第3話 世界のはじまり

 「そこのお前、止まれぇぇぇえええええ!」


 ゼンラが変態達を全員全裸にするべく彼らのいる場所目指して森の中を走っていると、そんな野太い大音量が飛んできた。

 驚いたゼンラは足を止めて声の主を探すべく首を振る。


「動くなよ。貴様何者だ」


 すると右手方向の木の陰から槍を構えたおじさんが出てきた。彼に続いて兵士と思われる変態達もわらわらと出てくる。

 ここまで接近を許すほどに、焦っているらしい自分にゼンラは思わず舌を鳴らす。

 ゼンラは一度心を落ち着けるべく全裸の呼吸をし、誰何の声に答える。


「何者って――」

「おい! どうして服を着ていない⁉ 丸出しじゃないか!」


 おじさんは油断なく槍を構えながら、ゼンラが全裸である事に気付いて目を見開く。


「どうやらこの島の人間が全員全裸というのは本当だったようですね・・・・・・」


 おじさんの側に控えていた頭のよさそうな変態(以下、メガネ)が言った。


「あぁ、そういえばそうだったな・・・・・・」


 おじさんが向けてきた可哀想な者を見るような目にゼンラは、全裸の良さを分からないお前達の方がよっぽど可哀想だ、と内心思いながら名乗る。


「俺はスッパダカ・ゼンラだ。お前達を全員全裸にするためにやってきた」

「素っ裸全裸? まんまかよ」


 おじさんが鼻で笑う。


「あぁん? 俺の名前を馬鹿にしてんのか」


 オジイサンとオバアサンからもらった大切な名前をバカにされてゼンラの声が怒気を孕む。


「ああしてるとも。俺は着衣大好。この島を制圧しに来た」

「やってみやがれ。おら、行くぞ」

「てめえらこの全裸の変態に服を着せてやれぇぇぇえええええっ!」


 ゼンラはうおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおお、と変態どもの怒号で震える空気に臆する事なくおじさんに突っ込む。


「はっ、お前はアホか? 防具どころか衣服さえ纏っていない貴様が俺に勝てる訳がないだろうッ!」


 真正面から突っ込んできたゼンラにおじさんは全力を込めた槍を突き出す。


「アホはお前だ」


 ニッと笑ったゼンラは無知なおじさんに全裸の素晴らしさを教えてやろうと足を止めて槍を迎え撃つ。


「怖じ気づいたか⁉ だがもう遅い! 俺の槍は止まらねえッ! 『槍の閃光シャイニングスピア』ッ!」


 輝く穂先がうなりを上げる。

 その延長線上にあるのはゼンラの心臓。

 おじさんは一撃で勝負を決めるつもりだった。

 一方ゼンラは余裕の笑みを浮かべたまま小揺るぎもしない。


「『槍の閃光シャイニングスピア』ッ!」


 余程気に入ったのかもう一度おじさんが技名を叫び、鋭く研がれた槍の穂先がゼンラの心臓を貫ぬ――

 ぬぽーん。

 ――かなかった。


「なっ⁉ お、俺の『槍の閃光シャイニングスピア』が・・・・・・⁉」


 驚愕に見開かれたおじさんの目はピタリとゼンラの胸板で静止している穂先に向けられていた。


「だから言っただろう? アホは貴様だと。俺のアーマード全裸がそんな槍で貫ける訳がないんだよ」

「そんなことより『ぬぽーん』って何ですか。『ぬぽーん』って」


 自身の必殺が素っ裸に傷一つ付けられなかったことに落ち込むおじさんを置いて、メガネが臆せずゼンラに訊いた。


「は? 全裸が物体を跳ね返す音だろ?」

「あぁ、なるほど。金属の『がきん』みたいなものですか。あ、ちょっと失礼しますね」


 いつの間にかゼンラと距離を詰めていたメガネはそう言うと、すっと懐から取り出した短剣をゼンラの腹に刺した。


「ぁ・・・・・・?」


 現状に理解の追いつかないゼンラは痛みの発生源に目をやる。

 そこからはどくどくと血が吐き出されていた。


「はいじゃあ次行きますよー」


 何事もなかったかのようにメガネはゼンラからするりと短剣を抜くと、手をメガホンのようにして兵士達に呼びかけ歩き始める。


「はー、あっぶな。全裸じゃなかったら死んでたな」


 全裸回帰をして全裸になったゼンラが冷や汗を拭いつつ言った。

 全裸は『全き裸』なので『傷を負った裸』は全裸ではない。ゆえに全裸の人間は全裸なので傷を負ったとしても新しく全裸になれば傷はなくなるのだ。これが全裸回帰。


「は?」


 間抜けな声とともに振り返ったメガネにゼンラは好戦的な笑みを浮かべる。


「お前強そうだからちょっと本気出すわ」

「えっと全裸じゃなかったら死んでいたっていうのは――わっ!」


 レジェンド全裸2になりスピードの増したゼンラの拳をメガネは避け、距離を取った。

 一瞬でゼンラは距離を詰め猛攻をしかける。


「いや、ちょ、話を――って駄目だな! みんな! とりあえずこいつを倒してくれ!」


 メガネが言うと武装した兵士達がゼンラに次々と襲いかかる。

 ぬぽーんぬぽーん。

 ぬぽぽぽーん。

 ぬぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽーん。


「駄目です! 全然攻撃が通りません!」

「それでも攻撃を続けろ! 疲労させて取り押さえるんだ! そうすれば僕がなんとかする!」


 何をしてもぬぽーんと弾かれる攻撃に絶望する兵士。

 そんな彼らをメガネは強い言葉で元気づける。


「くそっ! 敵が多すぎる・・・・・・!」


 一方、ゼンラも焦っていた。

 倒しても倒しても湧いてくる兵士に、体力が先に尽きてしまいそうなのだ。

(まだ一度も成功した事はないがあれをやるしかないか・・・・・・!)

 決断したゼンラは、瞼を閉じて全裸の呼吸により気持ちを落ち着け最後に息を長く吐き出す。

 余計なものが思考から、心から、排除された事を認識したゼンラは目を開いて詠唱を始める。


「【楽園とは何か、知恵とは何か、禁忌とは何か】」


 しかし当然攻撃は止まない。

 正面から、右手方向から、左手方向から、背後から。

 全方向から繰り出される銀の煌めきを詠唱に集中しながら屈んで抜ける。


「【羞恥とは何か、全裸とは何か、原罪とは何か】ッ⁉」


 意識の外から飛んできた攻撃がゼンラの頬をかすめる。

 走った痛みに暴走しかけた裸力を押さえ込み、槍で突いてきた兵士を蹴り飛ばす。


「あれ、弾かないし再生しないのか・・・・・・」


 メガネが呟く。

 全裸回帰はそこそこ意識のリソースを必要とするので、今の回避、攻撃、移動、詠唱を並行して行うゼンラは全裸回帰を実行する事が出来ない。


「【それを規定したのは】ッ⁉」

「キレが悪いなぁ」


 飛んできたナイフを避けきれず脇腹を抉られたゼンラはヘラヘラ笑うメガネを睨みつけ、


「【何者か】ッ!」


 刹那の内に距離を詰めて拳を振りかぶる。


「当たらないよ、そんな攻撃」


 ひらりと避けられ頭に血が上ったが、暴れ始めた裸力に気付いて心を静め地面を蹴って距離を取る。


「ふーん」

「【人なら許そう。それは愚かしさだから】~~~~~っ⁉」


 己を規定する世界地の文に引っ張られて、ずれた眼鏡を元に戻そうと自身の眉間を人差し指で突いたメガネは開いた距離を一瞬で駆逐し、ゼンラを地上にたたき落とす。


「あれ、僕は今なんで眉間を突いたんだ?」

「【世界なら許そう。それは優しさだから】!」


 群がる雑魚達を強引に力業で全裸にしてから、ゼンラは落下してくるメガネを全裸にするべく『全裸の構え』をとる。


「【だが神なら許さぬ。それは壟断だから】!」

「なっ⁉」


 身体に染みつくほどに繰り返し行われた全裸拳法『全裸へ至る道』はメガネの衣服を全て剥いて全裸にした。


「【我が変えよう。人を、世界を、神を】!」

「え、ちょ、さすがに、待って⁉」


 全裸になって調子を崩したメガネはゼンラの猛攻を受ける事しか出来ない。


「【我が法だ。ルールだ。神だ。全人類に幸福を】」

「何⁉ イチジクの葉っぱで隠せない⁉」


 ゼンラとの戦闘を放棄したメガネに変わって次々とやって来る兵士達を全員全裸にしていく。


「【神が命じよう】」


 視界に入る人間を全員全裸にしたゼンラは地面を強く蹴って高く跳ぶ。


「【全裸こそ至高。脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ!】」


 木々を突き抜け、森を見下ろす。


「【全裸を称えよ。脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ!】」


 風を、空を、光を、世界を、ゼンラは感じて全裸で良かったと心の底から思う。

「【全裸すなわち神。脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ!】」


 どうか世界中の人が幸せになりますように。

 ゼンラはそんな願いとともに起句を唱えた。


「【全裸最高】」


 全人類は全裸になった。






                               

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全てが全裸になる にょーん @hibachiirori

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