第37話 完全解放

 私たちは武器を構えて睨み合う。


 レオンは勇者で、構えるのは聖剣。私は暗黒勇者で、構えるのは魔剣。光と闇。男と女。勝者と敗者。全てが逆で笑えてくる。


 でも確かにこの瞬間だけは二人は初めて同じ場所(ステージ)に立っていた。そして、本当の意味で通じあっていた。余計なことは一切考えない。ただ目の前の敵を倒す。……それだけ。


 カナちゃんは長い間レオンの恋人として生きてきたけど、こんなにも手に取るようにレオンの考えが伝わってくることは無かった。

 ……これは、その……キスとかされるよりよっぽどときめいちゃうかもしれない。……でも今はもうレオンとは恋人じゃない。……捨てられたんだから、私。


 余計なことを頭から振り落とすように、私はブンブン頭を振ると――二人同時に地面を蹴って、真正面からお互いの全力の一撃をぶつけあった。


 ゴッ!!


 衝撃がすごい。手足がしびれる。目が霞む。でもどうでもいい。

 少しでも気を抜いたら負ける。常に全力で剣を振るい続けるしかなかった。


 誰の助けもない。でもそれは向こうも同じ。


「やぁぁぁぁぁっ!!」


「はぁぁぁぁぁっ!!」


 もう後先考えずに斬る、殴る、防ぎつつまた斬る。その繰り返し。力は全くの互角のようだ。……レオンめ、やっぱりさっきは手を抜いていたみたいだね。


 私と違ってレオンは色々とスキルを発動できるはずだけど、その暇はない。与えない。そして少しずつだけど、レオンの攻撃が精細を欠いてきたような気がした……あと少し、あと少しで……!


 私は残った力を振り絞って頭部、胸部、脚部に大剣の連続斬りをお見舞いした。


「ぐっ……」


 レオンはたまらずバランス崩す。

 一瞬カウンターを警戒した私だったけど、この機を逃すわけにはいかない!

 レーヴァテインを投げ捨てると、右拳にありったけの魔素を込めて文字通り全力でレオンの顔面に突き刺す。レオンはそれをなんとか聖剣で防いだが、私の魔素がありったけ込められている一撃は、聖なる力が込められている聖剣を粉々に砕いた。


 欠片が飛び散りレオンの驚愕したような顔に無数の切り傷を作る。


「えいっ!」


 あとはもう簡単。

 私はレオンの足を払って地面に倒すと、その腰の上に馬乗りになった。脚の間にレオンの腰の感触が……うーん、憧れてたシチュエーションの逆版ではあるけど、これはこれで……じゃなくて!


「……はぁ……はぁ……決着ついたようね、レオン」


「……ふっ、強くなったな……カナ」


 ピンチだというのにレオンはどこか清々しい表情をしていた。……どうして?


「レオンが……レオンが私を怒らせるからいけないんだよ……」


「あぁ……俺は必ずお前が立ち直って強くなってくれると信じていた……」


 ――嘘つき


 嘘に決まっているそんなの……私のこと足でまといだって……邪魔だって言ったじゃない……。


「立ち直る姿が見たかったんだよ……だからあえてお前に辛く当たった。悪かったと思ってる……でも」


「……?」


 レオンは右手を動かして私の左手に触れた。思わずビクッとしてしまう私。……でもその手は驚くほど優しくて……。


「カナは強くなった。……俺たちと一緒に来ないか? 今のお前となら新しい世界が作れる気がするんだ」


 ……私、もしかして口説かれてる!? 一度フラれたレオンに? この状況で?


「何を言って……っ!?」


 最後の方は言葉にならなかった。レオンが私の腰を抱き寄せるようにして……そのまま私はレオンに覆い被さるような姿勢に……あわ、あわわわっ! イケメンの顔が近くに! いやでもこいつは私のこと……でも……でもっ!


 あー、もう許しちゃってもいいかもしれない。

 ……と、私がレオンに全てを委ねようとした時。


「カナッ!!」


 ズガガガガンッ!!


 マシューの声……咲き乱れる氷の花……衝撃……そして飛び散る赤いもの……


「……へっ?」


 慌てて体を起こした私は状況が理解できずに間抜けな声を出してしまった。


「あ〜ら! ごめんなさ〜い! あまりにクソな展開だったので手が滑ってしまいましたぁ〜!」


「……カナ……すま……ない」


 我に返った私が理解したのは、ルナが放ったと思われる氷を、私の目の前で身代わりになって受けた相棒、マシューの姿……ただでさえマシューにとって氷は相性悪いのに、あんなに勢いよく放たれたら……


 マシューの鮮やかな赤いウロコはそこら中に飛び散り、彼は息も絶え絶えだった。


「……る……な?」


 ルナ……何をした……私の相棒に……マシューになにしてくれたんだぁぁぁぁっ!!


「……これが自分の甘さの結果だカナ。……ふん、やはりお前は俺には相応しくないな」


「あ……あ……ぐふっ……」


 胃液かと思って吐き出したのは血の塊だった。……あっ、そういえば脇腹が熱い……チラッと確認すると、そこにはレオンがしっかりと短剣を突き刺していた。……騙したのか。


 ――ふーんなるほど


 -―――もういいや


 ――――――全部壊れてしまえ


「――完全解放(ブレイクバースト)」


 血を吐きながら私はその名を告げた。

 魔王様から教わった奥の手。時限強化の禁じ手。暗黒勇者の最強の一手。

 今使わずにいつ使うの。


 その瞬間、視界が半分くらいに狭まって真っ赤に染まり、身体中の痛みが綺麗に消えた。頭がぼーっとして体が自分の体ではないようだ。


 ――殺せ


 ――みんな壊せ


 ――全て消し飛ばせ


 頭の中で誰かが囁いている。

 ……分かってるよそんなの。だから少し……


「黙ってろ!!」


 私は脇腹に刺さっている短剣を引き抜くと、そのままレオンの顔面に突き刺す。

 レオンは私の変化に気づいていたのか、私の腕を掴んで防ごうとした。

 ……そんなことで防げるかよ。


 勇者の腕力を明らかに上回るパワーで私は短剣を押し込んで……少し狙いはズレたけど、レオンの肩にぶっ刺した。


「ガァァァァッ!?」


 レオンが苦悶の声を上げる。

 痛いか? 痛いだろ? それが私の味わった痛みだよ。

 まあこいつのことは後でいい。今はあいつ……腐れエルフだ。


「なんなんですかこいつぅ、ゾンビかなにかですかぁ?」


 ルナは未だに不敵な笑みを崩さずに魔法を唱えようとしている。


「……無駄だよ」


 私は瞬時にルナの隣まで駆ける。……身体能力もかなり上がっている。あとは本能のままに任せれば勝手に殺(や)ってくれる。

 ルナは素早い動きで腰の短剣を抜くと、私の胸に突き刺した。

 でも全然痛くない。アホみたい。


 私は全く動じずにルナの綺麗な顔面を軽めに殴り飛ばした。


「……がはっ……う、うそ……なに……あれ……あ、あぁぁぁぁっ!?」


 さっきまでお人形さんのように綺麗だった顔を凹ませて、血を流しながら喚く馬鹿(ルナ)。


「うっせぇよ……」


 ボゴォッ!! 今度は割と全力の一撃をルナの腹部に食らわせる。

 すると、なんと一撃でルナは物言わぬボロ雑巾のようになって玉座の間の壁にめり込んでいった。

 なにあれウケる。


「……マシューはなぁ……夢を諦めないで頑張ってたんだよぉ……唯一の相棒の私のために……頑張ってくれてたんだよぉ……また一緒にモンスターギャルドやろうねって……誓ったんだよぉ……それを……私はあんな糞(レオン)のために……う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 もう聞いてないと思うけど、気づいたら私はルナだった残骸に向かって叫んでいた。……まあルナとしては知ったこっちゃないかもしれないけど、そう叫ばざるを得なかった。……私のせいだ。……わかってる。……でも


 私は首を回して地面に倒れたレオンの方を伺う。


「ば、化け物っ……!」


 レオンは怪我をしていない方の手で短剣を構えていた。

 あぁそうだよ。化け物だよ。だからお前なんかにもう情けはかけないよ。


「……死ね」


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す……

 脳内の声はどんどん大きくなって、だんだん抑え込むことができなくなってきた。

 お願い……私に殺らせて……


 私はレオンの方に一歩……また一歩と歩き出して……

 ……待って……視界が……少しずつ元に戻ってくる……多分時間切れだ。完全解放(ブレイクバースト)の副作用……効果が切れるとしばらく動けなくなる……もう少し……レオンにトドメをさすまでは……


 レオンは私のことを恐れてか、完全に腰が引けている。魔王すら恐れない勇者が恐れるなんて、私くらいだよね。……今なら簡単にトドメをさせそう……でも……


 ――届かない


 ――あと少し


 あと少し、手が届くまで数十センチのところで、完全に私は動けなくなってしまった。……と同時に脇腹と胸に焼けるような痛みが走る。……そっか、痛みが消えてただけで、ちゃんとダメージは受けているし、血は流れている。


 血が……血が足りない……せっかく戻った視界だけれど、その視界も急速に狭くなって行った。そして私はそのまま地面に倒れ……る前に、私の体を赤い光が包んだ。


 ……この光は


 ――反転攻勢(リバーサルオフェンス)


 アンジュの加護(バフ)だ。……でもどうして?


「……最低よ貴方(レオン)。恥を知りなさい。……カナ、やっちゃって」


 アンジュは腰に手を当てて怒っている。乙女心を弄んだレオンが相当頭に来ているのかも。でも自分では手を下さない。あくまでも勇者パーティーとしての義理は通す。……アンジュらしいね。


「あ、あぁぁぁぁっ!! ま、待ってくれぇぇぇぇぇぇっ!!」


「……待たない♡」


 私は力を振り絞ってそのまま一歩踏み込んで右手を突き出し……その手に飛び込んできたレーヴァテインをレオンの胸に突き刺した。


「……っ!!」


「……」


 レオンと私はしばし見つめあっていたが……もう彼の瞳からはなにも伝わってこなかった。

 ……やがて、レオンはドサッと音を立てて床に倒れ……続けて私も床に崩れ落ちた。


「……ふぅ、終わったの?」


 と、アンジュ。私は無意識に答えた。


「終わってないよ」


 殺す殺す殺す殺す殺す……


 なに、終わったよ? 終わったんだよ? もうルナもレオンも倒したんだよ?


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す……


 いや、終わってない……まだ勇者パーティーは生き残っている……


 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……


「……わかった、殺す」


 これは暗黒勇者の宿命……勇者と……勇者の仲間を殲滅するまでは止まれない……それが完全解放によって解放されたんだ……もう私には抗えない。


 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……


 私は立ち上がってレーヴァテインを構える。……親友、アンジュにその切っ先を向ける。


 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……


 体の限界はとっくに超えている。血も流しすぎた。でも体がまた操られているように、自動的に動いてしまう。


 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……


 嫌、やりたくない……親友を殺したく……ない!


 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……


 そのためにこの力を手に入れたんだろ?


 違……う……


「……はぁ、もうカナったら……」


 アンジュはそんな私の様子を見て、呆れたような表情を浮かべた。

 アンジュ……にげ……て……いや、ちがう


「……たす……けて」


「……わかった」


 私はレーヴァテインを振り上げて……その前にアンジュが持っていた槍が私の腹部を貫いて……


「〝浄化(プリフィケーション)〟」


「……ふぅっ」


 私は力が抜けてその場に倒れ込んだ。……もう頭の中に声はしない。……助かったんだ。


「……カナ」


 アンジュが心配そうに私の顔を覗き込む。


「……ありが……とう、アンジュ」


「……ごめんなさい。あんたはじきに死ぬわ。もう治療はできない。体のほとんどの血を失ってしまったんだもの。……今は反転攻勢の効果でなんとか生きてるけど」


「……ふっ、そっか」


 私……死ぬのか……でもいいかもしれない。ムカつくやつをぶん殴るっていう目的を果たし、マシューもいない今、この世界に生きていても仕方ないし……最期に親友とこうやって話せたんだから……


「カナ……」


 アンジュはこともあろうに倒れた私の近くにしゃがみこんで、私に膝枕をしてくれた。……アンジュさん? これはどういうサービスですか?


 ……だめだ、頭が回らない。体が冷たい。……ほんとに死ぬんだ私……。


「アンジュ……この……世界を……お願い……みんなを……」


 勇者レオンが倒れた今、一番強い人間はアンジュ……あなたなんだよ。アンジュが一言言えば魔王と人間が仲直りすることだって……。


「ふふっ、だいぶ責任重大ね……でもやってみる。カナの分まで頑張らないとね」


「……あ、やだこわい……しにたく……ない」


 私は……アンジュの顔を見上げながら泣いていたと思う。……アンジュの目にも涙が浮かんでいたような気がする……でも、視界はぼやけてよく分からないよ。


「……大丈夫、私がついてる」


 アンジュは私の手を握りながら頭を撫でてくれた。

 ……でも、その感覚すらだんだん遠ざかっていって……


「カナの仲間、助かる子もいるみたいだから……私が責任をもって治療するわね」


「……うん」


 ありがとう……


「カナの亡骸は相棒の……マシュー? の隣に埋めておくわ」


「マシュー……」


 私のぼんやりした頭の中に、転生してから今までの記憶が走馬灯のように駆け巡った。……いや、マジモノの走馬灯だこれは……。


 勇者パーティーのみんなとゴブリンと戦うシーンから。

 ワイバーンを倒して。

 ルナとキスしちゃって。

 サイクロプスに殺されかけて。

 陰口を言われて。

 ルナに蹴り回されて。

 ゴブリンに身ぐるみ剥がされて。

 マシューとの出会い。

 オーウェンに絡まれて。

 クロエとの出会い。

 モンスターギャルドを見て。

 ディランに弟子入りして。

 トラウゴットやオーウェンに虐められて。

 奴隷として働いて。

 ヨサク達に助けられて。

 ステーキを焼いて。

 デビュー戦で触手責めされて。

 ファンレターをもらって。

 リベンジマッチをして。

 ノアちゃんと出会って。

 ノーランと一緒に戦って。

 死の淵をさまよって。

 レヴィアタンに助けられて。

 魔王様と出会って。

 レオンにフラれて。

 魔王様の昔話を聞いて。

 暗黒勇者を受け継いで。

 勇者パーティーを倒した。


 ……でも仲間も傷つき、死んでしまったかもしれない。


 なによりマシュー……あなたが……あなたがいないと私は……


「来世でも……会えたらいいね……」


「そうね」


 アンジュに言ったわけではないけど、アンジュは優しくそう答えた。まあ確かにアンジュともまた会いたい。一緒に冗談言い合いたい。

 マシューやアンジュだけじゃない。クロエちゃんやノアちゃん。魔王様やレヴィアタン、ベルフェゴールにだって……。やっぱり、死にたくないな……。


「……おやすみ、カナ」


 アンジュのその言葉を最後に、私は感覚の一切を失い……闇に飲み込まれた。




 *





 結局私は何をしたかったのだろうか……自分の思うがままに生きて、周りを振り回して……でもそんな私に喜んで着いてきてくれた魔物たちがいて。


 最後まで私は『負けヒロイン』だった。誰一人救えずに……私は……死んでしまった。


 いや、果たしてどうだろうか。

 勇者を倒した私は、魔王を救ったことにならないだろうか?

 私といると楽しいと言ってくれたクロエやノアちゃんは、私がいることで救われたのでは?

 私が好きだと言ってくれたベルフェゴールは、私がいなければずっと契約相手を見つけられなかったかもしれない。


 私がいなければモンスターギャルドをやるという夢を諦め、ひたすらティアマトに追われる人生を送らなければならなかったであろうマシュー。


 初めて私が背中に乗って戦った時、彼は心底嬉しそうな表情をしていた。……私は彼を救ったのかもしれない。


 理想の私はルックス抜群で最強で勇者の恋人なカナちゃんではない。そこから脱落して、試行錯誤して生き抜いた。この人生こそ今のところ私が実現できる『理想』なのかもしれない。


 ――理想の私になるには


 はぁ……わっからないなぁ……私みたいな馬鹿な女子高生には人生っていうものは分からなすぎる……


 まあ次どのような異世界に生まれ変わったとしても……あるいはどこにも生まれ変わらなかったとしても……元の世界に戻ったとしても……実はカナちゃんは死んでなかったとしても……ん?


 ――ちょっと待て


 ――目が覚める


 さあ……私はどうなっているのだろう?




 視界に光が広がる。

 私は慌てて辺りを見回した。……眩しい。

 ……目が慣れて、真っ先に目の前に飛び込んできた光景に私はつい声を上げた。


「――――――っ!!」


 私は誰かの名前を呼んだ気がする。

 ……頬に、一筋の涙が流れた。



 ――【完】――

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異世界チートの負けヒロイン 〜理想の私になるには〜 早見羽流 @uiharu_saten

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