忘却の記憶(パート2)

早朝の京州署内に絶叫が響き渡った。


「ああああああっ!!

忘れてたああああああああああっ!!!」


「な、何ですか!?」


ドールが驚いて部屋から飛び出した。


「あっ!!あなた刑事課?」


「え、ええ、まあ」


「かばんさんを呼んでくださいっ!!

大事なことを伝えるのを忘れてましたァ!」


刑事課の部屋の中。

日ノ出警察署のダチョウはかばんとドールに

事件を大きく急展させる情報を伝えた。


「現金がない?」


「ええっ、防犯カメラを解析したんです。

そしたらイエイヌさん、手提げを持ってましてね。遊歩道の下の海の護岸の上に落ちてたんです!なんとその中探ったんですけど、財布の中の現金が全て奪われてました!」


「というと...、今回の事件は強盗殺人...」


ドールはかばんに顔を向けた。


「となると...、あの金属の棒の説明も可能だね...。カラカルさんとリョコウバトさんに何も盗られて無いか確認しよう」


彼女は頷いた。


「私、この手法...、覚えがあるんです。

前にも日ノ出の管轄で似たような事件が起きたんですよ」


「なんですか?」


「あの工業地帯エリアを中心にカツアゲを行ってる不良グループがいるという通報がここ数ヵ月で2、3件あったんです。だから、パトロールを強化して、1、2ヶ月は何も無かったのですが...」


「じゃあ、複数犯の可能性も?」


ドールがダチョウに確認する様に尋ねた。


「恐らく、1人か2人...。私、日ノ出に戻ってそのグループを探ってみようと思うんですけど」


「検討違いって事は無いと思います。

カラカルさんの無実はそれによってより明白になるはずです」


「はいっ、本部の方のお力になれるよう全力で捜査しますっ!!」


威勢の良く声を張り上げて、ダチョウは返事をした。



リョコウバトとカラカルに、財布を確認してもらった。すると、ダチョウの言った通り...。


「な、何よっ...、スラれてるじゃない!!」


「そ...、そんな...」


「ビンゴですね、かばんさん」


「...」


顔色を伺うが、何処か堅い表情をしていた。


「ちょっと...、いいかな。すぐ戻る」


ドールを連れて部屋の外へ出た。


「どうしたんですか?」


「カラカルさんは、きっと“真実”を知ったら、納得せずに、自分を責めると思うんです。これは、事件とは関係ないですけど、彼女が全てを受け入れる為には過去の記憶が必要だと思うんです。本人が直接見聞きしたら、イヤなことを思い出すかもしれない。僕はドールさんを見込んで、カラカルさんの“忘却の記憶”を、探してもらいたいんです」


「カラカルさんの為に...。了解です」


「こっちの捜査は任せてください。ダチョウさんと僕で、犯人を突き止めます」


こうして、ドールはかばんから、カラカルの過去を調べるように命じられた。



佐羽奈さばな~、佐羽奈~。

ご乗車ありがとうございました』


京州から特急列車で約3時間。

佐羽奈には大きな『佐羽奈湖』という湖がある。それが観光資源になっている小さな田舎町だ。


カラカルさんとサーバルさんは奇しくも、同郷の出身である。


私は課長から、カラカルさんの情報を貰っている。今回の事件に巻き込まれた、3人が通っていた高校へと足を運んだ。


…….。


当日の事を知る高校の担任に話を聞いた。

カラカル、リョコウバト、イエイヌ3人は俗に言う“不良グループ”だった。一番酷かったのはカラカルだと言う。授業中にハンバーガーを大胆にも食べたり、机の上に足を置いたりと、態度は大きかったものの、それほどの“悪”では無かった。


意外にも文化祭では、3人がクラスを取り仕切ったり、困った事を解決したりなど、その見た目に反してやることは、『良い事』ばかりだった。そんなカラカルが『書類送検』されるきっかけになった事件が起きたのは高校3年の時だった。


当時のこの事件に関わった佐羽奈の警察署で資料を見せて貰った。


それは奇しくも、今回の事件と同じ7月のことだ。近隣高校の同じく不良グループと喧嘩騒ぎを起こし相手のメンバーをカラカル1人でボコボコにし、全治1ヶ月程の怪我を負わせたという。


しかし、この事件にはひとつの謎があった。

喧嘩の原因は何だったのか。

調書には『カラカルが自らやった』という趣旨のことしか書いてなかった。


過去の事を唯一知る人物は彼女しかいない。


とんぼ返りで、京州に戻った。


***


リョコウバトは対したケガもなく、罪の疑いも無いため帰宅していた。


彼女にカラカルの過去を聞き出した。


「あの時、何があったんですか?態度はかなり横暴だったみたいですけど、他人に暴力を振るうような事は一切なかったそうじゃないですか」


「カラカルは...、昔好きな子がいたんです。その子はキュルルさんと言って、相手側の高校の生徒でした。彼はその不良グループにいじめられてたんです。それを聞いたカラカルは私達に黙って単身、学校へ乗り込んだんです」


「あなたは、その場へは行かなかったんですか?」


「いえ、話を彼から聞かされました」


…….。


放課後の16時過ぎ、校門前にて...。


『どうしたんですかねぇ、総長』


イエイヌはカラカルの事をそう呼んでいた。

彼女が心配しているのには理由がある。

カラカルはずっと学校を休んだ事が1回も無かった。不良かぶれである彼女が休まなかったのは、『ウチがいなきゃ学校全体の空気が緩くなる』と言うのが彼女の言い分である。


『休むなんて初めてよね?』


そんな会話をしていた時だった。


『あの、カラカルの友達ですよねっ!

僕、友達のキュルルって言うんですけど、

カラカル、今日学校に来てましたか?』


『来てないけど...』


リョコウバトが言うと、急に焦った顔を浮かべた。


『ど、どうしよう...。もしかしたら、カラカル...、一人で...!』


『何があったの?』


『ぼ、僕がいじめられてるって話をしたら、

“そういう腐った性格の奴等は許せない”って言って、“ウチがあんたの代わりに文句言ってやる”って...』


『まさか...、総長!』


『間違いなく堪忍袋の緒が切れたわね』


彼女の性格をよく知っている2人だからこそ、

まずい状況であることはすぐわかった。


『で、でも...、どこにいるかなんて...』


『彼女は他人に迷惑が掛からない場所を選ぶはずよ!』


『総長が本気で怒ったらどうなるか...!』


....。


「彼女は、予想通り。人目につかない廃工場にいました。私達が駆けつけた時には、鉄パイプを持って立ち尽くした彼女と、数人の倒れたいじめっ子達がいましたわ」


俯きながら彼女は言った。


「でも、カラカルは...、泣いていました」


...。


『総長!』


『来るなよっ!!』


カラカルは乱暴に言い返した。


『...警察に電話して』


『何故ですか!?』


『見てわからない!?ウチは暴力を振るった。怪我をさせた。いくら悪い奴でも許されない』


彼女の、鼻を啜る音が工場内に響いた。


『...カラカル!』


その声に驚いた様に、振り向いたけど


『...キュ...ルル...』


『僕の為に...、ありがとう。

君は...、君は僕のヒーローだよっ...!』


その言葉で、カラカルは余計に涙を流した。


…....。


「そして...、カラカルさんは暴行罪で書類送検されたんですか」


「あの事件以来、彼女はもう二度と暴力は振るわないって、心に誓っていましたわ」


「...キュルルさんとはその後は?」


「何も言わずに別れたみたいです。

やっぱり、自分でも...、申し訳ないって思ってるのでしょう」


ドールにも、そのカラカルの気持ちが少しわかった。


(今回の事件でカラカルさんが記憶を失った原因はそれか...。金属の棒と被害者を見てその時の記憶がフラッシュバックした...。彼女にとってその思い出はトラウマだった...。

今回の事件も、きっとイエイヌさんを守ろうと...)


「...あの、刑事さん」


「...は、はい?」


「私はカラカルの過去をお話ししました。

刑事さんも、本当のこと...、お話しして頂けませんか?」


リョコウバトはそう懇願した。


「えっと...」


「イエイヌの安否を聞かせてください」


カラカルと同じく、彼女にはまだ話をしていなかった。


「...じ、実は...」


ドールの表情を見た彼女は下唇を噛み、

机を拳で、ドンと叩いた。


「私は...、信じてます。きっとカラカルが事件を解決してくれるって...」


「リョコウバトさん...」


「だって...、彼女は、“弱い人を救うヒーロー”ですもの...」


涙をこらえながら、彼女は言った。

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