返り道

 空を見ると、視界に入る全てがオレンジ色に染まっていて、うっすらと月が雲の隙間から顔を出している。

 正面に目をやると、同じペースで並んで歩く真彩と一ノ瀬の後ろ姿が見える。

 辺りを見ても、人っ子一人見当たらず、耳に届くのは三人の足音と、歩くたびに揺れるギターケースの音だけ。

 ショッピングモールの中と外で、こんなに人の数が変わるもんかね。

 ほんと、別世界にでも迷い込んでしまったかのような感覚に陥ってしまう。

 ってか全然人がいないし、なんか街灯もついたり消えたりで、より一層不気味さが増している。

 前を歩く、一ノ瀬と真彩も、どこか違和感を感じてるようで、少しソワソワしてる。

「それにしても、全く人がいないな」

 一ノ瀬は、辺りをキョロキョロしながら言う。


「それに、なんか建物も全然電気とかついてないし……。ちょっと、怖いんですけど」

 そう言った真彩の声は少し震えていた。

 こいつ、もしかして怖いの苦手なのか? まあ、俺も得意ではないが。

 そんなことを思っていると、ヒューという不気味な風とともに、どこからか声が聞こえてくる。

「フフフ……。また会ったな、村人F」

 俺は声がした上の方を見る。すると案の定、香月沙也がそこにはいた。

 香月は、手を頭の後ろにやって丈夫そうな木に寄りかかっている。

 なんか、けっこう高いところまで登ってるな。降りれるのか?

「ひっ!?な、なんか、上の方から声が聞こえた気がするんだけど……。気のせいだよね!?」

 辺りをキョロキョロしながら、震えた声で言う真彩。

 やっぱり怖いの苦手じゃん、ってかめっちゃ怖がってんじゃん。


「いや、気のせいではなさそうだよ」

 そう言って、一ノ瀬は香月がいる木に向かって指を刺す。

 その木は、葉っぱの一つも残っておらず、まるでホラー映画の洋館なんかにある悍しい見た目だった。

 すると真彩は、一ノ瀬が指差した方に向けて、恐る恐る、ゆっくりと振り返っていく。

「ギャアアアアアアアア!?!?!?な、なんか、き、木に、ひ、人が、包帯まみれの女の人ががが」

 そう叫んで、真彩は腰を抜かし尻餅をつく。

 いやでも、驚きすぎだろ。真彩のあんな声初めて聞いたぞ。

「ククク。どうやら、僕の魔眼が凡人を驚かせてしまったようだ」

 相変わらず、なにを言ってるんだこいつは、なんだ魔眼って、この前は神眼って言ってただろ。っていうか今日も言ってたし。半日で神が魔に変わるって、一体なにがあったんだよ。

「お、おい天谷。この人さっきからなに言ってるんだ?」

 のべつ幕なしと、魔眼だのなんだの語り続ける香月を、遠い目で見ながら一ノ瀬は、俺に耳打ちで聞いてくる。

「すまんな。俺もこいつに限っては、まじでなに言ってるか分からん」

 

「なんかお前のことを、村人とか呼んでなかったか?」


「ま、まあ、それは色々あったんだよ」

 俺は、耳元で囁く一ノ瀬から、顔を背けて言う。

 なんか耳元で喋られるとゾクゾクっとするよね。

「ふーん。まあ、なんでも良いけど」

 そう言って、一ノ瀬もまた、耳にかざしてた手を戻して香月の方に体を向け直す。

 すると、香月は座っていた木の枝から立ち上がり、俺らの方に向けて思いっきりジャンプした。

 おいおい、結構な高さあるぞこれ。足怪我とかしないよな?

 そんな俺の不安をよそに、香月はまるで、体操選手のような綺麗なフォームで宙に舞い、綺麗にしゃがみながら着地する。

「す、すごいな」

 一ノ瀬は、まるで思ったことが口に出てしまったような声で言う。

 確かに、今のはすごかったな。思わず見入ってしまった。

「フッ。僕の華麗さに魅了されたか?」

 そう言いながら、肩くらいまで伸びている金髪をサッとなびかせる。

「確かに今のは魅了された」

 俺は、素直にそう返す。

「カカッ。そうか!だが気をつけな、僕の美貌は時に人を狂わす」

 そう言い、まるで神でも崇めるかのように、天に手をかざす香月。

 それにつられるように、俺も空を見上げると、さっきまでオレンジ色だった空が一転。夕焼けも沈み、明かりひとつない真っ暗な空へと化している。

「そ、そうか、気をつけるよ」


「それで、あんたはどうしてここに?」

 一ノ瀬は香月に一歩近づき、そう言う。


「僕は今も昔も、そしてこれからも、魔王を探すだけだ。今僕がここにいるのも魔王を探しているうちに、ここにたどり着いただけだ」


「そ、そうなのか。あはは、それは、なんと言うか、頑張れよ」


「フッ。貴様に言われなくとも、僕は僕の目的のために戦うだけさ」

 本当に、この人はなにを言ってるんだ。分からん。まあ、本人が幸せそうだし、別に俺が口出すようなことでもないだろう。

 そんなことを思っていると、香月はひとつ、辺りを見渡して言う。

「ところで、ここから出る方法を知らないか?どこに歩いても、ここに戻ってきてしまうんだが」


「「……え?」」

 俺と一ノ瀬の、声が綺麗に揃う。


 

 

 

 


 

 

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