死神が現れた日(その1)

 あれから三ヶ月。

 俺たちは魔王の城に居座り、セメコの母親探しをすることにしたのだが……。


「帰ってきたかタツヒコ。で、なにか収穫はあったか?」 


 魔王は俺とセメコとラキの三人を見ながら、そんなことを聞いてきた。

 こいつにはセメコが見えてないのか。

 セメコの不機嫌な顔を見れば一目瞭然だと思うんだが。


「ねーよ。まったくといっていいくらいに」

「そうか。まあ、こうして探していれば、いずれは手がかりも見つかるだろう。それよりメシにしよう」


 この三ヶ月でわかったことは、魔王が意外といい奴ってことだけだった。


「今日の晩メシは、大地の生命を灼熱の業火でいたぶり、家畜どもを切り刻んだ渾身の出来だぞ!」

「おー、野菜炒めか。うまそうだな」


 三ヶ月もいると、いつのまにか脳みそに翻訳機が搭載されてしまったようだ。

 さすがに三ヶ月収穫なしだと空気も重い。

 こんなときこそおいしいご飯を食べるしかない――


「ぴぎいいいい! ぷぎゃあああ!」

「――っ!」


 なんだ! いつぞやの巨大トマトが大急ぎでこっちへくるぞ……。

 しかも、ものすごい興奮してるぞ。

 それはもう、怖いくらいに……。


「どうしたトマゾウ。そんなにあわてて」

「ぴぎいいいい! げえええええす! ぐえええええええす!」

「なにっ! 本当か!?」


 トマゾウの言葉(奇声)に魔王が驚きの声をあげる。


「なんで会話できてんの?」


 俺は奇声を前にして顔が引きつる。


「いーやっほーい! ひぃーはー! いぇーい!」


 トマゾウはまたしても奇声を発する。


「なんだとっ! 不審な奴が倒れてる。すぐに来てほしいと」

「いやいやいや、言ってない。ぜったい言ってない。いやっほーいって言ってたぞそいつ。喜んでるときのリアクションだろ」


 すると、魔王がこちらへ近づいてくる。

 そして、俺の肩に手を置くと、


「タツヒコ。この俺のように邪気を極めればお前も理解できるようになるさ。気にするな」


 そう言い残して、魔王とトマゾウは外へ向かった。

 なんで、慰められてるの俺……。


 すると、今度はラキがこちらへ近づいてくる。

 そして、俺の肩に手を置くと、


「大丈夫ですよタツヒコさん。きっとそのうち聞こえますよ」


 そう言い残して外へ向かった。

 だから、なんで慰められてるの俺。


 すると、今度はセメコがこちらへ近づいてくる。

 そして、俺の肩に手を置くと、


「大丈夫よタツヒコ。そんなに気にしなくてもタツヒコのアレはズルむけよ」

「ぶっ――」

 そう言い残して外へ向かった。


「そんな心配してねえよ!」


 俺もあいつらの後に続いて外へ向かった。






 魔王城の裏庭。

 そこにひとりの女性が倒れていた。

 黒い髪に知的な顔立ち。

 女性は全身黒いローブを纏っていて、魔女を連想させる姿をしていた。

 目立った外傷はないが、俺たちが来ても倒れたままだ。


「お母さん!」

「は?」

「ふえっ?」

「なにっ!」


 セメコの言葉に自分の耳を疑った。

 えっ、今なんて言った……。


「お母さん! 会いたかった」


 セメコは母親の元に駆け寄り、揺さぶり始めた。


「バカ! むやみに揺さぶるなよ! 危険なんだぞ」


 なんで危険は知らんが、テレビで言ってたぞ!


「タツヒコの言うとおりだ。脳卒中の可能性もある。とりあえず城に運ぼう。すでに医療班も待機させてある」


 魔王の手際のよさに思わず見惚みとれてしまった。

 もはや魔王じゃないけどな。

 中二病をこじらせた、ただのいい人だよアンタ。


 セメコとトマゾウがセメコの母親を担ぎ魔王城へと入っていく。

 俺たちもふたりを追って魔王城へ向かおうとした、そのとき――


 シュッ!


「――!?」


 俺に向かって飛んでくる黒い短剣。

 気づいたときにはもう――


「タツヒコ!」


 その瞬間、魔王が俺の目の前に飛び込む。

 グサッ!

 黒い短剣が魔王の鎧ごと貫く。


「なにっ! 鎧が効かんだとっ!」

「まおうー!」

「きゃー!」


 俺は急いで魔王に駆け寄る。


「大丈夫か! 魔王! しっかりしろ!」

「あっ、ああ……あれっ? 俺刺さってるよねコレ?」


 魔王は、そう言って自分の身体に突き刺さる短剣を指差す。

 なんてことだ……。あまりの痛さとショックで刺さってることがわからないようだ。


「さ、刺さってるよ。俺を助けたばっかりに……こんな、ううっ……こんなことに」


 俺は溢れ出す涙を拭いながら、必死に話しかけた。


「魔王。やっぱりお前は魔王じゃねえよ。人助けで死ぬなんて魔王じゃねえよ! だからこんな剣なんかで死ぬんじゃねえよ!」 

「……ま、おうさん。嫌だよ、魔王さんがいなくなるなんてそんなの……」


 ラキも魔王の元へと駆け寄る。


「えっと、お前らなんでそんなに死亡フラグ立ててんの?」


 魔王が諦めたようなことを言い始めた。


「バカ野郎! 死ぬわけないだろうがあああ! お前は魔王なんだぞ! だから、ぐすっ……そんな弱気なこと言わないでくれよ!」

「そうですよ。ぐすっ、まおうさんは無敵なんだからどんな攻撃も効かな……ぐすっ、いんですよ」

「いや、ラキちゃんのシャイニングスターでボロボロだったよ俺。てか、なにこれ。いや、あのー、全然痛くないって言ったらどうする?」


「「は?」」


 俺とラキの手が止まる。


「「痛くない?」」

「まっっっっったく痛くない!」


 魔王は親指を立ててニヤリと笑顔を見せる。


「早く言えよ! なんかめっちゃ恥ずかしいこと言っちまったじゃねえか!」

「聞いてるこっちも恥ずかしかったわ!」

「けど、なんで魔王さん無傷なんですか?」

「俺にもわからんが、この溢れ出る邪気と幾度もの地獄を経験した我が闇の魂がこのことわりに不条理をもたらしたというべきか」

「……?」


 ラキが首をかしげる。


「簡単にいえばわからんってことだろ」

「なるほど」

「簡単にいわんでくれ」


「そんなことより……」


 俺たちは、目の前の相手へ視線をうつ した。


 そこには、白い仮面の男がひとり。

 長いかまを携えて、こちらを見ていた。


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