18話「それぞれの思い」
男が寝入って静寂が戻ると奏汰が口を開いた。
「川、渡れるかな」
「渡れそうな気がするって言ってなかったか?」
弱気な声の奏汰にさっぱりした声で悠斗が返す。
「さっきまではそう思ってたんだけど・・・、時間が経ってくるとだんだん自信なくなってくるよ。気持ちってテストの点数みたいにハッキリしたものじゃないからさ」
奏汰が苦笑いする。
「川を渡れなかったら・・・」
「戦うしかない」
悠斗の言葉に奏汰が続ける。
渡れるなら進めるが渡れないなら蟲と戦う、食べられたくないならそうするしかない。
「そうだな」
「悠斗のドラゴンの力無くなって、俺達どれだけ持ちこたえられるかなぁ」
苦笑いしながら声を立てて笑う奏汰と渋い顔の悠斗。
ドラゴンの力にはもう頼れない、瞬間移動も時間を飛び越えるのも無し。夜明けまでずっと戦い続けるしかない・・・男子ふたりはそう考えて拳を合わせる。
そんな彼らの会話を黙って聞きながら雫は別の事を考えていた。
奏汰が渡れたとして、果たして彼らはすんなり渡っていくだろうか。悠斗が引き返してきたように、今度はふたりして戻ってきたりはしないか。
(ふたりがここに居る理由はないし蟲と戦う必要もないのに・・・)
渡れるならここでもたもたしている事はない、川を渡りさえすれば向こうはきっと穏やかに違いないのだから。
(私のせいで渡らない人が増えたら? 蟲が増えるどころか今まで見なかった新しい蟲が出てきたらどうしよう)
そこまで考えて雫は身震いする。
「この人、一緒に居たがるかな?」
悠斗の言葉に引き戻されて、彼が目を向ける男の寝顔に雫も目を落とした。
「蟲の話をして別行動するって言うならそれで良いけど、一緒に川に行きたいって言うなら・・・俺達が護衛になる。で、いいんじゃないか?」
立ち上がった奏汰がそう言いながらカメツル派のポーズで笑顔を見せる。
「私・・・」
ふたりの会話を聞きながら黙っていた雫が口を開いた・・・が、自分でも驚くほど声は小さくか細かった。だから雫は腕に力を込め両手を握りしめる。
「私が別行動する!」
自分を奮い立たせるように立ち上がった雫は奏汰と悠斗の目を見た。
「もともとは私を狙って出てきたんだから、ふたりはこの人と一緒に川を渡って」
雫の言葉に悠斗も立ち上がる。
「あれだけ怒らせたんだから雫がいなくたって出てくるさ」
「でも! 別々だったら昨日みたいに沢山は出てこないかもしれないでしょ?」
雫は引き下がりたくなかった。
ふたりが側にいたとしても雫はいつまで経っても川は渡れない、これは彼女自身の問題だ。そして、先に進める人を引き留める形になるのは気が
(私が独りになりたくないって思ってるから、だから・・・よけいに蟲が出てきてるとしたら・・・・・・)
彼らを心配させて引き留めるために自分が無意識に生み出しているかもしれない、そう思うと自分に苛立ちを覚えて雫は唇を噛んだ。
(自分のせいで負わなくてもいい怪我をさせたくない)
そう、悠斗の言う通り「あれほど怒らせたのだから」今夜は蟲の目的が変わっていてもおかしくないと思えた。
蟲は雫や彼らを川に向かわせるために現れるのではなく、彼女を消すために現れるのだとしたら。渡れる者を引き留める、排除すべき存在を消すために現れるのだとしたら。
(私がいない方が・・・)
「同じくらい出てくるとしても! 二手に分かれたらその分敵の数減らせると思うの」
「減らなかったら? それぞれに沢山の蟲が出たらどちらもやられる、得策だとは思えない」
真っ直ぐ見つめる悠斗の目に気圧されて雫が目をそらす。
「そんな事、分からないでしょ? やってみなきゃ分からないんだもん」
少し口をとがらせて、後半もごもごとなりながら雫は反論した。
「それだけ? 他に何か考えてるんじゃないのか?」
「別に・・・!」
「自分だけ残されて皆が渡っていくのを見たくないとか」
「そう言う事じゃない」
否定する雫を悠斗が鋭く見つめている。
「私のせいで怪我させたくないとか、悲劇のヒロインぶってんじゃないだろうな?」
「そ、そんな事・・・」
「見捨てて渡ったら気分が悪いんだよ、嫌な気持ちを引きずらない為にここに残ってるんだ。自分のために残ってるんだよ!」
悠斗の声が尖った。言ったことに嘘はなかったが、自分の罪滅ぼしに利用している部分もあるかもしれない・・・そんな考えがチラリと浮かんで悠斗は自分に腹が立った。
(偽善者のくせに悲劇のヒロインするなって言うとか・・・俺は全く・・・)
悠斗が自分に怒っていると気付かぬ奏汰が「まぁまぁ」とふたりの間に割って入る。
「雫は渡れって言うけどさぁ、俺が本当に渡れるかどうかまだ分からないだろ?」
奏汰が笑ってみせる。
「渡れなかったら俺も振り出しに戻る、そうなったら明日も雫と一緒だよ。なんにしても川までは一緒に行こう」
屈託のない奏汰の笑顔に雫が目をそらす。
「ひとりでここにいたって・・・蟲、出てくるんだろ? 何処にいても出てくるなら居られるうちは一緒にいようぜ、俺達仲間じゃん」
奏汰が雫の頭に手を置いた。男子にこんな事をされるのが初めてで雫の頬が紅潮する。
「奏汰君、仲間とか恥ずかしいこと言っちゃって!」
恥ずかしさを突っ込みにすり替えて俯いた雫に奏汰が微笑んだ。そして俯いたままの雫に奏汰が畳み掛ける。
「ひとりで頑張ろうとするなよ、一緒に頑張ろうぜ」
少し背の高い奏汰が目線を合わせてにっこり微笑み、雫ははっとした。
(ひとりで、頑張ろうとするな・・・)
奏汰の言葉に記憶が呼び覚まされて鼻の奥がジンとしてくる、涙が出そうになって雫は後ろを向いた。
昔、父親から言われた言葉だった。
新しい母に気に入られようとして頑張り、突然出来た妹を前にお姉ちゃんになろうとして頑張っている雫にそう言ったのだ。頭に手を置いて、彼女の父親はそう言った。
(お父さん、会いたいな。川を渡れたら・・・そうしたらもう一度お父さんに会えるかな、迎えに来てくれるかな。お母さんも一緒に・・・・・・)
父親の顔の隣で今ではおぼろげになった母親の顔が浮かぶ。雫は涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。
「あれ? 感動しちゃった?」
「うるさいなぁ、仲間とか少年マンガかっ」
顔をのぞき込んでくる奏汰を押し退けながら突っ込む。
「あ、もしかして優しい俺に惚れちゃった?」
「違うわよっ」
「あれれ? 泣いてる?」
「違うったら!」
「本当、お前等うるさいな」
唐突に男の声が割り込んで3人が同時に音源を見つめる。
「どんな虫が出てくるか見てみたいから、俺も一緒に行かせてくれ。守ってくれるんだよな?」
男は横になったまま肘を折った手で頭を支えてこちらを見ていた。微笑ましそうな表情で。
「快適、かいてき」
男が奏汰と一緒に雲の上に乗って下界を面白げに見下ろしていた。雫は別の雲に乗り悠斗はヒーローの様に体一つで空を飛んでいる。
男の子の告知の声を耳にして彼らは空に舞い上がり、今こうして川を目指していた。
明るいうちから草原を歩き出すのも一案だが川の位置がよく分からない。日が暮れて川が現れた途端に川のド真ん中に居ることになったら溺れるのか浮かび上がるのか・・・。色々と考えを言い合っているときに雫が提案した。
「空を飛んでいくって言うのはどう?」
皆が手を打って賛成し直ぐに飛び上がろうと試みてみたが飛べたのは悠斗だけだった。
映画でヒーローが空を飛んでいるのは見たことがあるからイメージは出来たが、いざ自分が飛ぶとなると実感が伴わないらしく奏汰も雫も飛べなかった。
そこで出たのが「雲に乗る」だった。これは奏汰の案。
雲は意外に簡単に目の前に出現させられた。子供の頃の夢を実現させるどきどきに、しばし小学生のように高校生3人がはしゃいだ。綿飴か柔らかクッションのイメージをすると簡単に乗ることが出来た。
乗ってしまえば後はスムーズに動けて思い通りに操作できた。・・・ので、奏汰が例のアニメヒーローの真似をしながらはしゃぎ倒し皆を呆れさせた。
「あれが川か? このまま突っ切れるのか?」
眼下に暗い草原を一直線に横切る光の粒があった。
「あの遠くに並んでる光は何?」
「俺達渡ったことないからそれについては知らない」
次々と湧く男の疑問を奏汰がいなした。その瞬間。
「うわっ!」
いよいよ川の上へ・・・という所で突然ブレーキがかかった。いや、壁にぶつかったような衝撃で弾き返され危うく落ちそうになる。
「危なっ! 何!?」
手を伸ばしてみると何か見えない物に触れる。雫も悠斗も同じように確認し目を合わせる。
「ここからは歩けって事だな」
「抜け道は無しか」
冷静な悠斗に続けて男がそう言った。
「雫はここにいて。まず奏汰が渡れるかチェック・・・」
悠斗の言葉を待たず男を乗せたまま奏汰はもう地表近くまで下降していた。悠斗と雫はカマキリが出ても届かない高さまで降下して奏汰と男の様子を見守ることにした。
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