第14話 井上毅の話

読むと何となく理解しやすい司会紹介→https://kakuyomu.jp/works/1177354054892641004/episodes/1177354054892641022


金子堅太郎かねこけんたろう「今日は井上毅いのうえこわしさんのことについて話してみたいと思います。理由は2月6日が毅さんの誕生日だからです」

伊東巳代治いとうみよじ「昔は元旦にみんな一緒に年を取っていたから、本当は誕生日を祝う風習ってないのだけど。いつもなんだかんだ話題に出たりするわりに、ちゃんと話したことなかったからせっかくなので井上毅さんについてー」


堅太郎「井上毅さんは僕らと一緒に大日本帝国憲法を作った人です。皇室典範の作成にも大きく関わっていて、また教育勅語を書いた人でもあります」

巳代治「西周さんや福地源一郎さんと協力して、軍人勅諭の作成にも関わってるね」

堅太郎「第二次伊藤内閣の文部大臣でもありました」

巳代治「でも、法制局長官とか司法畑官僚としてのほうが歴が長いし、その印象が強いよね」


堅太郎「明治初期から中頃までの法案はかなりの数、毅さんが大きく関わっていると考えて間違いないです」

巳代治「岩倉具視いわくらともみさんが出した法案とか、伊藤さんが提案したものといわれているものも、起草者は毅さんってのが多いからね」


堅太郎「教育勅語や軍人勅諭みたいに伊藤さんが関わってるのではなく、山縣有朋さんの仕事だったものも毅さんが大きく関わってたりするからね」

巳代治「前に軍人勅諭の話(https://kakuyomu.jp/works/1177354054892405363/episodes/1177354054892601788)を書いたけど、僕がああいう言い方するのは伊藤さんの仕事じゃないからなんだよね。伊藤さん関係の仕事なら一緒にやるなり、チェック入れたりするなり、多くの場合、毅さんの仕事に僕も関わってるから」


巳代治「まあこんな教科書に載ってそうなことは置いておいて。毅さんの個人的なことでも話そうか」

堅太郎「毅さんは熊本県熊本市の出身です。婢僕ひぼく(召使)もいない下級武士のお家だったので、毅さんが体の良くないお母さんの代わりに朝早く起きて炊事して、その明かりで本を読んで、藩校に行って、夕飯を作るために早く家に帰ってました」


巳代治「性格は真面目だね。謹厳で、 働き者で、頭の回転が良くて」

堅太郎「漢学や国学の人と見られがちだけど、フランスに留学していたこともあるし、ヨーロッパやアメリカの法律や風習についても詳しかったよね」


巳代治「保守的と言われるけど、学歴で差別するとか海外のものをなんでも目の敵にするとかそういうのはなかったな。もし、毅さんが そういうタイプの人間だったら大学を出ていない上に外国人のところで暮らしていた僕なんて真っ先に排除する対象だったよね」


堅太郎「僕もハーバード大学に行ってたくらいだから、本当に保守的で戦前みたいに鬼畜米英とか敵性言語てきせいげんごが~とか言う人だったら、友達になってくれてなさそうだね」

巳代治「海外の政治から風習宗教まで理解した上で、日本的なものを残そうとしたんだと思う」


堅太郎「毅さんの友達はいろんなタイプの人がいたよね。大隈重信おおくましげのぶさんの腹心である郵便報知新聞の矢野文雄さんもそうだし、 自由民権運動の指導者であり、『東洋のルソー』と言われていた中江兆民なかえちょうみんさんなんかも仲良かったしね」


堅太郎「あと毅さんぽい話って言ったら何だろう」

巳代治「『実家に帰らせて頂きます』」

堅太郎「毅さんよくそれ言ったよね。『そういうことでしたら、私はもう郷里である熊本に帰り、熊本の復興に努めます』」

巳代治「言ってたね。僕らにではなくて、伊藤さんとか元老なんかの上の人に使ってた。伊藤さんがよくそれで悩んでたね」

堅太郎「いなくなられちゃったら困るものね」


堅太郎「他は何があるかな……教育に熱心な人だったよね。國學院とかへの思いも強かったし、女子教育への思いも強かった」

巳代治「僕の家に女子教育の大切さを切々と語った手紙が残ってるくらいだし、真剣だったね」

堅太郎「後は自分のことは自分でするタイプの人だったよね」

巳代治「いつも綺麗な物を着なさい、自分の着るものくらい自分で洗いなさいって人だったし」


巳代治「頭の切れる人だったけれど、冷徹とか冷淡タイプではなかったね。いつも熱い情熱を持ってると言うか」

堅太郎「自分の理想があってそのためにものすごいエネルギーで動く人だったよね」


巳代治「命を燃やして生きるようなタイプだったから、早死にしちゃったんだよ。大日本帝国憲法が出来たあと、少しは休めば良かったのに、 無理するから結核が悪化して血を吐いちゃうし」


堅太郎「毅さん、肺が悪かったから、晩年はよく喀血してたよね」

巳代治「それで神奈川県の逗子で療養してるのに療養中もせっせと働くから……もう……」

堅太郎「もし、大正時代まで毅さんが生きてたとしたら色々と変わったかもしれないね」




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