最終話 言葉で説得できないのなら

「って夢を見たんですよ」


 今朝に見た夢の内容を、浴衣姿のユズハは一緒に桜美川の桜を見に来た、想い人に対して聞こえるようにそう言った。

 桜美川の川辺に腰かけたユズハの柔らかな太ももを、まるで自分のものであると言わんばかりの態度で頭を乗せている、その男に。


「……ぅん?」


 ユズハの太ももの感触を堪能していたリアムは、余りの気持ちの良さにそのまま睡魔の誘いに乗ろうとしていたが、ユズハに声をかけられて反応した。最後以外ほとんど話は聞いていたが、何も反応しなかったら、全く聞いていなかったと不毛なレッテルを貼られるため、適当に返事をした。だが、それが思った以上に間抜けな声を出してしまった。


「もうっ、私の話を聞いてました!?」

「聞いてた聞いてた。あれだろ、好きな人が死んだって夢だろ?」

「死んでいるのは貴方ですからね!?」

「勝手に俺を殺すなって……」


 夢の話とはいえ物騒なことを大声で言われ、リアムは呆れながら、今朝起きたばかりのユズハについて思い出した。


「……今朝、お前が俺に震えながら抱きついてきたのは、その夢を見たからか」

「はい……」

「あれはいきなりで、ビックリしたなぁ〜」

「……だって、あり得たかもしれないことなんですよっ!」

「まぁ、確かに……」


 リアムは涙ぐむユズハの言葉に同意して、イゾーとの戦いの後に目覚めた時のことを思い出す。











「うぅ……?」


 イゾーとの戦いの後、リアムは何処かわからない部屋で目が覚めた。

 あの時、死んだと思っていたリアムは、なぜ自分が生きているのか分からなかったが、身体を少し動かしただけで、包帯が巻かれている部位から激しい痛みがあり、自分が生きていることを実感した。


「っ、いてぇ……」


 ここはおそらく、自分の知らない自警団本部の一室だろう。医務室に運ばれなかったのは、義賊である自分がなるべく人目につかないようにベルナルド達が配慮してくれたからだと考えられる。


「これ以上、迷惑は、っ、かけられないな……」


 あれから何日が経ったのかすらリアムには分からなかったが、抜けていない麻痺薬、完全に癒えていない傷があれど、体に鞭を打って起き上がる。


 これ以上ここに滞在してしまうと、ベルナルドやユズハの立場が悪くなってしまうはずだ。二人は団長と副団長であり、氷結の義賊を匿ったと知られれば自警団にいられなくなる。

 そんなことを望んでいないリアムは、すぐにこの部屋から出ようとする。しかし、部屋の扉から出ては、多くの自警団員に目撃されてしまうだろう。それは、二人がリアムにしてくれた配慮が無意味になる。

 ならば、リアムの取るべき手段は一つ。

 窓からの脱出だった。

 リアムは窓を開け、外に人がいないかを確認する。見渡す限り人の気配は無かったため、今が好機だと窓に足をかける。


「……」


 ここを出れば、もう二度と自警団には戻ってこないだろう。ユズハの顔を思い出し、少し躊躇ってしまうリアムだが、自分の今までしてきたことを思い、自分にはユズハの隣に立つ資格がないと考える。

 これからは遠くからユズハの幸せを見守ろう、とリアムが決意し、脚に力を込めて窓から出て行こうとした時ーー


「リアム、目が覚めたんですねっ!」


 突然、部屋の扉が開いた。

 びくりと体を震わし、リアムが恐る恐るそちらを向けば、お見舞い用の果物を持つユズハが立っていた。


「え?」


 ユズハは最初こそ笑顔だったが、リアムの姿を見るとどんどん変化していき、状況が理解できないという顔になり、首を傾げた。


 ユズハからしてみれば、リアムが寝ていた部屋の中から物音がして、ずっと目が覚めていなかったリアムが遂に目を覚ましたと、涙ぐむほど嬉しくなって扉を開けたのだ。しかし、開けてみれば、窓に足をかけたリアムがいて、リアムが目を覚ましていたと歓喜しつつ、同時に、あれ何しているんだろうと疑問を持つことになる。


 部屋の換気しているのかな。最初にユズハが思ったのはそれだった。しかし、そうだとすると、足が窓にかかっているのはおかしいことに気づく。

 まさか逃げようとしてた?

 いやいや無い無い。だって、どんな事情があれ、やっとお互いに好きだと言い合えたのだから、まさかリアムが自分の元からいなくなろうとするわけがない。こんなにも自分を想っている人をリアムが一人にするわけがない。そんなの無責任だ。ユズハはそう信じていたのだが、リアムの焦っている表情を見たら少し不安になってきた。でも、そんな風に疑ってしまうのは良くないことだから、何事もなかったかのようにいつも通り話しかけよう


「やべ……」


 とユズハが思ったら、リアムの口から決定的な言葉が漏れたのだった。

 もはや、ユズハの中でそれは疑いではなく、確信に変わり。

 その瞬間、ユズハの中で何かが切れた。

 込み上げてくる怒りの感情を胸にーー


「こんの……リアムの馬鹿ぁぁぁ!!」


 ユズハは鞘の入った刀を、リアムへと振り下ろしたのだった。







「目が覚めて何よりだ、リアム」

「今さっき気絶させられたけどな……」

「ふんっ、自業自得です!」


 その数分後、ユズハに呼ばれたベルナルドも加わり、三人で話していた。

 ユズハの一撃を脳天にくらい、気絶して再び寝ていたリアムは、痛む頭を抑えて上半身だけ起こす。ユズハの方を見れば、彼女は頬を膨らませて目を合わせようとしてくれない。随分ご立腹のようだ。当然といえば当然のことだが。


「てか、俺、何で生きているんですか? あの時、死んだとばかり……」


 ユズハには触れないでおこうと、リアムはベルナルドにずっと疑問に思っていたことを投げかけた。


「お前は運が良かったんだ。倒れたのが自警団で、すぐに治療を受けることができたこと。ユズハのおかげで麻痺薬の研究が進み、ある程度は緩和ができ、魔力による自己治癒能力の向上があったこと。例を挙げればキリがないな」

「麻痺薬の研究?」

「ユズハの麻痺薬の後遺症を治すために、我々自警団は麻痺薬の研究をした。いやはや、最近の治癒魔法の発展は目を見張るものがあるな。おかげで、麻痺薬の効果はほとんど緩和され、後遺症も無い」

「え、でも、ユズハは後遺症があるんじゃ……そんなにも痩せ細って」


 ベルナルドの話を聞いて、リアムはユズハの痩せ細った身体について思わず尋ねた。びくりと体を震わせて、ユズハはどう答えようと気まずい表情になるが、そんなことはお構いなしにベルナルドがリアムの疑問に答えるのだった。


「ユズハの麻痺薬の後遺症は、完全に治っている。こいつが痩せているのは、お前に会えなかったからだ」

「へ?」

「ちょ、ちょっと団長!?」

「寂しかったんだろうな。この一年、こいつは食欲が出なくてろくに食事も取らず、毎日のようにお前を探しに町の見回りをして、夜遅くまで桜の木の下でお前のことを待っていた」

「それを言う必要ないじゃないですか!」


 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、ユズハは抗議するが、それも虚しくベルナルドの言葉を止めることができない。対して、リアムは動揺して何も言うことができなかった。


「まぁ、そんなことはさておき」

「そんなことじゃないですっ!」

「お前が寝ていた、この一週間の出来事を話してやる」

「え……俺、一週間も寝ていたんですか?」


 驚くリアムに頷いて答えたベルナルドは、資料を取り出してリアムに見せる。その資料には、リアムも見覚えがあった。それはゴーインが人攫いの黒幕である証拠となる資料であり、それを団長室の机に置いたのは他でもないリアム自身だ。


「お前が寝ている間に、この証拠のおかげでゴーインや人攫いどもを全員、牢にぶち込んだ。もうこの町に、人攫いどもはいなくなった」

「そっか、全部終わったのか……」


 間違った手段であれ、望んだ結果に終わり、リアムは報われた気持ちになる。だからこそ、全部終わったのかという言葉が出てきたのだが、ベルナルドはそれに対して同意しなかった。


「何を言っているんだ? まだ全部は終わっていない」

「は?」

「お前自身のこれからのことが、まだ決まっていないだろう」

「え……?」

「人攫いはいなくなり、お前の復讐も終わった。お前が義賊である理由はもうない。何度も言っているが、自警団に戻ってこい、リアム」


 ベルナルドのその言葉に、思わずリアムは涙が出そうになる。こんなにも好き勝手した自分をまだ見捨てないで、手を差し伸べてくれたことを心の底から嬉しく思った。


「無理だ、団長。俺は氷結の義賊だ」


 だけど、リアムにはその手をとることができない。たとえ皆が許してくれても、自分が自分のことを許せないから。しかし、その言葉を聞いたベルナルドは理解できないとわざとらしい態度でリアムにこう告げた。


「何を言っているんだ? 氷結の義賊は、一年前に桜美川で死体が発見されただろう?」

「え?」


 団長は何を言っているんだ、とリアムは驚く。確かに発見されたが、それは偽物だ。そんなことは団長にだって分かっているはず。なのに、なぜそんなことを言う? そもそも、なぜ偽物だと気付いていて、氷結の義賊の死体が発見されたなどと公表した?

 そこまで考えて、リアムはあることに気づく。


「……も、もしかして、偽物だって分かっていながら、死体が発見されたってわざと公表したのか? 町中にもう氷結の義賊はいないと認識させるために?」

「全てはお前が自警団に戻れるようにな」


 リアムは言葉を失った。つまり、ベルナルドはこう言っているのだ。

 氷結の義賊は死んだことになっているから、お前は何の問題もなく自警団に戻ってこれる、と。

 そんな都合よく物事が進むのだろうか。でも、それを実現させるために、ベルナルド達は全力を尽くしてくれている。バレればそこで終わりだと言うのに。だけど、リアムには自分のせいでベルナルド達が危険な目に遭うのは耐えられなかった。それに、自分はそんな風に救われる資格なんてないとも思っていた。


「……やっぱり、俺は戻ることができない。俺自身が俺を許せないから」

「そうか……最終的にお前が嫌だと言うのなら、俺はお前を止めはせん」

「すまない、団長」

「ん? まだ謝るのは早いぞ? 最終的なお前の判断はまだ決まっていないだろう?」

「いや……だから、俺はーー」


 そこでやっと、リアムはおかしいことに気づいた。さっきからベルナルドと話しているのに、ユズハが一切会話に加わってこなかったのだ。


「団長、話はもう終わりましたか?」


 今まで静かにしていたユズハが、リアムにではなくベルナルドに声をかける。その声色からはユズハが今何を考えているのか、リアムには分からなかった。だからこそ、恐ろしいと感じてしまう。


「ああ、どうやら俺がこいつを説得するのは無理らしい」

「そうですか。なら、部屋から出てください。ここからは男と女の話なので」

「了解した」

「え?」


 ユズハに言われるがまま、ベルナルドが部屋を出た。リアムが状況を理解できずに戸惑っていると、ユズハが動き出す。リアムがユズハの方へと目を向ければ


「な、何をやってんだ……!?」


 ユズハが服を脱ぎながら、近づいてきたのだ。当然、リアムは戸惑うが、そんなことはお構いなしに、ユズハは自警団の制服を脱いでいく。服のボタンを一つ一つ外していき、彼女がリアムに跨った。


「ユズハ……!?」


 ボタンは全て外れ、彼女のきめ細やかな肌と胸に巻かれたサラシが露わになる。ユズハも自分の行動が恥ずかしいのか頬を染めているが、決意に満ちた目でリアムにこう告げるのだった。


「今からあなたの子供を孕みます」


 サラシが解かれ、ユズハの柔らかそうな、二つの乳房が揺れ出てくる。


「はぁ!?」


 素っ頓狂な声が出てしまうリアム。いきなりのユズハの行動に、リアムは理解が追いつかない。


「待てって! なんでこんなことをっ!?」

「子供が産まれれば、貴方だって自警団に戻るしかないでしょう?」


 その言葉で、リアムはユズハの行動の真意に気づく。どうやら、自警団に戻らないと決意しているリアムを説得するために、ユズハは自らの身体を以て説得しようとしているらしい。


「言葉で説得できないのなら、こうするしかないじゃないですか……」


 露わになっている双丘を隠すこともなく、ユズハは自らの裸体を寄せてくる。

 リアムは目のやり場に困り、部屋の扉の方を向いて、まだ部屋の近くにいるであろうベルナルドに助けを求めて叫んだ。


「団長、どうにかしてくれ!」

「安心しろ、この部屋には明日まで誰も近づかないように言ってある」

「問題はそこじゃないって!」


 リアムの叫びに対してベルナルドの返事はなく、彼はもう部屋から離れてしまったようだった。唯一の助け舟と思えたベルナルドがいなくなり、もはやこの状況から逃れる手段のないリアム。


「嫌なら、私を拒んで下さい……」


 そんなリアムの肩に手を添えて、ユズハはリアムに顔を近づける。ほんのりと甘い匂いがして、リアムの鼓動は激しくなる。


「好きです、リアム……ずっと貴方の側にいたい……」


 愛の囁きと共に、ユズハがリアムの唇に己の唇をそっと近づけた。もはやリアムは動くことができず、ユズハから目を離すことができない。ところが、そのまま行けばくっつくと思われた二人の唇の距離は、澄んでのところで止まることになる。

 どちらかが少しでも動けば触れてしまう距離で、ユズハはそれ以上動かない。


「ユ、ズハ……?」

「……」


 戸惑うリアムを前にして、ユズハはそっと目を閉じた。これ以上、ユズハが動く気配はない。

 それはまるで、最後に決断するのはリアムだと言っているかのようで。

 このまま誘いに乗ってもいい。自警団に戻ることを望まないのであれば、この誘いを断ってここから立ち去ればいい。リアムが本当に望まないことはしないというユズハの想いを、リアムは感じ取った。そして、同時にユズハが身体を震わせながら、目に涙を溜めていることに気づく。

 誘いを断られる恐怖と、ここからいなくならないで欲しいという願いを抱きながら、それでも彼女は最後の選択をリアムに委ねたのだ。本当なら、自分が選択したいはずなのに。


「ユズハ……」


 リアムはそんなユズハがとても愛おしく思えた。

 彼女の隣に立つ資格とか難しいことを全て放り投げ、彼女の側にずっといたい。

 それが一番の願いであることに気づいたリアムは、自分を求めてくれた彼女の想いに応えることを決意する。


「今まで、ごめん……これからはずっと側にいるよ……」


 リアムの言葉を聞いたユズハは、報われた気持ちになりながら、触れた唇の感触に幸せを見つけるのだった。

















 あの時のユズハの胸の二つの饅頭はとても柔らかかったなぁ、と彼女の膝枕を堪能しながら、リアムは自分の手をにぎにぎして感触を思い出す。そして、結局、身体で説得された自分に対して複雑な思いを抱いたのだった。


「本当に、よかったです……貴方が死ななくて……」


 リアムが死ぬ悪夢を見て不安になっていたユズハが、涙を目に溜めながら頭を撫でてきた。リアムはユズハを安心させるように微笑む。


「俺は、生きているよ……」

「分かってます……分かってますけどっ……」


 不安のあまり、ユズハは泣き出してしまった。彼女の涙が溢れ、そのままリアムの頬に落ちる。言葉だけでは彼女を安心させることができないことを悟ったリアムは、彼女の頬に手を当てた。


「ユズハ、約束するよ。もうお前の側から離れない」

「……約束、ですよ」

「お前が言ってくれただろ、俺は約束を守る男だって」

「はい……」


 二人が見つめ合う。お互いの視線に込められた思い。言葉は無くとも、それを理解し合った二人は、どちらからともなく唇を重ねた。それは一瞬のことで、でも二人にはそれが永遠に感じられて、そっと離れた二人はくすりと笑い合う。


「さて……それを信じてもらうためにも、桜を見に行く約束を果たすかぁ……!」

「はいっ!」


 ユズハの膝枕から頭を離して起き上がったリアムの提案したことに、ユズハが笑顔で答えた。

 二人はゆっくりと約束の場所へと向かう。身体を寄せ合って、お互いの体温を感じながら足を進めた。暖かな春風に運ばれた桜の花びらが、二人を歓迎するかの如く美しく舞う。


 道中の屋台でりんご飴を買いながら、二人はやがて目的の場所、桜美川の橋の中央へと辿り着く。

 桜の花びらによって桜色に染まった桜美川。二人を優しく包むかのように、舞い散る桜吹雪。

 初めて見てから忘れることができなかった絶景。それをまた見ることができて、ユズハは目を輝かせる。


「やっぱり、綺麗ですね……」

「そうだな」


 喜びを露わにするユズハの言葉に、リアムは同意した。そして、一年前、初めてここに来た時のように、桜吹雪の中で笑顔でいるユズハの横顔を見つめてーー


「でも、お前が一番綺麗だ」

「ふぇ……っ!?」


 初めて来た時に言えなかった言葉を、想い人に送った。

 思わぬリアムの言葉に頬を桜色に染めたユズハは、りんご飴をその手から離してしまう。


 





 そして、愛を囁き、誓い合った二人は、また桜を見る約束をするのだった。

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自警団を辞めて義賊になったら、元相棒の美少女に追われる羽目になった 齋歳うたかた @Utaka-Saitoshi

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