第13話 ベモジィにて
エラム帝国東端にあるタサから首都ガパへ。その中継地点であるベモジィに向かう。
道中再び賊に狙われるかもしれないことを想定して行程を考慮した結果、ウマルは帝国東西を結ぶセズトン大街道をまっすぐに上る最短距離を選択することにした。人通りが多い大街道で堂々狙われる可能性は低いと考えたし、仮により目立ちにくい回り道を選んで
――ベモジィについたら……
サイードを送り届けることを考える時、ラクピ・ネブーゾの闇夜に浮かぶ白い顔は、常にウマルの頭の中にちらついた。
その度に、ウマルは頭を振って、自分に言い聞かせる。
――それはひとまず先のことだ。
頭の中で考えてもどうにもならない先のことを考えるのは不毛だと、ウマルは考える。実行に移さず理屈を考えるのは性に合わない。
自分の頭がつくり出す「不安」。それは妄想にすぎない。自分の力でどうにかできるのは、過去でも未来でもない。今だ。
――目の前のことに集中。
ウマルは瞳を閉じ、大きく深呼吸をした。
まずはベモジィへ。
サイード皇太子を無事に送り届けることが自分に課せられた任務を遂行するまで。
東の空には三日月が出ていた。濃紺の空を細く切り裂いたように輝く白い月の下には、青い砂漠がどこまでも広がっている。
日が照らぬ砂漠は肌寒い。
サイードは頭からすっぽり被ったマントの首元を抑えた。
サイードに付き従う小姓のジニズは、
見かねたネトプが、自分が身に着けていた山羊革のショールをサイードに恐れながら手渡した。サイードは礼を言ってそれを受け取った。
ウマルが御者を務める幌馬車が来た。
ジニズがサイードを内部に
「息子よ、あとは任せたぞ」
ネトプの言葉にウマルは無言で、しかし、力強く頷いた。
一行の緊張とは裏腹に、道中は何事もなく平穏無事そのものだった。
暗殺者はおろか盗賊にすら会うこともなく、ベモジィに到着する。
ベモジィ市門は警備兵たちが複数の隊をつくって警護にあたっているのが見えた。以前訪れた時よりも物々しいと、ウマルは肌で感じ取った。それはサイード皇太子の来訪に備えてではないかと思う。
検問の列が進み、ウマルの番になった。
「通行証の提示を」
ウマルは求められるままに通行証を提示するとともに、
「ベモジィ太守にウマル・ルルーシュが参ったとお伝え願いたい」
と申し出た。
通行証に目を通していた警備兵が、背後にいる別の警備兵に向き直った。背後にいる方の警備兵もウマルに気づいた。二人は目配せし、通行証を持った警備兵がウマルに
「案内させます。お待ちください」
と言った。その言葉が終わらないかのうちに、もう一人の警備兵が門から出てきてウマルたちを市街地に入る正規の道順とは異なる関係者用の通路からベモジィ市内へと案内した。
「サイード様は後ろですか?……
タムトと名乗った警備兵は話しながら馬車を開けた。
警戒しているジニズはタムトを怪訝な顔でじろじろ眺めている。
「大事ない」
馬車をなかなか降りないジニズにしびれを切らして、サイードが奥から言葉を発した。
「ジニズ、降りよう。ベモジィに着いたんだろう?」
サイードに急かされたジニズはなおも警備兵を頭のてっぺんからつま先までなめるように見回して馬車から降りた。サイードも馬車を降りると、座っているのもつらかったらしい。「うん」とひとつ、大きく伸びをした。
通路は警備兵の宿舎へと続いていた。
訓練用の広場に行き掛かった時、しんがりを歩くウマルの背後に別の警備兵がぴたりと着いた。ウマルが背後を振り返った、瞬間――
「サイード様……御免!」
タムトが急にサイードの手首を掴んで自分の方へと引き寄せた。その後ろについて歩いていたジニズとウマルの二人との間に空間ができる。そこへ別の警備兵が二人走り寄ってきた。
ジニズとウマルは思わず背中を合わせ、周囲を取り囲むベモジィの警備兵に対峙した。
その数、13人。
包囲網はじりじりと二人との距離を詰めてくる。
ウマルは腰を落とし、腰の半月刀に手をかけた。ジニズも胸元に隠した短剣を引き抜こうと身構える。
「これは!?どういうことだ、タムト!」
掴まれた腕を振り払おうとするサイードを、タムトは強く押さえつけた。
「サイード様!この場のご無礼をお許しください!!!」
そして――
「皇太子暗殺未遂及び国家に対する謀反の容疑でウマル・ルルーシュを捕える」
タムトが片手をあげて号令した。
隊長が腕を振り下ろしたと同時に、警備兵たちはウマルとジニズに目掛けて突進した。
アルカマル戦記 江野ふう @10nights-dreams
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