第2話

 掛け布団の中でモゾモゾと動く謎の生物シグマ。妄想だけの生物が実在となって現れていた。これは、夢なのではないか…? そう思えざる得ない風に考えた。


 でも、夢じゃない。妄想だけでは終わらない。

 なぜなら、シグマのことを思い描くようにその生物が飛び跳ねるイメージを描くが、その生物は反応しなかった。


「し、ぐま…なのかい?」


 声に反応し、シグマがこっちに振り向いた。

 狸のように走る仕草を取り、こちらの胸に向かって飛びついた。


「うわっやめてー」


 ベロベロと舌で顔を撫でまわす。舌のザラザラ感、毛皮のふさふさ感、足でけり上げる力、どれも本物だ。妄想じゃない。


 シグマを引きはがし、距離をとる。

 シグマはぼくを見つめている。


 なにかをしてほしそうな目だ。その意味は最初、わからなかった。意思疎通は妄想のようにはいかないようだった。


「なにか…必要なんだな」


 ふと携帯の画面に目がいった。画面には【出現中】の下にお肉のアイコンと共にゲージが表示されてあった。ゲージは赤色に染まり、右端から左端へと伸びているが、徐々に減っていっているのが分かった。


「半分黒い。これはもしかして…腹がすいているのか!?」


 シグマは無言でぺこりと頭を下げた。

 お腹をすかしている。空腹状態ということだ。


「えーと、どれを推せば…いいのかな」


 メニューらしきページを開くが、空腹状態を解除する方法がわからない。

 とりあえず、【アイテム】アイコンからアイテムのページを開く。


 アイテム一覧には【とくダネ草】と【リュカ肉】と書かれた二つのアイテムが入っていた。アイテム名をクリックし、中の説明を見ると顔を青ざめるようなことが書かれていた。


 【とくダネ草】モンスターの生命線。傷ついた部分を癒す。


 【リュカ肉】主の肉。モンスターの空腹を回復することができるが、代わりに自身の命を削る。もしものための非常食・切り札。


 この内容から察した。

 このアプリは、主…すなわち自身(プレイヤー)の命を糧にモンスターの生存率を上げている。これは、プレイしてはいけない闇のゲームだった。


 けど、目の前にいるのは昔から思い描いていたシグマそのものだ。夢でも悪夢でもない。実態を持つ生物なんだ。


 そう思うと、自分の命を糧にしてもシグマを生き延びてほしい。そんな風に思ってしまうほどその時の感情は落ち着いていながらも高ぶっていた。


「シグマ、ほら餌だよ」


 【リュカ肉】を選択し、シグマに食べさせる。

 すると、申し訳ないようにためらうシグマの目が訴えた。


「ぼくはいいよ。食べてくれ。君がいなくなったら寂しいからさ」


 不思議と放っておけない。そんな風な感情を抱いていた。

 妄想していた友達が現実となって現れた。しかも空腹だ。そんな姿を見たら例え、自分の命を削っても助けたいと思うのだ。


 シグマは何度もぼくを見つめ、そして、【リュカ肉】に食らいついた。

 すると、ドクンと心臓が高ぶると同時に全身に痛みが走った。


 鋭い痛みが全身を駆けのぼる。激しい痛みが身体中を鞭でたたき、針で突き刺し、刃物で切り裂かれるほど尋常じゃない。

 何度も意識が奪われそうになりながら、体を必死で押さえ、堪えた。


 ベッドの上には信じられないぐらい汗水が浸かり、眼は純血していた。


「がはぁっ……はぁはぁ」


 息ができないほど長い戦いだった。

 時計を見るなりまだ五分しか経っていない。その五分が恐ろしく長く途方もないような時間に見えたぐらいだ。


 シグマが慰めようと近寄ってきた。

 鼻で顔をさすりながら舌で頬を舐めた。


「励ましてくれているのかい? ありがとうシグマ」


 涙を浮かべながらシグマを抱いた。

 暖かい。フサフサの体毛は傷ついた体と心を癒すには十分すぎるほどだった。

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