第52話 雨に濡れて


 土曜になった。


 結局金曜日に家に帰って親に相談したところ、「ああ、そう? 安いなら構わないわよ」とお袋のありがたーい(?)お言葉をいただいたので、今日からあかね荘のほうに住まいを移すことにした。


 土曜の朝、学校に向かう。

 曇天が空を覆ってる。これが門出って言うなら不吉でしかないが、俺らしくていいや。

 さて、持って入るものといっても、特に無いのが現状だ。

 

 部屋を見た限り、生活必需品は揃っていた。変に持っていったほうが荷物がかさばってしまうため、むしろ持っていかないほうが得策なのだ。


 結局、持っている袋の中にはスマホ、財布のような普段から持ち歩いているものと、好き好んでやっている携帯ゲーム、それと小説を書くためのノートパソコンくらいしか入ってなかった。




 学校の敷地内へ入る。...が、朝っぱらから私服で学校に入るっていう行為がなかなか信じられない。けどまあ、じきに慣れるだろう...。


 あかね荘のある場所まで入ると、普段玄関として使っているところに看板が立てられていた。


 ...木造で、整形もされずに、掘られた部分に墨で黒塗り。



「料亭かよ!」


「いらっしゃい、ようこそ」


 

 俺が一人で突っ込んでると、陽太がお出迎えに来た。


「ほんと、自分の家みたいに悠々と暮らしてんな、お前」


「これからお前の家みたいなものになるんだから、まま、力抜けよ」


「分かってるけどさぁ...。うーん、いまだに信じられない。なんでここが寮になってんだ?」


「そらニーズにお答えしたまでよ。ま、雨降りそうなのもあるし、さっさと入れよ」



 促されるままにあかね荘の中に入る。

 俺は必要品だけ手元に置いておき、あとは部屋に投げておいた。


 一応あの後話し合った結果、廊下に部屋が並んでいる中で左から201~206となっている中で、男子が左端2つ、女子が右端2つという分配になった。その中で俺は自室である201の部屋に荷物を置く。


 そうして階段を下りて、冷蔵庫などが置いてあるダイニングへと向かった。


 このダイニングがまた、ダイニングだけでなく一般家庭で言うリビングみたいな部屋で、ひときわおしゃれな棚の上にテレビまで置いてあるのだ。


 LDKが繋がってるのである。ここまでくれば、もはや学校の中に家があるといえるレベルだ。




「さてと...、陽太、何か冷えた飲み物ある?」


「でかいサイズのお茶が冷蔵庫に入ってるはずだぞ。下」


「了解」


 示された場所からお茶を取り出し、テーブルの上においてあった紙コップに注ぐ。

 そうしてなんとなくテレビをつけて、なんとなくお茶を飲んでくつろぐ。



 ...家だ。しかも、ザ・休日。


「...いかんいかん、ここにいたら人が駄目になりそうな気がする」


「普段お前がどんな休日を過ごしているか容易に想像できるな...。どうせ何もやってないんだろ?」


「しょうがねえだろ、やること無いんだから」


 なんとなく、だらだらと、休日を過ごす。

 幸せなことだが、同時に時間を浪費してしまった感が否めない。


 ここにいる意味を、もう一度考えなければ。



 そんなことを思ってテレビをボーっと眺めてると、陽太が俺の向かいの席に腰掛けた。



「俺にも茶ちょうだい」


「はいよ」


 陽太ぶんの茶を注ぐ。



「サンキュ。...ところで、お前本当に休日何してんの?」


「何って...。何もしてないけど、大体皆そんなもんじゃねえの?」


「うーん、俺は大体作業かなにかしらしてるからそうでもないんだよな」



 陽太は実家が実家なだけに、その趣味も仕事に近しいものとなってる。

 まあ、俺にはまねできない芸当と言うことだけは確かだ。


「...でも、そろそろ何かやらねえとな」


 俺は小さな声で、確かな覚悟を呟く。

 具体的には小説のことなのだが、いかんせんネタすら思い浮かばないこの状況だ。何か刺激になるものが欲しいけど。




 それから少しして、あかね荘の玄関が開く音がした。


「誰だろ」


「ああ、戸坂だよ。元々寮生だからな、何の気兼ねもなくこっちこれるわけよ」


 そう言って陽太が出迎えに行く。その後一分たたずして戸坂が部屋に入ってきた。



「おじゃまします」


「かしこまらなくていいだろ...」


「お前もさっき力はいってたけどな」


「うるせえ」


 男三人、野郎共が部屋に集まる。が、血気盛んな様子は見受けられない。



「それで? 戸坂は何も持ってくるものがない感じ?」


「元々一般寮のほうに対して荷物を置いてなかったんで。なんで貴重品くらいですかね、当面は」


「しかし一般寮か...。寮での生活、気にはなってたんだけど、どういった感じなんだ?」



 珍しく陽太が話題に食いつく。こいつもこいつなりに憧れがあったんだろうか。



「特にここでの生活とは変わりないんじゃないですかね。部屋は個人。食事と風呂あたりは共同と言ったところでしょうか」


「一般寮も個人部屋なんだな。これなら変に妬まれずにすみそうだ」


「というと?」


「俺の解釈だけどさ、ここ、施設がぼろいことを除けばそこそこな場所だと思うんだよ。変に一般寮より条件がよければこっちをうらやむ人間も出てくるだろうってね。流石にここはただの寮じゃない分、あまり人をいれたくないとは上も思うだろうよ」



 なんだそのあらぬ心配は。

 流石にただ住み易いってだけで経歴に泥を塗るような行為、俺ならしないけどな。



「ただ、こっちは自炊生活が軸になってたりとか、そういった点で一般寮よりは不便かもしれませんね」


「そうだよなぁ...。なんせうちには料理できる人間がいるかいないか」


「既製品を買うというのは?」


「そいつはNGってことくらい、施設長の陽太なら分かるだろ」


「まあなぁ...」


 最悪その決断になるのは分かるが、そうやって甘えた生活をしていると後半カツカツになるのが目に見えている。

 一個人の判断でそれに周りを巻き込むのは恐ろしい話だ。



「ま、それでも今日明日くらいは大丈夫だろ。...というか、飯は自前で用意するべ」


「コンビニ?」


「おう。二人とも後で行くか?」


「いいですけど...。雨、降りそうなんで、今行った方がよくないですか?」



 戸坂の意見を聞いて、窓から鉛のように黒い空を眺める。ここは室内だからあくまで推測だが、多分外は嫌ってほどにじめじめしているだろう。

 そんな状態で雨なんか降ったらたまったもんじゃない。



「そうだな...。まあ、今日分の昼と夜。自腹切ることになるけどまあ大丈夫だろ。明日くらいからちはやちゃんも合流するし、食事問題も解決しないとな」


「解決するんか...? まあいい、そうと決まれば行くか」



 そうして俺たち三人は、道中雨が降らないことを祈りつつ、足早にコンビニを目指すことにした。



---


 各々の食事を適当に用意し、気がつけばもう帰路に入っていた。空が今にも泣き出しそうだが、少しペースを速めて歩けば何とか間に合うだろう。



「ところで戸坂、一般寮を抜けることになったわけだけど、大丈夫だったのか?」


「何がです?」


「ほら、寮って共同生活だろ? お前がいなくなったこと、寮でうわさになるんじゃないかなって?」


「ああ、そういう...」


 急に戸坂がトーンダウンする。


「そんなわけ無いじゃないですか。一般寮で僕、何って言われてるか知ってます? 幽霊ですよ? 不意にいなくなっても問題ないに決まってるじゃないですか...」


「う、うわぁ...」


 寮での戸坂がどういった感じだったかは知らないが、少なくともあまり人との交流は無かったのだろう。それで、あまり人と会わないうちに存在が空気と化していった、と。


 つ、辛ぇ...。




 しかし、そんな重たい雰囲気を晴らすべく、戸坂は顔を上げた。


「でも、そう考えたら今回の話、ありがたかったですよ。ここなら少しは、伸び伸びと生きれるかもしれません。...その、弱気な性格だって、変えれるかもしれないですし」


 戸坂の目には強い意志が写っていた。

 いつか俺も抱いていた、変わろうという強い意志。



「なのでその...、悲観はしてないですよ?」


「おーけーよく分かった」


 そう頷く陽太。一体何が分かったんだろうか。

 

 その時、ふと、ポツリと頬を何かが濡らした。



 雨だ。



「おっと、降りだしたな。走るぞ!」


「まだ小雨だけど?」


「これは強くなるやつだ! 俺のシックスセンスがそう言ってらぁ!」


「何だそれ...。まあいい、急ぐなら急ごう」


 そうして俺たちはあかね荘目指して一目散に走り出した。

 自信満々にこれから強くなると言った陽太の発言を今は信じよう。





 それから数分経って、ようやくあかね荘まで帰ってきた。

 寮についた頃には、雨はすっかり強くなっていた。あのままゆっくり歩いていたと考えると...ゾッとしますね。


 玄関で雨を軽く払いながら、陽太はドヤ顔で言い放った。



「ほらな? 言ったろ」


「根拠の一つも無いくせに」


「第六感はもう立派な証拠になる存在なんだよ。信じるべきは自分の直感だ」


「雨雲を見てそこから予想でもしたのかと思いましたけどね...」


「それはまあうん...ある」



 陽太は少し自身無げな素振りを見せた。結局そっちから判断したのか第六感なのか、一体どっちだよ。



 雨を一通り払い終わった陽太が玄関の扉を開ける。


「んじゃ、先入っとくぞ」


「了解。...あ、俺自販機よって行くわ」


「うい」



 俺は手元にあった傘立てから一本傘を抜き取って校舎横の自販機に向かった。


 雨で少し冷えてしまった身体に温かいものが欲しいと、カップで出てくる温かいコーヒーを選択。季節はずれにもほどがある。



「...あちっ」


 熱々のコーヒーを手に持って、少し駆け足であかね荘を目指す。

 そんな道中、俺の目は一人の人影を捉えた。


 グラウンドの真ん中に立ち、雨にぬれている少女。

 その姿にどこか見覚えがあったのか、俺はコーヒーに雨が入るのそっちのけでそこへ向かった。


 一歩近づくに連れて、その姿が鮮明になる。

 そして、その身体の全てを視界が捕らえきったとき、俺はその場で硬直した。




 そこにいたのは...美春だった。




「なっ、美春...!? 何してるんだよ、こんなところで! 雨にぬれたら風邪引くぞ」


「...あ、ゆーくん...」



 明らかに覇気の無い声、虚空を捕らえている瞳。

 服はずぶ濡れで、中にある下着が透けて見えるほどだったが、そんなこと全く気にもならなかった。



 ...いつからそこで雨にぬれてるんだよ...。



「馬鹿っ! こっち来い!」


 俺は雨でぬかるむグラウンドを走り、美春の手を掴んで強引に雨の当たらない場所を探した。


 そうして、あかね荘の玄関横に辿り着く。


 雨から守られている場所について、ようやく一息つけた。

 手元にあったコーヒーが、まだ一応冷めてないようなので、美春に差し出す。


「...いらない」


「冷えてるだろ、身体。持ってるだけでもいいから」


「...ありがと」



 そう言って美春はコーヒーを一口啜る。



「...少し薄い」


「悪いな。ちょっと雨が入ってたかもしれない」


「なにそれ」


 美春は力なく笑う。


 さっきからの美春の一言一言に覇気が無い。何か、俺の知りえないほど深い事情があったのだろう。おそらくそれは、精神的な問題。



 ...待てよ?


 もしそうだとしたら、少し心当たりがある。



 親との...不仲...?

 じゃあ、家族の中で何かあったというのか?



「...なあ美春。...何があったか、教えてくれるか?」


「...いいよ。むしろ、誰か聞いてくれるほうが助かるから...」



 風に消え入りそうな声で美春はそう言って、自分の現状を力なく述べた。







「...家出、したの...」




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偏屈問題児と青色のメモ 入賀ルイ @asui2008

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ