家族。その4

 藍倉と真彩の注文した飲み物がテーブルにまで運び込まれる。

 店の外を見ると、時間増すごとにだんだんと人が増えて行っていることがわかる。

 その人たちは、全員進行方向が一緒であり、入り口からどんどんと人が入ってきている。

 店の時計をを見ると、針は4時40分を指している。

 この時間から人ってこんなに来るもんなんだな。

 一ノ瀬が言うには、アイドルが来ているとか言っていたが、それでもこんなに来るんだな。すごい人気だ。

 そんなことを思っていると、一ノ瀬が口にしていたコップをテーブルに置いて言う。

「それで、真彩たちは何しに来たんだ?」


「私たちはねえ、美沙希ちゃんを見に来たのよ!」

 そう、興奮気味に言ってきた真彩は、一ノ瀬に向けて、少し前のめりになる。


「……みさき?」

 一ノ瀬は指を顎につけ、キョトンとした顔で言う。


「ええ!?静音、〆野美沙希しめの みさき知らないの?!今、若者の間で大人気のアイドルだよ!」

 真彩はまるで、バラエティの司会者が番組出演者を紹介する時のような口調で言う。


「ああ、この前に真彩が教えてくれた人か」

 思い出したと言わんばかりに顔をはっと上げて、一ノ瀬は言う。

 っていうか、さっき俺も教えた気がするけど。

 ギターを買った嬉しさで忘れたのか?


「そうだよ!その人が、今日ここに来てるの」

 

「アイドルが来てるってのは知ってたが、まさかその人だとは」


「それで、私もファンだったので真彩先輩に連れてってもらったんですよ!」

 そう言って、割り込む藍倉。

 テーブルに手をバンとつき、体を前に押し出している。


「へ、へえ。そうなのか。でもアイドルイベントなら、まだやってるんじゃね?」

 迫りくる藍倉を抑えるように、両手を前に出しながらそういう一ノ瀬。


「まあそうなんだけどね、さすがに人が多すぎて諦めたわ」

 ため息を吐きながらそう言う真彩。

「ごめんね若菜ちゃん。楽しみにしてたのに」

 そう続けた真彩は、藍倉に向けて申し訳なさそうな顔をする。

「いえ、大丈夫ですよ。私だって、この人の多さじゃ流石に楽しめませんよ」


「そう言ってくれると、だいぶ気が楽になるけど……」

 こいつ、こういう時はほんとに申し訳なさそうな顔するからなー。

 正直、その表情が本心から来るものなのか、それとも真彩の偽りの自分の演技の範囲内なのかは分からない。

 でも、目の前でこんな顔をされたら、真彩のことを悪く言おうにも言えないだろう。

 まあ、藍倉も元より真彩を悪く言うつもりは無さそうだけど。

「それに、私は真彩先輩とショッピングできて、とても楽しかったですし!」

 なにこの子、めっちゃ良い子やん。


「若菜ちゃん……。もう、ほんと可愛いんだから!」

 そう言いながら、前のめりになっている藍倉の頭を撫でる。

 すると、藍倉はえへへ〜と嬉しそうに笑う。

 なにこれ、猫カフェより癒しがありそうなんだけど。

「なんだか、本当の姉妹みたいだなお前ら」

 そう、頬杖をつきながら一ノ瀬は言う。

 その表情には、どこか羨ましさや憧れを抱いていることが見て取れた。

「え?まあ、若菜ちゃんなら妹でも全然オッケー!っていうかもう、ウェルカムだよ!」


「私も真彩先輩がお姉ちゃんだったら、毎日がとても楽しくなりそうです!」


「じゃあ、本当に家族になっちゃう?っていうかなって!」

 うわ、こいつ結構ガチで言ってるじゃん。

 目がガチだわ。多分、一人暮らしで退屈してるんだろうなー。

 今度、姉貴と一緒に遊びに行ってやるか。

「い、いや、それは現実的に無理かと……。ま、真彩先輩?大丈夫ですか?な、なんか目が怖いですけど……」

 おお、あの元気100倍藍倉さんが押されてる。

「……は!ごめん若菜ちゃん」

 我に帰ったように真彩はそう言う。

「いえ、別に怒ってはいませんけど……」


「ってか、お前妹いるじゃん」

 俺は、真彩に向けて言う。


「でも、今は家にいないし、正直一人暮らしもう退屈だし」

 そう言って、テーブルにぐてーと倒れ込む真彩。

 やっぱり退屈してたのか。

「へー、真彩も一人暮らしなのか」

 頬杖をつきながら一ノ瀬は言う。


「もってことは静音も?」


「ああ、そうだよ。まあ、一人暮らしはけっこう退屈だよなー」

 そう言って、腕をのびーと伸ばす一ノ瀬。

 一ノ瀬も一人暮らしなのか、まあ、俺も一人暮らししてた時期はあったけど、正直あれはあんまり楽しくないな。する前は、けっこう憧れとかあったけど、実際やってみるとまじで退屈。そして、不健康になる。

「へー。まだ高校生なのに一人暮らしって先輩たちかっこいいです!憧れます!」

 キラキラ目を輝かせながら、両手を握りしめる藍倉。

「別に、そんな大したことでもねーよ?」


「そうよね、することなすこと全部めんどくさくなって、最終的には何もせずにいつも寝ちゃってる」


「そういうもんなんですかね?」

 そう言い、藍倉は隣にいる俺の方を向き、首を横にクイっと曲げる。


「いや、俺に聞かれても、知らないし」


「ありゃ、確かにそれもそうですね」

 そう言い、藍倉は真彩たちの方に視線を戻す。

 そして、一人暮らしあるあるトークをする真彩と一ノ瀬の会話を聞き、何度かクスッと笑った。

 黙ってたらこの子、めっちゃ清楚で綺麗な子だな。

 それにしても、藍倉若菜あいくら わかな。この子と話すと、どこか懐かしさを感じる。

 さっき見たクスッと笑った表情も、元気100倍で発せられる声も、一つ一つの行動が大きいところも、何故だろうか。初めて見たとは思えない。

 誰だろうか、この子は。いつか会ったことがあるのだろうか?

 でも、いくら考えても思い出す気配すらなく、時間だけが過ぎ去っていく。

 

 

 


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