セメコとドラゴン(その2)

「あっ、俺ツテヤにDVD返さないといけないから帰るわ」


 俺は、そのひとことを残すとすぐに翼を羽ばたかせた。

 冗談じゃねー。

 俺を殺しといて喜ぶような奴と一緒にいれるか!


「でぃーぶいでぃー?」


 首をかしげるセメコ。

 俺は奴を置いて空へと飛び立った。

 空へと逃げれば安全だ。

 もうあいつに会うこともないだろう。


「……?」


 なにか忘れてる気がするが、とりあえず奴から離れることを優先する。

 俺は力いっぱい翼を羽ばたかせた。

 異世界の空を飛びまわる。


「はぁ……」


 思わずため息をつく。

 この先どうやって生きていこう……。

 日本への帰り方はわからないし。

 ていうか、俺はあっちで死んでんのか……。


「はぁ……」


 憂鬱だ。

 俺が死んで父さんと母さん泣いたかな。

 母さんは泣きそうだけど、父さんはわかんねーな。


「はぁ……」


 もうため息しか出ない。

 DVD今日返さないとやばいんだよな。

 母さん返したかな……。


 そのとき、俺の身体がピクンと跳ねた。

 なんだ!?

 なんか身体が……勝手に……。


 ハッ! やばい。

 後方から、かすかに音が聴こえる。

 この音は間違いなくあの笛だ。

 あいつ吹きやがった。


 俺の身体が音色の聴こえるほうへ旋回する。


「だー! いやだーっ! バカやめろ!」


 俺の意思は関係ない、といったように翼が羽ばたく。

 やめろよー。そっちはあいつがいるだろ。


「ホントやめて! 謝る。謝るからー!」

 

 そんなの知るか! そう言わんばかりに俺の身体が降下する。

 あー、近づいてる。間違いなく近づいてる。

 音がめっちゃ聴こえる。

 もうなんか、破滅の音に聴こえてきた。 

 

 ドシーンッ!

 あいつのいる草原へと着地する。

 帰ってくるとセメコはワンピース姿に戻っていた。

 あー、帰ってきてしまった。


「嬉しい。帰ってきてくれたのね」


 セメコは俺を見て、にっこりと笑った。


「あれを帰ってきてくれたと解釈できるお前が怖い」


 奴が右手に持つ銀色の笛をにらむ。

 とりあえずあの笛だ。

 あれをなんとかしないとダメだ。

 あんな奴と関わったらまた死んじまう。


「なあ、その笛なんなんだ。身体が勝手にこっちへ来るんだが」

「これ? 竜ノ笛だよ」


 そう言ってセメコは右手の笛をブンブンと振った。

 そのまま落として壊さねーかな。

 俺は両手を奴に突き出した。


「……なにやってんの?」

「念を送ってんだ」


 落とせ。落とせ。落とせ。

 中学のときは、バスケ部だったから相手のシュートによく念を送ったもんだ。


「……? よくわかんないけど、もっと送ってー」


 セメコはそう言って喜んだ。

 クックックッ、バカめ勘違いしやがって。

 さっさと落としちまえ!


「これはお母さんから貰った私の宝物。だから、タツヒコに気にいってもらえて嬉しい」


 セメコは、満面の笑みを俺に向けた。


 うっ……。

 いや、気にいってねーよ。とは言えなかった。

 念を送るのをやめる。


「えー、やめちゃうの。カッコよかったのに」


 残念そうに言うセメコの顔が見れない。


「そんなことより! なんで俺を殺したかったんだ? わざわざ日本にまできて」


 とりあえず話題を変える。

 なんか俺のほうが悪者みたいに思えたんで、こいつのほうが悪い奴だっていうのを再確認したかった。


「だって、タツヒコはドラゴンの転生スキル持ってるのよ! この世界にドラゴンいないから、嬉しくて。ずっと死んでくれるの待ってたの!」


 とっておきの笑顔を俺に向ける。


「いや、待ってないだろ! 一番エグい殺されかたしたぞ。おまえの手で!」

「これでも十年は我慢したの! けど、もう我慢できなくて……つい」

「よーし、待ってろ。今、拘束器具探してくるから」


 俺がそう言うとセメコは頬を赤くした。


「なんで喜んでんだ!」


 ダメだ。いちいちツッコんでたら話しが進まない。

 とりあえず次の疑問について聞こう。


「なんで俺がドラゴンの転生スキル? ってわかったんだ?」

「だって匂いがしたから」

「……におい? なんの匂いだ?」

「ドラゴンの匂い」

「ドラゴンの? けど、この世界にドラゴンいないんだろ? わかんねーじゃん」


 俺は首をかしげた。


「なんとなくわかるの! 私たち竜使い族の本能みたいな感じ。それに転生できたから、よかったじゃん!」

「それってただの勘だよな! あと、よかねーよ! 身体がドラゴンなんだぞ!」

「ドラゴン嫌なの? 口から炎が出せるよ」

「口から炎出したいと思ったことねーよ!」

「黒い鱗カッコいいよ」

「鱗とか嫌いなんだよ!」

「もう、わがままだなー」


 セメコはムスッと俺をにらんだ。

 あっ、今めっちゃ炎出したい。

 こいつ燃やしたい。


「なあ、人間に戻れないのか?」


 苛立ちを抑えて、一番知りたいことを聞いた。

 まあ、ドラゴンから人間に戻るなんてそんな都合のいい話あるわけな――


「あるけど」

「――なにっ!」


 思わず大声を出してしまう。


「あるのか! 頼む! 戻してくれ!」

「けど、ドラゴンの姿のほうがカッコいいなー」

「頼む! チ○チ○丸出しは嫌なんだ」


 そう口にして、俺はセメコに土下座した。

 ドラゴンの手と足では土下座というか、腕立て伏せみたいになるけど。


「なんでもいうこと聞くから」

「うーん。なんでもかー」


 セメコは「どうしようかな……」と呟いて考える。


「頼むセメコ」

「やっと、名前呼んでくれた」


 セメコは、にっこりと笑った。


「……いいよ」

「――本当に!?」

「うん」

「ありがとうセメコ」


 いや、よく考えたら全部こいつのせいなんだが、とりあえず人間に戻れるんだ。文句はあとでいおう。

 セメコはニコニコしながら、笛を取り出した。

 またあの笛か。

 竜ノ笛とかいう、俺を操る忌々しい笛だ。

 セメコは笛を吹いた。

 さっきとは違う、ずっしりと頭に残るような低音。


 その瞬間、俺の身体が光に包まれた。

 眩しい。思わず目をつぶる。


 光は一瞬。すぐに消えていく。

 俺は目をゆっくりと開けた。


 俺と同じ目線にセメコの姿が見える。

 さっきまでの上から見る光景とは違う。

 俺がよく知る感覚。

 両腕をたしかめる。

 ふつうの手。人間の手だ。

 その手でべたべたと顔や身体を触る。

 

 間違いない。この感じ。

 俺だ。久々利タツヒコの身体だ。

 思わず空を見上げ涙をこぼした。


 あと、このスースーする感じ。

 間違いない。


「わー、ドラゴンのときよりすっごい小さいね」


 セメコの言葉に股間を隠す。


「なんで全裸!? これじゃあドラゴンのときと一緒じゃねーか!」


 えっ、全裸で異世界冒険すんの?

 ドラゴンのほうがマシだったんだけど。


 ――ダッダッダッ。


「おいっ、見ろよあれ。全裸の男が女にチ○チ○見せびらかしてるぜ! とんだ変態野郎だ!」

「俺たち盗賊よりも悪いやつだな!」

「とりあえず女の持ちもんだけでもいただくか」

 

 振り返ると、馬に乗った男たち三人が剣を手にして俺たちに近づいてくる。

 ちょっ、盗賊とか嘘だろ。

 本当にこんな奴らいるのかよ……。

 しかも、変な誤解されてるし。

 誰が見せびらかすか!

 こっちは日本で十六年も生活してんだ。

 盗賊よりモラルあるわ!


 日本帰りてーよー!

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