第23話 どうしようもなく愛おしくて

 氷結の義賊と思われる死体が発見されてから約一年が経ち、冬の寒さを乗り越えた桜がその蕾を開く季節になる。


 曇り一つなく、満月が輝く夜。皆が寝静まった時刻に、町の屋根を駆ける一つの影があった。その影は、自警団の本部の屋根に降り立つと息を整える。


「ふぅ……」


 その影の正体は、死体が発見されたはずのリアムだった。彼は義賊の仮面を被っておらず、義賊の時に着ていた服ではない黒を主調とした服を身につけていた。


「誰も……いないな」


 自警団の本部内から人の気配を感じなかったリアムは、安心して中に入る。


(自警団は夜の警備の人数を減らしたか……)


 一応、警戒しながら、リアムは団長室へと足を運ぶ。なるべく足音を立てないように。


(まぁ、義賊が死んだとなれば、減らして当たり前か)


 なぜ死んだはずの彼が生きているのか。


(襲ってきた傭兵から逃げるために、死体の一つに俺の仮面と服を着せただけだが……まさか自警団にそれを発見されるなんてな)


 そう、桜美川の下流で発見された死体は、リアムを襲った男たちの一人だった。あの時、ベルナルドと戦い、すでにボロボロだったリアムは、傭兵たちに勝てないことを理解していた。だからこそ、奴らの死体の一つに、氷結の義賊の身に付けているもの全てをつけ、真偽が分からないように顔を炎魔法で焼いて、自らが死んだと偽造したのだ。

 暗い夜だったこともあり、傭兵たちはそれが偽物だと気づくこともなく、リアムの期待通りにその場から去っていったのだった。


 その時に氷結の義賊の仮面や服を失ったため、今のリアムは別の服を着ている。団長室に無事侵入できたリアムは、その服の中から書類を取り出した。

 氷結の義賊が死んだとなったことは、リアムにとって都合の良いことだった。自警団の見回りに追われることは無くなり、侵入する屋敷の警備は薄くなったのだから。

 そのおかげで、リアムは一年の時間を費やし、遂にゴーインの証拠を手に入れたのだった。人攫いとの契約書、人攫いから奴隷を買い取ったことを証明する書類など、挙げればキリがないほどの大量の証拠を見つけ出した。これだけの証拠があれば、もはやゴーインは言い逃れできないだろう。


「これで、よし……」


 団長室の机に書類を置き、リアムはその場から離れる。

 誰にも見つかることなく本部を出たリアムは、全てが終わったと気持ちが楽になった。


(あとは、団長たちがなんとかしてくれるだろ……)


 団長たちにそう期待を抱いたリアムの頭の中で、ユズハの顔が浮かんだ。同時に彼女との約束も思い出す。

 彼女に会いたい。彼女の顔を見たい。だけどーー


「ごめん、ユズハ。約束、守れそうにない……」


 彼女に会う資格が自分にはない。

 この一年で真剣に考えてリアムが出した結論はそれだった。

 彼女の笑顔を見たい。その気持ちに変わりはない。だけど、こんなにも自分勝手に義賊行為を続けて、全てが終わったら都合よく彼女に会いに行くなど、リアムにはできない。


 自分にできるのは、遠くから彼女を見守ることだけだとリアムは、その本部から出て行こうとする。しかし、不意にその視界に桜の花びらが舞った。

 リアムは思わず動きを止めた。

 夜風に運ばれてきたのだろう。花びらは月明かりの下、リアムをまるで誘うかのようにひらひらと舞っていた。


「……」


 リアムは思わずその花びらが来る場所へと足を向けた。その方向は自警団の寮がある場所で。

 一本の立派な桜がある自警団の寮の庭に辿り着く。


「っ……!」


 その桜の下で、舞い落ちてくる花びらを眺めている少女が、一人で立っていた。

 その少女は、リアムの想い人で。

 自警団の制服を見に纏い、こちらに後ろ姿を向けているユズハ。

 体の傷は治癒魔法で治っているように見えるが、どこか彼女の身体は細く感じられた。麻痺薬の後遺症がまだ残っていて、満足に動けないのだろう。そのせいで、身体は衰え、彼女の元々細かった身体は、病的にまで痩せ細っているように見えた。

 なのに、彼女はこんな夜遅くまで起き、自警団の制服を着ている。見回りでもしてきたのだろうか。

 彼女の後ろ姿は、桜の下で誰かを待っているような、そんな印象を抱かせる。

 リアムにも分かっている。こんな時間まで彼女が見回りをした理由も、彼女の待ち人が誰なのかも。

 彼女は必死に探している、会おうとしてくれている。必ず会えるとただ信じて。



 そんな彼女がどうしようもなく愛おしく思えてきて。

 もう会う資格とか考える余裕もなく、リアムはただ彼女と話したいと、そこに向かおうと足を動かした時ーー









 ぐさりと己の身体を何かが貫いた。


「え……?」


 リアムが自分の身体を見れば、己の腹から血で濡れた短剣が出ていた。

 血はどんどん服を赤く染め、寮の床へと滴る。その部分がとにかく熱くて、そして、とても痛くて。リアムはそこでようやく、己が背後から刺されたことに気づく。


「よう……久しぶりだなぁ、義賊野郎」


 耳元でそう囁かれ、リアムがどうにかして背後に目を向ける。

 そこにいたのは、片腕と片目を失い、包帯を全身に巻いているイゾーだった。

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