新生編5話 組織の歯車



「天羽ガラクです。命令を受け、出頭しました。」


「……入れ。」


シガレットチョコを咥えたオレがそう言うと、ガラクはそっとドアを開けて隊長室に入ってきた。


「……あの……なぜ自分に出頭命令が出たんですか?」


「言わなきゃわからんか?」


不機嫌な顔のオレが巻紙ごと食べれるシガレットチョコを嚥下すると、ガラクはおずおずと訊いてきた。


「……ヘルゲンとの一騎打ちで不覚を取った件でしょうか?」


「それ以外に何かあるのか? それとも他にも何かやらかしたのか? 正確に言えば不覚を取った件じゃない。格上相手に盛りのついた獣みたいに突っかかった件、だ。」


「あ、あの件につきましては、原因は油断で、今後は気を引き締めて任務に邁進…」


油断ねえ。オレも油断してたな。前の2作戦ではいい働きをしてたもんだから、おまえが根っからの調子ノリだってコトを忘れかけてたよ。


「黙れ!そんなコトを聞いてるんじゃない!オレは"ヘルゲンはオレが相手する"と言ったよな? 耳がついてなかったか、それともオレの言葉を軽んじたか、どっちだ!」


「そ、それは……お館様が相手をするまでもないと思ったもので……」


「その勝手な判断の結果、おまえは無様に負けて、一敗地にまみれた。ギャバン少尉がフォローしなけりゃ、おまえは棺桶に入ってここに帰ってきてたんだ!わかってんのか!」


「兵家に勝敗はつきものです!あの敗北から俺は学びました!」


「ほう。……学んだ、ねえ。学ぶコトは大切だ。ではおまえが何を学んだか、オレがテストしてやろう。まず第一問、おまえは命の恩人であるギャバン少尉やナツメに、ちゃんと礼を言ったんだろうな?」


「……それは……まだです。」


「隊の仲間が助け合うのは当たり前、だが、助けられれば感謝の気持ちを持つのも当たり前だ。おまえは感謝の気持ちを学習していない。第二問、おまえは弓使いのトシゾーを守る前衛だったはずだ。自分が突出した後、トシゾーを誰がフォローするんだ?」


「トシは弓だけじゃなく剣もまあまあ使えます。敵の練度から考えてトシなら戦えると判断しました。」


「だが急に前衛の消えたトシは、手傷を負いながらの勝利だった。おまえは不必要なリスクを取って自分自身と、仲間の身を危険に晒したんだ。おまえはリスク管理もチームワークも学べていない。」


「トシの負傷には責任を感じてます!でもトシは"なんて事はないから"って!実際、かすり傷でしょう!」


まるでわかっちゃいないようだな。この小天狗は、一度頭を冷やさせた方がいい。


「第三問はない。天羽ガラク、おまえはスケアクロウ隊員として失格だ。荷物をまとめて八熾の庄に帰れ。」


「そんな!待ってください!俺は…」


「これは命令だ。おまえの処遇はおまえの決めるコトじゃない。トシゾー、外で聞いているんだろう? おまえには新しい相棒を探してやる。」


隊長室の外で息を潜めて成り行きを窺っていたガラクの相棒、射場トシゾーが室内に転がり込んできて平伏した。


「待ってください、お館様!ガラクに一度だけ、もう一度だけチャンスを与えてやってください!」


「トシゾー、これはおまえにとってもいい話だ。こんな小天狗と組んでいたら、おまえが死ぬ。」


「僕は大丈夫ですから!ガラク、何突っ立ってるんだよ!これはガラクの話なんだぞ!」


ガラクの肩を引っ掴んで平伏させたトシゾーは、床に額をこすりつけんばかりに嘆願を繰り返す。


「お願いします、お館様!どうかガラクにもう一度だけチャンスを!」


懸命に懇願する相棒の姿は小天狗に反省を促したらしい。ガラクも頭を下げて反省の弁を述べる。


「お館様、もう勝手な真似はしませんから、俺を白狼衆から外さないでください!」


トシゾーは根っからのお人好しだが、ガラクの為にここまでやるってコトは、案山子スケアクロウのバッジを付けてからも良好な関係を築けていたってコトだな。小天狗ガラクも相棒のトシゾーには心を開いている、か。まあ、トシゾーの人徳におんぶに抱っこの状態なんだろうが……


「二人とも立て。そして少しオレの話を聞け。」


立ち上がった二人、オレはガラクの目を真っ直ぐ見据えて、大切な質問をする。


「ガラク、正直な気持ちを言え。おまえがヘルゲンに突っかかったのは功名心からだな?」


「……はい。八熾家家人衆の名門、天羽家に生まれた男として……天羽ガラクここにあり、と見せたかった。俺は組織の歯車で終わりたくねえ。俺はお館様と同じ、八熾の狼なんだ。」


「オレの親父がいいコトを言った。"組織の歯車になりたくない、なんて広言する見栄っ張りがいるが、そんな奴は大抵、組織の歯車にさえなれない奴なんだ"とな。おまえがまさにそうだ。」


歯車で終わらない男は当然、歯車にだってなれる。司令みたいに頭抜けた器量と組織力バックボーンを持ち合わせた稀有な例外を除けば、歯車から人生を歩み始めるべきなんだ。


「………」


よし。鼻っ柱の強いガラクが、真剣に話を聞く気になってる。クソ親父の聞かせてくれた格言が効いたみたいだな。ここはゆっくりとした口調で、声のトーンを落として諭しにかかるべき場面だ。


「ガラク、ヘルゲンに軽くあしらわれてわかったはずだ。今のおまえは何者でもない。名のある兵士から見れば、取るに足らない若僧なんだ。」


「……はい。俺はどうすればお館様みたいな狼になれるんですか?」


「徐々に段階を踏め。おまえが目指す姿は遥か高みにある。階段を一足飛びにしようとしないで、一歩一歩踏みしめながら登ってゆくんだ。まずは優秀な歯車になるコト。そこから先の話は、部隊を回してゆく強固な歯車になってから考えればいい。オレもそうした。だから……今がある。」


「ガラク、お館様だって薔薇園に配属された時は、ただの一兵卒だった。兵士として経験を積んで力を蓄え、小隊長、中隊長と昇進された後に部隊長になられたんだ。次席家人頭の家に生まれて、世間に認められたいと焦る気持ちはわかるけど、焦ってもいい結果にはならないよ。」


唯一の友、トシゾーに優しく諭されたガラクは深く頷いてから、答えた。


「……そうだな。トシゾーの言う通りだ。……お館様、俺が間違っていました。二度と勝手な真似はしません。まずは立派な歯車になる事を目指しますから、白狼衆に置いてやってください!」


「いいだろう。だがな、ガラク。二度目はないぞ? もう一度同じコトをしでかしたら、即座に除隊させて庄に帰す。」


「はいっ!肝に命じます!」 「お館様、ありがとうございます。僕がしっかりお目付役をしますから!」


「二人とも下がってよし。」


踵を返した二人は、相談を始める。


「よし、まずはギャバン少尉とナツメ曹長にお礼を言いに行かないとな!善は急げだ、すぐに行こう。トシゾー、付き合ってくれんだろ?」


「いいけど、手ぶらで行くつもりじゃないだろうね?」


「そっか!手土産がいるよな!え~と……」


「ギャバン少尉には紅茶。ナツメ曹長にはレーズンクッキーがいい。」


「へえ、そうなんだ。元貴族のギャバン少尉は紅茶が好きそうだけど、ナツメ曹長はレーズンが好きだったんだな。」


「いや、ナツメ曹長はレーズンが嫌いだよ?」


「嫌いなものを持ってってどうすんだよ!お礼どころか嫌がらせじゃねえか!」


「ナツメ曹長はレーズン嫌いだけど、レーズンクッキーからレーズンを外して食べるのは好きなんだ。なんというか……ひと手間かけると美味しくなるというか、邪魔者を排除する勝利の味を味わいたいとか、そんな理由だったと思う。」


よく知ってやがるな。だがトシゾー、戦力外通告を喰らったレーズンさん達の保護はオレがやってるって知ってるか? まあ、オレはレーズン好きだから構わねえけどな。


────────────────────


「もう入っていいですよ。」


わいのわいの騒がしい新兵二人が去った後、オレは窓に向かってそう呼びかけた。部屋の様子を窺っていたのは、トシゾーだけじゃなかったのだ。


窓の外から逆さ向きに、糸を垂らした蜘蛛みたいに降りてきたのは、かつての上官、マリカさんだった。「水晶の蜘蛛クリスタルウィドウ」を統べる部隊長だからって、蜘蛛みたいに登場しなくてもよさそうなもんだけど。


窓を開けて隊長室に入ってきたマリカさんは、オレを意味ありげな顔で見つめてから、口の端を上げて微笑を浮かべた。


「アタイの気配に気付くとは、また腕を上げたみたいだね。それにもっともらしい台詞を吐くようにもなった。"歯車になりたくないなんてほざく餓鬼は、歯車にすらなれない"か。アタイも今度使ってみるかな。」


「使うのはいいですが、使用料は貰いますよ?」


「鳥玄の軍鶏鍋で手を打たないかい?」


「いいですね。作戦成功の祝杯を上げますか。シグレさんにも声をかけましょう。軍鶏鍋は師匠の大好物ですから。」


「もうかけてあるさ。20:00に鳥玄に来な。作戦時間に遅れたら、アタイがお仕置きするからね。」


「了解。20:00に作戦開始、ですね。」


敬礼したマリカさんは窓枠に手をかけ、15mの高さからヒラリと地上に飛び降りた。最強の忍者にとって、階高なんて意味を為さないのだ。




今夜は軍鶏鍋か。リリスお手製の餃子で缶ビールを飲むのは、明日以降の楽しみにとっておこう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る