新生編6話 かつての上官は未来の恋人?



20:00、オレは鳥玄の奥座敷で、かつての上官だったマリカさんと軍鶏鍋を突いていた。


「ほらカナタ。もっと飲め。」


マリカさんの注いでくれた銘酒「悪代官大吟醸」をクイッと飲み干し、ご返杯、と。


「飲みっぷりもいっちょ前になったねえ。……覚えてるかい? カナタが入隊した時は……」


「歓迎パーティーという名のパワハラを乗り越えたってのに、ウォッカに飲まされた蒸留酒ウォッカでノックアウト。みっともねえったらありゃしない。」


「……だが、いい顔になった。アタイが"男"にしてやった甲斐はあったねえ。」


ほんのり頬を赤くしたマリカさんに囁かれてドキッとする。マリカさんが、お酒だけで赤くなってるんじゃないコトを、オレは知っている。


「マ、マリカさん。誰が聞いてるかわからないですよ。」


マリカさんの話じゃ、シグレさんは所用で遅れるらしいけど、今、部屋に入ってきたっておかしくないんだ。それに貸切の奥座敷っていったって、他の客や、仲居さん達は襖をへだてた廊下を通るんだし。


「アタイの耳が聞き逃しなんかするもんかい。カナタ、あの夜、アタイが言った事は覚えてるだろうね?」


「忘れる訳ないでしょ。でも、まだその時じゃありません。」


"アタイを超える男になったなら、カナタの"女"になってやる"か。でも、オレはまだ完全適合者ハンドレッドと呼ばれる兵士の頂点には立ててない。マリカさんの隣に立つ資格が、まだないんだ。それに、その時が来たらオレはどうする気なんだ? リリス、ナツメ、シオンを……どうしたいんだ?


「忘れてないならいい。カナタはどうも気が多そうだからねえ。アタイも野暮だな、カナタが忘れてンじゃないかって、少し……心配になった。」


「ホントに野暮ですよ。オレが忘れる訳がないのに。殺されたって覚えてますよ。」


「カナタ、あの話はな。アタイを選べって言ってるンじゃない。アタイも選択肢に入れろって事だ。最後に誰を選ぶのかは、カナタの決める事だよ?」


それが最大の問題な訳ですが……ビアンカかフローラかが選べずにゲームを中断して、そのままお蔵入りになっちまったオレに、選べるのか?


「軍人としては果断な決断が下せるのに、私生活は優柔不断だねえ。ま、完全適合者になるまではグダグダしてな。適合率はまだ99%なんだろ?」


「はい。これまでの上昇ペースを考えれば、2ヶ月の遅滞はよろしくない事態です。オレの限界値は99%だったってコトかもしれません。」


この借り物の体は完璧なクローンではなく、バッドコピーだったって可能性が出てきちまったよな……


「ンな訳ない。カナタは完全適合者になれる男だと、アタイが見込んだんだ。この緋眼は節穴じゃない。アタイの考えじゃ、何か"足らず"があるンだよ。」


「足らず、ですか?」


「ああ、それが精神的なもんなのか、肉体的なもんなのかまでは、わかンないけどね。だが「完全適合者、剣狼」というジグソーパズルは九分九厘、完成してる。最後の1ピースが足りないンだ。」


最後の1ピース、か。


「もし、最後の一欠片があるとしたら、それを見つけられるのは、オレだけな気がします。探してみますよ、その一欠片を。」


「そうしな。……カナタ、完全適合者の誕生ってのはな、検査ポッドに入ンなきゃ分からないもんじゃあ、ないンだよ?」


「え? 浸透率が爆上がりした時はハッキリ違いが感じられるぐらい強く速くなりましたから実感がありましたけど、正確な浸透率って検査ポッドに入んなきゃわかんないでしょ?」


「完全適合者になった時は別だ。全身に漲る力が教えてくれる。体の細胞全部が賦活化ふかつかしていくのが、わかるンだよ。五感も鋭敏になって、違う自分になったような感覚を覚えるはずだ。カナタ、完全適合者とは選ばれし者、兵士の頂点だ。早くここまで来な、……アタイは待ってる。」


シグレさんに教わっただろ、"可能性に蓋するのは自分自身、己を信じてみろ"って。マリカさんがオレは完全適合者になれる男だって信じてくれてんのに、オレがオレを信じられなくてどうする!


「はい、待っててください。オレはアスラ部隊4人目の完全適合者になります。」


やれやれ、言っちまった以上は責任を持てよ? 大見得切っといて"やっぱり限界でした~"なんて小っ恥ずかしいったらありゃしねえからな。


「シグレが来たみたいだね。」


聞こえますね、規律正しく、静かな足音が。んで、シグレさんには連れがいるみたいだ。ドカドカと騒がしいこの足音は、たぶんバクラさんだな。


「バクラさんも一緒みたいです。なんだかんだで仲がいいみたいだ。」


「もう一人いる。……この心音は壬生の親父さんだな。」


足音どころか心音までわかるんですか。聴覚強化機能を使ったにせよ、凄い耳だ。聴覚特化のキカちゃんほどじゃないにせよ、世界屈指の聴力だろう。


「ちぃっす!ガーデンの獅子、鬼道院バクラ様が参上したぜぇ~。」


襖を開けて個室に入ってきたバクラさんは、座布団の上にドッカリと胡座をかいた。


「お呼びじゃないよ、バカクラ。殺されたくなきゃサッサと消えろ。」


マリカさんは手酌で辛口の酒を一杯飲りながら、辛口の台詞を吐いた。


「まあまあ、マリカ君。酒席は人数が多いほど、賑やかになるものだよ。」


大師匠がそうとりなすと、マリカさんはあっさり矛を収めた。鏡水次元流前継承者にして、同盟軍剣術指南役、「達人マスター」トキサダは、無頼揃いのアスラ部隊でも、敬意と尊敬を集める存在なのだ。ほう、普段は和装の大師匠が珍しく軍服を着てる。何を着てても威厳のあるお姿に変わりはないが。


「壬生の親父さんがそう言うなら仕方ないね。シグレ、やっと来たな。久しぶりに差し向かいで飲もう。」


「うむ。私が今夜、マリカと飲む予定だと言ったら、父やバクラまで付いて来てしまってな。迷惑だったか?」


オレの元上官のマリカさんは、オレの剣の師である「雷霆らいてい」シグレの杯に、酒を注ぎながら答えた。


「親父さんは構わんが、バカクラは迷惑だね。まあ、アタイとシグレの仲だ。気にするな。」


迷惑だなんて思っちゃいない癖に、マリカさんも素直じゃないなぁ。迷惑呼ばわりされたバクラさんは、まるで聞こえないという風で、割り箸を割って鍋を突き始める。


「いつ食ってもここの軍鶏鍋は最高だな。おうカナタ、おめえまた戦功を上げたらしいじゃねえか。ボンクラ指揮官&異名兵士「竜巻」をとっ捕まえて、戦艦1隻に軽巡2隻を鹵獲たあな。俺が鍛えてやった甲斐があったってモンだ。」


「お陰様でなんとか戦死者もなく、帰投出来ましたよ。」


「誰がカナタを鍛えたって? カナタを育てたのはアタイとシグレだ。おまえは何もやっちゃいないだろう。」


マリカさんがそう言うと、シグレさんが相槌を打った。


「全くだ。ボンクラがカナタに教えた事など、長物対策を少し仕込んだだけではないか。あの程度で師匠ヅラなど片腹痛い。」


バカクラとかボンクラとか、バクラさんもヒデえ言われようだな。シグレさんは礼節という観点から見れば、ガーデン屈指の律儀者なのに、幼馴染み、シグレさんの言葉を借りれば"腐れ縁"のバクラさんに対してだけは、容赦なく毒づくんだよな。


「マリカ君、シグレ、"親しき仲にも礼儀あり"と昔から言うだろう。バカだのボンクラだのは言い過ぎだよ。いかに事実であっても、言ってよい事と悪い事がある。」


澄まし顔で茄子の煮浸しをアテに杯を傾ける大師匠に、バクラさんがたまらずツッコんだ。


親父おやっさんが一番ヒデえ事言ってんじゃねえか!……勘弁してくれよ。」


「ハハハッ、まあ飲もうじゃないか。酒の肴はカナタ君の武勇伝が良いかな? 剣客の端くれとしては、カナタ君が竜巻ヘルゲンををどう仕留めたのかを聞いてみたいね。さあ、カナタ君も一献。喉を潤したら肴の提供をよろしく。」


大師匠から注いでもらった酒を飲み干し、オレは前回の作戦について話すコトにした。


──────────────────


「ヘルゲンもまあまあ名の知れた兵士だが、「剣狼」カナタの相手は荷が重かったみたいだねえ。」


ヘルゲンを倒した経緯を話すと、マリカさんはニヤリと笑って杯を傾けた。空になった杯にシグレさんが酒を注ぎ、講評を口にする。


「そのようだ。ヘルゲンは良き兵士、だがカナタはアスラ部隊十二神将「四天王ビッグ・フォー」だ。良兵と神兵が戦えば神兵に軍配があがる、という事だな。」


四天王ビッグ・フォーか。広報部のチッチ少尉も余計な記事を書いてくれたもんだな。ようやくアスラ部隊の部隊長って服に見合う力がついてきたと思ったら、今度は四天王ときたよ。オレはいつでもブカブカの衣装を押し付けられる宿命にあるらしい。


「マリカさんや司令、それにトゼンさんと同列に並べられるのは迷惑ですね。オレはそこまでのもんじゃないです。」


「カナタ君、謙譲は美徳だが、時と場合による。カナタ君が"自分はそんな大した男じゃない"と言うならば、そのカナタ君に負けたシグレはどうなるのかね?」


う、大師匠の言うコトはもっともなんだけど、オレは師匠を超えたとも思ってないんだよな。


「オレはシグレさんに勝っただなんて思ってません。道場の手合わせで一本取っただけです。もう一度やればどうなるか……」


これが本音だ。あの時は運が良かった。一本取ったのがマグレだとは思ってないが、あの勝負の時のシグレさんは、今思えば気負い過ぎだった。平常心のシグレさんと戦えば勝負はどうなるか……わからない。


「ま、四天王はさておきよ、カナタが俺らと同等の域にまで到達したって事は事実だわな。入隊した時は"歯応えのある雑魚"だったってのに、恐ろしい早さで成長しやがったモンだ。今度、俺と勝負してみっか?」


バクラさんと勝負は御免だ。負けたら四十五日は勝ち誇られるし、勝ったら勝ったで再戦しろって凄まれる。


「遠慮しておきます。仲間うちの格付けには興味ないんで。」


「そうかい。成り上がりの新兵に古参兵の怖さを教えてやろうかと思ったんだが……ん?」


この世界のスマートフォン、ハンディコムをポケットから出して耳にあてたバクラさんは、言い訳を始める。


「わーった、わーった。今から店に行くって。そんなにがなり立てんなよ。知ってる知ってる。忘れてねえって。ちゃ~んとプレゼントは用意してあっからよ。んじゃな。」


電話を切ったバクラさんは席を立って、小指を立てながら気色の悪いウィンクをして見せた。


「コレが呼んでるみてえだから、俺はもう行くわ。」


小指を振ってるバクラさんに、マリカさんが冷たく言い放った。


「なにがコレだよ。どうせ相手はキャバ嬢だろ? 早く消えろ。」


ホントに消えるんだろな。夜のネオン街の真中まなかに……


「妬くな妬くな。モテる男はつれえねえ。」


「誰が妬いてるって?……いいだろう。本当にやんよ。」


マリカさんの手のひらに炎が揺らめいたのを見たバクラさんは、尻尾に火が点いた猫みたいに逃げ出した。


キャバ嬢ねえ。オレはキャバクラには行ったコトないんだよな。……金はあるんだし、今度、社会見学だと思って……


「カナタ、キャバクラに行くのはいいが、辞世の句を考えてからにしなよ?」


「カナタ、覚えておくのだ。道を誤った弟子を成敗する権利が、師にはある。」


元上官と恩師に凄まれ、オレの社会見学ツアーは計画段階で頓挫した。


「キャバクラに 行きたいけれど 死は怖し……字余り。」




……大師匠、下手な川柳なんて詠まなくていいです!


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