#chapter3

忘却の過去(パート1)

ハクトウワシはかばんに自身の素性を明かした。

そして、自分も、中央署も知らない、闇に葬られた事件を知ることになる。


「1年前の事件。ですよね」


かばんは、目を閉じて思い出すように口を開いた。


ーーーーーーーーーー


その日は、夜空がとても美しい七月の夜だった。

事件の一報は、かばんの携帯にかかって来た。


時刻は23:00、仕事を終えて署から帰る寸前であった。


(あれ...、カラカルさんからだ...)


「もしもし?カラカルさん、どうしたんですか?」


『あっ...、あ...、は...、はやく...、き、来て...』


電話の向こうの彼女は、酷く怯えていた声だった。


「何かあったんですか?」


『日ノ出港のっ...、工業地帯...、か、化学工場の裏...』


電話はそこで切れてしまった。

しかし、焦燥とした彼女の声を聞いたかばんは急いでその場所へ向かった。



到着したのは電話から30分後だった。

一発で場所はなんとなくわかったが、こんな場所で一体何が起こったのだろうと、かばんには想像が出来なかった。


ここの工場地帯は海に近く、風が強い。

車を降りて駆け足で化学工場の裏を探した。


化学工場の横は小さな庭園がある遊歩道になっている。

海風を浴びながら散歩する事が出来るが、真夜中である今ここを歩く人はいない。


「か、課長...」


「カラカルさん...、こんなところでどうしたんですか?」


「こ、こっちに...」


「...!!」


何者かが、街灯に寄りかかる様に倒れていた。

額からは血を流している。


「大丈夫ですか!?」


声を掛けるが、応答はない。


「...もうダメ」


カラカルは諦めた様に言った。


「どういう状況で...」


「ウチが...殺した...」


震えた声でそう口にした。


「えっ...?とにかく、話は後にして救急車を...」


携帯を取り出して電話を掛けようとすると...。


「やめてっ!!」


カラカルはいきなり腕を掴んできた。


「ちょっと...、何をっ...」


「あ、あたし...つ、捕まっちゃうの?た、逮捕されるの?」


「大丈夫ですから、安心してください...。落ち着いて!」


カラカルの肩を持ち、言い聞かせた。

すると...。


「あっ、リョ...、リョコウ...!」


思い出したかのように、カラカルは慌てて歩道の奥の方へ向かった。


「ちょっと...!」


カラカルの動向をかばんは目で追いつつ、救急車を要請した。



「あ...、よ、良かった...、ね、寝てる...」


電話を終えたかばんが慌てて来た。


「カラカルさん、深呼吸して。

一体どういう状況でこうなったのか、教えてください」


彼女を一旦落ち着かせ、話を聞いた。


「はぁ...、えっと....。た、確か...、う、うちの高校時代の友達の、リョコウバトとイエイヌとひ、久しぶりに、の、飲み会をしてたの...。そ、それで...、えーっと...。何でここに来たんだっけ...?」


「思い出せないんですか?」


小さく首を縦に動かした。


「....んっ?」


ベンチに寝ていた、カラカルが「リョコウ」と言っていた彼女が目を覚ました。


「...誰です?カラカル?」


「リョコウバトさんですか?」


「...へ?」


どうやら意識がハッキリしない様子だった。

暗いのでよく分らないが、「酔っている」のかもしれない。


「僕は京州警察のかばんって言います。起きれますか?」


「...どこです?...ここ?...家ですか?」


眠たそうな声で言う。たぶん彼女も意識がハッキリしていない。


(仕方ない...。一回車まで連れて行こう...)


「カラカルさん、向こうの車道に車が止めてありますから、リョコウバトさんをそこまで連れて行って下さい」


「あ、えっ...、あ、うん...」


***


[京州警察署]

署に戻ると、日付を跨いで1時過ぎだった。


「ごめんなさい、こんな夜遅くに呼び出しちゃって」


「いえいえ!大丈夫です!」


かばんが呼び出したのは今年から新しく刑事課に配属されたドールだった。

サーバルは季節外れの風邪で休暇を取っている。無理に呼び出す訳にはいかない。


「ところで、そのイエイヌさんは...?」


その質問に彼女はゆっくり首を横に振った。


「...ところで、カラカルさんは?」


「別室で落ち着いて貰ってるけど...。あんな取り乱した彼女は初めて見ましたよ」


「一体なにがあったんですか?」


「それは僕も知りたいよ。だけど、当の本人は何も思い出せないって...。結構なショックを受けてるみたいでね...」


かばんがそう言うと、腕を組んだドールが言った。


「もしかすると...、解離性健忘が起きてるかもしれないですね。カラカルさん、過去に何か、辛い経験をしたとか、聞いたことありませんか?」


「カラカルは高校の時に暴行事件を起こして、書類送検されてるんだ。今回もそれと関係があるのかもしれない...。とりあえず、もう一人のリョコウバトさんに話を聞こうと思う。けど、彼女もお酒で酔ってるから、もう少し時間が経ってからだろうけどね。ドール、悪いんだけど、2人の面倒見ててくれるかな?僕はもう一度現場に行って確かめたい事があるんだ」


「あ、はい。わかりました」


ドールは敬礼してみせた。



片道30分掛けて例の工場の現場へ戻った。

警察の応援を呼んでおいたので数台のパトカーが止まっていた。


「あっ、京州本部の方ですねぇ!」


「はい」


「日ノ出署のダチョウですっ!現場は保全しときましたよおっ!!」


やけにテンションの高い刑事がいたものだ。

内心でそんな感想を抱きつつ、現場の遊歩道内に入った。


「ここの防犯カメラとかは?」


「えっ、カメラ?」


彼女は驚いたような声を出した。


「え...って、何か下調べしておいてくれたんじゃないですか?」


「いえ、本部の方が来てから指示を出した方がいいかなぁ~なんて思って、何もしておりませんでしたっ!!」


「....」


「も、申し訳ないです...。な、何しろ私の管轄はそんなに事件起きないモノですから...」


額に薄っすら汗をかきながら、そんな事を言った。


「....付近にカメラが無いか調べてください」


「は、はいっ!!部下に伝えますッ!!」


ダチョウはさておき...。

かばんはイエイヌが倒れていた場所の近くを、調べる事にした。


右側には海。そして、左側には植え込みがある。

最悪、証拠が海に捨てられている。という事も考えられる。

被害者を発見した時、額から血を流していた。

という事は、鈍器で殴った可能性がある。


祈る気持ちで、小型のライトを手に持ち植え込みを探した。


「か、かばんさんッ!!」


「なんですか」


「他にやる事は!?」


本当に彼女はやる事がわからないらしい...。


「このライト持って、僕の手元を照らして貰えますか」

「はいっ!!」


こんな事で威勢のいい返事をされても困るのだが...。

まあ、彼女に頼むにはこういう簡単な仕事の方がやりやすいだろう。


数分、探していると....。


「これ...」


生垣の下、金属の棒のようなものをゆっくりと引っ張り出した。


「そっ、それはっ!!バールのようなモノ!?」


「彼女はこれで殴られたんだと思いますが...。気になる点があるんですよ」


「気になる点?」


「一体これは、何処で誰が入手した物なのか...」

(本当にカラカルさんが襲ったのかな...)



朝5時頃。

リョコウバトの酔いも覚めた様だった。


「体調は大丈夫ですか?」


「...ええ。まあ」


小さく肯いた。


「リョコウバトさん、断片的でも構わないんです。昨日の夜、何があったか。

覚えてる所を教えてください」


「昨日の夜...」


目を閉じ、1分ちょっと考えていた。彼女は、ゆっくりと、慎重に線をなぞる様に話し始めた。


「カラカルから連絡を貰って、久々に3人で会う事にしたんです」


「ちなみに、どういう関係なんですか?」


メモ帳を左手に構え、ドールは尋ねた。


「私達は高校のトモダチですよ...。それで、市内の居酒屋で...、色々話をした気がします」


「どこのお店か、覚えていますか?」


「私の財布の中にレシートが入っていたと思います...」


「わかりました、後で見せてください。話の続きを」


「それで...、結構長い時間までいて...。ふらふらと喋りながら、あの場所に来たかもしれません。その時はもう、酔いが回っていまして...。海を眺めながらボーッとしていたような...」


「その時、カラカルさんとイエイヌさんが口論してるような場面は見ましたか?」


「口論...?...ああ、えっと、ぼんやりとですけど...。何か言い争ってる様な感じはしましたね、けど、あの時...、カラカルとイエイヌの他に...、もう一人何か影が...、見間違いかもしれませんけど...」


ドールはペンを止め、彼女の顔を見て改めて尋ねた。


「何か、見たんですか?」


「酔ってましたし、暗かったですし...、断言は出来ませんけど...。何かいたような、いなかったような...」


曖昧な返答しか聞き出せなかった。



午前6時30分

かばんは一度、京州署に戻っていた。


電話が鳴ったので、卓上を取った。


『かばんさんっ!例の凶器の指紋鑑定をこっちで行ったんですけども!!

なんと驚くべきことに指紋無かったんですよ、拭き取られてたんですよ!今すぐ走ってそっちに行きますっ!!待っててくださいね!!』


徹夜で色々考えていて少し疲労していた彼女は、その元気を分けてもらいたいと思った。


その電話から20分後、京州警察署にダチョウが

現れたのだった。


「かばんさんかばんさァァアアん!!!」


「ダチョウさん...」


身のこなしが早いのは感心だ。


「ゼェ...、ゼェ...

こちら、証拠品と鑑定結果ですぅ...

それで...、DNA鑑定の結果、凶器に間違いありません...」


「ありがとうございます。カメラの解析は?」


「近くの工場に聞いたんですが...、工場内を映した物しかなくて...。犯行時刻の40分程前の映像を見付けたんですが、お三方の映像しか映っておらずですね、怪しい人物は映ってませんでした」


(あんな金属の棒が都合良く落ちているとは考えられない。恐らく、犯人は暗がりやカメラの死角を利用して...)


「ありがとうございます。何かあったら連絡しますね」


「あ、あの...、お、お役に立てたでしょうか...」


「...え、ええ、もちろん」


「あはは...、こちらこそありがとうございます!」


彼女は嬉しそうに頭を下げた。



朝7時前。

カラカルも


「カラカルさん...」


彼女は肩を落とし、暗い顔をしていた。


「彼女は...、彼女はどうなったの...?」


ここで落ち込まれたら、大事な証言が得られなくなると思ったかばんは


「...まだ意識は戻ってないね。重体だから」


「...うぅっ...、どうして...、またあたし...、あんなことを...」


目元から滴れる涙を拭いながら、自らを責めた。


「まだカラカルさんがやったって決め付けるのは早いです。現場を調べたらこんなものがありました」


かばんは凶器に使われた『金属の棒』をカラカルに見せた。


「これ、見覚えありませんか?」


「...あ、足元に落ちてて、イ、イエイヌが倒れてたから...、ハ、ハンカチで指紋を拭いて茂みに捨てた...」


「落ちてたって事は、カラカルさんは自分がやったものだと勘違いして、指紋を拭き取ったって事ですね」


「やっぱり...、殺しちゃったの...?

記憶が...、全然無くて...」


ちょっと前にドールがリョコウバトから聞いた情報があった。


「...カラカルさん。イエイヌさんと...、もしくはそれ以外の誰かと口論になりませんでしたか?」


「え...?」


「リョコウバトさんが、カラカルさんやイエイヌさん以外の姿を見たって...」


「思い出せない....」


「...大丈夫です。ゆっくりで...」


「あたし...、警官なのに一人の命も守れないなんてね...」


深い溜め息を彼女は吐いた。

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