってんなぁ……チョコレートなんざ、オレにはまだまだ手が出せない代物だぁ。それでも、腕によりをかけて美味いモン食わしてやっからよう、さぁ選んでくんな」

「ふーん、じゃあイチゴで」

「わ、わたくしも同じもので」


 ふと、前世の病室で聞いた、姉の話を思い出す。こういう時、友達同士で別々の味を頼み、一口だけ交換してあーだこーだ言うのが楽しいのだと言っていた。

 しかしまぁ、お姫様相手にそれをやるのはちとマズいか。


 俺達は子供だから、オジサンの作業は見えないがジューッという音と共に、なんだか甘い香りもしてくるような気がする。

 ユッテは既に警備隊の所へ向かってしまった。


「ホイ、お待たせ、イチゴは少しおまけしておいたよ」


 オジサンがそれぞれに手渡してくれたクレープは、イチゴが山盛りだった。

 俺達はクレープを手にベンチに腰掛ける。


「あ、あのどの様に食べれば……?」

「ん? こうやってかぶりつけばいいのさ」


 こういう食べ方は上品ではないのかな? お姫様だと、常にナイフとフォークでお菓子を食べるのかもしれない。

 口にしたクレープは、イチゴの甘酸っぱさにクリームの滑らかさと生地のモチモチ感があって美味しかった。が、まぁ想定してた味と言えばそうなるかなぁ。


「んー!」


 隣を見るとお姫様は、なにやら嬉しそうに足をパタパタさせていた。どうやら気に入って貰えたようだ。


「とても美味しいですわね、上手く言葉では表現できませんが。それにこの様にして食すのも新鮮です」

「そいつは良かった。ミルフィーユじゃないけど、クレープが代わりになったのならいいんだけど」

「ええ、なりました。むしろこちらで正解かもしれませんわね、フフフ」

「それでさ……」


 クレープの代金としては高すぎるが、俺はお姫様にお願い事をした。さっき言った俺の自由の為に、ある程度の具体案を出しながら、誤魔化して欲しいと頼んでみたのだ。


「分かりましたわ。それが貴方の為になるのでしたら……けれども、いつの日かこのお礼は、このクレープの分も含めてさせてくださいね」


 クレープはユッテが代金を払ってくれたし、助けたのも気にしなくていいよ、とは言っておいたが、お姫様は納得がいかないそうだ。俺としては、変身の事が周囲にバレなければそれでいいのだが。


 やがて、五人の警備隊を引き連れたユッテがやって来て、俺達は別れる。


「また、お会いしましょう」


 と、別れ際お姫様に言われる。もう会わない方がいいんだよなぁ、と口にする訳にもいかず、曖昧な返事になってしまった。


 後で、社交辞令としてでもキチンと返事するべきだったのかな、と考え直すと、数々の失礼な言動を思い返し、自分の浅はかさにうんざりする。

 もしかすると、領主である祖父に迷惑が掛かるかもしれないと思い、気が重くなった。


 更に、邸に戻る途中、ユッテからお小言を並べられ、暫くお忍びはいいやと思ってしまった。



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