清掃員(クリーナー)の日常

今村広樹

本編

 こういう仕事は、大概イレギュラーがある。そもそも、裏稼業なんてもの自体がイレギュラーだという話は置いておいて、仕事自体がそういうトラブルに対処するものなので、そりゃもう障害を如何に事前に無くすかというのが大事な訳だ。それなのに、こいつはなんだ。


 あからさまにめんどくさそうな顔をして、今回の仕事をした黒いスーツで狼頭の男が呟く。

「いやいや、なにが不満なんだよ、ホント」

「不満なんかないよ、標的が五等分になってなけりゃね」

と、ウンザリしたボクの目の前には、血溜まりの中に手と足が無くなったどこぞの偉い人(外交官だったか)の死体がある。

「ほら、外で待ってろよ、掃除の邪魔」

「はいはい、わかりましたよ~と」

 ヤツはおどけながら、倉庫から出ていった。


 思えば、こいつが今回のだと聞いた時から、こんな予感はしていた。

「あー、あそこに行くんですか?

じゃあおみやげにヴィグリのラバーストラップ、なんか買ってきてくださいよ。後ムルキカプサスとかいう料理が美味そうだし、先輩も好きなんじゃないですか、多分」

と、女子寮で同室の後輩兼相棒に言われた通りにその二つを目当てに、そのついでに掃除屋クリーナーとしての仕事のため、この冷たく湿った風がふく、港町に来た。

「あら、こんなちんちくりんな猫耳娘が今回の相方かいな?」

と、人の頭を無断でワシャワシャと撫でながら男は言う。

 彼は、ボクと同じように、組織シンジケートに仕事で雇われてるのだけども、正直な話、ボクは彼と同じ仕事をしてるとは思われたくない(実際違う)。

 その理由は頭の上に音を聞くわけでもない耳があって(だから、ボクのようなのは『耳付き』と言われる)、そこをおもいっきり髪の毛ごとぐしゃぐしゃにされて、不愉快になっているからではない。断じて違う。

 というのも、彼にはあまりよろしくない噂がある。

 まっとうに書くとアレなのでぼかすけど、まあ死の天使やら殺人ピエロやらの同類だってことだ。

「ははは、オレのことを○○○○だとか、○○○野郎とか言うやつは昔からいたよ、皆死んじまったけどな」

と、彼はボクが噂について聞くと愉快そうにそう返した。

 まあ、彼の仕事を見るに、噂はほぼ事実であるのだろう、とボクは思う。

 さて、今回彼とボクの仕事は、ある内戦からようやく平和を得たというような国の、外交官を殺れ、おっと掃除しろということだった。

 百貨店で買い物袋を持ちながら、鼻唄混じりの外交官を見て、彼はこう言った。

「見ろよ、本国の連中が大変な時に、気楽なもんだ」

「まあ、確かに」

「ああいうやつを見ると、イジメたくなっちまうなあ」

と、彼はにやけながら言う。

 車に向かった外交官を隙をついて眠り薬(クロロフォルムというより、名探偵のなんちゃらくんが大人をごまかすためにおっちゃんを眠らすやつとは、後輩談)を塗ったハンカチで眠らせた後、ボクらは人気のない倉庫に連れ込んだ。

 残念なことに、ボクは逃走用の車でグースカ寝ていただけなので、これ以上書くことがないのですよ、ホント。

 というわけで、気がついたら倉庫。

 それはともかく。

 その倉庫はいわゆる『拷問以外でのにてきさなそう』な感じで、そこでボクらは、外交官を猿ぐつわで喋らせないようにした。

 彼はそこで、ひたすら喋りながら手足を切り離している。

 まるで屠殺業者のように素晴らしい手際だったのだが、そういう下品なことをダラダラ書くのもどうかと思うし、あんまり書いて愉しいことでもないので省略。

「ふう、人ひとり解体するの、ホントめんどくせえよな。まあ、好きでやってるんだけど。やっぱ、こういうのは一撃でドスンと行くのがいいよな、そういうのは。そういえば、昔みたファイトクラブとかいう映画で、ブラッド・ピットがどっかのバイトみたいなやつに拳銃つきつけてもし夢を追って大学いかなかったら殺すみたいなこと言ってたんだよ。そのときオレは思ったね、なんてサイコーにクールなシーンなんだって。つまりだよ、オレの言いたいことはさ、現実ってやつは、そんなクールじゃないってこと。でもあんたはさっきも言った通り猿ぐつわをかまされて喋ることが出来ないし、そもそも……」

 ボクはしばらく彼の延々と続くおしゃべりを聞いていたけど、いい加減イラついてきて、自分の作業用の準備をしていた。

 誰かが言っていたけど

『なにが最大の拷問になるかわからないが、なんの意味もない無駄話を延々聞かされるのは、ベスト3に入るだろう』

てことなんだよ、なんだあれ。

 それはともかく、話は冒頭さいしょに戻る。

 ヤツが外に出た後、まず、ボクは血だまりを掃除し始めた。

 高圧水流で削って、モップで流してをひたすら繰り返す。

 掃除というのは、そもそも一回で終わらず、チマチマし続けるモノである。

と、そういう作業中に外にカカカンッと異音が響いた。

 ヤツが誰かと闘っているようだ。

 また、ヤツがなんかファッション○○○○みたいな行動をしているんだろうと、ボクは思う。そもそも、別にカッコウだけでそういうように見せようという態度が透けて見えるのが、ダメなんだよ。

 しかし、それがしばらく続いたので、さすがになにかあったのだろうと、フードを被って外にでた。

 このフードつきのジャンパーは、アームドスーツといういわゆる機械化歩兵が使ってた技術が使われているらしい(と、後輩から聞いた)。

 機械化歩兵というかロボット兵器(モビルスーツでもアーマードトルーパーでもかまわないが、ようはそういうモノ)に使われた技術が、対人用に小型化されたのを、こうして当の人間が使っているというわけだ。

 それはともかく、ボクが外に様子を見に行こうとした理由は、つばぜり合いのカカカンという音の他にモーターのブゥゥンという音がしたように思ったからだ。

 やっぱり。

 ヤツと闘っている黒い長髪の眼鏡女(どっかで見た気がするが覚えていない)は、剣道の胴と小手みたいなモノを装備していて、それは多分このジャンパーと同じ技術が使われているのだろう。

(闘いの描写がヘタなんだけど、実際眼に見えない早さで、刀とナイフがぶつかり合ってるので、正直にそう書くしかない。そもそもボクはその種の神経が鈍い)

と、ヤツがこちらにはね飛ばされてきたので、ボクは素早くその場にうずくまる。

 眼鏡女は

「貴女の仇、ようやく取れたわ」

と、言い捨てそのまま立ち去った。

 さて、その姿を確認したボクは、ヤツがどうなったか確認しに、工場に戻る。

 ヤツは、虫の息だったが、まだ生きていた。

 ゼエゼエ荒い息を吐きながら、男は言う。

「ああ、助けてくれよ……」

「ごめんなさい。実は別件があるんだよね」

と、ボクはたまたま工場に落ちてた鉄パイプを持って謝る。

「おい、何いって……」

「いや、あの眼鏡女のおかげで、楽だなあ」

 ボクは、振りかぶってそのままヤツの頭上に鉄パイプを叩きつけた。


―……昨夜発生した、外交官惨殺事件の続報です

―警察は状況証拠などから外交官の近くで死亡していた男が、外交官を殺害したと発表しました……

―捜査担当者のヒエロニムス氏によると『どうやら、組織的犯罪に巻き込まれた可能性がある』……


「あら、ようやくお帰り?」

「ええ、お帰りなさい」

と、ボクは寮の猫頭な管理人さんに会釈した。

 ボクの表向きの顔は、バイト掛け持ちしてくそ忙しい寮住まいの高校生なのだ。

 外出届用の名簿を見ながら管理人さんが言う。

「あら、同じところに行くなんて珍しい」

「うん?ボクの他にあんな遠出した人がいるんですか?」

「ああ、ちょうどきたわ。寮長さん!」

 管理人さんが呼び止めた寮長なる人物を見て、ボクは内心絶句してしまった。

「管理人さん呼びました?」

「うん、貴女と同じ日に同じとこに外出してたんだよ、この子、貴女の後輩なんだけど」

 ボクを指差す管理人さん。

「へえ、そうなんだ」

と、相づちを打つ彼女は、件の眼鏡女だった。

「ええ、そうなんですよ、ですね」

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清掃員(クリーナー)の日常 今村広樹 @yono

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