第13話 「1人で抱え込まないで恋詩……。私に話してくれませんか?」

『まえがき

第12話の影静のセリフを一部修正しました。

「私はあなたの力であると」→「私はあなたの剣であると」』



 御堂朱里と言う少女を一言で言えば、完璧という言葉が当てはまるだろうと恋詩は思った。誰よりも優しく、しっかりとしていて、勉強から運動まですべて卒なくこなしていた。学校中の誰よりも綺麗で、男女関係なく彼女は好かれていた。そんな彼女と付き合っていたから、やっかみや嫉妬でトラブルに巻き込まれたのも一度ではない。”なんで、あんなやつと”何回も聞いた言葉だった。


 でもそれでも、恋詩は彼女から離れることはなかった。家族がいないも同然の恋詩にとって、幼馴染の彼女だけが唯一の心の拠り所であったから。


「……」


 ベッドの上で、壁に保たれながら昨日の光景を思い出す。

 昨日の夕方、戦った異形。そして現場に現れた異形と戦う者達の存在。

 その中に、朱里がいた。あの男と共に。

 見間違えるはずがなかった。


 あの集団を影静は異形と戦う存在”この世界の陰陽師”と言っていた。

 その陰陽師の集団に、御堂朱里は属していた。

 昨日見たことを言葉に表せばそうなる。


「朱里が、あのバケモノたちと戦ってる……?」


 いつからなのだろう。朱里が、陰陽師になったのは?。

 ここ最近なのか、それとも以前からなのか。


 朱里と付き合っていた頃の記憶を思い出す。

 朱里はそんな素振りを見せていなかった。

 いや、俺が気づいていなかっただけかもと恋詩は自嘲した。

 

 それで知ってどうする?

 朱里が、陰陽師だとして俺はどうするのだ?と、自分に問いかける。


「俺は……聞きたい」


 なぜ、異形と戦っているのか?いつからなのか。

 そして、なぜ別れたのか、理由をもう一度ちゃんと。


 昨日の昼、朱里に会ったときに”苦手意識すらある”と思ったが、それだけじゃない。そんなわけがなかった。幼い頃から一緒にいて、恋詩にとってほとんど家族同然の存在だったのだ。好きとか、嫌いとかそういう一言では、絶対に言い表せない気持ちだった。


「……」


 だが、このまま直接聞いたとしても朱里ははぐらかすだろう。

 よくわからないが、隠していたのは理解できる。

 事情が事情なのだ。浮気とかそういう話ではなく、命のやりとりの世界の話。


 なら――


「恋詩……恋詩聞こえていますか?」

「え、あ」

「大丈夫ですか?」


 気がつけば目の前に影静がいた。

 腰を屈めて、恋詩を心配そうに見ていた。

 身につけたエプロンと手に持ったシャモジの影響もあるのか、すごく家庭的な印象を恋詩に与えた


「すごく、ぼうっとしていたので」

「少し考え事してたんだ、別に大丈夫だよ」

「そう……ですか」


 壁にかけられた時計を見る。時刻は午前6時15分。

 学校に行くまではまだ時間があった。

 

 恋詩は顔を洗おうと、立ち上がろうとして、その動きを止めた。

 影静に頭を抱えられるようにして強く抱きしめられていた。影静のエプロンと着物の上からでもわかる膨らんだ胸部が顔に押し付けられていた。


「むぐっ……柔ら……影静さん……何をしているのでしょうか?」

 

 唐突に抱きしめられていた。

 そう認識した恋詩は慌てる。


「1人で抱え込まないで恋詩……。私に話してくれませんか?」


 弟子の精神面の管理も師の仕事ですと影静は付け加えた。

 その深い紫の瞳は、恋詩を慈しむようにどこまでも優しい。


 恋詩は昨日見たこと今までの流れを話した。

 朱里との関係。

 失恋したこと。

 自分が朱里をどう思っていたのか。

 学校での話。

 今の気持ち。そのすべてを。


 言葉はスラスラとでてきた。

 自分はきっと誰かにこの気持ちを分かち合ってほしかったのだ。

 慰めてほしかったのかもしれないと恋詩は思う。


 話し終えて、しばらく影静は無言だった。

 ただ恋詩を見つめていた。


 そして。


「恋詩……辛かったですね」


 その一言が、恋詩の心を優しく包み込んだ。


 自分ではもう受け入れていたつもりであったが、思ってた以上に暗い感情を溜め込んでいたことに気づく。

 影静は、幼い子供にするように恋詩の頭を撫でた。

 

(前から思ってたけど、絶対影静って、俺のことガキだと思ってるよな……いや、悪い気分ではないけど)


 母がいたらこんな感じなのだろうかと思う。

 わからないけれど、薄っすらと記憶に残る母は、よく頭を撫でていたような覚えがあった。


「昨日、あの中にいた少女が、恋詩の元恋人だったのですね……」

「そう、でも俺は何も知らなかった。朱里が異形と戦っていたということも、もちろん、最近ああいう存在になったのかもしれないんだけどさ」

「いや、きっとそれはないでしょう。ああいう存在は、幼き頃から訓練して、やっと戦えるようになる。普通の人間が、短期間であの陰陽師になるとは考えにくいでしょう」

 

 影静は少し考えるように、人差し指を折り曲げて、口元に当てた。

 何かを考えているようだった。

 そして影静は言った。

 

「恋詩、そのことは少し私に任せてくれませんか?」

「え」

「恋詩は知りたいのでしょう、彼女がなぜ戦っているのかを」

「まぁ、そうだけど。でも別に影静が無理することじゃ」

「私も、少し気になっていましたから。あの組織について」

「……」

「少なくとも恋詩は彼女とその金髪の男性に顔が知られているでしょう?、なら、顔を知られていない私があの者達を探ったほうが危険性は低いはずです」


 もしかしたら、彼らが私の探している何かを知っているかもしれませんからと影静は付け加える。確かに影静の記憶についても闇雲に探すより、大きな組織の内部から探すほうがたどり着けるかもしれない。


「……わかった。でも影静、無理はしないでほしい。少なくとも俺の件は、別にわからないならわからないでいいんだ。もう終わったことだし」

「はい。わかりました」


(そういや……)


 そう言えばと、恋詩は影静に聞きたかったことがあることを思い出した。

 昨日の戦闘。あの瞬間間違いなく死んだと感じた。

 そこに影静が現れて、命を救ってくれた。

 本当に一瞬の光景だった。影静は、なにもない空間から出てきたように見えた。


 きっとそれは見間違えじゃない。

 

「影静、聞き忘れてたんだけど昨日どうやってあそこに」

「あぁ、それですか……実際に見たほうが早いですね」


 恋詩少し見ていてくださいと影静は、部屋の隅に向かった。

 そして……気がつけば、そこに影静はいなかった。


「え」


 いない。部屋のどこにも。

 影も形もまったく存在しない。


 つまりこれは。


「えぇ、今狭間の中にいました」


 声が聞こえた。

 気がつけば、ベッドに座っている恋詩の近くに影静がいた。


 こうして、狭間へ行くのを外から見るのは初めてだ。

 まるで瞬間移動したように恋詩は見えた。


「つまり、狭間を通ってあそこに来たということか」

「そうです、私はこの部屋から狭間を通ってあの場所に訪れました」


 恋詩たちが狭間と呼ぶあの黒い空間には、正確な時間も空間もない。

 つまり移動しようと思えば一瞬で数千キロを移動することもできるそうだ。

 だが、そこはどこに出るかわからない。すべてが闇の世界。


(よくわかんねぇけど)


 恋詩自身、あの空間についてはよくわかっていなかった。

 影静も、なんとなくそういうものだと理解していますと言っていたのを思い出す。


 影静は、以前本当に少しの距離なら感知することができると言っていた。

 例えば、狭間から世界に出現するとき、何か物体が重なっていたときに避ける程度なら。だけど、長い距離は影静にもどこに出現するかわからないとも。では、どうやって、ここからあの場所へ、それに他にもまだ疑問が残ると恋詩は思った。


「どうして俺がピンチだって」

「勘……でしょうか、なぜだか分かったのです。いま恋詩が窮地に陥っていると」

「勘?」

「はい。それに、狭間の中で光の糸が恋詩の場所まで伸びていたんです、場所を教えるように」

「……そんなことが。いや、意味はよくわかっていないけど」

「元々、なんとなくですが、ああいったことができると知っていました。私は妖刀ですから」

「はぇー」

「私はあなたの剣です。必要なときに、そこになくては武器失格でしょう」

「つまり……もし俺が大阪にいて、影静が東京にいたとして。俺が大阪でピンチになったら、一瞬で影静は大阪に来れるってことか?」

「はい、それで間違いありません」


(マジか……)


 恋詩はもう驚くことしかできなかった。

 凄い力だ。凄すぎて何も言えないくらいに。

 

「だから安心してください恋詩。昨日も言ったかもしれませんが、私がいる限りあなたは死なせません」


 そう言って、影静は部屋の灯りをつけた。

 部屋が一気に明るくなる。

 

「時間も時間なので、話は後にしてそろそろ朝ご飯食べましょうか」

「あっ、ホントだ。りょうかい」


 時計を見ると、もう7時を超えていた。


 影静は、恋詩に優しく微笑んで台所に向かった。

 ぎゅう~と恋詩のお腹が鳴った。

 考え事をして空腹だったことに気づいていなかった。


 恋詩は、顔を洗おうと洗面所に向かおうとしてベッドから降り立ち上がった。

 そして身体に少し違和感を覚えた。


「なんだ……これ」


 感覚がおかしい。

 身体が熱いような。

 体の中に何かがあるような奇妙な感覚。


 恋詩はそれに立ち上がってみるまで気が付かなかった。


「風邪かねぇ」


 だが、フラフラするというわけではなく、意識もはっきりとしているので恋詩はそのままお風呂場に向かった。朝風呂である。


 10分で簡単にシャワーを浴びて、テーブルに向かった。


 テーブルにはもうすでに、ご飯が2つと、赤い魚の煮付けがあった。

 醤油系の甘辛い匂いが、恋詩の鼻腔を通り抜けた。


「相変わらず美味そう……うう、師匠いつもありがとうございます!!」

「クスッ、はやく食べないと、学校遅れますよ」

「へーい」


 食べる前に恋詩は台所に向かい冷蔵庫を開けた。

 そして、2Lのお茶のペットボトルを取り出す。

 そしてキャップを開けようと、右手でペットボトルを握った瞬間にそれは起こった。


 バババンッ!!!


 今起こったことを、ありのまま話せば”お茶の入ったペットボトルが、外から加えられた圧力に負けて爆発し、台所中にお茶をぶちまけた。

 コツンとなにかが恋詩の頭に落ちてくる。見るとペットボトルのキャップだった。


「え、えぇ……」


(な、なにこれ)


 普通に握ったつもりであった。

 というか普通に握ったと恋詩は思う。


(じゃあ、どうしてだ?)


 頭に少し考えが浮かんだ。

 それを検証するべく台所の周囲を見渡す。そして良さそうなものを見つけた。

 恋詩は食器棚からシャモジを取り出した。

 そのシャモジは木で出来ていて頑丈そうなつくりになっており、そっとやそっとの力では壊れそうもない。


 それを親指、人差し指、中指の3本の指で掴む。

 そしてほんの少しだけ力を入れた。


 バキバキバキバキ!

 

 木でできたシャモジが、音をたて真っ二つに割れた。

 

「えぇ……」


 何故か力が強くなっていた。

 まるで影静を握っているときのように。

 恋詩は取り敢えずその現状を認識した。


「……そういうことですか」


 気がつけば、恋詩の隣に影静がいた。

 

「そういうことって?」

「昨日の戦いで、力の経路が完全に私と恋詩の間で繋がれたということです」

「……ど、どゆこと」

「つまり簡単に言えば、私に触れていなくても私の力が恋詩にずっと流れている状態ということです」

「なんでそんなことに」

「まぁ、そういうこともあります。妖刀ですから」

「えぇ、それでいいんすか」

「それで恋詩?」

「はい、んん。影静さんやなんでそんなに怖い顔をしているのですか?」


 影静は笑顔だった。その顔のまま静止している。

 

「恋詩……なぜシャモジで確かめたんですか?」

「あっ」


 後のことなんて考えていなく、とりあえず頑丈そうで目に止まったからというのが正直な理由である。だが、そのまま言えば、恐ろしいことになる。どうする、どうする?と恋詩は頭を回した。が、良い考えはでなかった。


「恋詩?」

「ひっ」


 影静はいつの間にか狐の面を被っていた。


(怒ってる……間違いなく怒ってらっしゃる!)


「シャモジ一本しかこの家にはないんですが?」

「あ、あ、はい、お、仰る通りです……あっ、そうだ、スプーンで代用しましょう!それなら解決っすよ!」

「……そういうことを言っているのではありません」

「あ、あ、やめアアアアアアアアアア!!」


 悲鳴が部屋中に響いた。

 そしてその後、うるさいと大家に怒られ、一日が始まった。






『あとがき

レビューを書いてくれた読者の皆様、ありがとうございます!とても嬉しかったです。また、厳しいレビューだとしても受け止めるので、気軽にしてくれたら嬉しいです』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る