第27話【返信メール】
————それから数時間、まだ公国警察の方からなんらの情報も入らない。井伏さんもさすがの王子も押し黙ったまま。〝なんかすることはないのか?〟と思ったがなにもすることがない。やっていることと言えばガラホを開き時間を確認することだけ。軽く昼食のパンを頂き、そうこうするうちにもう夕食の時間が近づいてくる。
「ちょっと飯食いに日本へ戻るから」俺は言った。
「カモさん、日本へ戻っちゃうの?」王子が訊いた。なんかことばにとげがあるぞ。
「こんなときだから空腹にしないんだ」
「あの……夕ご飯ならここでも用意できますよ」井伏さんが言ってくれた。
「いや、気持ちはありがたいんだけど、さすがに夕食の時は顔を出して『居る』ってところを証明しておかないと」と俺は言い、「三十分くらいで戻ります」と慌てて付け加えた。
もはや王子も井伏さんもなにも言わなかった。事件の最中に飯を食いに家に帰るとは……と自己嫌悪するが気を取り直す。
俺は暖炉の中に入り、はしごに足を掛け降り始める。
「ミーティー、こっちも食事にしない?」王子の声が上からしていた。ヤツも多少は立ち直ったか?
俺は自宅の開かずのガレージに着いていた。ガラホを開き改めて時間を確認する。十七時五十分。俺はなにげに受信メール確認の操作をしていた。特になにかを考えていたわけじゃない。いつもの手癖だ。
「あれっ⁉」思わず声が口から飛び出した。戻ってる! 戻ってきた‼ 桃山さんからのメールが。
『西市街への警官隊の投入に感謝する』、なんだ? この内容は。
俺はすかさず桃山さんに電話を掛ける。だがこちらは圏外。これはなにを意味する? いったん日本へ戻ってきたのにわざわざまた公国の方へ出かけてしまったことになる。なぜこんな不自然なことが……?
なぜか嫌な予感まで頭の中をよぎる。まさか『成りすましメール』じゃあるまいな。
メールを送ったらメッセージが返ってきた。これだけは事実だ。ならばもう一度だ。
『桃山さん、日本へいつ戻りますか?』そうメールを書いて送信した。
他になにか書くべきことがあるだろうか? まあいい。いまは飯だ。食いながら考えろ。
夕飯を食い終わり俺は急いで開かずのガレージへ行き、はしごを昇る。このメールのことを一刻も早く知らせなければ————
俺は桃山さんのアドレスから戻ってきたメールを二人の前で読み上げた。
「でも警察に身柄が保護されたって報告は無いですよね」と井伏さん。
「いったい日本へ戻ったのになぜまた公国に来る必要があるんだ?」と王子。
「この〝感謝〟という部分、いったい誰が感謝してるんでしょうか?」と井伏さんの疑問。
「それはつまり桃山さんが出したように見えないってことですよね」俺は言った。
「そぅ。まるで犯人が、犯人がとーこさんに書かせたように見えます」
井伏さんも言外に『成りすまし』の可能性に言及している——
「それよりさミーティー、なんで警官隊投入したことを犯人に感謝されてるの? これ変だよね」王子が言った。
王子の方は完全に〝犯人が書いた〟と断定しやがった。とは言えこんなところで八つ当たるなど——
「あなたはわたしの国の警察がろくに仕事ができないって言うんですか!」
なぜか井伏さんが別方面から怒ってくれていた。
「ちょちょっと待って!」俺はもう不吉なことは考えたくない。「西市街って、警察でもそんなに人が探しにくいんですか?」話題を変えるつもりで井伏さんに訊いた。井伏さんは申し訳なさそうに口を開く。
「元々運河建設のための工事の人が集まってできた街なので人口が多くて道とかも適当になってて、それでも少しずつは区画整理と再開発は始めているんですけど……」
ああ、なるほど。警察でもたいへんなんだ。それで警察を使わない捜索に否定的だったんだ。土地に暗い外国人なんかは特に〝行かない方がいい街〟ってことか————
井伏さんの気づかいが身に染みるのと同時に、桃山さん、そこ、未成年の女の子が徘徊して大丈夫な街なの? と不安ばかりが増していく。
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