鉈の様な短剣


 吹き飛んだ扉が、木箱に当たって諸共バラバラに砕ける。

 俺は、そのままの勢いで倉庫内に突入、大体のを付けていた場所目掛け突進する。


「な、なんだ!?」


 痩せた男が驚いた様子でこちらに振り向き立ち上がるが、構わず突き進む。

 女の子は、薄汚れた埃まみれの床に転がっていた。

 男の脇をすり抜け、女の子に向かおうとするが、男の反応は速かった。


 流石は人混みの中で人を刺せるような人物だ。

 何の躊躇いも無く剣を抜き、横なぎに振るってきたのだ。

 俺は、鉈のような刀身が短く刃幅の広い短剣を具現化すると、腕に魔力を込める。

 逆手に持った短剣を向かって来る剣に対して、思いっ切り振り上げた。


 ギャリィンという金属音と共に、男の剣を弾き、短剣を霧散させつつそのまま女の子を抱え上げ、倉庫の奥へと距離を取る。


「んー! んー!」


 俺に驚いたのか、女の子が何か言ってジタバタしている。よく見ると彼女は猿轡をされ、身体をロープで縛られていた。戒めを解いてやりたいが、そんな余裕を犯人が与えてくれるかどうか……


「へっ、王女殿下にはガキの護衛までついてるってか。そんな余裕があるなら、俺のような騎士団の下っ端にも気を配って欲しかったぜ」


 街の中で見た平民達と同じような簡素な服装の、痩せた出っ歯の男はそんな事を言いながら、剣を手ににじり寄ってくる。

 女の子の足は縛られていなかったので、側に立たせると庇うように彼女の前に出た。


 あ~やっぱりそんな気はしたよ、王太子の関係者だとすると彼女は王族……お姫様なんじゃないかなって。洗礼前の子が自身のテリトリーではない場所で、堂々と綺麗な服を着てうろついているのだ。

 いくら護衛が付いているとはいえ、普通は俺の様に平民に偽装くらいはするものだろう。お姫様ともなれば我儘し放題なのかもしれない。


「王女の護衛に付いてるくらいだから、それなりには出来るんだろうが、やめておけ。命が惜しいならな。退団したとはいえ、元は俺も騎士団に所属していた身だ。オメェとは年季も実力も違う。今なら見逃してやってもいい」


 別にお姫様の護衛になったつもりは無いし、出っ歯の言葉を素直に受け取るつもりも無い。


 ざっと倉庫内を見渡す。幅十メートル、奥行き三十メートル位だろうか。端の方にいくつか古びた木箱があるが、中身があるのかどうかは分からない。

 高さは五メートル以上あり、直ぐ屋根になっていて梁が巡らされている。屋根には明り取り用の天窓があるおかげで、倉庫内はそれなりに明るい。


 出口は出っ歯の背後にある、俺が蹴飛ばして開けた通用口と、閂で閉じられた大きな木製の搬入口。

 まぁ、建物自体、木造の壁なので魔力を込めればどこでも突き破れる。ただ、お姫様を連れて逃げ切れるとは思えない。


「ククク……やっぱガキだな。経験不足だ。今の一撃で少し手が痺れてたんだが、もう回復したぞ」


 出っ歯は右手をぶらぶらさせると、両手で剣を握り構える。

 成る程、手が痺れている内に畳み込んだ方が良かったのか。出っ歯が言うように対人経験はあまりない。邸で警備隊の人達と遊びで掴み合いのような事をしただけだ。まして武器を持った相手とは初めてになる。


 俺は具現化で、黒い外套から短剣を取り出すように見せながら出っ歯と対峙する。何もこちらの手の内を明かす事も無い。


「フン、変わった短剣だが、そんな玩具で何とかなるとでも思ってるのか?」


 俺の持つ短剣は、刃渡り三十センチもない。対して出っ歯の剣は八十センチはあるだろうか。それに比べれば、玩具と言えるのかもしれない。

 俺がこの短剣を具現化したのは、単純にこれが一番使い慣れているだけだ。


 最初は深夜の森で、邪魔な小枝や雑草を切り払うのに鉈を具現化していた。鉈だと切っ先が平らなので尖らせてみたり、柄に日本刀の柄巻のように滑り止め用の紐を巻いてみたりと、変な改造を施してある。


 ぶっちゃけると、出っ歯が持っているような剣も具現化しようと思えばできる。もっと言えば、邸で警備隊の人達が訓練中に使っているような、槍や弓なんかも具現化した事はあった。

 試してはいないが、複雑な紋様や華美な装飾を施した、宝石を散りばめた様な、黄金の宝剣とでも呼べるような物さえ具現化できるだろう。


 こういう単純な構造の武器なら、スマホを頼らずとも、具現化できるようにはなっていた。

 ただ、それでもスマホを頼った方が断然、楽に具現化できるけどね。


 出っ歯がこちらに寄って来ようと足を踏み出した瞬間に、短剣を持っていない方の手を振り上げる。

 具現化された苦無が出っ歯に向かって飛ぶ。


「チッ」


 カキンと出っ歯は剣を振り上げ苦無を弾く。

 その隙に俺は走り寄って、短剣を出っ歯の腹に突き刺そうとする。


「フン!」


 思っていたよりも剣の戻りが速い。

 仕方なく、短剣の軌道を変え、振り下ろされる剣を受け止めた。

 何を思ったのか、出っ歯が眉をしかめる。


「洗礼前だろうガキが、随分と力持ちだな……成る程、王女の護衛を任されるわけだ。この短時間で、俺に追いついて来れたのも頷ける。だがな……」


 受け止めていた出っ歯の剣が急に重くなる。どうやら身体強化を使いだしたようだ。

 俺は持っていた短剣を手放し、後方へ跳び下がりながら、顔の前で両腕を交差させる。

 俺が短剣を手放したせいで、少し体勢を崩した出っ歯がにやける。まるで、武器を手放すなんて馬鹿な奴、とでも言いたそうだ。


 動き出そうとした出っ歯に向かって、交差させた腕を✕の字に振り下ろす。

 二本の苦無が出っ歯に向かって飛ぶ。

 と、同時に俺は出っ歯に向かって短剣を具現化しながら駆ける。


 出っ歯は苦無を一本は避け、一本は剣で弾く。

 既に近づいていた俺は、短剣を振り上げる。体格が違うので、どうしても狙いが腹辺りになってしまう。


 出っ歯は身体を捻りながら短剣を躱し、剣を横なぎに振るって来る。

 今度は受け止めるような事はせず、そのまま跳び上がり回転しながら蹴りを繰り出す。

 遠心力をつけた蹴りが出っ歯の胸を打つ。身体強化を使っているからだろうか? 蹴りつけた胸が妙に硬いなと感じた。


 床に着地した俺は、即座に苦無を投げつける。


「グッ」


 出っ歯の右の腿に苦無が突き刺さる。

 が、少し浅い。

 更に苦無を数本、投げつける。幾つか肩や足に刺さったがどれも浅く、戦闘能力を奪えるほどでは無さそうだ。


 そういえば、何故苦無を投げているのだろう? ふと、そんな疑問が湧く。

 咄嗟に投げつける物として思い浮かんだのが苦無だった。投擲武器と言えば手裏剣だ。投げナイフもあるが。


 確か苦無は穴を掘ったり、壁上りに使ったり、持ち手の穴に紐を通したりと、忍者の万能ツールみたいなものだった筈……あぁそうか、前世で読んだ忍者マンガの影響か。

 知識はあっても、それを活かせないなら無知と変わらんな……もっと色々な状況を想定して対応できる様にならなければ……


「てめぇ、一体、幾つ武器を隠し持ってやがる……クソが! ハアァァア!」


 二度、三度と苦無を剣で弾いていた出っ歯が、全身に力を籠めだす。すると、刺さっていた苦無が全て抜け落ちた。


「ケッ、ガキ相手に全力の身体強化をするなんざ、俺も落ちぶれたもんだ……逃走に備えて魔力を温存しておきたかったが、そうも言ってらんねぇな」


 出っ歯の威圧感が増す。

 ダン! と床を蹴った出っ歯が剣を大上段に跳び掛ってくる。

 俺は円を描くようにサッと横に避ける。

 出っ歯の剣が俺のいた場所の床を打ち砕く。

 その隙を見逃さず、短剣で出っ歯の二の腕を斬りつけた。


「な!?」


 しかし、ガキンと弾かれてしまう。

 そこへ出っ歯の剣が振るわれる。

 短剣で受け止めながら、後方へ飛び退く。お姫様の所に戻ってしまった。


「んー! んー!」


 お姫様が何を言っているのか分からんが、彼女の肩を押しながら告げる。


「出来るだけ、俺たちから距離を取れ。アンタは絶対助けてやる」


 何か言いたげな彼女は、フードの中の俺の顔をまじまじと見つめると頷き、ゆっくりと下がっていく。


「ケッ、ガキが一丁前に騎士気どりか……俺の目の前でふざけた真似しやがって……!」


 出っ歯が剣を肩に担いで、のしのしと歩いて来る。


 あれが身体強化か……単純に筋力や瞬発力が上がるだけではなく、皮膚まで硬くなるとは……


 だがまぁ、俺の運が良かったのか、出っ歯の運が悪いのか……対処法を直ぐに思いついてしまった。

 それが即座に実行できるかどうかの問題はあるが、なんとかなるだろう。


 正直な話、“変身”してしまえば出っ歯を圧倒できるだろう。今まで何体もの魔獣を倒してきた経験から言えば、力も速度も段違いに劣っている。


 変身しないのは単にバレたくないからだ。

 出っ歯の口は殺してしまえば封じる事が出来る。ここは平和な日本じゃない。こちらを殺しにかかってきているのだ。犯人にも人権を等と生ぬるい事を言っていては、いつ命を落とすか分かったものじゃない。


 ただ、この場にいるもう一人の人物、お姫様にバレたくないのだ。家族にも秘密にしている情報が赤の他人にバレると、それがどんな風に出回り影響を及ぼすのか予測がつかない。


 俺はまだまだこの世界について、分かっていない事の方が多いのだ。それに救助に来たのに口封じをしていては本末転倒だしね。

 変身せずに済ませられるなら、それに越したことはない。


 歩いて来る出っ歯に向かって苦無を投げつけた。

 カンカンと苦無を弾かれながら、タイミングを計る。


「ったく、幾つ武器を隠し持ってるのか知らねーが、無駄だ、無駄」


 出っ歯は気付いていないようだ。今、投げつけて弾かれた苦無はまだあるが、既に手放した短剣や、一度突き刺さり抜け落ちた苦無が霧散している事に。

 やはり、どうもこの具現化の魔術、認知度が物凄く低いのか、超スーパーウルトラレアな魔術みたいだ。


 出っ歯との距離が二メートルを切った。

 俺は飛び出し、出っ歯に向かって短剣を突き出す。

 ニヤけた顔の出っ歯が左の掌を突き出し、短剣を防ごうとする。

 出っ歯としては短剣を受け止め、右手で担いだ剣で俺を斬るつもりなのだろう。

 だが……


 ザクッと短剣が出っ歯の左の掌を貫く。


「なにぃ!?」


 驚愕に目を見開くが、それでも出っ歯は短剣を握り込むと剣を振り下ろしてきた。

 俺は突き刺した短剣を手放し、左手に魔力を込め、短剣を具現化して受け止める。ズシンとした衝撃が受け止めた短剣から、身体に伝わった。


 それでも、半歩踏み出し、右手に新たな短剣を具現化しながら振り上げる。

 ズバッと勢いよく、出っ歯の腹を短剣が切り裂く。

 よろよろと、たたらを踏みながら数歩下がる出っ歯。


「グ……な、なんだそれは……短剣を創り出す、魔術だと……?」

「さぁな、何も知らずにそのまま逝け」


 俺は出っ歯に近づくと、二刀を使って縦、横、斜めに切り裂いていく。


 俺がやったのは、先日の祖父の話を参考にしただけだ。

 魔力を通さない魔抗金、魔力を通す魔導銀。どちらも実物を見た事は無い。いや、既に普段から目にしているけど、そういう説明を受けていないだけかもしれないが。

 それでも魔力を通す魔導銀のイメージを、短剣の刃に付与するだけの事は出来た。


 ドウッと出っ歯が仰向けに倒れる。かなりの出血だ。もう助からないだろう。


 俺はお姫様の方へ小走りに向かう。怖かったのか、お姫様はフルフルと首を横に振っている。


「んんん! んんん!」


 また何か言っているが、無視してお姫様を縛っているロープを短剣で斬り、戒めを解いてやる。

 すると、猿轡を解くのももどかしいのか、ずり下げると俺の背後を指さす。


「う、うしろ! うしろーー!」


 振り返ると、なんと出っ歯は古びた木箱に寄りかかり立ち上がろうとしていた。

 悪人とは言え、長く苦しませるのも可哀想だ。ここは一思いに……と思っていると、出っ歯がズボンのポケットから何かを取り出す。


「ヘッ……フュルヒデゴット用に取っておいたのを……ここで使わなければならないとはな……」


 そうして、出っ歯は手にした何かを口に含むと、そのまま飲み込んだ。


「ガアアアァァァアアア!!」


 出っ歯の叫び声が、古い倉庫内に木霊する。



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