第26話 絶対に許さない

 マシューは魔物たちの間を縫うようにして走った。

 魔物たちも、突然敵が撤退したのと、上からの指示がないのとで混乱しているようだった。


 アンジュの情報が正しければ、魔王は勇者レオンによって重傷を負わされたらしく、だとすれば指揮系統が機能していないのもまあ納得かな? いずれにせよ早く魔王の元へ行かないと――


 魔王は恐らく隊列の後ろの方にいたと思う。ノーラン率いる魔物たちが前線で戦っていたけど、魔王の周りにはアンデットや異形、悪魔の本隊がいて、厳重に警護されていたはず。

 それを突破して魔王に傷を負わせるなんて……やっぱり勇者は強すぎるよ……。


 隊列の後方に行くにつれてその惨状を実感することができた。黒焦げになって地面に倒れ伏しているアンデットや異形のモンスターが増えてきたから。辛うじて生きているやつも、どうして良いのか分からないのかひたすらその場をうろうろしている……といった状態。


 やがて、崖の上の開けた場所にたどり着いた。そこには一際モンスターたちの死体が多くあって、足の踏み場もないほど。まさに地獄絵図だね……


 マシューがそんな死体をかき分けながら進んでいくと、見慣れた人影を見つけた。


「イービルアイ……」


 魔王四天王の一人、イービルアイ。全身に目ん玉をつけた人型の異形。

 彼もまたところどころが黒焦げの死体となって地面に倒れていたけど、その周りには数人の人間が折り重なるようにして倒れており、死に際に巻き添えにしたか、何人か相手にして戦っていたか、どちらかかな……


 私は、イービルアイにはあまりお世話になってないから悲しみの感情は湧いてこなかったけど、魔王四天王がいとも簡単に倒されてしまったという事実は、魔王の身を案ずる気持ちとなって湧き上がってきた。


「早く、早く魔王様を探そう」


「ああ」


 マシューもなにか思うところがあったのか、低い声で同意すると、先へ進んだ。


「――! あれは!」


 しばらく行くと、私は思わず叫んだ。

 少し先に、膝をつく魔王と、その魔王にまさに剣を振り下ろそうとするレオンの姿があったからだ。


「マシュー! とばして!」


「言われなくても!」


 マシューがものすごいスピードで走り始める。今まで体感したことのスピード。これがマシューの本気ってことなのかな?

 でも、体を鍛えておいた私はしっかりとその背中に掴まって、振り落とされることはなかった。これも成長!


「レオンーーッ!!」


 私はマシューの背中から跳ぶと、レーヴァテインを振りかぶって、勢いそのままにレオンに向けて振り下ろした。


 ブァァァァッ!! とレーヴァテインの刀身からは炎が上がる。


 ガァァァッン!!


 しかしレーヴァテインの一撃は、レオンの聖剣によって防がれてしまった。

 私はそのまま着地すると魔王を庇うように立つ。


「――カナ、助かったよ」


「魔王様……大丈夫……ですか?」


「なんとかね……」


 魔王も、レーヴァテインとよく似た大剣を杖にするようにしてゆっくりと立ち上がった。

 が、その足からは真っ赤な血が流れ、足元に水溜まりを作っている。


「無理しないでください! 今、完全回復(フルヒール)が使えるベルフェゴールとかレヴィアタン様が……」


 すると魔王は、ふっと自嘲気味に笑うと


「二人とも、わたしを庇って……」


「!?」


 うそ……あんなに強かった二人が、レオンに倒されたというの!?


「呆気なかったな。魔王四天王というのも」


 余程余裕があるのか、私と魔王のやり取りを眺めていたレオンが口を挟んだ。


「おまけに魔王、お前もだ。だいぶ前に勇者として召喚されたと聞いているが、昔の勇者はここまで出来損ないだったのか? それとも人間を裏切った罰が当たったのかもな」


「き、貴様ぁっ!」


 魔王が大剣を構える。……またぽたぽたと血が落ちる。


「魔王様! レオンはここで私が倒します! だから逃げてください! 魔王軍には……魔物の未来にはあなたが必要です!」


「……カナ」


「さてとカナ、昔のよしみでこの前は見逃してやったが、まさかまたのこのこと現れるとはな。だが、悪いが今回はお前と戦う気は微塵もない」


 レオンは牽制のつもりなのか私に聖剣の切っ先を向けると言う。もう完全に私のことを敵だと思ってるみたい。まあ私もそのつもりだけど。


「レオン、どうして人間は魔物と仲良くやれないの……どうして殺し合わないといけないのよ!」


「――なにを言っているんだ? 人間を襲っているのは魔物のほうだろう?」


 ……違う、レオンなら……私の知っているレオンならもう少し客観的に物事が見えるはず。魔王にだって、あんな言葉をかけたりしない。もっと優しくて、思いやりのある勇者だったはずだ。……彼は変わってしまった。


「レオン、おかしいよ。私の大好きなレオンは……そんなこと……どこでそんなに変わってしまったの?」


「変わった……か。――いや違う。〝目覚めた〟んだ。真の〝勇者〟としてな。今までの自分がどれほど甘い考え方をしていたのかがわかった。その結果力も大幅に増した。……もう魔王軍など敵ではない」


「レオン……私は……」


「俺を変えてくれたのはルナ、彼女だ。彼女が俺の力を引き出して強くした。彼女が俺に教えてくれたんだ。……だからな、カナ。お前は結局邪魔だったってことだ」


「………!」


 ――レオンも


 ――レオンもそういうこと言うんだ


 ルナも許せないけど、レオン。あなたはもっと許せない! 私の、私の青春を返せ!


「くそぉぉぉぉっ!!」


 私はレオンに斬りかかった。――レーヴァテインの炎に私の魔素の闇をのせた怒りと憎しみの一撃!

 しかしレオンはそんな私の一撃を正面から受け止めてくれなかった。まあ、自分でも引くほど破壊力増し増しの一撃だから、いくらレオンとはいえ楽に受けられないとは思うけど。

 彼は後ろに飛び退いてその一撃をかわした。


 ガガガガガッ!!


 勢いあまって私は地面に大きな穴を開けてしまった。


 レオンはその様子を見て、ふっと不敵に笑うと


「潮時だな。俺は一旦帰る。――魔王よ、先程の話、よく考えておくがいい。無駄な犠牲を出したくないのはお互い様だろう?」


 そして、パンッと手を叩いた。すると、レオンの隣に光の塊が現れた。――転移魔法。そしてその中から出てきたのは……


「さっすがわたしのダーリンですねっ! もうお仕事終わったんですかぁ?」


「る……ルナぁぁぁぁっ!」


 私は思わず叫んだ。あの可愛らしい見た目、あのムカつく喋り方、そしてあざとい仕草、あーこいつは前と何も変わっていない。しかもこいつ、レオンのことをダーリンとか言いやがった。


 ――よし、殺そう


「死ねぇぇぇっ!」


「あら怖い。負け犬さんが遠吠えしてますわぁ。ささ、ダーリン。あんなやつ放っておいて帰りましょうか」


「あぁ……」


 あぁじゃねぇよレオンも! もう許さないから! もう本当に怒ったから!


「ぜぇぇぇぇあぁぁぁっ!!」


 気合一閃、私は持っていたレーヴァテインに憎しみを全て込めて、ルナとレオンの方へ投擲する。レーヴァテインは、バァァァァァッ!! と炎と闇をまといながら空間を割いていった。


 しかし、レーヴァテインが二人に届く寸前に、二人は再び光に包まれて消えてしまった。


「……う、うぅぅぅっ」


 私は投げたレーヴァテインを右手を上げて呼び戻すと、大剣を地面に突き刺してそこにもたれかかるように項垂れた。

 レオンやルナの態度、そして自分がいくら本気を出しても軽くあしらわれてしまうという実力の違いが、全力を出し切った疲れと共に私の体から力を奪っていた。

 私じゃ……叶わないのかな?

 もっと、もっと力が欲しい。そうしないと……。


「……カナ」


 私の肩に魔王の手が触れた。しかし、私はそのまま項垂れていた。顔を上げる元気もないし、何より泣いている顔を見られたくないし……


「――ありがとう。あなたのおかげで助かったよ」


 その言葉、勇者パーティーのメンバーにも何度も言われた。でも、魔王のその言葉には、私をおだてる以外の意味がしっかりと含まれている……と思った。


「――くっそぅ……逃がしたかぁ」


「あーっ、遅かった! ごめんなさい魔王様!」


 その時、私の近くに二つの光の塊が現れて、レヴィアタンとベルフェゴールが魔法で転移してきた。……あれ、二人はレオンにやられたんじゃ……?


「……無事だったのね、二人とも」


「当たり前ですよ! あたしたちの幻惑魔法を侮ってはいけませんよ。レオンが倒したと思ってるのは、あたしたちの幻影です」


「本当はすぐに魔王様を助けに行きたかったんですけど、なんかルナとかいうめんどくさいエルフに絡まれちゃって……」


 魔王の言葉に二人は口々に答えると、手早く魔王と私に完全回復(フルヒール)をかけてくれた。


「気にしないで? わたしのことはカナが守ってくれたから……さぁ、城に帰るよ。被害を確認しないと」


「わかりました。……カナ、帰るわよ」


「……は、はい」


 レヴィアタンとベルフェゴールは私と魔王を連れて魔王城へと転移したのだった。

 ……ていうか魔王様、転移魔法使えなかったんだね……私も魔法使い時代は攻撃魔法に全てをかけていたから使えなかったんだけど。

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