第5話 私はほんとに要らない子?

「オマエ、人間ダナ? ドウシテコンナ所ニイル? ココハ魔王様ノ領地ダゾ」


「魔王? 私は人間の街の方へ行きたかっただけだけど……」


「ナンダ、迷子カ。暗クナッテキタシ危ナイゾ。仕方ナイ。荷物ヲ全部置イテイケバ親切ナ俺様ガ案内シテヤロウ」


 あれ、意外と親切なゴブリンさん。確かにあたりはもう真っ暗になってきて、これ以上動き回るのは危なそうだし、ゴブリンさんのお言葉に甘えようかな? というかほんとにこのゴブリンさん信じていいのかな?


「お願いしますっ!」


 私は布で体に括り付けていた荷物、主に食糧とかだけど、それを外してゴブリンさんの前に置いた。……しかしゴブリンさんはなおも私をじっと見つめながら


「荷物全部トイッタンダ! 杖ト帽子モヨコセ! アト服モ脱ゲ!」


「はぁ!? 変態!!」


 やっぱりモンスターなんて信じるんじゃなかった!私は杖を構えると呪文を唱えるポーズをしてみた。……もちろんブラフ。実際に唱えたら私がとんでもないことになるから。お願いだからこれでビビって逃げてくれないかな……。


「ナ、ナンダヤル気カ!?」


 ゴブリンたちも一斉に棒切れを構える。しかし腰は引けてるし、その小さな体は小刻みに震えている。よし、ビビってる! あと一押し!


「雑魚どもが、私が勇者パーティーの最強魔法使い、カナちゃんだってわかって喧嘩売ってるの? 大人しく立ち去れば見逃してあげるわよ!」


 すると、私の背後にいたゴブリンの1体が慌てたように叫んだ。


「オ、オイ! コイツ、勇者パーティーッテ言ッタゾ!」


「チョウドヨカッタ。俺様達ハ勇者パーティーヲ倒シニ来タンダ!」


 な、なんだってぇ!? 余計な事言っちゃったかな!?


「はぁ? そんな小さなゴブリン4体で勇者パーティーを倒せるわけないでしょ?」


「勝テル勝テナイハ問題ジャナイ! 俺様達ハ仲間ノ仇ヲ討ツ! ソレダケダ!」


 なーんかかっこいい事言っちゃってるけど! 半ば自殺じゃんそんなの!

 まあ今の私相手なら小さなゴブリン4体でも十分勝ち目はあるんだけど、それを悟らせちゃいけない……なんとかしないと……。


「俺様達ノ兄貴達ハナァ……勇者パーティーノ魔法使イ……オマエノ炎ニ焼カレテ死ンダンダ! 無惨ナ亡骸ダッタ! 絶対仕返シシテヤル!」


 仲間の言葉に勢いづいたのか、ゴブリンたちはジリジリと迫ってくる。昨日倒したゴブリンたちの家族かなにかだろう。ま、まずいなぁ……逃げようにも逃げられないし、そもそもあんなに大口を叩いてしまったからには戦わないとプライドに関わる。


「敵ハ1人ダケ! ヤレルゾ!」


 前方のゴブリンの言葉で、ゴブリンたちは一斉に棒切れを振りかざして突撃してきた!


「や、やられないぞっ!」


 私も杖で応戦する。魔法が使えないなら物理でやるしかない! でも棒術は愚か剣術のスキルなんて持ってないので、とりあえず野球のバッティングの要領で……そう、週末とかにお父さんがよく説明してたのを何となく聞いてた。杖を振りかぶって、片足を上げて、軌道をイメージして……。


「腰を入れて打つ!!」


 ブウンッ!!

 私の杖は前方にいたゴブリン2体を捉え、小さな(といっても私の胸くらいの背丈はある)ゴブリンはギャッ! という叫び声をあげて吹っ飛んだ。


「いったたた……」


 今まで野球なんてしたこと無かったし、とっさの事で無理な力がかかったのか知らないけど、私の両腕は悲鳴をあげた。先程ルナに散々蹴られた脇腹もズキズキと痛む。肋骨が折れてたりするのかな? これじゃあ満足に戦えないよぉ……。


 すると、案の定背後から私の背中に棒切れの一撃が加えられた。痛い! でも小さなゴブリンの一撃だ。そこまで大したことはない。あーもう、クロードとかだったら、戦闘中は常に周りに注意を配って油断はするんじゃねぇぞ! とか言ってくるんだろうなぁ……クロードとかホラントはよくもまあこういう多勢に無勢な近接戦闘をこなしてるよ……。

 確かに、そんな前衛からしたら私は楽してるように見えるのかもなぁ……。


 そんな感じだから、私は満足に戦えなくて、あとはただひたすらゴブリンたちが棒切れで殴ってくるのを、しゃがみこんで頭を抱えた姿勢で耐えるしかなくなった。小さなゴブリンとはいえ、何回も棒で叩かれたらとても痛いし、なんかすごく惨めになってくる……。


「いたっ……あ、あなたたち! 寄ってたかってこんなか弱い女の子をいじめて恥ずかしくないの!?」


「オマエラモ、俺様達ゴブリンヲ数限リナク虐殺シテルノニ、恥ズカシクナイノカ?」


 いや……うん、ごもっともだと思う。でもほんとに痛いからそろそろやめて欲しい。私は棒で叩かれ回されて喜ぶような特殊性癖はないの!

 その時、1体のゴブリンの棒が、ルナに蹴り回された脇腹にクリーンヒットした。電撃を浴びたかのようなキレッキレの激痛が襲ってくる。やっぱり折れてるんじゃないかな!?


「あいたぁぁっ!?」


 もー怒った! 呪いなんて知ったことか! こいつらまとめて地獄行きにしてやるもん!


「死ねぇぇぇっ! 炎よ………ぉぉぉっ!?」


 いったぁぁぁっ! 出ました呪いの腹痛です! やっぱり魔法を使おうとした瞬間に襲ってきた。2回目だし、多少は我慢できるかと思ったけどやっぱり無理!

 胃腸を直に握りつぶされているかのような激痛に私はただ地面をのたうち回るしかなかった。少し遅れてやってくるお約束の頭痛と吐き気も、ゴブリンを地獄にたたき落とすつもりだった私自身を地獄のどん底に突き落としてくれた。


「あぁぁぁぁぁぁっ!? どうしてこうなるのぉぉぉぉ!?」


 昼間のやつもそうだけど、今だって吐き下ししちゃえば一気にネタキャラになってしまうのは目に見えているので、それはなんとしても避けないと……とか思いながら苦痛と戦っていると


「ナ、ナンダコイツ!?」


「ヤバイゾ! 逃ゲロ!」


 とか叫びながら、ゴブリンは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。えっ、不本意だけど助かった…?

 私は恐る恐る自分の体を見て納得した。私の体から立ち上る禍々しい黒いオーラ、魔素なんちゃらだっけ? アンジュいわくおもらし。これを見て逃げたんだ……確かに自分で見ても怖いもんね。これはいいことを思いついたかも。魔法が使えなくても、私のこのおもらしを見たら低級のモンスターならビビって逃げてくれる!

 ただ現状、アンジュみたいに自由自在におもらしが出来るわけじゃないので、魔法を使おうとして呪いで自爆しないといけない。辛い。できれば避けたい。


 と、下品なことを考えていたら、私はさっきまで身につけていた帽子と杖、あと荷物一式が跡形もなく消えていることに気づいた。あのゴブリンどもめ! どさくさに紛れて持って帰っていったなぁ! 杖も帽子も、私の魔力とか特性に応じてオーダーメイドされただいぶお値段の張るものだったってカナちゃん情報がある。


 まあどうせ魔法は使えないんだし、服が無事なら最低限それでいいかな? とかポジティブに考えて、私は呪いによる痛みが収まるのを待ってまた歩き始めるのだった。


 ……うーん、でも真っ暗だし周りには何があるかもわからないし、あてもなく歩いても体力を消耗するだけだよなぁ……まったく、食糧が奪われてしまったのが致命的。あのゴブリンどもめぇ……今頃ルナたちは温かいご飯を食べて楽しく会話してるんだろう……地獄に落ちればいいのに……。


 気づいたことだけど、呪いが発動したあとはすごくイライラする。自分にもそうだけど、世の中全てのものに対する怒りが湧いてきてしまうの。

 アンジュなら理由とか分かりそうなものだけど、残念ながら頼れる仲間(とも)はここにはいない。


「なんだよ、前衛の気持ちを分かってないって……あんたらも後衛の気持ちわからないでしょ!」


「だいたい私をサイクロプスの前に蹴り出したのはルナでしょ! 私の後ろにいたのはルナなんだから! あいつが、あいつが一番協調性ないのよ!」


 思わず愚痴が言葉に出てしまう。良くないとは思いつつも止まらなくなってきたところで、暗くなって足元が見えなくなってきたからか、私は木の根のようなものに躓いて派手に転んだ。


「くそぉ!」


 ムカついた私は、私を転ばせた物体にパンチをくれてやった。しかしそれはビクともしなくて、代わりに私の拳が痛くなった。まあそうだよね。でもそれもまたイライラする。……はぁ、お腹空いた。なんで私がこんな目にあわないといけないの……


「……ぐすっ……うぇぇ」


 気づいたら1人で泣いていた。怒ったと思ったら泣いて、ほんとに情緒不安定なやつだと思うけど、溢れ出る感情は抑えられない。


「……私は……私は……ほんとうにクズみたいな人間だぁ……こんな人間が生きていてもしょうがないよ……」


 だって、もう誰の役にも立てないし、何することもできないんだから。

 でも、そうやって全てを投げ出そうとした時、1つの言葉が脳裏に浮かんだ。


「心の支えになるものを見つける……かぁ」


 アンジュの言葉。彼女は私が立ち直ってまた再会することを願っていた。

 会いたいな。でも今度会う時は今までのカナちゃんよりもっともっと強くなってないとね!

 とりあえず動くのは朝になってからにして、今は休んで体力を回復させよう。幸いこのあたりはモンスターも少ないみたいだし……。

 私はその場に寝転がって木の間から星空を眺めた。とても綺麗……前世は都会に住んでいたから、そんな星空見たことなかった。不思議と心が落ち着いてきた。うん、まだやれる。生きれる!


 その時だった。そんな星空に突然黒い影が横切ったのは……えっ、何っ!? 私はびっくりして飛び起きる。またワイバーン……? ……いや、今回はそれよりも大きい……。


 --まさか


「ど、どどどドラゴン!?」


 間違いない。あの大きな影とシルエットは最強種と言われるドラゴンのものだ。カナちゃん情報によるとだけど!

 ドラゴンは何度も上空を横切っていく。何かを探しているのかも。

 見つかったらひとたまりもない。とりあえず物陰に隠れないと。


 私は周りを見回すと、近くにあった岩の影に隠れた。しかしドラゴンは諦めてはくれない。バサッバサッという羽ばたきの音が大きくなったり小さくなったりしている。……あれ、羽ばたきが止まったかな……?

 様子を見ようとして岩の影から顔を出そうとすると……


「伏せろ!!」


 という叫び声がしたので、慌ててその場に伏せる。するとすぐ真上を猛スピードでドラゴンが通過していった。な、なに!?


「ちっ、見つかったか! お嬢ちゃんは逃げな、あいつの狙いは俺だからよ!」


 渋い声がして、さっきまで私が隠れていた岩がゴゴゴゴ……と動き出した!


「岩が動いた! 喋ったぁ!?」


 私は驚いて腰を抜かしてしまった。


「囀(さえず)るなよお嬢ちゃん。驚くのも無理はないがな」


 動き出した岩にはよく見ると足とか尻尾とか頭部とかがついていて、私の見た事のある生き物でいうと、トカゲとかイグアナとかに近いかもしれない。だいぶ大きいけど。


「ほら、おいでなすったぜ!さっさと逃げな!奴の相手は俺が務めてやるよ!」

「は、はいっ!」


 ドラゴンは再び旋回しながらこちらに向かってくる。私は一目散に走った。でも、どうしても心配になって少し離れてから後ろを振り返ると、なんと、先程のトカゲの全身が真っ赤に燃えていた。

 ドラゴンの炎で燃えているのではない。自分で炎を発している。そして、トカゲはそのまま空中のドラゴンに向かってボォォォッ! と炎を吐いた。かっこいい! ゴジラみたい!

 ドラゴンは炎に包まれ地面に落ちたが、それでもあまり効果はないのか、対抗して炎を吐く。両者の炎は空中でぶつかり合ってすごく綺麗だったけど、体格はどう考えてもドラゴンの方が大きいし、吐いてる炎の量もドラゴンのほうが多い。トカゲはたちまち劣勢になった。ドラゴンの炎はそのままトカゲを包もうとしている。このままだとあの渋いかっこいい声のトカゲさんが死んじゃう!


「魔法が使えなくても……できること、私にしかできないこと……心の支え……!」


 待っててトカゲさん!

 私は走った。まっすぐトカゲのもとへ! そして今まさにトカゲを包もうとしている炎に飛び込む。別に自殺じゃないよ? だって……


「うぁぁぁぁぁっ!」


 めちゃくちゃ熱い! でも大丈夫。私の固有スキル『炎耐性EX』があるから。

 カナちゃん情報によると、炎耐性EXは、炎魔法で自分がやけどしないようにわざわざ手に入れたスキルなんだけど、自分で自分の魔法を食らうなんてことはないでしょ? ってアンジュに言われて、あっそっかーって忘れていた受動能力(パッシブスキル)なんだよ。受動能力だから魔法じゃないし、呪いは発動しないみたい。


「……お嬢ちゃん、なにをっ……」


 私がドラゴンの吐く炎を代わりに受け止めていることに気づいたトカゲさんが驚いた声を上げる。


「なんとなく、死んで欲しくないから!」


「……ふっ、そうか」


 ドラゴンは炎が効果ないということが分かったのか、炎を吐くのをやめると、前足を振りかざして、鋭い爪で私を切り裂こうとしてきた。これはどうしようもない! 魔法陣で防げるかやってみる……? いやでも呪いが……


「ちょいと失礼するぜ!」


「うわぁ!?」


 な、なんと、トカゲは私をひょいと咥えあげるとそのままドラゴンの股の下をくぐって猛スピードで走り始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る