学園の伝説


 二日後、母と姉が“面倒なお客さん”を伴って帰ってきた。……らしい。

 今は近くにある街、領都にてお出迎えだそうだ。


 俺は邸の自室でなので、どんな人が来たのか分からない。昼食用に、とお手伝いさんが、サンドイッチと紅茶を運んで来てくれて以来、誰とも会っていないので情報が無いのだ。


 五歳児のお勉強とは文字の書き取りである。

 四角い金属の枠にはめ込まれた黒いガラスの様な板に、先が丸くなったペンの様な棒でなぞると白い跡が付く。金属部分に付いているつまみを溝に沿って移動させると跡が消える。これを使って見本の基本文字を練習するのだ。


 前世でも幼い頃、こんなおもちゃでよくお絵描きしたなぁと懐かしさが込み上げてくる。あのおもちゃの名前はなんて言っただろう?


 しかし、まぁ一人でお勉強なんて長時間続くものじゃない。あ、いや、受験や試験の為に、合格や良い点を取るという目標があるのなら、また話は変わってくるのかもしれないが。


 こういう時、前世ならネットを見る、ゲームをする、マンガを読む等、娯楽に溢れていた。しかし、この世界では子供のおもちゃは布でできたボールや木の人形、積み木等。後はボードゲームが数種類あるのだが、これは一人でやってもつまらない。


 恐らく、テレビやゲーム機は具現化できるだろう。まぁ携帯ゲーム機でもいいが。魔力で動かす事も可能だろう。

 唯、ゲームの内容を創り出すのがネックになる。


『テトリス』位なら出来そうだけど、俺がやりたいのは『メタルギアソリッド』のような、クリアしてもう一周プレイしている時に、アレってこの話がヒントになってたのかぁと感心する様な奥深い物なのだ。


 それにゲームの製作って、ディレクターやプログラマー、それ以外にもたくさんの人達が携わっている訳で。俺一人だと一つの作品を創るのに、何十年かかるかの分かったものじゃない。ネタバレもしてるしね。

 そう考えると、やってみる気になれないのだ。


 そこで行きつくのが、変身してどんな必殺技や武器を創り出そうか、というものになってくる。

 まだまだ、秘密活動中なのであまり派手なのは問題がある。かと言って地味な物を創ってもなぁとジレンマに陥る。


 そうやって、考え込んでいると扉がノックされた。返事をすると部屋にやって来たのは姉だった。


「久しぶりね、レオ」

「お帰り、姉さん」


 姉はソファに腰掛け、テーブルの上に置いてあったバスケットを開けるとサンドイッチを一切れ口にする。俺も対面に移動する。


「王都はどうだった?」

「王都? あ~うん、そうねぇ、確かに王都というだけあって立派な建物が多かったわ。でもねぇ……ま、アンタも行けば分かるわ」


 なんだろう? 何か含みのある言い方だなぁ。


「そんなことより、遂に魔力の扱い方が分かったのよ! レオの言っていた通り、言葉で伝えるのって難しいのはよく分かったわ。こう身体の奥から力が湧いてくるというか……とにかくこれで、アンタに先んじられていた魔術について追いついたわ。いえ、これから本格的に魔術を学ぶ私の方が有利かもね? ククク……」

「それは良かったね」

「全く……その余裕っぷりがムカつくわ。今に見てなさいよ……」


 祝福を述べているのにムカつかれた、理不尽な人だなぁ。


「それはそうと、姉さんはここに居ていいの? お客さんは帰った?」

「うん? ああ、私だけ抜けてきたのよ。多分、子供の私には事実確認だけして、後は大人達で話し合うみたいね」

「何か問題があったの?」

「別に大した問題じゃないわよ。魔力検査の時に、私の強力な魔力に耐えられず装置がぶっ壊れたってだけの話」


 大した問題な気もするが。


「それでまぁ、王都の偉い人達……魔導局や神殿、王族がいちゃもんつけに来たって訳。ちょっと聞いてたけど意訳すると、『お前んとこの娘が壊したんだから責任とれや』『知るかボケ。そんな脆弱なモンを造ったそっちの責任やんけ』みたいな内容を貴族らしい、なんだか回りくどい言葉で遣り合っていたわ」

「ふぅん、どうして王族が出向いて来るんだろ? 普通、逆じゃない?」


 そう問うと、姉は肩を竦める。


「どうもね、お爺様に何かあって王都に入れないみたいなのよね。それと私の勘だけど、ここグローサー子爵領も何か曰くがあるみたいだわ」


 そんな事を言いながら姉は俺が楽しみに残しておいた、照り焼きチキンサンドを手に取る。


「ちょっ、姉さんそれはダメだよ、楽しみに残しておいたのに」

「いいじゃない、ケチ臭いわねぇ……あ、そうだ、近日中に私の凄さを見せてあげるわ。アンタのしょぼいスマホなんかとはきっと比べ物にならないわよ?」


 そう言って照り焼きチキンサンドを頬張る。ホントこの姉は自由奔放な人だなぁ。この姉が将来、領主になるのだから周囲の人々は振り回されるのだろう。見た事も無い、未来の姉のブレーンになる人達に同情する。


 多くの領では後継ぎは領主が決めるらしいが、基本的にその貴族家によってやり方はそれぞれなのだとか。

 このグローサー家では直系長子が受け継ぐ。男系とか女系とかは関係なく、祖父が引退すれば母が、その後は姉という具合だ。

 個人的に領主なんて面倒くさそうなのでありがたい話だ。姉も、嫌がっている訳でも無さそうなので安心している。




 夕食は久々に家族全員そろって行われた。話題は姉の洗礼式についてである。


「……で、こう魔力水晶に触れると自分の魔力が引き出されるのが分かったの。それでこうやれば、魔力を動かせるのかもって試してみたら、どんどん魔力が湧いてきて……もっと注ぎ込めばどうなるのかと思って……」

「ガハハハッ! 愉快、愉快。レオンもそうじゃが、エリー、お主も天才じゃ。普通は枯渇した魔力が回復する際、身近な者が色々と教え込むのじゃが……」


 俺はこの話を既に昼から三回も聞いていた。今で四回目である。故に全然聞いていなかった。


 ユッテに取り分けてもらった、のオニオングラタンスープを口にする。焦げたチーズの香ばしさと、玉ねぎの甘みが相まってとても美味しい。


 この世界に来て初めて食べた料理で、西洋風の鍋物って感じだ。オニオンスープを出汁にして、鍋に肉や野菜を煮込み、最初はそれを楽しむ。次に残ったスープにパンと大量のチーズの乗せ、火の魔術でチーズを炙るとオニオングラタンスープの出来上がりという訳だ。


「神殿や魔導局は何とでもなるけれど、王太子殿下にはまいったね……フローラ、やはり君とのあの件を未だ根に持っているのだろうか?」

「あれは、元々はお父様のせいですし、既に終わったこと。今回はエリーの魔力に目を付けたのでしょう」

「むぅ、儂のせい……か? 確かに、今の王とは確執があったが、子や孫にまで指図するような男ではなかったと思うがのう」

「ああ、お義父さんは王都の情報をあまり知らないのでしたね。今は僕も最近の情報を知りませんが、確か、学園在籍中に騎士団の者を叩き伏せたのですよね? 僕等が学園に通っている頃、その話が伝説になってまして……」

「何!? そうか、伝説か! ガハハハッ! ついに儂も伝説入りか!」

「えー!? 何それ? もっと詳しく知りたいわ!」


 すかさず『エリザベート最強伝説』を打ち立てたい姉が、に反応して食いついた。何時の間にか話の流れが変わっていたので、少し真面目に聞いてみる。


 学園では戦闘訓練という授業があり、一年生から三年生までは強制参加で、四年生からは選択式になる。将来、戦闘を生業とする者以外は別の授業を受けるのだそうだ。


 終業間際の数日間に一年生から三年生の間で希望者を募って、個人対決のトーナメント形式の試合が行われる。四年生からは戦闘訓練の授業を受けた者達がチームを組んでの試合形式になる。


 祖父が最上級生だった時、チーム戦で優勝した。

 その後、エキシビションマッチ的な意味で行われた、騎士団の新人達との試合にも勝ったのだそうだ。


 間もなく卒業するような者と、騎士団の新人では大して力量は変わらないように思えるが、学生側は試合を終え疲労困憊、騎士団側は満を持しての登場。明らかに学生側は不利である。


 恐らくこれは、優勝して胡坐をかくな、まだまだ上には上がいるぞ、と気を引き締めさせるものなのだろう。


「あの時、次々と仲間が倒れていってな……最後に残った儂と騎士団の者、一対三の対決じゃ。身体強化を維持する魔力も心許なくてのう。仕方なく儂の祖母より教わった、落葉らくようという技を用いたのじゃ……おなごの使う技で拾った勝ちじゃからな。伝説と言ってもそんなものじゃ、まだまだ儂も若かったわい」

「落葉の技とはどういったものなのです、お爺様?」

「ふむ、エリーはおなごじゃから使っても問題無いであろうな。落葉というのは何というか、向かって来る相手の力を利用して反撃する感じかのう。儂の祖母がこれの名手でな、力いっぱい殴ってもまるで歯ごたえが無く、風に吹かれる落ち葉を相手にしているような感じじゃ。若い頃それで何度転ばされたことか……」

「カウン……立派な返し技じゃないかしら、何を恥じることがあるのです、お爺様?」

「アホ抜かせ。あのようなフニャフニャした技など使っていられるか。力と力のぶつかり合い、これぞ男の勝負よ! よいか、男の戦い方というものはじゃな……」

「爺ちゃんが男らしくない戦い方で勝ったのは分かったけど、それがどう母さんに関わってくるの?」

「お、男らしくない……」


 祖父はショックを受けたように茫然とする。俺も嫌いではないのだが、あのままだと延々と男の戦いとやらの話が続きそうだったので、話の筋を戻す。

 父が母へと視線を送ると、母は軽く肩を竦め頷いた。


「僕とフローラは同級生で、一つ上に王太子殿下がいたんだ。あの頃はまだ王太子ではなかったけどね。で、フローラが入学した時、あの伝説のフュルヒデゴット・グローサーの娘がやって来た、なんて話題になったんだ。でもフローラは武闘会には参加しなかった。学生の殆どが残念がっていたよ。皆、まぁ女子だからな、と納得はしていたんだけど、殿下だけが納得しなかったんだよね」

「全く、いい迷惑だったわ」

「確か、学園創設当時は騎士団との試合なんてなかった筈だけど、いつの頃からか出来上がっていたんだ。長い歴史の中で、後にも先にも騎士団を倒したのはお義父さんだけで、それ故に伝説だったんだよ。その伝説を打ち破るなんて殿下が言い出して、自身の決勝戦の前にフローラを呼び出して、特別試合を行うことになったんだ」

「もしかして、お母様が勝ったの?」

「そうなんだ、いやぁ圧倒的とは正にあのことだね。何気ない所作で槍を持って佇んでいたフローラが、試合開始の合図とともに一瞬消えたかと思うと、殿下を場外に弾き飛ばしていたんだ。あ、場外に落ちると負けだよ。友人たちと伝説の一端を垣間見た、なんて盛り上がったなぁ」

「そんな大したものじゃないわ」


 母は気恥ずかしいのか、カップを口にしながらそんな事を言う。


「それで、殿下は続く決勝戦でも負けてしまったんだ。殿下としては、フローラに勝ってから優勝して箔を付けたかったのだろうね。後継者争いで王太子の地位を確実な物にしたかったのじゃないかな? まぁ、結果的には王太子に成れたみたいだけど……」

「へぇ、では、お母様はそういう試合、一度だけで後は全く出なかったのですか? それだけの実力があれば、すっごく有名になってそうですけれど?」

「私としては将来、領主になると決まっていたから、他の人たちの邪魔をするつもりはなかったのよ。本当かどうかは分からないけれど、そういう試合の成績を加味して、行き先が決まるなんて噂を聞いていたから。女子でも騎士団に入りたい、なんて方も結構いて、でも……」


 言い淀んだ母の話を、父が引き継ぐ。


「殿下の卒業の日、卒業生答辞の挨拶を終えた殿下が、その場でフローラに再戦を申し込んだんだよ。代償として、このグローサー子爵領の税を無税化するという条件で」

「代償?」

「うむ、公の試合でもない限り、負けた者が勝った者に再び挑むには、何か代償を示し、勝った者に認められねば再戦を行えぬ。まぁ昔からあるしきたりじゃな。負けた者が何度も挑んでくるのは鬱陶しいからのう。儂も学生の頃は色々と巻き上げたものじゃ、ガハハハッ!」

「それまでも、色々と提示されたのよ。ドレスとか、装飾品だとか……変わり種として官僚の地位なんてのもあったけれど、どれも勝負をしてまで欲しい、なんて物は何一つとしてなかったわね。けれど、初めて私個人の利益になる様な物じゃなく、自領への利益を提示されたの。少し悩んだけれどお受けすることにしたわ」

「それを聞いた会場は大盛り上がりさ。賭け事をする者までいたからね。あの場には国王陛下御夫妻もいたけれど、よく元老院が認定したものだ。僕はそちらの方に感心したよ」

「元老院って?」

「ああ、えーと、王の政に対する諮問機関かな。これじゃあ説明になっていないか。王様がこんなことをしたい、あんな決まり事を決めたいなんて意見を聞いて、それが妥当であるかどうか調査や審議を行って、意見を述べる組織と言えば解るかな?」

「へぇ、王様っていっても好き勝手出来る訳じゃないんだ?」

「いや、王は元老院の意見を無視してもいいんだ。けれど、あまりに無視し過ぎると元老院によって王の座を失うことになる。そうなった場合は王を導けなかったとして、元老院の者も解雇されるけどね。互いが互いを見張っている感じかな」


 政治の事は良く分からないけど、ややこしいな。


「それで? それでお母様はどういう風に勝ったのです?」

「ハハ、エリーはフローラが勝ったと思っているんだね。まぁ実際、勝ったけどさ。僕には分からなかったけれど、前回と同様にフローラが槍を持って佇んでいると、殿下は試合開始前から身体強化を行っていたそうだよ」

「フン、試合開始の前から既に勝負は始まっておる。隙を突かれたとは言え、王太子の驕り故に負けたと言えよう」

「ええ、そういう意見もよく耳にしましたね。まぁあの時は二年生と一年生の対決ですからね、巧みに隙を突いたフローラが上手だった、なんてのもよく聞きましたよ。それで今度は先手必勝とばかりに殿下から仕掛けたんだ。矢継ぎ早に繰り出される火球を、フローラが見事な槍捌きで凌ぐと観客から拍手が起こったね。まるで舞っているかの如く華麗な槍捌きに誰もが魅了されたなぁ。あの時、僕は彼女の姿に真に惚れたのかもしれない……」

「まぁ、ごちそう様!」

「貴方、子供たちの前で……」

「あ……」


 姉はニヤニヤと笑い、母は恥ずかしそうに俯く。父は失言したとでもいう風に口元を押さえる。

 俺は少し気になった事を尋ねた。


「槍で魔術を捌くのってどういう意味? 槍の方が魔術よりも強いの?」

「ふむ、レオンは実戦を経験しとらんからな、知らぬのも無理はないか。そうじゃのう、簡単にいえば、魔抗金という魔力を通さぬ金属があってな、主に盾や鎧なんかの防具に用いられる。逆に魔導銀という魔力を良く通す金属もあって、こちらは魔導具や魔導杖等に用いられる。これは一般的な話でな、個人になってくるとまた話は変わってくるがの。儂の様に身体強化が得意なら魔抗金を多用すると言った具合にな」

「へぇ、じゃあ母さんの槍には魔抗金が使われていたから、魔術を防げたんだね」

「まぁ、理屈ではそうなるのかな。それでも、高速で幾つも飛んでくる魔術を正確に打ち払うなんてとてもじゃないけど、真似できないよ。一つ間違えれば大怪我をするのかもしれないのだから」

「でも、それではお母様は防戦一方ではないですか。どうやって逆転したのです?」


 姉が首を傾げながら尋ねると、父はよくぞ聞いてくれましたとばかりにパンと手を叩く。


「フローラが殿下の火球を凌いでいるといつの間にか彼女の周囲に、水球が幾つも浮かび上がってきてね。火球を打ち疲れたのか殿下の手が止まった時、水球が一斉に殿下に飛び掛ったんだ。一つ一つが互いに重なり合って大きな水流の様になると、殿下は飛び退いた。でも水流は殿下を追うようにグイっとまるで蛇の様に曲がるんだ。殿下は持っていた剣を投げつけ更に飛び退くんだけど、そこにフローラが待ち構えていてね。石突で打ち抜かれるとまたもや場外負け、という訳さ」

「お母様凄い! かっこいいわ! 私、お母様に魔術を習う!」

「フフ、ありがとう、エリー。でも貴方の場合、直ぐに私を追い越してしまいそうね。魔力水晶を壊してしまうなんて、少し想像できないんだもの」


 そういえば、姉が魔力検査の時に装置を壊したのが、この話の発端だったな。


「それで、王太子はわざわざやって来て弁償しろって言ってきたの?」


 大人達三人は互いに顔を見合わせると、母が溜息を吐くように告げる。


「エリーと王太子殿下の子息とで婚約をしないか? ですって……」



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