第25話 決別
「くそっ! このままではまずいな。……早く加護(バフ)をよこせアンジュ!」
ホラントがクロエの剣をなんとか盾で防ぎながら、後方の冒険者の群れに向かって叫ぶ。……あそこにアンジュが……カナちゃんの親友(マブダチ)がいるのかな……?
すると、群れの中からシュッと赤い光が飛んできて、ホラントと、スライムに飲み込まれていたクロードを包んだ。
……確かあれは〝反転攻勢(リバーサルオフェンス)〟の加護……ピンチの味方を癒し、その能力を大幅に底上げするという、使い所は限られるが強力な加護だ!
「クロエちゃん危ないっ!」
私は思わず叫んだ。
「……っ!?」
危険を察知したクロエは、咄嗟に両手に持っている剣を交差して反撃を防ごうとしたが
「うぉぉぉぉらぁぁぁっ!!」
ガァァァインッ!! という物凄い音を立てて、ホラントの振るった剣が、クロエを文字通り吹き飛ばした。反転攻勢の加護によって、スピードもパワーも段違いに上がっているよ……。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
見ると、スライムのノアちゃんに飲み込まれていたクロードも、その状態でノアちゃんの弱点である核に一撃を入れたらしく、ノアちゃんはたまらずにクロードを吐き出すと、その場に伸びてしまった。……やばい、再びピンチ!
「クロエちゃんは逃げて! ここは私が……」
私は岩に叩きつけられてボロボロの体を起こすと、魔素で盾を作ってクロエを庇う。
でも、残念ながら魔王軍にはアンジュのように優秀な支援役(サポーター)がいないので、私がいくら傷を負ってピンチであろうと、加護(バフ)が飛んできたりはしない。
……ここは自分の力だけで凌がないと……。
まだ勇者レオンにたどり着いてすらいないのに!
今更ながら、なぜ魔王軍が人間に勝てないのかが分かってきた気がした。魔王軍には一騎当千の強者はいても、その強者をサポートする支援役が圧倒的に不足しているんだ。
「で、でもカタリーナお姉ちゃんが……」
「大丈夫、私は死んだりしないから!」
一昔前なら絶望してむしろ殺してーみたいな感じで思ってた時期もあったけど、今は死ねない理由がある。マシューと一緒にモンスターギャルドで頂点を取るまで! そして、私をコケにしてくれたやつらをボコボコにしてやるまでは!
私は目の前のクロードとホラントを睨みつける。アンジュはまだ乱戦の中にいるのか姿を現してはいないけど、いつ追加の加護とか魔法が飛んでくるか分かったものではない。
とにかくノーランや他の魔王軍幹部が来てくれるまでは持ちこたえないと、ここで逃げてしまっては、冒険者の群れの中で戦ってくれているディランやマシューを見殺しにすることになる。
「……さてと、こちらが優勢のようだし一応言っておくか。……カナ、大人しく投降すれば命だけは助けてやらんでもないぞ」
ホラントが剣を構えながら言ってくる。なるほど、すぐに襲いかかる気はないみたい。それならこちらも乗っかって時間稼ぎさせてもらうよ。
「私が、大人しく投降するようなやつに見える?」
「いや、いっつもわがままで強情だったし……」
「そう、正解。そんな私が魔王軍で戦ってるんだから、もちろん目的を達成するまで諦める気は無いよ?」
「ムカつくなぁ……せっかく命は助けてやるって言ってんのによぉ!」
今度は痺れを切らしたようにクロードが怒鳴った。
「その上から目線のほうがムカつくのよっ!」
ついつい怒鳴り返してしまったけど、だって私はまだやれる。負けてないし負けるつもりもないもん。
「なら死ねよっ!」
クロードは大剣をブンブンと振り回しながらこちらに向かって駆けてくる。もともと怪力のクロードにさらに加護が乗っている状態ではまともに受けられるわけがないよ。
……でも私には秘策があった。ディランに教わった技が。……力の差がある相手の攻撃を受ける時にどうすればいいか……それは
「下がっててクロエちゃん!」
「……う、うんっ」
私はクロエに言うと、盾を構えたままじっとその時を待った。そして、ブワァァァッ!! という物凄い音を立てながらクロードの大剣が振り下ろされる瞬間に、重心をずらして斜めからいなすように大剣に盾を押し当てた。
跳ね返すのではなく、あくまでも軌道を変えるだけ……。
――ガッッッ!!
それでも衝撃は凄まじい。
私はなんとか大剣の餌食にならずに済んだが、剣圧と、盾で防いだ時の衝撃を殺しきれずに、くるくると回転しながら地面に叩きつけられてしまった。
「……ぐっ」
……なんて馬鹿力なの……。あれこそチートじゃないのかな……? 上手く防いだつもりなのに、ぶつけた背中が痛くて起き上がれない。
「じゃあなカナ。俺はお前が大嫌いだったよ」
倒れた私に、クロードは容赦なく大剣を振り下ろす。……万事休す。今度こそ私は死んでしまうんだ……。と思ったが、クロードの大剣は空中で止まった。
そして、私の前で両手を広げて庇うような体勢で立っているのは……
「クロエちゃんっ!?」
クロエ……その水色の髪の毛に華奢な体は私のファン第一号のクロエちゃんに違いない。……逃げろと言ったのに……ばかっ!
「……なんのつもりだ? お前から死ぬか?」
「……私は今まで、カタリーナお姉ちゃんが勇者パーティーのカナお姉ちゃんだって知らなかったけど……勇者パーティーのことはよく知ってるよ! ずっと、一緒に戦ってきたんでしょ? なのにどうして殺し合わないといけないのっ!」
クロエはクロードを睨みつけながら毅然と言い放った。その気迫にクロードは面食らった様子だったが
「それは……」
「カナは勇者パーティーを捨てて魔王軍を選んだ。ならば我々は魔王を倒すためにカナを倒す。なんら不思議ではないと思うが」
と、代わりにクロードの後ろで様子をうかがっていたホラントが答えた。
「私、少しだけどカナお姉ちゃんと過ごして、お姉ちゃんが今までの仲間を捨てるなんてことはしないって思った。すごく真っ直ぐで行き当たりばったりで、あまり物事を考えていないから。……だから、原因はあなたたちにあるんじゃないの?」
……なんかディスられているような気がするけど……クロエの言葉はとても嬉しかった。そう、仲間を捨てたのは私じゃなくて……。
「なに分かったような口をきいてるんだ! 俺らがこいつにどれだけ気を遣ってたと思ってんだよ……」
「クロエちゃん……もういいの、私たちはどうしても分かり合えないから……」
「……でも、カ……カナお姉ちゃん……」
どれだけ話しても、彼らと私はそもそもの考え方が違うし、無理に分かり合おうとするだけ無駄。それぞれが相手が悪いって思い込んでるんだから。そうなったら、どちらが正しいか、殴り合いで決着をつけるしかないの……。
「わかったか? 死にたくなかったらどけよ」
クロードはそのまま大剣を振り下ろそうとする。
「やめときなさい!」
その時、クロードとホラントの背後から凛とした声が響いた。……この声は
「……アンジュ?」
私は思わず呟いた。後ろから歩いてきたのは、白いローブ、羽の髪飾り、手には槍を持ったアンジュだった。
「もう勝負はついたし、レオンのほうも目的を達成したわ。これ以上の殺生はよくないわよ」
「けどよ、こいつらを放っておくと厄介なことになるぜ?」
「それは私が判断するから……ちょっとカナと二人にしてくれない?」
アンジュの言葉にクロードとホラントは渋々うなずくと、十メートルほど距離をとった。相変わらずアンジュはパーティーの姉御ポジションを維持しているらしい。レオンがいない時はだいたいアンジュが指示出しをしていたし、サブリーダー的な立ち位置だったかも。
そしてアンジュは、なおも警戒して私の前に立っているクロエの肩にポンッと手を乗せて
「ごめんね」
と呟いた。するとクロエは頷いてアンジュの目をしっかり見つめながら
「……カナお姉ちゃんに酷いことしないで……」
「大丈夫、しないから。私とカナは友達なのよ?」
その言葉を聞いて安心したのか、クロエも同じく十メートルくらい後ろに下がった。
私はなんとか起き上がったものの、地面にペタンと座り込んだ状態でアンジュと向かい合う。久しぶりに見たアンジュの碧い目は嬉しそうな、でもどこか悲しそうな目だった。
「……カナ」
「……アンジュ」
私たち二人はしばし互いに見つめあっていたが、やがてアンジュがしゃがみこんで私に視線を合わせてきた。
「アンジュ。私あなたにお礼を言わなきゃいけないかも」
「あら、どうして?」
私はフゥ……と息をつくと
「アンジュは私に、何か心の支えになるようなものを見つけたら? って言ってくれた。……なにもかも失った私の背中を押してくれた。……だから私、こうして生きてるの。これが私の心の支えなの」
一言一言噛み締めるように話す。これだけは、どうしてもアンジュに伝えておかなくちゃいけなかった。その結果アンジュと争うようなことになったとしても……
「……そう。そんなこと言ったわね。……私も、カナがここまで立ち直ってるなんて予想外だったからちょっとびっくりしてるけど……でもそうね。魔王軍として戦うことがカナにとっての心の支えなんだとしたら、私は尊重するわ」
――でも
と、アンジュは続ける。
「私の役目は魔王を倒して世界を救うことだから、カナがそれを邪魔するというのなら、戦わなきゃいけない。一人の友としてカナのことを尊重するけど、勇者パーティーのアンジュとしては認めることはできない。ごめんなさいね」
――そっか
――私の努力をアンジュは認めてくれた
――でもそれはアンジュとは異なる道
――尊重はするが認められない
そうアンジュは言っている。
それならもう戦うしかないのかも。親友と戦うのは嫌だけど、それでも私にだって貫きたい信念がある。叶えたい夢がある。守りたい仲間だっている。
でもそれはアンジュと同じ。
「ありがとうアンジュ。それでいいよ。私も、アンジュには今までどおり勇者パーティーとして生きてほしい」
「そう、わかったわ。私たちは今日はこれで撤退するけど、次に会った時は完全に敵同士だから、どっちが勝っても恨みっこなし。私も全力でカナを倒しにいく」
アンジュは私に手を差し伸べた。私はその手を握って立ち上がると、アンジュに抱きついた。……これが最後になると思うと少し寂しくて……。
「……うぅ、アンジュぅ……」
「もう、泣かないの! あんた、泣くとブサイクになるんだから!」
「うぇぇ……酷いよぉ……」
こんなに私は強くなっても、アンジュは私のお姉ちゃんだった。私を導いて、叱って、励まして……生きたいように生きさせてくれた恩人……いやそれ以上かもしれない。アンジュお姉ちゃんはお日様のいい匂いと、柑橘系の甘酸っぱい匂いと、少し汗の匂いがした。
私はアンジュから離れると、涙を拭う。
「あ、そうだ。最後にいくつかアドバイスしてあげる。あんたがここで戦ってるうちに、魔王軍本陣をレオンが荒らし回って、魔王に重傷負わせたらしいから、早く行ってあげた方がいいかもね。……あと、冒険者たちの中で戦ってた鬼人(オーガ)だけど、こっちも早く治療しないと死ぬわよ? ……私は魔王軍の治療はしないからごめんなさい」
「!?」
唖然とする私に背を向けると、アンジュは
「撤退するわよ!」
と叫びながら、クロードやホラント、冒険者たちを伴って崖沿いの道を去っていってしまった。
「……ディラン!」
しばらくして硬直から解けた私は、ディランを探してアンジュたちの去っていった道を走った。すると、道端で倒れているディランと、心配そうに見つめるマシューの姿を見つけることができた。
……ワイルドボアの姿は見えない。崖から下に落ちてしまったのだろうか……。
「カナ! ちょうど良かった! ディランが怪我をして……俺は燃えてるから運んでいくこと出来ないし困ってたんだ!」
「師匠!」
私はディランに駆け寄る。しかし、ディランは体に無数の傷を負っていて、深いものも多い。足元には血溜まりができていて、素人の私が見ても危険な状態だった。
「カタリーナ……か?」
ディランは瞑っていた目を開けると、弱々しい口調で尋ねてきた。
「待っていてください! 今マシューに乗って助けを呼んできますから!」
私がマシューに乗ろうとすると
「待て」
とディランが引き止めた。
「……もう某(それがし)は助からん。それよりよく聞け」
「……なんですか」
助からないなんてそんな……私にモンスターギャルドを仕込んでくれて、鍛錬してくれて、いろいろ教えてくれて励ましてくれて、褒めてくれて……なにより、人間の私を受け入れてくれた。私の大切な師匠のディラン……。
「カタリーナ……いや、最強美少女魔法使いカナちゃん……か」
「……!!」
「まあどちらでもいい。某にとってお主は自慢の弟子だ。……沢山(たくさん)の技を伝授した。……お前なら勇者に勝てる……そう信じている」
「……師匠」
ディランは近くに落ちていた赤い刀身の禍々しい大剣を指さした。
「魔剣〝レーヴァテイン〟某の愛剣をお主に与える。……お主はもっと強くなれる。……励めよ」
「何を言ってるんですか! 私なんてまだまだ未熟者ですよ! 師匠がいてくれないと! 私は……!」
私は泣きながらディランに縋りついたが、ディランはもう力が残っていないのか、揺すられるだけだった。
「うぅ……うぅぅぅっ!!」
泣きむせぶ私の背中にゆっくりと手を乗せると、それっきりディランは動かなくなった。
私の……師匠が……。
あ、人間共(あいつら)ぁぁぁぁっ!!
「うわぁぁぁぁっ!!」
私は怒りのままに右手を宙にかざす。すると、魔素が溢れるかと思いきやその前にヒュンッ! とその手にレーヴァテインが飛んできて収まった。
――まるで
ディランが私に落ち着けって言ってくれてるみたい。
私はレーヴァテインを握ったまま、マシューの背に飛び乗ると叫んだ。
「マシュー! 魔王様の元に行こう!」
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