第4話 負けヒロインになっちゃった

「……ごめんなさい。これは無理」


 昨日の野営地に戻ってきた(サイクロプスが追いかけてくる気配はなかった)私たちは、早速アンジュに解呪(ディスペル)をお願いしたんだけど、アンジュはあっさりと匙を投げてしまった。


「そ、そんなぁ……」


「伝説級(エンシェントクラス)の超強力な呪いよ。トップクラスの僧侶(プリースト)である私でも解呪は無理。あんた、とんでもない禁忌に触れたりしたんじゃないの? ご飯の直前におやつを食べたとか……」


 そんなのがとんでもない禁忌なわけないじゃん……確かに前世の私はよくやってたけどさ……ていうかアンジュの中の私はどれだけ食いしん坊なんだろう……。


「わ、わからないなぁ……」


 うん、ほんとはわかってるんだけど、言えなかった。だって昨晩のアレを発表しちゃうのはプライドに関わるし……ルナも何も言わないなら私も言わない……アンジュにだって。


「でも、呪いがかかってるにしては、〝印〟が体のどこにも出てないのが不思議ね」


「あれ、さっきの私の体から出ていたあの黒いのは……?」


「あー、あれはカナの魔力が呪文が失敗したことで行き場がなくなって体外に出てきたもの。要するに魔力のおもらし」


 はぁ? あんな禍々しいのが私の魔力なわけ……そんなわけ……ないと思うけどなぁ。


「ていうかアンジュってたまに下品な言葉使うよね」


「あんたのレベルに合わせてんのよ! 魔素剥離間現象(まそはくりかんげんしょう)って言っても分からないでしょ!?」


「うん、わからない。何語? それ」


 私の返事にアンジュは、はぁぁぁっと深くため息をつくと、両手を腰の横に下ろして拳を握ると、唇を噛み締めてなにか集中しているような仕草をした。

 すると、アンジュの体の周りにうっすらと黄色い綺麗な霧のようなものが出現した。すごい! 綺麗!


「これが私の魔力。光と雷の魔力よ。驚いたのは、あんたの魔力が炎と闇の属性だったから。属性に闇が入ってる人間なんてほんとにレアケースだし……てっきり私はあんたは炎属性だとばかり思ってたわ」


「これがアンジュのおもらし……」


「やめろ! 殺されるぞ!」


 解説するアンジュを傍で見ていたクロードとホラントがボソボソと小声で言い合っている。クロードはなんともなさそうだけど、ホラントはサイクロプスの棍棒をモロに食らっているので、丈夫でしなやかなミスリルの鎧が所々凹んでいる。私のせいで……悪いことをしてしまったなぁ……。


「つまり、あれは印じゃないんだよね?」


「そうよ。あんたそんなことも知らないで魔法使ってたのね……もう少し勉強しなさいよ……」


「ごめんなさい……」


 勉強。勉強かぁ……前世の私はあんな感じだったから授業ろくに聞いてなかったし、テスト前にノートとか見せてもらいながら無理やり暗記してなんとか赤点は回避していたけど、この世界のカナちゃんもそんな感じだったのかもしれない。


 しばらくしたらアンジュの光り輝く霧は薄れて消えてしまった。私の時もそんな感じだったし、魔力が空気に溶けたのかな? また質問するとバカにされそうなので聞かないでおくけど。


「……これからの事は後で考える。今は少し休め皆」


 レオンがそう言って皆は思い思いの体勢でくつろぎ始めた。まあ休んだところでこの呪いはどうにもならないんだろうけど、今はレオンの気遣いに感謝かな……?

 私は思ったよりも疲れていたらしく(多分呪いのせいで)その場に横になると、すぐに眠ってしまった。




 おはよう。おはようだけど時刻は夕方っぽくて、辺りは赤く染っている。何時間くらい寝ていたのかな?私が起きるのを待っていたせいで、スケジュールが狂ってしまったり……いや、もうあのサイクロプスのせいで狂ってしまっているんだけど。


 すぐ側ではアンジュが寝ている。この子ほんとに私の傍によくいてくれるよね……口は悪いけど、危なっかしい私をアンジュなりに心配してくれているのだろう。

 他のメンバーはいない。どこにいるのかな?


 無性にレオンに会いたい。ルナが惚れ薬で騙してたやつじゃなくて、本物のレオンと一対一で話したいな。私のせいでみんなを危険に晒して……ホラントにも謝らないと。本人は全然気にしてないような素振りだったけど、本心はどう思っているのかわからない。


 近くをうろうろしていると、少し離れたところにそれらしき集団が見えた。近寄ってみると、レオンとクロードとホラントが何かを真剣に話しているみたい。とても入れる空気ではないので、近くの木陰から様子を見ることにする。耳を澄ますと、微かだが話し声も聞こえてきた。


「で、今後のことだが……カナは今何をしている?」


 とレオン。私を心配してくれているのかな? 優しい……。


「寝てるよ。全く、自分のせいでパーティーが危険に晒されたというのに、無神経なやつだぜ。普段は大口叩くくせにこのザマだからなぁ。自分は後ろから魔法唱えてればいいだけだからって俺たち前衛をバカにしてるとしか思えんわ」


「前から思っていたが、なんというか、カナは協調性がないんだよ。空気読めないことよく聞いてくるし、周りの迷惑を考えずに突っ走るし……自意識過剰だし」


 クロードとホラントが口々に言う。……その言葉の一つ一つが、私の心にグサグサと突き刺さってきた。えっ、なに? みんな私のことそう思ってたの? もしかしてアンジュも……?


 背筋が凍って足が震えてきた。鼻の周りが妙に冷たい。心臓がものすごくドキドキいっている。

 私はずっと、自分がパーティーの中で頼りにされている存在だと思ってた。なにせ、最強の魔法使いだし、だいたいモンスターにトドメをさすのは私の魔法だし……前衛の人達はそんなふうに思ってたんだ……。


「俺たちが守ってやらないとすぐにやられちまう癖にさ……」


「その割に、ちょくちょく褒めてやらないと機嫌損ねるし……めんどくさい」


 私は立っていられなくなって、その場にしゃがみこんでしまった。


 --聞かなきゃよかったこんなこと


 ……私、そんなに嫌な奴だったんだ……。


「……確かにそういうことはあるかもしれない。でもこのパーティーはずっとこのメンバーでやってきた。それは、カナの魔法がパーティーにとって必要不可欠だったから、実際に俺たちは何度も彼女の魔法に救われてきただろう? 魔王を倒すのだって、彼女が切り札になると俺は思うが」


 とレオンが弁護してくれる。


「恋人だからってあいつの肩を持つなよレオン。その感情はいつかパーティーを崩壊させるぞ?ましてやお前は勇者だ。勇者が倒れたら誰が魔王から人間を守るんだ? 背負っているものの大きさを自覚しろよ」


 珍しくレオンを叱責するクロードに、レオンはしばらく考えるような仕草をしていたけど


「……それもそうだな」


 と納得してしまった。


「これからは更に激しい戦いが予想される。魔法が使えなくなったカナは残念ながら足でまといになる。……近くの町に置いていくことにしよう。代わりに暫定的ではあるが、ルナに魔法をお願いすることにしよう。彼女も勇者パーティー入りを希望していたし」


「異存なしだ。今日のルナちゃんの魔法、あれのおかげで助かった。どっかの誰かさんとは違って賢いし役に立つ子だぜ」


 私……捨てられる! 信頼していたレオンにも足でまといと言われた。魔法が使えない私は用無し、御役御免ということだ。代わりにルナが入るですって?そんなの許せない……許せないけど……今の私の力ではどうにもならない。


 私はその場から立ち去った。これ以上聞いてられない。パーティーメンバーにあんなふうに思われているのにそもそも一緒に戦えないし、言われなくても荷物をまとめて出ていってやる! そう思ってた。


「あら、カナさん。どこへ行くんですかぁ? あっ、まさかさっきのレオンさんたちの会話を聞いて、パーティーを去ろうと思ってるとかですかぁ?」


 --そのムカつく声は!


 見ると、横にルナが腕組をして立っていた。例の不敵な小悪魔笑いをしながら!


「お前の、お前のせいだぁぁぁぁっ!!」


 感情を抑えられなくなった私は、思いっきりルナに殴りかかった。どうせパーティーを抜けるつもりだったんだもん。最後にこいつを殴ってスッキリしたいよ。


 エルフとはいってもまだ子ども、体はこっちの方が大きい。私の拳はそのままルナの顔面に命中……するはずだったんだけど、直前でパシッと片手で受け止められてしまった。ルナの手の冷たい感触……。


「はぁ、汚らわしいのであまり触りたくないのですけどぉ?」


「……っ、くぅぅ!」


 いくら力を入れても拳はルナの顔面には届かない。私の専門は魔法だし、向こうは人間の上位種みたいなエルフだけど、ここまで力の差が歴然としているとほんとに泣きたくなるよ……。


「えいっ」


 ルナが私の拳をいなすと、勢い余ってバランスを崩した私の足を素早く払った。


「……うっ!」


 私は仰向けに地面に倒されてしまった。すかさずルナが私の腰の上に馬乗りになると、腰にさしていた短剣を抜いて私の喉元に近づける。こ、殺される!?


「や、やめて……殺さないでっ……」


「殺しはしないですよぉ? あなたには本当にイライラしますけど、このまま生き恥を晒してもらいます。魔王が倒されて、わたしがレオンさんの妃になるまでは」


 思わず情けない声が出ちゃった私にルナはそんなことを言ってきた。

 そして、すんなりと腰の上からどいてくれた。けど……。


「わたしは人間が嫌いです!」


「ぐはっ!」


 ルナはくるっと華麗なターンを決めて、起き上がろうとした私の脇腹に蹴りを入れてきた。いたぁっ!


「魔王を生み出してしまった人間が憎い! 私たちの村をめちゃくちゃにした魔王が憎い! 魔王の使う闇属性が憎い! 森を焼く炎が憎い! カナさん、あなたが憎い!」


「うっ……げほっ……ごほっ……やめ……」


 叫びながら次々に蹴りを放ってくる。痛い、痛いよぉ……やっぱり情緒不安定だこいつ……。

 ていうか最後のもう八つ当たりじゃん……好き好んで炎と闇の属性になってるんじゃないんだからさ! もう痛くて苦しくて言葉も出ないし逃げることも抗うこともできない。されるがままだ……このままだとほんとに死んじゃう……いや、もういっそ……。


「……ころして」


 両目から熱い液体がこぼれるのを私は我慢できなかった。ほんとはこんなやつの前で泣きくない。弱いところなんて見せたくない……けど


 --辛い

 --苦しい

 --もう逃げたい

 --やめたい

 --終わりにしたい


 ……魔法を使えなくなって仲間に捨てられて、エルフにボコボコに蹴り回されるような人生なんてっ……。


「あら? あらら? さっきは殺さないでって言ってたのに、もう心変わりですかぁ? 泣いちゃって、ほんと無様ですねぇ!」


 ルナは蹴るのに飽きたのか、疲れたのか、横たわる私の近くにしゃがみこむと


「もう会うこともないでしょう。いいえ、もう会いたくもありません。さっさとどこへなり消えるとか、魔獣に食われるとかしてください。わたしは勇者パーティーで楽しくやりますので」


 とだけ言うと、足早にどこかに消えてしまった。多分レオンたちの元へ行ったのだろう。

 私は生き残った。生き残ってしまった。

 やっとの思いで体を起こすと、蹴られた痛みをこらえながら、私はさっきまでアンジュと寝ていた場所を目指してゆっくり歩き始めたのだった。




 私は荷物をまとめて体に括り付けると、帽子をかぶってそのまま立ち去ろうとした。


「……行っちゃうの? ……ってうわぁひどい顔。死にかけの人みたいね」


 案の定、物音を聞きつけたアンジュが起きてきて声をかけてきた。もう、寝てればいいのに……。


「うん。みんな私のこともう必要じゃないみたいだから、ここにはいれないよ」


 アンジュは、そっか……と呟くと私の目の前に歩み寄ってきた。私はなんとなく顔を合わせられなくて、帽子を目深に被って目を伏せてしまう。アンジュはどうやらパーティーの皆が私を嫌っていることを知ってたみたい。アンジュもどうせ私のことを悪く思ってるんでしょ……?


「一応言っておくけど、昨日からの一連の流れで私はカナに対して少しも悪い感情は抱いてないわよ」


「……そう」


「行っちゃうのは少し残念だけど……」


 私は恐る恐る顔を上げてアンジュの顔を見ていた。彼女はとても優しい顔をしていた。まるで、妹を慰めるお姉ちゃんみたいな……お姉ちゃんかぁ……前世の私には弟が2人いただけだから、憧れるなぁ……。


「悩んでるならカナは自分のことだけ考えてればいいわ。私にはない可愛さがあるんだから、それは誰に対しても胸を張れる素晴らしいものだと思う。……悔しいけど」


「……」


「魔法が使えなくても、何か心の支えになるようなものが見つかるといいんだけど……何をするにもそこから……かな?」


 心の支えになるもの……かぁ……魔法が使えない私でもなにか出来ることがあるのかな? ……探すしか、ないよね。うん、よーし! ちょっと元気出てきたかも。


「また会えるといいわね」


「うん、ありがとうアンジュ!」


「気をつけて」


 アンジュは去っていく私を引き止めたりはしなかったし、ただ励ましてくれた。多分このまま勇者パーティーにいることが私にとってよくないと思ってくれてるのかも。……本当の仲間って、アンジュみたいな人のことを言うのかも。またいつか、どこかで会えるといいな…

 私はひたすら歩いた。振り返らずに。振り返ってアンジュの顔を見ちゃうと、戻りたくなっちゃうと思うから。




 だいぶ歩いた。どこへ向かっているのか、方向も分からない。とりあえず街は……こっちかな? ……またしばらく歩く。景色が変わらない。おかしいなぁ。幸い今のところモンスターには遭遇していないけど、今の私はモンスターに襲われたらひとたまりもないだろう。


 ガサガサガサッ! なにかが私の周囲で動いた。ほら、噂をしていたらモンスターだよ多分!


 周囲の茂みから現れたのは、小さな4体のゴブリンだった。


「オイ、お前、一人カ……?」


 ゴブリンの1体が棒きれを振り回しながらカタコトで尋ねてくる。


「……あっ、えっ、うん?」


 小さいゴブリンとはいえ相手は4体。こちらは魔法は使えない。……カナちゃん早くも絶体絶命大ピンチ!

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